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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第十章 書物のまち
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第237話 あいことば

「ラックのミス、みつけちゃった」


 とても嬉しそうに笑いながら、彼女は言った。


「俺のミス……ですか。いいでしょう。覚悟はできてます。教えてください」


「言われれば、ラックも『あっ!』て叫んじゃうと思うよ。いやあ、案外言われないとわかんないものなのかもね。こんな簡単なことなのにねぇ」


「あの、アオイさん。わかったならさっさと言ってください。ニヤニヤ笑いながら勿体ぶられると、かなり嫌な気分になります」


「自分で気づきたいとか思わない?」


「思いませんね。謎がわかるんなら、だれが解いたっていいですよ」


「なるほど。じゃあ言うけども、ラックはさ、何度も出てくる『考えを正せ』っていう言葉がどういう意味かわかった?」


「わかりません。ホント謎ですよね。何でその言葉が不自然に頻出(ひんしゅつ)するのやら……」


「そっくりそのままの意味だよ、これ」


「いや、だから、はっきり言ってください。どういうことです?」


 アオイさんは、「つまりね」と人差し指を立てながら、弾む声で、「この『考えを正せ』というのは、『この部分は考え直しなさい』っていう、暗号制作者からのメッセージなのよ」


 作った人、さすがに暇人すぎない?


 誤った解き方をするであろうところに目をつけておいて、軌道修正させるための文字列を仕込んでおいたってことだよな。


「でも、じゃあ、考え直した結果、どうすればいいんですか? アオイさんには、俺の間違いの原因がわかってて、正しい方法が掴めたってことですよね?」


「そうだなぁ、なんだと思う? どうすればいいと思う?」


「そういう、ウザいのマジで()らないですから、さっさと教えてください」


「え? なによ、ラック。ひとに教えてもらうのに、その態度ってどうなのかな」


 この人は、ここぞとばかりに俺に嫌がらせをしてきている。


 悔しいが、何度見ても俺には原因が掴めそうにない。


 誰が謎を解いてもいいとは言ったが、この人には負けたくないという思いが心の奥底に灯った。


 とはいえ、今はカノさんが危険な機械を足止めしている状況だ。くだらない知性マウントで無意味な時間を過ごすわけにはいかない。


 俺はしぶしぶ頭を下げた。


「お願いします。教えてください、アオイ先生」


「もう、仕方ないなぁ」


 そして、アオイさんは、スキップするかのような足取りで、俺を「195」の棚まで連れてきた。ここは、俺が黒いメモ紙を見つけた棚だ。


「さて、ラック。『1954の120』のところにある本を探してみて」


「はぁ……わかりました」


 これは、195の列の4番目の書架にある、120冊目の本を開けということである。この暗号は、さっき解いたはずだ。アオイさんが左上から数え出して、見つからず、俺が右下から数えていったら黒いメモが発見されたのだ。


 同じことをもう一回やってみろ、というのが今回のアオイさんの指示である。


「いち、に、さんし……」


 俺は本に触れながら右下から順に数えていって、一番下の段の一番左に突き当たったところで、右端に指を戻し、その上段の一冊目から数えはじめた。そこも左端まで数え切った。まだ120には届いていなかったので、下から三段目に突入した。やがて真ん中あたりで120冊目と出会った。


 さっき黒いメモを吐き出したのと同じ本だ。


「やっぱりね。それが間違いだったんだよ」


「うん? わかるように説明してくれません?」


「じゃあ、こっちが正しい数え方をするから、見ててね」


「わかりました」


 アオイさんは、しゃがみ込んで、俺と同じように右端から数えはじめた。「いちに、さんし」と声に出しながら、指をさして。


 そして、左端に到達した時、次に数えはじめた場所が、俺とは違っていた。


 彼女が指さしたのは、真上。すなわち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。その次の段は、また右端から指を真上にもっていって右から左へと数えていった。


 それはまるで、川が蛇行するような、蛇や龍の肉体のような、一筆書きでなぞるような、そんな数え方だった。


 これで何が問題なのか、ようやく俺にも理解できた。


「本のある場所の、数え方の間違い……ですね」


 つまり、奇数棚は右から数え、偶数棚は左から右に数えなければならなかったのだ。間違いが頻発するのは当然だ。


 最初に探していた本があった下から三段目は右から左だったので、必然的に同じ本を手に取ることになっただけの話で、それがミスリードを誘う罠だと思いもしなかった。


 一番最初から、俺は間違えまくりだった。


 目が曇っていたばかりに、「考え直せ」の忠告にも気付けなかったのだった。


 なんとも情けない。


 普段の現実世界の習慣では、棚ごとに一方通行の数え方をしている。その無意識の行動が、間違いのもとだったわけだ。


 書庫内のありとあらゆる場所で蛇行の数え方をする可能性に思い至らなければならなかった。


「あのねラック、こういうのはねぇ、ラックの世界の常識でだけで考えちゃいけないのよ。古代の感覚っていうの? 暗号が仕組まれた時代の空気っていうの? そういうのもあわせて考えなくっちゃね」


 この人、調子に乗り過ぎじゃないかと思う。


 いや、しかし、泣かれたり悔しがられたりされるよりは、こっちの方がいいとも思う。


「じゃあアオイさん、さっそく間違ったところをやり直さないと」


「待って」


「なんです?」


「ここからがアオイさんの真骨頂(しんこっちょう)なのですよ、ラック研究員」


「まだ何かあるんですか?」


「ラックは、もう一つ重大な考え違いをしている可能性が高いんだけど、それは何でしょうか?」


「クイズは飽きました。さっさと言ってください」


 そう言ったところ、アオイさんは逆にムキになって、


「問題です」とクイズを出してきた。「この大書庫には1列ごとに9個の棚があります。書架3つが1ブロックになっていて、3と4、6と7の間に通路が走っている構造になります。ラックくんは今、2番目の書架を数えようとしてますが、どこから数えはじめるのが正しいと言えるでしょうか!」


「えっ? それは……」


 これまでは、右下から数え始めていたけれど、それが違うということだろう。


「じゃあ、右上から」


「ふむ、それは何故」


 正直言って勘である。あてずっぽうだ。四隅のうち、右下じゃない残りの三つから適当に選んだだけなので、理由を説明できない。


 見かねたアオイさんが、解説をくれた。


「この書架っていうのはさ、7段の棚があって、3つが繋がってるわけだよね。だとすると、3つ目である右側の書架の右下の隅っこから(さかのぼ)っていけば、真ん中の書架の右上に繋がるわけ。そこから、上から下に向かって、ぐねぐね蛇行しながら進んでいって、一番下で次の書架の右下の隅っこに繋がって、左上まで上っていくことになる」


「つまり、右上で合ってたと。よし、正解だったわけですね」


「は? 理由を説明できてないから失格だよ?」


「ですよね……」


 要するに、もう一つ気をつけなければいけないことがあって、それぞれの真ん中の書架にあたる2番目と5番目と8番目の書架に関しては、右上から数えはじめなくてはならないということになるのだった。


「まったくもう。成功体験が邪魔をして曇った(まなこ)でお宝を探し続けていたわけだね。そりゃ『考えを正せ』って言われるわよ。ラックもまだまだね」


 さっきまで泣いてたおねえさんは、一気に自信満々の偉そうな感じになった。


 だけどね、実は俺って、こういうアオイさんの負けず嫌いな性格、好きかもしれない。


 胸を張って勝ちほこる彼女を眺めながら、ふと、そんなことを思ったのだった。


  ★


 アオイさんは、黒い紙に白字でびっしり書かれた数字列を指でなぞり、俺のミスの尻ぬぐいをはじめた。


 一つ一つ書籍を広げ、文字を拾い続けていった。


 やがて、


「やった! 読めたよ、ラック!」


「ええ、これは……」


 興奮作用のある物質が脳内でドバドバ出ているのがわかるくらいに、俺は静かに感動していた。


 長い時間をかけて集め直した文字を正しく並べ、根性で暗号文を読める文章に戻すことに成功したのだ。アオイさんと二人の力で、やってのけたのだ!


 完成した文字列を二人で読み上げる。


「――いつか来るであろう強く優しき探求者。あなたに渡したい宝がある。ミヤチズよりネザルダ川をさかのぼり、隠れた水路の先にて、次の合言葉(あいことば)を唱えなさい。『終わりは初め、初めは終わり。マリーノーツよ永遠に』」


 行き先を教えられ、合言葉まで添えられてしまったら、これはもう、行ってみるしかあるまい。


「行こうよ、ラック」


「ええ、行きましょう、アオイさん」


 俺たちは疲れを忘れたような軽やかな足取りで、通路にいるカノさんのところへ戻った。




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