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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第十章 書物のまち
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第242話 幕間夢記録「イトムシの繭」(2/3)

 シノモリさんの足取りを追って、ザイデンシュトラーゼンの城壁を目掛けて進んでいく。


 緑が取り戻されつつある荒れ地を、大勇者フリースの力で走る氷力車。


 細い水路に氷の橋をかけて通り過ぎた辺りで、安いレンタル伝言鳥が再びフリースに手紙を届ける、かに思われた。


 ところが、その鳥は、レヴィアのもとに降り立ち、彼女の手の中に手紙を落とすと、しばらくバサバサと頭の真横にくっついて、飛び始めた。


「わわっ、なんです。うるさいですね……」


 レヴィアはフリースに送られたよりも粗末な紙の手紙を開いたが、すぐに横を向き、「よめません!」と鳥に向かって怒りを表明した。


 フリースが取り上げて、読み上げる。


「『無事でいますか、心配です』だってさ。なんなの?」


 そして、フリースがレンタル伝言鳥を捕まえて、手紙をくっつけて返信した。


「なんて書いたんです?」とレヴィア。


「『過保護すぎ、うるさい』って返しといた。レヴィアからも、何か言いたいことあった?」


「そうですね……お手紙をもらうのは嬉しいのですが、読めないのはいやです。私にわかる文字をラックさんが書いてくれないと」


「特殊な古代文字だからね、辞書も出回ってないし、ラックには無理じゃない?」


「でも心配してくれてありがとうって、送っておいてください」


「あんた、妙に素直だけど、本当にレヴィア? 死にかけて頭おかしくなった?」


「失礼ですね、呪いますよ?」


「今のレヴィアに、そんな力ないでしょ?」


「うぐぐ……」


 フリースは自分でレンタルした鳥を呼び寄せ、メッセージを伝えた。


 ただし、素直なレヴィアの発言のところがゴッソリ削られていたようだけども。


 フリースなりの怒りの表現なのかもしれないが、そんなものは全く伝わらなかったし、伝言の文面を悪意ある形で書きかえるなんて、やっちゃいけないことである。これから先、悪意ある翻訳をさせるのはお互いにとってよくない。


 こんど、レヴィアの使う特殊な古代文字とやらも学んでみたいなと思う俺であった。


 さて、またしても鳥が飛んできて、またレヴィアのところに降り立った。


 それを見たフリースは、あからさまに苛立(いらだ)った。


 どうして自分のところじゃなくてレヴィアに送るのか、とでも思ったのだろうか。


「フリース、読んでください」


「『レヴィアがいなくてもアオイさんと楽しくやってます。レヴィアの言った通り、アオイさんは良い人でした。さいこうです』だって」


 書いてない。そんなの書いてない。『今はどのへんにいるんだ』っていう手紙だったはずだ。


 騙されるなよレヴィア。そこにいる氷の魔女は、俺たちを引裂こうとしている!


「ラックさんの、エロエロクソ野郎っ」


 レヴィアは鳥をつかまえて空に持ち上げながら呟いた。


「まったくよね。レヴィアというものがありながら」


 どの口がそんなことを言うんだ。最低だ。


 フリースは俺をエロエロクソ野郎よばわりする手紙を鳥に持たせて返した。


 レヴィアは、青空に飛び立っていく鳥を眺めながら、


「ほんと最低です……。あ、思い出しましたけど、そういえばフリースも、ラックさんに裸を見せたとか言ってませんでした?」


「…………」


 黙り込むのも意味深な感じがして、誤解を招きそうだよな。


 案の定、フリースに視線を向けたレヴィアは、不安そうに視線をぐらつかせて、落ち着きをなくしていた。なんだか後が怖いぜ。


  ★


 ザイデンシュトラーゼンの近くの路上にて、シノモリさんが合流した。


 後ろから近づいてくる車に気付いて振り返り、その車の大きなことに驚きの様子であった。やがて植物研究所が氷漬けになったトラウマが刺激されたのか、フリースを見るや、一瞬だけ表情を曇らせ、会いたくない人に会っちゃったな、という雰囲気を出していた。


「えっとぉ……こんにちは、フリースさん、エサは届けたはずですけど、もう無くなりました?」


「そうじゃない」


「えっとぉ……じゃあ何で……」


「…………」


 フリースが急に沈黙したことで、シノモリさんは焦りを隠せない。


「すみません、何かおかしなことを言いましたか? ごめん、ごめんなさい」


 わけもわからず謝った後、三人はずっと気まずい沈黙を抱えながら、アンジュさんがいる宝物庫に戻っていった。


 アンジュさんは、タバコ代わりの木の棒をくわえながら、「来るなら来るって言ってくれてれば、宴会の準備したのに。今は酒を切らしてんだよね」などと残念そうだった。


 いやいや、むしろ好都合である。エリザシエリー酒なんぞを出されたら困る。レヴィアもフリースも酒に弱いのだ。酔っぱらったアンジュさんは飲ませたがりだから、意図せず酒で人を殺しかねない。二人が無事で済んだのは喜ばしいことである。


 ――用事が済んだらすぐに帰るから、食事は必要ない。


「なんだい、つれないね」


 フリースは冷たい氷の文字で歓迎を拒否して、いつぞやハイエンジの研究所を凍らせた時のようにシノモリさんの手を掴み、目的地まで滑っていった。


 宝物庫のある建物の一角に、マニアックな植物研究施設がある。草やキノコを薬品に漬けたビンがいくつも並んでいるような、シノモリの秘密の部屋だ。フリースはそこに裸足で踏み込んだ。


 部屋の中には、フリース、シノモリさん、レヴィアが入ったのだが、入ってすぐにフリースが突然服を脱ぎはじめた。無言で。


「ちょ、ちょちょ、なんで脱ぐんですか! やめてください」


 青い服の裾を掴み、シノモリさんは全裸を阻止しようとする。けれども、氷の大勇者の実力は並外れている。


「つめたいっ!」


 氷の力であっさり指を剥がされ、ついにフリースは一糸まとわぬ姿になったわけである。


 現実では目を背けることができるが、夢だとそれもままならないのだった。透明感のあるきれいな身体が見えてしまっている。まるでノゾキ行為を働いているみたいで、罪の意識に支配されてしまう。


 いやまあ、それはともかくとして、シノモリさんは次のように反応した。


「なんっ、なんなんですか! 二人きりじゃないんですよ! レヴィアさんもいるのに!」


 慌てて変なことを口走っていることにさえ、シノモリさんは気づいていない。今の言い方だと、レヴィアがいなくて二人きりだったらいいって話になってしまう。


「たすけてレヴィアさん! このひとに服を着せて! もしかして、いつもこうなんですか? レヴィアさん!」


 しかし、レヴィアは首をかしげて事態を眺めているばかりである。なぜフリースがそんな行動に出ているのか、レヴィアにはさっぱり分からない様子だ。


「…………」


 青い服を片手に地面を滑り、無言でシノモリさんに迫っていく。


「やっ、やめっ。やめてください!」


 シノモリさんは後ずさり、机の上に整理整頓されていたビンを押してしまい、倒れて落ちた。丈夫なビンだったから割れずに、石の床をころころ転がっていく。


 壁際に追い詰められた。


「ひぅ」


 涙目である。


「みて」


「なっ、なにを!」


 そうして見せつけたのは、フードの中にいたコイトマルであった。立派な繭になっている。


「えっ、これ、もしかして……」


「コイトマル」


「すごい!」


 シノモリさんは恐怖から一転、声を裏返して喜びの感情を見せたのだった。


 レヴィアも、なるほどとでも言いたげな様子で頷いてくれていて、「ラックさんの言ってたのはこういうことだったんですね。フリースが今と同じようにラックさんに無理矢理に迫ったんだ」とか考えてくれていたらいいなと思う。


 いやまあ、レヴィアはそんな思考回路してないか。


  ★


「おっきい……こんなおっきいの、見たことないです」


 古代種の繭は、イトムシを研究していたシノモリさんも見たことがなかったらしい。


 シノモリさんから青い服を借りて着たフリースは、氷文字で質問する。


 ――このとき、どうすればいいの?

 ――放っておけば良いの?

 ――いつくらいに出てくる?


「わかりません。古代イトムシの繭は謎が多いので。しかも、研究所の昔の記録でも、ここまでのサイズは無かったはずです。古代種はもともと大きいけど、ここまでのは……。出てくるのは、いつくらいだろ……個体差があるので、わかりません」


 ――やっちゃいけないこととかある?


「わかんないです」


 ――どんな姿で出てくるの?


「さあ……」


 ――繭から出てきたら、どんなゴハンを食べるの?


「謎です」


 ――あんまり魔法とか使わない方がいいかな?


「なんとも言えません」


 そこでフリースが激怒した。


「やくたたず!」


 そして青い服に(くる)まれたコイトマルの繭をシノモリさんから奪い取った。


「ひどい……」


 わからないものはわからないのだ。そうそう責めてやるなと思う。そもそも、予告なしにいきなり訪れて目の前で服を脱ぎはじめた挙句、質問攻めにしている状況だ。まともな回答が得られたとしたら、そいつは相当な幸運である。


「せめて、何か手掛かりはないの?」


「そうだな……」シノモリさんはしばらく考え込み、「書物が集まるミヤチズのまちになら、古代種のイトムシを育てた記録が残っているかもしれない」


 次の目的地が決まった。ミヤチズに戻れば手掛かりが得られるかもしれない。


 結局、フリースにとっては足を運んだだけ無駄にも思えるような、短い旅であった。


 帰り際、宝物庫に滞在しているシラベール家の娘、絵描きのボーラさんが、「ラックに伝言がある」と言って、封筒を手渡してきた。以前は黒ずくめの服装だったボーラさんは、今や赤や緑や黄色などの、色とりどりの派手な服装に変化している。


 まるで南国のトリみたいだ。


「なんですか、これ」とレヴィア。


「そのままラックに渡して欲しい。封筒の中身を見れば、分かってもらえるはずだから」


「はぁ、わかりました」


 不安の残る微妙な返事をして、レヴィアは封筒を受け取っていた。


 俺と会う頃には、あっさり忘れてそうだなと思った。




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