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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第十章 書物のまち
244/334

第244話 遺言(1/7)

 高級な部屋で目を覚ますと、甘い香りがした。


「おはよう、いい朝ね」


 昨日に続き、ミヤチズの天候は晴れであった。


 アオイさんは、いつものスーツ風のギルド服ではなく、備え付けのゆったりとした光沢のある寝間着を羽織っていた。


 俺の寝顔観察でもしていたのだろうか、ベッドの横に洒落た椅子を別室から持って来ていて、美しいカップに入った紅茶のような飲み物を枕元の台に置いた。


「ん、どうかした? こっちの顔に何かついてる?」


「いえ、アオイさんに先に起きられていたのが悔しくて」


「え? そんなことで張り合おうとしてるの? かわいいなぁ、まったく」


 うふふ、と笑いながら、アオイさんは再びカップを(かたむ)けた。


「ラック、昨日はごちそうさま。すごく美味しかったし、すごく楽しかった」


「そいつは、けっこうなことで」


 昨日の記憶はハッキリしている。


 昼間はピンチの連続で、俺のマリーノーツ史上最高に疲れる一日でもあったけど、一日の終わりに飲んだ酒は美味しくて、アオイさんとの会話も楽しかった。


 でもね、起きあがってステータス画面を開き、所持金の減り方を見たら、さすがに凹むというものだ。ミヤチズに来てからというもの、派手に金を使い過ぎている気がする。


「あのさぁ、ラック。そういうのは、こっちのいない時に確認してよ。せっかく楽しかったのにな」


「そうですね、ごめんなさい」


「この程度の気づかいもできないようじゃ、そのうちレヴィアちゃんに嫌われちゃうから」


 嫌われるのは困るけど、そこらへんは俺とレヴィアの問題だ。放っといてくれと思う。まったく、年上の女はこれだから。


「あ、失礼なこと考えたでしょ。悪かったわね、年を重ねるとお節介になるもんなのよ」


 なんだろう、思考がほとんど読まれてる気がする。夢の中のレヴィアやフリースも俺の考えを読み当てていた。女の人には、心を読むスキルが標準搭載されているとでも言うのだろうか。


「ラックが特別読みやすいとかじゃないよ。長く一緒にいると、自然と読みやすくなるってだけの話」


 とすると、皆と仲良くなれてる証拠ってことになるのか。


「…………」


「ん、何です、アオイさん。俺の顔に何かついてます?」


「べつに」


「じゃあ、他に何か気になることでも?」


「……うん、じゃあ、問題です」


「えっ唐突になんですか」


 突然のクイズが始まってしまった。


「今、あなたの目のまえにいるアオイさんは何を考えているでしょうか」


 脈絡もなく問われても、俺は心を読むスキルもないし、アオイさんのフルネームすらも知らない。アオイというのが、苗字なのか名前なのかも知らないのである。


 まったくわからない。


 ただ、アオイさんもさっき言っていたけれど、長いこと一緒にいれば思考パターンが似てくるものなのだ。俺と彼女は、秘密の大書庫で一緒に暗号解読をした仲である。濃密な時間を共に過ごしたのだ。


 つまり、自分の思い浮かんだものを素直に答えれば、正解率も上がるのではないか。


「朝ごはんのこと、とかですかね」


「なにそれ、外れだよ。ラックがお(なか)すいてるだけでしょ? こっちは、もっと高尚(こうしょう)なこと考えてるんだから」


 転生者はスキルを使い過ぎなければ、空腹もないし、眠る必要さえないのだ。そんな俺が、なぜ朝ごはんを思い浮かべたかというと、


「ここの朝ごはんは、究極なんですよ。とりあえず食べましょう」


 結局は、これも回答を先延ばしにする人間らしい卑怯な選択なのであった。


「ふぅん、まあいいけど、いつかは当ててよね」


 その後、アオイさんは、部屋に運ばれてきた朝ごはんを、最高に幸せそうに食べてくれた。「こんなの初めてだよ」と満面の笑みを浮かべながら。


 喜びの反応をくれて、とてもうれしい。


  ★


 暗号をたどる旅が始まろうとしていた。


 レヴィアやフリース、それからカノさんと合流して、神馬のいる学問所のあたりから舟に乗った。


 カノさんの家、すなわちシラベール家に伝わる黄金の小舟だ。


 大木をくりぬいた本体をベースに、細かな彫刻がびっしりと刻まれ、きらきらの装飾も立派である。派手で豪華な舟だった。


 五人で乗ると、とても狭い。


 ネザルタ川をさかのぼるため、俺はオールを使って舟をこぐ役目を仰せつかったのだが、こぐたびに両隣にいるフリースとレヴィアの身体に腕が当たって、そのたびに申し訳ない気持ちに駆られてしまう。


 さらに、向かいに座るカノレキシ・シラベールさんは言うのだ。


「本来は三人乗りの舟だけど、何とかなるでしょ」


 あ、これ沈むやつだと俺は思った。


 レヴィアとフリースが軽いとはいっても、沈むときには沈むものだ。いざとなればフリースの氷で川を緊急凍結させることも考えとかなくてはならないな。


「ラックさん、これから、どこに行くんですか?」


 とレヴィアが耳元で言ってきた。首筋に息がかかって、くすぐったかった。我慢して返す。


「水路の先にある秘密の場所だ」


「そこに何があるんです?」


「そうだな、きっと俺たちの運命を変える何かがあるはずだ」


「私をラックさんの世界に連れて行ける方法が見つかったんですね?」


 期待でいっぱいの声だったけど、そいつは勘違いである。


「いやぁ、その……」


「ちがうんですか」


「実は、まだ何があるか分からないんだ。アオイさんと一緒に暗号解読をして突き止めたメッセージによれば、そこに何か大事なお宝が保管されているらしいんだが」


 その言葉には、反対側にいたフリースが反応した。肩を叩いて自分の方を向かせた後、氷文字を描き出す。


 ――暗号って?


「手ごわい暗号だったよな、そんなに複雑ではなかったけど、解読に根性がいるタイプだった」


 向かい側、カノさんの隣で、アオイさんはウンウンと頷いた。


「ラックったら、暗号出題者の術中にハマって、読めなくなりそうになってね」


「アオイさんが居なかったら書庫の中で機械に食われて死んでたかもしれません」


「そうだよ。こっちはラックの命の恩人なんだから。何回も命を救ってるんだから」


 ――ねえラック、この女、凍らしていい?


「ダメに決まってるだろ、なんでそんなにイラついてんだ」


 ――仲良さそうでむかつく。さっきも地下室に二人で一緒に入って来たし。

 ――レヴィアの話では「同じ匂いがする、あのきれいな部屋の匂いだ」ってことだから。

 ――ふたりきりで泊まったってことだよね。


「別に成り行き上、仕方なかっただけだし、何もやましいことしてないし、そもそも、それが凍らせる理由にはならないだろ」


 ――レヴィアというものがありながら。


「だから、レヴィアに申し訳ないと思うようなことは何もしてない!」


 しかし、そこでアオイさんが口を挟んでくる。


「でも、こっちが先に起きてたわけだから、寝てるラックくんが何かされてても気付けないんじゃない?」


「えっ、何かしたんですか、アオイさん……」


「ふふふ」


 意味深に笑うのをやめていただきたい。絶対何もしてないだろうに、悪ふざけが過ぎるぞ。


 ――女に襲われても仕方ない状況になったんだとしたら油断だよね。

 ――レヴィアに謝らないといけないんじゃない?


「いやもう、意味わかんないだろう。なんでこの流れで俺がレヴィアに頭を下げねばならんのだ」


「……フリースの字が読めないので話は見えませんけど」とレヴィア。「ラックさんが謝ってくれるなら許してあげます」


 話がわからないけどとりあえず謝れっていうのも変じゃないかな。人間らしくないことだと思う。


「あと、お菓子もくれれば、もっと許します」


 謝るだけじゃ完全に許してはくれないってことじゃないか。欲深すぎない?


「俺が何をしたっていうんだ」


 するとレヴィアは、少し考え込み、俺の胸のあたりの匂いを嗅いだ。続いてアオイさんのスーツっぽい形のギルド服も嗅ぎに行って、もとの位置に落ち着いた。そして言うのだ。


「やっぱりです。お酒の匂いに混じって、濃厚なスイートエリクサーの匂いがします。あと、おいしい朝ごはんの匂いもしました」


 おそろしい。スキルも使わずに食べたものを当てられるとは。


 フリースは怒りの氷文字を虚空に刻む。


 ――アオイには贅沢(ぜいたく)な食事を振舞った。あたしたちよりも。

 ――これは控えめに言ってギルティ。


「異議あり。レヴィアとフリースに食べさせたのと同じものだ」


「でもでもラックさん、スイートエリクサーの匂いが強く感じ取れましたよ? 三杯くらい飲みませんでしたか?」


「どどど、どう……だったかなぁ……記憶が……」


 ――もしそうなら、あたしたちより多いよね。

「私は、たったの一杯しか飲ませてもらってません!」


 ――なんで?

「なんでですか?」


 レヴィアはフリースの記す氷文字が読めないはずなのに、ツッコミが一致している。


 これは、よくない流れだ。


 いつぞやのホクキオでのギルティ祭りが思い出される。


 どうしよう、どう言い逃れをしたらいい。


 アオイさんにスイートエリクサーを二杯以上ふるまったのは事実だ。けれども、それを認めてしまうのは怖い。罪人として、川に突き落とされてしまうかもしれない。そんなの嫌だ。


 ここは、嘘を混ぜてでも罪を認めないことにしよう!


「しょ、証拠がない。素直に可愛く喜んでくれるアオイさんと一緒にディナーを楽しんだというのは事実だが、レヴィアやフリースよりも多くのスイートエリクサーを飲んだという証拠なんか……そうだ、こぼしたんだ。ちょっと服にこぼしたりしたんだ。だから、甘い匂いが強く残っちゃったんだよ。いやぁ、参ったなぁ」


 そしたら、それまで静かに見守っていたカノさんが鋭い目でじっと見つめてきた。


「なんだい、怪しいね。あたしの出来の悪い息子に、食べたものを調べる能力を持ってるのがいるんだけど、呼んできて調べてもらおうか?」


 わが親友、クテシマタ・シラベールさんのことだ。数十日ほど遡って、その人が食ってしまったものを詳細に言い当てることができる特殊捜査スキルを持つ全身甲冑の人だ。


「そんなっ、それは……そんなことされたら……くぅ……」


 カノレキシさん、あなたも俺を追い詰めるんですね。


 シラベール家の人間はいつだって俺をちょっぴり苦しめるのだ。


 しかも、当事者であるアオイさんまでもが、さらなる追い打ちをかけてきた。


「ラックさぁ、レヴィアちゃんよりも多くこっちに飲ましたらダメでしょ。好きな人を大事にしなさいよ」


 どの口が言うんだ。


 その口で「もっとちょうだい」みたいなことを言ったのは誰だったか。


 ちくしょう、これが四面楚歌(しめんそか)ってやつか。


「ラックさん」

 ――ラック。

「ラック」

「ラックくん」


 説明を求める呼びかけが、次々に俺に投げつけられたのだった。


「そうです、俺が犯人です。誠に申し訳ございませんでした!」


「いいでしょう、許します」


 レヴィアの許しが出た。


「でもラックさん、なんで謝ってるんです?」


「もういいだろ……」


 昨日も大変だったけど、今日も疲れる一日になるかもしれない。




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