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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第十章 書物のまち
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第248話 遺言(5/7)

 カノさんが雲の中から取り出した黄色い紙は、片側に破られた跡があり、マリーノーツ現代語で書きなぐられていた。


「これは、間違いなくエリザマリーの直筆(じきひつ)だね。破り取られた手記の一部が、こんなところで見つかるなんて」


 新しい発見に、歴史研究者のカノさんは感動を隠せない様子だ。


「ああ、こういう……こういうことだったんだね、エリザマリー様」


「どういう、ことなんです?」


 わけがわからない俺がたずねると、カノさんは丁寧に解説してくれた。集まってきたレヴィアとフリースが居眠りをしてしまうほどの、ひどく長い講義(はなし)になってしまったので、要約しよう。


 エリザマリーは手記を残している。自分の死についてを予言した箇所が存在したため、『遺言の書』と位置付けられてきた。ただし、その最後のページは破られ、大規模な調査で探しても見つからず、復元スキルをあてて直そうとしても出来なかった。そこでカノレキシ・シラベールは、どこかに破られたページが残っているのではないかと疑っていた。


 カノさんが常に疑問に思っていたのは、「エリザマリーの死に方は、予言者と呼ばれるのに予言者らしくない」ということだ。本当に予言ができて、自分の死が予見(よけん)できていたのなら、危機を避けられたはずである。にもかかわらず、権力争いの最中(さなか)に、(こころざし)なかばにして暗殺されたのだという。


 結局、手記の最終ページが破り取られていたため、事件の真相はわからずに捜査は打ち切られ、誰が暗殺の犯人なのかも不明のまま、迷宮入りすることになった。


 その後、しばらく時間をおいて、エリザマリーの息子も謎の死を遂げた。これも、エリザマリーが予言者であれば、回避できた可能性もあった。


 そこでカノさんのこれまでの仮説では、「最終ページを破ったのは暗殺の犯人で、書かれていたのは、息子へのメッセージで、予言によって彼が死なない策を編み出し、授けようとしていた」と考えられていた。


 しかし、今回の発見によって自分で覆すことになるという。


「そもそも、エリザマリー様が持っていたのは、予言スキルではなかったということだね」


「まったく話についていけないんですけども……」


 俺がそう言うと、カノさんは、しゃべりをゆっくりにしてくれた。遅く喋られたからといって、事前知識の乏しい俺には理解できるものではなかったけれども。


 さらに話は続いていく。この頃には、レヴィアとフリースがアオイさんの膝を枕がわりにして眠ってしまっていた。これは、時間が経過してどうしようもない眠気が襲ってしまった結果だろう。


 カノさんは、自分が喋っている側だから、かなりのハイテンションになり、眠気を忘れているようだ。そしてまた、いつの間にか早口に戻って説明を続ける。


「エリザマリー様が暗殺計画を事前に察知したのは確かだった。だけど、その方法は予言スキルではなかったのよ。エリザマリー様は、予言スキルなんて持っていなかったってわけだね」


 そこからさらに、まるで周囲の花々のように赤い頭をした女性の授業が続く。


 予言の力の正体は、マリーノーツの各地に放った調査員の力によるものだった。詳細な情報収集により、未来に起きる事を次々に言い当てていったのだ。そしてまた、エリザマリーは、世の中に飛び交う様々な暗号を解読するチームをホクキオにて立ち上げた。


 調査員たちからもたらされる情報を集めるうちに、エリザマリーは暗殺指示の暗号を解読した。そして、自分が殺されることを知りながら、あえて敵の毒牙にかかったのだという。


 破られた最後のページに書かれていたのは、残された我が子への謝罪だった。


 ――どうか許してほしい。私は先にいなくなるけれど、どうかあなたには、しあわせに生き抜いてほしい。マリーノーツという国のことは、心配しないで。あとのことは、オトキヨに任すことにしました。あなたたちは、辺境のまちホクキオに行ってほしい。信頼できる仲間を集めておいたので、安心して暮らすことができます。そこで命を繋いでいってほしい。


 ――幼いベスを、あなたが守っていくのです。


 ――シエリーは命を落としたことにして、別の名前を名乗らせることにしました。すこし人と違った繊細な子なので、余裕があるかぎり、気にかけてあげてください。


 ――本当は、もっともっと、たくさんのことを伝えたいけれど、この世界での私、エリザマリーの役目は全て終わりました。人々が仲間割れを続けたままの状況で、あの方と一緒に創った国を離れねばならないのは本当に申し訳ないことです。


 ――どうか、幸福(しあわせ)に生き抜いてください。


 ――そしていつの日か、笑顔はじける世界で、子供たちが何の憂いもなく過ごせますように。


 エリザマリーが残した手記、その失われた最後の一ページを読み上げて、カノさんは天を仰ぎ、涙を流していた。


「エリザマリー様の願いは、叶わなかったんだね」


 エリザマリーの息子は、マリーが世界を去った後、王になった。そして、王室に反対する勢力の前に倒れた。生き残って欲しいという願いは果たされなかったのだった。


 カノさんは言う。


「自分の命を差し出すことで、我が子や、シエリー様やベス様を、中枢から遠く離れたホクキオに遠ざけた。この遺言は、ちゃんと見つけてもらえたんだろうかね」


 見つかっていたら、ここには残っていなかったと思う。


 我が子にあてた遺言は、今の今まで、ずっと雲の中に隠され続けていたんだろう。


  ★


「ラックさん、次はこっちに来てください」


 カノさんがエリザマリーの遺言を手に入れた後、今度はレヴィアに腕をきつく抱かれ、引っ張られた。これが、ひっぱりだこってやつか。


 やがてレヴィアは、岩の前にまで連れてきて、「掘ってください」と言った。


「えぇ、また穴掘りかよ。さっきフリースのところで、散々掘らされたのに」


「フリースのとこではやったのに、私のとこではできないってことですか?」


 レヴィアが明らかに負のオーラを高めながら言ったので、俺は言うことを聞くしかない。


「この岩を掘り出せばいいのか?」


「そうです。この岩から、変な匂いがするので」


「変な匂いって、紫熟香のか? 全く感じないけどな」


 それにしても、こんな遠いところにある匂いを、あの地下道で感じ取ったわけだよな。しかも、土に埋まっているモノの匂いをだ。あらためて、人間離れした嗅覚だなと思う。


「ていうか、今さらだけど、ここは地下なのか? 空気は澄んでいるし、青空が広がっているから、とてもそうは見えないけど」


 俺の何気ない疑問に、レヴィアは言うのだ。


「そんなに珍しいものでもないと思いますけどね。地下空洞に、地上を再現するなんて大したことないです。ネオジュークの地下も、似たようなものですし」


 ネオジュークピラミッドのことか。たしかに黒いピラミッドの内壁の絵はとてもリアルで本当の空のようで、頭上の炎がいつも燃え盛っていて、ここと同じように常昼だったけれども。でもあれは、地下っていうよりか、地上に巨大な屋根をつけて地下化した場所のような気がするけどな。


 さいわいに、ここの地面はそんなに固いわけではなく、わりとすんなりと掘り進めることができた。フリースのところと比べると、遥かに簡単に岩の全体像を見ることが叶った。


 どうやら、前に掘り返されたことがあって土が柔らかくなっているようだった。


「くさい」


 レヴィアが言ったので、紫熟香に関連するものは、やはりこの岩の下にあるようだ。


 ものを軽くするスキルとかがあれば、この岩を持ち上げるのも楽なんだけどな。


「ん? あれ?」


 タテヨコ高さ、それぞれ1メートル以上ある大きさがある岩のはずだが、思いのほか軽く、すぐに持ち上げることができた。


「わぁ、いつの間に力持ちになったんです?」


「いや、軽いんだよ、これ。レヴィアも持ってみるか?」


「ほんとですか?」


 俺がレヴィアに岩を渡すと、「くっさい!」と言って強く目を閉じ、軽々と放り投げた。数メートル転がって、彼岸花の中に転がっていった。


「えぇ……なにしてんの」


 さっきまで岩があった穴を見ても、少し掘ってみても何もなかったので、もしかしたら、岩の中に何かがあるのかもしれない。


 見た目と触った質感にだまされていたが、中身は空洞の可能性がある。おそらく、その空洞の中に、紫熟香の欠片でも入っているのだろう。だとするなら、レヴィアが岩を抱えた途端に「くさい」と言った理由も頷ける。


「ちょっと待ってろレヴィア、あの岩を拾ってくるから」


 俺は格好つけてそう言って、赤い花たちをかき分けた。




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