第250話 遺言(7/7)
ああでもない、こうでもない。
「わかってないなあ、ラックは」アオイさん。
「アオイさんの説こそ、無理がありますよ」俺。
「両方とも調べが不足だよ」カノさん。
「そう言うあなたの説にも根拠はないでしょう?」フリース。
「おなかすきました。そろそろ帰りましょう」レヴィア。
レヴィアが正しいな、と俺は思った。
さまざまな議論が交わされたところで、わからないものはわからない。情報が不足した中で出した結論は、どうあっても仮説でしかなく、本当に正解なのかどうか、すぐには判断できないのだ。
曖昧で何もわからないというのは、本当にストレスが溜まる。
かといって、神聖皇帝オトキヨ様のような誰か偉い人がそう言ったからとか、『原典ホリーノーツ』のような最古の書物に書いてあるとか、歴史専門家のカノさんの説だからとか、そんなものも断片的な手掛かりでしかない。簡単に飛びつくのは危険だというのも理解できる。
あらゆるものが、信用し切れない。
偽装が施されていたり、誤認を招く仕掛けが無いとも限らない。
自分の足で情報をさがして、遠回りに遠回りを重ね、自分の頭で考えて、拾って繋いで、より合わせて編みこんで、そういう風に考えていくうちに、網の目のように張り巡らされた、たくさんの物語が見えてくる。
その過程で、わかっていたはずのことがわからなくなっていく。はっきりしていたはずのことが漆黒の混沌にかえっていく。
それでも、闇の中でトランプのタワーを積み上げるように、ちょっと固い砂の上に仮説を建設し続けていくのが、研究者の仕事であり、そんな他人から見れば無意味に思える行為全体に喜びを見出してしまうのが、研究者の性なのだ。
「さあ、みんなで考えましょう」
カノさんは、土の上に木の枝で議題を書き出して行く。
問題になったのは、潰された石板の謎、残された詩的な文の意味、この世界の真の姿、『次の花』とは何なのか。
これらについての、ながーい議論の結果を要約すると、だいたい次のようになる。
まず、金属板の一つがつぶされていたということは、俺たちが最初の訪問者ではないということ。そのうえで、命なき者に命を与えるというアルティメットエリクサーの製法だけが潰されていたところをみると、俺たちよりも先に来ていたのは、おそらく、
「エリザマリー様のご子息だろうね」
秘密の第三書庫の警備機械はアルティメットエリクサーを使って作られていた。あの警備機械を放ったのはエリザマリーの息子だという話だ。そうなると、機械人形だった偽ハタアリへの関与も疑われるけれど、そのあたりはよくわからない。
それから、意味不明な詩的な二行の文についてだ。
――導きの笛が鳴り響くとき、決して崩れぬ虹が輝く。
――歌声は高らかに、新たな世界の幕開けを祝う。
これについては、フリースの「むかし、どっかで聞いたような気がする」というおぼろげな記憶しか手掛かりが無かった。
もしかしたら、遺言を残したエリザマリーさんは、こういう意味深なメッセージが好きなんだろうけどもさ、ここまで潜って来たんだから、いいかげん言葉の真意を突き止めてみろ系の曖昧な表現はやめてくれよと思う。
そして最後に、この世界の真の姿と『次の花』というキーワードについて。
これについては、カノさんが自分の主張を押し通そうとしてきた。
「あたしはこの目で見たんだよ。この世界の真の姿。たくさんの茎が真っ直ぐに伸びていて、あたしたちの大地は、その茎の上で開いている花のような形状だ。だから、『次の花』っていうので全てが繋がった」
「繋がった、というと?」と、すんなり理解できなかった俺は首をかしげる。
「さっきも言ったろ、この世界には、数多の茎が存在し、それらが根っこで繋がっている。そして花のような大地のまわりを星々がめぐる『ロウタス』とあたしが名付けた世界観でできているのさ。
それが意味するのは、やっぱり、人が遠い遠いところから遥かな旅をしてやってきたということと、そして、いつかマリーノーツも成長限界を迎えて滅びるということ。その滅びっていうのが近い未来なのか遠い未来なのかわからないけれど……。エリザマリーが言い残したのは、その滅びの時を迎える前に、隣の伸びきっていない大地へと渡る方法だったんだね」
人がどこから来て、どこに行くのか――。
その答えが、エリザマリーの遺言から読み取れるのだという。
だけど、これについても、カノレキシ・シラベールさんが、上空からそういう世界を目撃したと言い張っているだけだ。俺はそれを目の当たりにしていないから、わからないことだろう。
「そうは言うけどねラックくん。わからせるにはどうしたらいいんだい? あたしの長い腕で、『曇りなき眼』のラックくんを空の上まで持ち上げて、見てきてもらえば早いと思うけど」
そんな死と隣り合わせの行為は、どうかご遠慮したい。危険すぎる。長い腕に持ち上げられて森に叩きつけれられた時の記憶がよみがえってくる。
それに、結局のところ、俺が見に行って、仮に世界ってやつが、カノさんの言うような変な形をしていると認識したとしても、それが客観的真実であると証明することは簡単じゃないんだ。
たとえば、マリーノーツの外の世界なんて本当は存在せず、ネオジュークピラミッドの内壁みたいに、世界の内壁に描かれた精巧な絵画かもしれない。
たとえば、空の高いところにのぼることで精神的にもハイになって、例外なく特定の幻覚を見るのかもしれない。
たとえば、どんな『曇りなき眼』で見たとしても見破れなくて、何をしても解けない特別な『偽装』と『誤認』が仕掛けられていたとしたら、どうしようもない。
可能性を数え上げれば行けばキリがない。
「考えれば考えるほど、わからないことが増えていきますね」
俺の言葉にカノさんやアオイさんは頷いたが、フリースは、「考えるだけ無駄でしょ。無理にわかろうとすると何もわからなくなるよ?」と現実的で、レヴィアに至っては、「なんかまた眠たくなってきました」とあくまで欲求に忠実なのだった。
それにしても、『いつか滅びる』か。以前、偽ハタアリと組んで悪事を働いたドノウとかいう議員が、似たようなことを言っていたような気もするな。
★
「他にも何かあるかもしれない。新しい手掛かりを探そう」
やる気に満ち溢れたアオイさんとカノさんは、周辺の調査を開始した。その際に、調査の邪魔をする毒の花を伐採する必要があるため、フリースが駆り出された。
もちろん、他人に使われることに難色を示したフリースだったが、俺が「手伝ってやってくれ」と頼んだら、しぶしぶ承諾して、イライラをぶつけるように氷の波を発生させ、氷は花たちを飲み込んでいた。
とんでもない墓荒らし行為に見えたが、彼女らの未知への探求心を責めることは俺にはできなかった。だって、俺も毒にあてられていなかったら、一緒に調査を楽しみたがるタイプの人間だからだ。
「ラックさん。大丈夫ですか? 毒なんかに負けそうになるなんて、相変わらず弱っちいですね」
岩の上で安静にしている俺のところに、レヴィアがやってきた。
「いや、負けてない。毒くらい全然余裕だぜ」
俺が強がりたくて身体を起こしたら、レヴィアが隣に座ってきた。
「私、ちょっと期待してたんですよ」
「うん? 期待? 俺に?」
「というより、遺言をのこした人に」
「エリザマリーに? そりゃまたなんで」
「宝物って何なのかなって考えて、もしかしたら、ラックさんと一緒に、ラックさんの世界に行く方法がわかるんじゃないかなって思ってたんです」
「なるほどな。だが、そう簡単に思い通りにはいかないんだよな。それが、このマリーノーツって世界だ」
「ラックさんの世界では、思い通りになることばかりですか?」
「いや、そんなことは絶対にないな。現実世界は、マリーノーツ以上に厳しい縛りがある世界だぞ。ハードモードだ」
「わ、そうなんですか……ちょっと不安になってきました」
そんなレヴィアの反応をみて、言葉を間違えたかなと思う。なんとかフォローしないと。
「あぁ、いや、だけど、そんなに気にすることはない。俺と一緒にいれば、絶対にレヴィアは俺の世界で幸せになれる」
「でも、もし、はぐれちゃったらどうするんです?」
「えっ、はぐれる?」
そんな状況、想定していなかった。一緒に俺たちの世界に戻って、一緒に生きていくことばかり考えていて、世界をまたぐ時も当然ずっと一緒だと考えていて、いざという時のことを想像してなかったな。
たとえば、俺が元の世界に帰って、レヴィアも一緒に来るとして、そのときにレヴィアが今と同じ姿で転移できるとは限らないし、同じ場所に一緒に行けるとは限らない。
互いが、相手を「この人だ」と認識できなければ、ちゃんと出会うことはできないじゃないか。
そこで、俺は策を思いついた。
「じゃあ、そうだな、こういうのはどうだろう」
「何ですか?」
「合言葉だ。つまり、俺の世界に帰ることができて、一緒に帰れたとしても……もしかしたら、別々のところにとばされる可能性があるわけだ。だったら、もしも、はぐれてしまった時のために、二人にしかわからない合言葉を決めておこう」
レヴィアは、頷き、笑みを浮かべた。
「いいですね。どんなのにします?」
「実はもう考えてある」
と言ったが、実はレヴィアに言われて初めて閃いたことである。だけど、このくらいの格好つけはどうか許してほしい。俺は好きな人によく思われたいのだ。
「どんなですか?」
「ごほん……ええと……『――ファイナルエリクサーで乾杯を』とかどうだろう」
俺は足元の土に指先で文字を刻んでみせた。
最高のエリクサーで乾杯をする。レヴィアはスイートエリクサーが好きだが、それよりもうまいエリクサーがあるという話をアオイさんが言っていた。
「どういう意味なんですか?」
「そのまんまの意味だ。スイートエリクサーよりも美味いファイナルエリクサーで、俺はレヴィアと乾杯したいんだ」
「なるほど。そういうのがあるんですね。字はよめませんけど、わかりました。ひみつの合言葉、『ファイナルエリクサーで乾杯を』ですね。楽しみです」
「約束だ」
「ええ、もしもばらばらになっちゃったときは、その言葉を叫ぶので、絶対見つけてくださいね」
「あとこれは、お互いが本物であることを確かめるためにも使えるからな。もし再会の時はハイタッチしてこれを言うことにしよう」
「ラックさんが望むなら、付き合ってあげます」
ふふん、と鼻息をもらす、上から目線のレヴィアなのだった。
『――ファイナルエリクサーで乾杯を』
これが、二人だけの合言葉になった。
遠くでまた氷の波が赤い花たちを飛び散らし、歩きやすい地面が新たに作られていく。