第25話 通りすがりの大勇者(5/5)
超高級レストランでの食事を始めようかというところで、
「おや珍しい。こんなところで会うとは」
そう声を掛けてきたのは、シラベール家の四男、クテシマタ・シラベール氏だった。こんなところでも甲冑を着たままなんだな。そんなに甲冑を外したくないのか。本当に甲冑が大好きなんだな。
山賊アンジュがいなくなったことによって流通が復活した。この人は、それをきっかけに好景気の波に乗り、嫁のベスさんの牧場が大当たりしたおかげで金持ちになった人だ。
そう考えると、この男がいい暮らしをできているのは、俺とまなかさんがアンジュさんを説得して旅立たせたおかげということになるのではないか。
だけども、俺は、そういうカゲの忍耐だとか功績だとかをあんまり主張しない男だ。見ている人はきっと見てくれていると信じて、こっそり地味な善行を積み続ける。そういうのを美徳としている損な男なのである。
俺は、なんとなく紳士っぽい口調を意識して言う。
「ちょっと、まとまったお金が手に入ったものでね、こういう店も、一生に一度は経験しておきたくて来てみたんだが、何を食べても美味しくて、自分の世界の狭さを思い知らされたよ」
しかし、シラベールさんにはそんな発言は無視をされ、厚化粧をしたベスさんが、なぜか怒ったような口調で言うのだ。
「まとまったお金って、こんどは、どんな悪いことをしたの?」
何一つ、悪いことをしていないと思う。強いて言うなら、まなかさんからもらったラストエリクサーを売り払ったことに対する後ろめたさがあるくらいだ。
「俺は、心を入れ替えて頑張っているというだけですよ。この十年、何ひとつ悪いことしてないでしょう?」
「確かに悪い話は聞かないけどね! そんなんで、ウチのモコモコヤギのミミちゃんの恨みが晴れるとでも?」
ベスさんはそう言ったけれど、名前、ミミちゃんじゃなくてモモちゃんじゃなかったっけ。もう忘れてるじゃねえかと言いたいけれど、俺はそれをグッと飲み込むのであった。
「普通にビジネスで成功したんですよ」
タダみたいな安い自宅と引き換えに手に入れた薬草。そいつを高く売ったのだから、これはビジネスである。
「ほう、ビジネスか」とクテシマタ・シラベールさんは興味を示した。
「こんど家を建てるんですよ。よかったら見に来ますか?」
豪邸を自慢して見返してやろうと考えた。もう冤罪を償っている頃の俺ではない、金持ちとして新しく生まれ変わったのだと思い知らせてやろう。
「おいおいオリハラクオン、嫁も子供もいないのに立派な家なんか建ててどうするんだ。どう考えても部屋が余るだろう」
「くっ、痛いところを……」
心が、えぐられるようだぜ。
「だが、そうだな。オリハラクオン、今度遊びに行くとしよう。……ところで、それは置いといてだ、よかったら聞かせてくれないか。ホクキオ郊外でくすぶっていた君が、どのような経緯でここに居るのかを」
それは、取り調べ半分、興味半分といった調子だった。取り調べしかなかった十年前と比べたら、これは大きな進歩なのかもしれない。
「座ってもいいかな、オリハラクオン」
「ええどうぞ」
二人は俺の前に座って、一緒に食事をすることにした。
俺は、ラストエリクサーを手に入れ、売り払うまでの話をした。ところどころ脚色や都合の良い捻じ曲げを含む話だ。
だって、まなかさんを怒らせて家を爆破されましたなんて言えないからな。凶暴なホクキオ草原の鬼が急に家の中に現れて、超強いそれを撃退するときに彼女のエンジェルデストロイとやらが発動したという話に変えた。
その時に家を破壊してしまったお詫びとしてラストエリクサーを格安で譲ってもらった、という話をしたのだ。タダでもらったことにしない辺り、俺のクソみたいに間違ったプライドが垣間見えると自分でも思う。
「つまり、ラストエリクサー……略してラスエリってやつだな。そのラスエリを安く手に入れて高く売った。ただそれだけの話ってわけさ」
俺は格好つけた口調で言ってやったのだが、しかし、クテシマタ・シラベールさんの考えは、少し違うようだ。
「オリハラクオン、君が、かの有名な大勇者まなか様の知り合いだとはね。これは驚いた。大勇者まなか様といえば、マリーノーツでも知らぬ者がいないほどの大英雄だぞ。数多くの大魔王討伐を戦い抜き、救った民は数知れず。子供たちの教科書にも載っている」
「そこまでだったとは……」
「オリハラクオン、君は本当に世間と言うものを知らないな。商人になど売らず、自分の手で、『大勇者印のラストエリクサー』とでも銘打って売り出せば十倍、いや百倍は高く売れたんじゃないか? きみの知り合いの商人も、今頃はそのような文句で転売しているかもしれないぞ」
「いや入手経路については伝えてないから、それはないと思うけどな」
しかし、そうか。大勇者まなかが持っていたというだけで、大きな価値が生まれるのか。
となれば、まなかさんがあけたクレーターを温泉に改造して『大勇者まなか風呂』にすれば人気が出そうだという俺の発想も、なかなか捨てたものではないのかもしれん。
実は、俺ってば商売人に向いていたりするのかな。
★
数日後。
ホクキオ郊外の草原で、テーブルと椅子とパラソルを広げながら、建設中の家がだんだんと出来上がっていくのをわくわくしながら優雅に眺めていた。
そこに、ふと一羽の小さな白っぽい鳥がテーブルに降り立った。
見ると、鳥の足に薄汚れた紙が結びつけられていた。
「もしかして、俺に?」
鳥に話しかけてみると、反対の爪で器用に紙をしっかりと掴んで外す。その紙を、俺が差し出した手の上に置いた。よく訓練された素晴らしい伝言鳥だ。
「よし、受け取ったから、行っていいぞ」
鳥に向かって言ったが、無反応。視線を虚空に固定したまま微動だにしない。
なかなか鳥が立ち去らないので不思議に思い、パラソルの外に出てみた。鳥がついてきた。そのまま俺の頭の横をホバリングしている。バサバサと音を立てており非常に鬱陶しい。
「これは、まさか……徴税バードってやつか」
一般的に、伝言鳥は手紙を渡すとすぐに飛んでいってしまうものだ。だが、すぐに返信がほしい場合は、手紙を渡した相手にいつまでも付きまとい、無言の催促を行う。調教スキルを上げると伝言鳥をそのように育てることができるのだ。
領主の家や大商隊に必ず一人は調教スキルを持ったものがいるのは、このような鳥を育てるためである。
ただ、そういう鳥は、商売よりも税金の取立てに使われることが多いので、『徴税バード』と呼ばれ、呪われた鳥だと人々から煙たがられているのだった。
この鳥を放置していたら、税金逃れをした人間だと思われてしまうため、送られた人はすぐさま返したいと考える。後ろ指差されたくないからだ。というわけで、『徴税バード』は速達システムとして機能しているというわけだ。
さて、そうまでして送られてきた手紙の内容とは。
「ええと……オリハラクオン様。ラストエリクサーを買いませんか? 一束あたり二十シルバーナミー。即返信を求む。ネオジューク第三商会より」
なんと商談であった。
というか、その文面を見て、目を疑った。ネオジューク第三商会といったら、割と有名な商売組織だ。ホクキオの外に出ない俺でも知っているくらいだ。だが、それよりなにより、あのラストエリクサーを金貨じゃなくて銀貨単位で売ってくるというのは、とんでもなくオイシイ話じゃないか。
いや、しかし待て。ここは冷静になって考えてみよう。まず一束というのがどのくらいの量なのだろう。そもそも、なぜ俺の名前と居場所を知っていて、急にラストエリクサーを売りつけようというのか。ちょっと怪しげだ。
俺は「とりあえず見本が欲しい」という内容の手紙を返すことにした。
白っぽい鳥の足に折りたたんだ紙を縛ると、すぐに鳥は飛び立っていった。
その後、俺はしばらくパラソルの下でわが家の建設を眺めていた。神殿風の真っ白な石柱が一つ立てられた時、先ほどの白い鳥がやってきた。迅速な返信である。
今度は手紙だけではなく、小さな黒い袋もくくりつけられていた。袋には、ネオジューク第三商会の商品であることを示す印が金字で描かれている。三つの横並びの点を三角で囲った図形だ。
その袋の中からは、草が一束出てきた。十本ほどの草が紐でまとめられている。
自分のアイテムとして草を取得して草のステータスをみると『ラストエリクサー』となっている。本物のようだ。
しかし、どうも納得がいかない。
やはり、相手の顔が見えない買い物というのは、少し不安だ。
そこで俺は、知り合いの商人に相談してみることにした。