第241話 幕間夢記録「イトムシの繭」(1/3)
高級な料理。快適で芸術的な部屋。その環境が俺を夢の世界に誘ったのだろうか。
それにしては、大して美しくもないリアルな夢であるから、むしろ心の中でレヴィアとフリースのことを心配していて、それが原因で見た夢だったんじゃないだろうか。
さもなくば、何者かの『夢スキル』という可能性もある。
これまで見た夢の数々――。
大勇者三人組による魔王たちとの決戦の夢や、ザイデンシュトラーゼンでの調律師おばあちゃんの夢、シノモリとフリースが研究所を凍らせた夢、それから皇帝暗殺を仕掛けた金城の悪夢、他にも何かあったような……。
どういう理屈で俺がマリーノーツでの現実とリンクするような夢をみているのか、さっぱり心当たりは無いけれど、見てしまうものはどうしようもない。
現実での出来事ってのは、何らかの方法で回避なり逃避なりできる場合もあるけれど、眠りの中で見せられる夢には逃げ道がない。無理矢理に目覚めようと思っても、できないことのほうが多いものだ。思うように視点をコントロールできない、それが夢ってもんである。
今回もまた、俺の意志とは関係なしに夢の世界が展開していったわけだけれども、実のところ、今回の夢は、見たいものを見ることができたようだ。
夢の中、まるで鳥が見ているような空からの景色の中心には、大きな氷力車を動かすフリースと、風に吹かれて景色を眺めるレヴィアの姿があった。
そこに、一羽の安いレンタル伝言鳥が飛んできた。
「ラックからだ」
車を走らせたまま自分宛ての手紙を広げてみると、「姿が見えないけど、どこに行ったのか、レヴィアは一緒か」という内容だった。
――ザイデンシュトラーゼンに行く。レヴィアも一緒。
言葉を発しないままそのようにシンプルに返した。
その姿を見ていたレヴィアはフリースにたずねた。
「行きたいところって、どこなんです?」
「シノモリのところ」
「シノモリ……? って、誰でしたっけ」
「アンジュの仲間」
「ああ、あのおとなしそうな人ですね」
確かに、まわりの二人、アンジュさんとタマサと比べると、おしとやかなタイプである。
この時点で、俺にはフリースの目的がわかった。
シノモリさんは、植物を専門に研究していて、イトムシの生態にも詳しい。
つまり、コイトマルが幼虫から立派な繭になった今、何をすればいいのか、そのアドバイスをもらうために、レヴィアを連れて出掛けたということだ。
「あそこ、くさいんですよね。ラックさんが撒き散らした煙のせいで」
「そろそろ薄まって、程よくなってる頃じゃない? 許してあげたら?」
「そう簡単にぬぐえない残り香がある気がします。私、降りていいです?」
「だめに決まってる。今の超よわいレヴィアを一人にして、それで襲われて死んだとかになったら、ラックに顔向けできない。今日は一日、あたしに付き合って、あたしから離れちゃダメ」
「じゃあ、目的地を変えてください。あそぶなら、もっといいところがあるはずです」
「たとえば?」
「たとえば……そうですね。ザイデンシュトラーゼンの近くでいうなら、荒れ地の裂け目とかですかね。ほかのとこでもいいなら、こないだキャリーサに連れて行ってもらったツノシカという村でのぞいた地下洞窟が深くて暗くてイイ感じでした」
「とりあえず、遊びじゃないからね。あたしの用事が済んでからにして」
「何なんです、用事って?」
「行けばわかる」
そうして、あっという間に辿り着いた、ザイデンシュトラーゼン城。
高台にある建物に桃型の宝物庫がのっかっているのが遠くに見えてきた。
城壁の跳ね橋は地上に架かった状態である。もしかしたら、俺たちが出ていった時からずっと城門は開きっぱなしだったのかもしれない。
それはそれで、混乱がない平和な場所になったってことだから、良いことなのだろう。
はじめフリースは氷力車で通り抜けようとしたのだが、以前と比べてサイズが大きい特注品だったので、中に入ることができなかった。仕方なく二人は降りて、石でできた古い街に足を踏み入れた。
★
エプロン姿で洗濯ものを干していたタマサが言った。
「おう、久しぶりじゃねえかレヴィア。あん? シノモリなら、いま城下町まで買い出しに行ってるぞ」
それならばと、階段を降りていくと、小さな集落があった。少し前に裸賊をやっていた者たちが築いた共同生活の場である。そこで饅頭を蒸していた男にたずねてみると、
「あぁ、シノモリさんなら、荒れ地のほうに用があるんだと」
荒れ地といったら城の外なので、もう一度、氷の力で動く車に乗って移動した。
さすが荒れ地というだけあって、岩肌がむき出しになったり、砂だらけだったりする地面がずっと続いているようだったが、やがて活気のある声がきこえてきて、砂漠の中にあらわれたオアシスのようなところをレヴィアが見つけた。
近づいてみると、池のほとりにいたのは、以前、反乱を起こしてカナノを攻め落とそうとしていた女首領ティーア・ヴォルフだった。迫力のある強そうな女の人である。
今は、カナノとの境目の門からだいぶ遠ざかり、緑が戻りかかっている荒れ地を拠点に生活しているようだ。
「ひさしぶりですね、ティーア」
呼び捨てである。何故か彼女に対しては偉そうなレヴィアである。
ティーアは、レヴィアの姿を見るや、「げっ、なんでここに……」と、彼女らしくない焦りの表情を見せた。
しかし、すぐに違和感をおぼえて首をかしげる。
「ん、レヴィア? 本当にレヴィアか? 弱々しくなったな。調子悪いのか? なんか変な感じだ」
「べつに大丈夫です。普通に健康ですよ。それよりティーア、シノモリさんという人を知りませんか? さがしてるんです」
「シノモリ……あぁ、ザイデンシュトラーゼン城のカートリア女史のことか。あの子なら、さっきまでそのへんにいて……何が面白いんだか、草花を採集してウットリしてたぞ。まだ近くにいるんじゃないか?」
「どのへんで見ました?」
ティーアさんは、オアシスの奥を指差した。
指差した先には、ところどころ、まだらに緑が広がる場所があった。牧場でミルクを出す白黒の牝牛を思い浮かべていただきたい。その牛の毛並みの模様みたいな形で、あちこちに緑が集まっている。
どうやら荒れ地にも緑がだんだん戻ってきているようだった。
「いないね」
「いないです」
一通り緑のあるところを探したが、みつからず。
二人は、仲間に指示を飛ばして忙しそうにしているティーアのもとに戻り、軽い挨拶をしてから去った。
「ラックによろしくな」とティーアさんは手を振って、すぐに仕事に戻ったのだった。
それにしても、人々が泉のほとりに大規模集落を築こうとしている姿は、もう反乱軍というよりは、開拓団って感じだ。
木でできた資材運搬用の車が何台も行き来していたり、角材を運ぶ女がいたり、食事を作って振舞う男もいる。
楽しげに楽器を演奏する人や、それを聞きに集まる子供たち。
この平和が本当に嬉しい。




