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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第二章 旅立ち
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第24話 通りすがりの大勇者(4/5)

「どうだ。本物のラストエリクサーだろ?」


 市場の露店にやって来た俺は、頭にバンダナのようなものを巻いた男に向かって話しかけた。


「ええ、驚きました。本当に本物ですね。とはいってもなぁ……」


「何か問題でもあるのか?」


「いやね、ラックさん。一言でいえば、うちでは扱ってないんですよ、ラスエリ。だけど、転生したての頃に世話になったラックさんの頼みとあっては断れない」


「そんなに気にすることはないけどもな……こっちはすぐに金がほしくてさ、安くてもいいから買ってくれとお願いしたいくらいだ。……で、いくらなんだ?」


「そうですね……」


 バンダナを巻いた商人は呟き、申し訳なさそうに五本指を立てた。


 普通のエリクサーがナミー金貨七千枚ほどだったからな。基準としては、金貨一枚でいい家が一軒建つくらい。つまり、七千枚もあれば普通の雨漏りしない家が七千軒は建てられるってこと。


 金貨には、ものすごい価値があるのだ。


 なぜなら金貨だからな。銀貨でもなく銅貨でもなく、金貨だから。


 まあラストエリクサーっていう草は、普通のエリクサーの上位にあたるはずだから、きっと値段も高いはず。とはいっても、買う方の財産にも限界があるだろう。金貨千枚単位なんて、普通の商人が買い付けに出せる金額じゃない。


 なにせ普通の生活で金貨なんてものを目にする機会なんてほぼ無いくらいなのだ。


 そんな貧しい金銭感覚を知ってしまった今なら、以前アンジュさんから受け取った金貨二千枚というものが人を狂わすには十分な額だってことがよく理解できる。


 俺がギルティギルティ言われたのも無理もなかったってことだ。


 バンダナ露店商人も最近羽振りがいいとはいえ、彼に払えるのだって、せいぜい金貨数百から、よくて千いくらって所だろう。万単位は不可能だ。


 だがここは、最初に大きな金額をぶつけて、買い手側の金銭感覚をずらしにかかる。


「五億ナミー?」


 と言って首をかしげてみせると、


「いやいや! 何言ってるんすか。それもう世界規模でしょ。世界中(マリーノーツ)を丸ごと一周、黄金の城壁で囲えるくらいの大金ですよ!」


「じゃあ、金貨五千万?」


「冗談を言うなら他を当たってください」


「じゃあ、金貨五百万なら?」


「いい加減にしてくださいよ」


 どうやら大金をふっかける作戦は失敗らしい。逆に機嫌を損ねてしまった。恩があるって言っても、はじまりの教会に案内したってだけの関係だから無理もない。


 何より、商売人ってのは、安く買って高く売るのが仕事だし、バンダナは露天商になってからかなり長い。言ってみればプロだ。


「五百でどうです?」とバンダナ君は言う。


「ナミー金貨五百枚か。そのくらいがラストエリクサーの価値なんだな」


 俺はそう言ってみたが、バンダナは次のように返してきた。


「実を言うとですね、ラックさん。今はこれよりも、もっともっと高い金額でやり取りされています。このクオリティでこの量だと魔王の巣窟だったところが近い北方のフロッグレイクなら金貨三千に迫る可能性さえあります」


「三千か。それはすごいな。けど、俺にとっては、あまりに遠い場所だから、自分の足で売りに行くことはできないが」


「たしかに遠いですが、危険を冒して行く価値はありますよ。魔王クラスとの戦いには必須と言われてますから、あのへんはよく在庫切れになるんです。……けどね、ラックさん、本当にすみませんが、自分に出せるのは五百が限界なんですよ」


 やはりすごい価値があるんだな、さすがラストエリクサー。ラストと名付けられているだけのことはある。


 それにしても、本当にバンダナ君は信用できる男である。本来ならもっと価値が高いという情報をくれた。あえて自分に不利な情報を開示してくれたわけだ。やはり教会に案内しただけの関係であっても、俺とバンダナとの友情は本物なのだ。


 何はともあれ、新しい家を建てるには、金貨一枚だって満足のいく家が完成するのだ。できれば、アンジュさんの洞窟で手に入れたのと同額の金貨二千枚を取り返しておきたかったけれど、ここはバンダナ君を信じるんだ。


 バンダナは、「それでは少し待っていてください」と言って、金庫のある建物に向かって歩き出した。


  ★


 朝に、まなかさんからラストエリクサーを受け取ってからほんの数時間。あっという間に金貨五百枚を持つ大金もちになった。


 この始まりの町ホクキオでは、金貨を三枚くらい持っていれば金持ちの部類に入るのだが、その基準を圧倒的に上回る財産を一瞬で手に入れてしまったのだ。


 金貨五百枚を手に入れてすぐに向かったのは、ホクキオで最も評判の大工のところであった。


 大勇者まなか様はおっしゃった。「戦場で使いなよ」的なことを。


 だけども、俺はラストエリクサーを売った金で、新しいきらきらの家を建てるんだぜ。


 だって、まなかさんが俺の大事な家を吹き飛ばした。そのまなかさんがお詫びとしてくれた高級草。それを売って新しい家を建てるというのに何の躊躇(ためら)いがあろうか、いや、ない。躊躇う理由などない。ないはずなのだ。


 高級な家づくりで評判の職人の店に行くと、窓口でパリッとした服を着た小柄な男が迎えてくれた。その人が、そのまま俺の家の設計をしてくれるという。


「それではラック様、どのような家になさいましょうか」


 俺は白い紙を指差しながら、自分の頭にある豪邸のイメージを語っていく。


「ここに神殿風の建物を置きたい。この庭にはバラを植えよう。こっちは温泉を掘って、爆発でできた大穴に流しこんで露天風呂にしよう。その名も、『大勇者風呂!』だ! 風呂があるとなると、今度はレクリエーションも必要だよな。小さな体育館っていうか、室内運動場みたいなものが欲しいな。できれば感謝の気持ちとして大勇者の銅像とかも建てたいところだけれど、偶像崇拝には苦い思い出しかないから、やめとくか……それから――」


 始めは白かった紙が、男の指先から放たれる炎の魔法で焼き付けられ、俺の想像通りに埋まっていく。


 夕暮れになる頃には設計図が完成して、俺は金貨百四十枚を支払った。普通の家が金貨一枚で完成することを考えると、とんでもない豪邸の予感がする。これでベス夫妻の家と同じレベルの最高に立派な家が建つ。


 残りは金貨三百六十枚。


 その次は、安っぽい服を脱ぎ捨て、おしゃれを決めて、高級ディナーを堪能した。


 山賊がいなくなって、ホクキオの町はとても潤った。その象徴が、教会にある石造りの塔である。塔の頂上付近には、四面ガラス張りの眺めの良いレストランがあり、ここで西の海に沈む夕日を見ながら夕飯を食べるというのが、ホクキオ貴族の優雅な夕べなのだという。


 茶色っぽいふかふかの絨毯(じゅうたん)が引かれ、天井には淡く黄色がかった明かりがある。


 観葉植物が随所に置かれ、安らぎと落ち着きを与えてくれる。


 なんとなく現実世界の店っぽい雰囲気があるので、オーナーは転生者なのではないかと思う。


 いわゆるビュッフェとかバイキングに近いスタイルの高級店で、見たことのない珍味が贅沢に並んでいた。一度の食事に銀貨四十枚も必要という高額ぶり。ホクキオ自警団から支給される俺の給料でいうと……一年分の給料が銀貨二十枚なので、二年分を一夜にして消費していることになる。


 服と合わせれば、ちょうど金貨一枚分を消費したくらいになるので、クセになるといけない、このへんで浪費をストップしておきたいところだ。


 ふと、食べものを皿に載せている途中に、知っている匂いを感じた。


 つい今朝のパスタに入っていた食材の香り。


 誘われるようにそちらへ行くと、漆黒の鉄板の前で食材を焼いている人の姿があった。いかにもコックな帽子をかぶり、いかにも料理人っぽい形状のクリーム色の服を着た店員が言う。


「こちら雷撃ウナギのステーキになります」


「ちゃんと呪い抜きしてあるのだろうな」


 俺は、なんとなく()()ぶりたくて、そんなことを言ってみた。


「もちろんですとも、当店のスタッフは全員、免許をもっていますので。雷撃ウナギの呪いは回りがはやいため危険も伴いますが、万が一呪われても即座に解呪できるよう、そのための治癒術スタッフも用意してあります」


「では、もらおうか」


 店員はかしこまりました、と言って、鉄板の上に青い炎をぶわっと広げて仕上げをすると、雷撃ウナギの肉は急激に加熱されて丸まった。その皿をもらって自分の席に戻っていく。


 呪い抜きに免許が必要なのか。まなかさんはちゃんと免許を持っていたのだろうか。まあ彼女は万能な感じがするので、そのへんは抜かりがないだろう。


 それに、呪いはどうやら即効性のようだし、朝に食べて、夕方に大丈夫なのだから、ちゃんと呪い抜きには成功していたに違いない。


 どうやるんだろうな、呪い抜きって。


 と、そんなことを考えながら着席しようとした時だった。俺の前に、見知った二人の人間が現れた。



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