第249話 遺言(6/7)
「ばかじゃないの? 猛毒の花の中に自分から踏み込んでいくなんて」
「すみません、アオイさん」
あの彼岸花に見えている花は、とんでもない毒の花だった。アオイさんが気付いてくれなかったら死んでたし、フリースの氷が俺の身体を持ち上げてくれなくても死んでたし、カノさんの手が伸びて掴んで縮むのがあと数秒遅れても死んでいた。
そして、あの花の解毒剤をアオイさんが持ってなければ死んでたな。
降って湧いた地味な命の危機だった。
みんなのおかげで、俺は生きながらえることができたというわけだ。
猛毒だからしばらく動いちゃダメだというので、俺は岩の上に寝転び、フリースが無言のうちに氷のカッターで岩を切断する姿を眺めていた。
切られた断面は、黄金に輝いたのだが、それは金属ではなく、どうも木材のようだ。俺の目にだけみえる、宝物の輝きである。
「くさいくさいくさい!」
レヴィアがわめきながら距離をとる姿が、いとおしかった。
つまりは、あの岩自体が、紫熟香と同じような香木でできていて、それを外から宝物じゃない素材でコーティングして隠していたということだ。スキルでの偽装や誤認を見抜けても、物理的な隠蔽は見抜けないから、レヴィアがいなかったら、あの香木は、ずっと岩のままだと思われていたかもしれない。
さて、中に何が入っていたかというと、文字が刻まれた薄くて固い金属のプレート二枚であった。
片方は金槌で叩いたみたいに潰されていて、ほとんど読めなかった。俺たちよりも前に掘り出した人がいて、その人が製法を独占するためにつぶしていったのだろうか。アオイさんとカノさんという二人の知識人が試行錯誤して、かろうじて読めたタイトルは、『アルティメットエリクサー・極の製造法』という文字列だった。
二種類の霊薬の、それぞれの製法と効能が書かれた金属板があったというわけだ。
さて、アルティメットエリクサーではないほう、もう一枚の金属板には何が書かれているのかというと……。
「ラック! これ、本当の『ファイナルエリクサー』の作り方だって!」
遠くから、アオイさんが手を振っていた。
無印のエリクサーも相当な美味らしいが、さらに甘くて美味しいのがスイートエリクサーであり、そして、そのスイートエリクサーさえも凌駕する絶品の美味さを持つのが、ファイナルエリクサーなのだという。
美味であるということ以外の効能は謎であるとのことだが、そのあたりも金属板に書いてあるのだろうか。解読が待たれるところである。
少し前に、アオイさんがその存在を教えてくれたのだが、レシピ通りに作っても成功せず、それどころか原料となる高価なエリクサーがただの水になるという話だった。
ということは、これまで出回っているファイナルエリクサーの製造方法は、故意に流された嘘の情報だったということだろう。
本物は、隠されたメッセージを辿った先にあったのだ。つくづくこの世界は、偽装だらけだよなぁ。
アルティメットエリクサーとファイナルエリクサーの真のレシピこそが、優しい探究者へ贈られた宝物だったのだろうか。
安静に寝転んでいなくちゃいけない俺はとりあえず、アオイさんに、手首から先だけで手を振り返した。
本当なら、大いなる発見の瞬間を皆と共有したかったけど、じっとしていないと毒がまわるというのだから仕方ない。
情けないことこの上ないが、今しばらくは休んでおこう。
★
フリースが見つけた岩には、無数の文字が刻まれていた。単語ごとに何種類もの違った言語が刻まれていて、もしも俺が全てを解読をしようと思ったら、この文字列を持ち帰って、図書館にこもらねばならなかっただろう。
しかし、ここには多くの言語が扱える人間が三人もいる。なかでも、フリースの言語力の幅広さは、学問のまちミヤチズで臨時講師をしていたカノレキシ・シラベールさんを遥かに凌ぐものである。
たくさんのメモ書きが積み重なり、そして完成した翻訳。
三人が寄って来て、岩の上に横になっている俺を囲むように土の上に座った。そして、オトちゃんへの遺言の中身を、フリースの小さな唇が紡ぎ出す。
美しい音色が響いた。
「あなた様がこの文を読む頃には、私はもう、はるか遠いところにいるでしょう。一度は伝えたことですが、もしも忘れていたり、記憶を奪われてしまった時に備えて、ここに書き残します。知る限りの全ての言語を用いますが、あなた様が名君として人々を束ねられているのなら、皆の協力で、簡単にメッセージを解読できるでしょう。
もっとも、曇りなき眼をもつ者や、高い見識を持つ者と素晴らしい関係を結べていなければ、この場所にも辿り着けていないと思いますけどね。
さて、ここから先には、なにか新しい情報が書かれているわけではありません。すでにこの世界から退場した私の遺言が繰り返されているだけです。あなた様が私の言葉を記憶しているならば、これ以上を読むことは時間の無駄になりますので、引き返してください。
以前、あなた様をマリーノ―ツ祭壇に招いて、私は次のように言いました。
清浄でない議会の中には、あなた様を利用するだけ利用して命を奪おうとする者があらわれるでしょう。どうか負けずに、末永く、この国を国として保ちつづけてください。
平和がつづけばつづくほど、人は真実へと近づいていき、やがて全ての秘匿を暴き切るでしょう。秘匿された真実に耐えられるほどの優しい眼を持つ者があらわれたならその者たちを次の花へ向かわせて下さい。
花から花へ、美しく舞い飛ぶ胡蝶のように、旅の終りを次の旅の始まりにして、永遠に私たちの幸せが続いてくれますように。
――導きの笛が鳴り響くとき、決して崩れぬ虹が輝く。
――歌声は高らかに、新たな世界の幕開けを祝う。
水龍であるあなた様が水先案内人となってくだされば、それにまさる安心はありません。
あなた様のために、第三書庫という秘密の場所を用意しました。
秘密の花園に至るためのメッセージを残したので、あなた様が心から認めた人物でない限り、場所を教えてはなりません。
また、アルティメットエリクサーと、ファイナルエリクサーの製法も、花園のどこかに隠しておきます。うまく見つけられると良いのですが。
最後に、もう一つ。きれいな花にはトゲがあるものです。まるで私のようにね。というわけで、花園に隙間なく敷き詰められた花々はシガンバナという種類の猛毒そのものですので、くれぐれもスカーレットレッドの美しさに誘われて、花と触れ合うことのないように。ヒトでないオトちゃんには効かない毒だけど、優しいお仲間が傷つかないように、採集には細心の注意をお願いします。
それでは、いつかまた、どこかの世界で会えたなら。
エリザマリー」
以上が、石板に刻まれた遺言である。
これを先に読んでいれば、俺がシガンバナとやらの中に突っ込んでいくこともなかっただろう。結果的に無事に済んでよかったけど。
それにしても、いくらか暗号的なところとか、わかりづらいところがある文章だ。意味深な詩のようなものもあって、気になる。
オトちゃんのために遺した文であるというけど、果たして本人はこれを憶えているのだろうか。
もしもオトちゃんが人の形を保てるくらいに戻ったら、直接きいてみることにしよう。