第233話 アオイさんの聖典研究(13/16)
色々あったけど、無事に辿り着けた秘密の第三書庫。
岩山の大きさには見合わないほどの広大な敷地。石が敷かれた通路エリアさえも宮殿の大広間かっていうくらいの広さがある。
高さも、岩山の頂上をはるかに超えたところに天井がある。
ということは、明らかにさっきの岩山ではない別の場所に移動してきたということがわかる。
「ここは本来、ミヤチズの北西にある『本の故郷』と呼ばれる地域にあるはずで、実際に建物も見ることができるんだけどね、本の故郷エリアからこの謎の書庫に入ろうとしても不可能なのよ」
「何かそういう魔法みたいなものが仕掛けられてるってことですか? ドアが別のところに繋がってるとか」
「その通り。ここから出る時も同じで、常に一方通行なの。たとえば、さっき入ってきた扉から外に出たら、本の故郷エリアの市街地に出るわ。第一書庫とか第二書庫には行きやすいけど、あの崖を渡って戻ることは残念ながらできないわね」
「それだったらそっちの方がいいですね。長い腕に捕まれて上空から叩きつけられるとか、もう二度と嫌です」
「また根に持っちゃって……。しょうがないじゃないの。そうしないと、重みに耐えられなくて、あたしの腕が折れちゃうでしょ?」
「なるほど……それもそうですね」
さて、カノさんとのやりとりはそのくらいにして、さっそく仕事に取りかかろう。俺は、書庫の方に向き直った。
書棚には書物たちが並べられていて、ほぼ全てが宝物としての輝きを放っている。『曇り無き眼』を持つ俺にとっては、眩しくて仕方ない。
俺たちは、ここで、『原典ホリーノーツ』に隠されていた、二つのメッセージの謎を解かなければならない。
――隠された大図書館を探せ。
――しるしを拾い集めよ
いずれも曖昧である。
一つ目のメッセージにしても、「隠された大図書館そのものを探し出せ」という意味なのか、それとも「隠された大図書館の中で調査をして何かを見つけろ」という意味なのか、あるいはその両方なのかもしれないが、いずれにしても特定できないような書き方である。
二つ目のメッセージに関しては、「しるし」という意味の古代語がわかりにくい。意味がいくつかある文字で、予言なのか、足跡なのか、印章なのか、いろいろな解釈ができてしまうのだ。言葉っていうのは、えてしてこういうものだろうから、この二つのメッセージの作成者は、暗号にするために、多くの意味の重なりを意図的に利用しているのかもしれない。
わかる人にだけ、わかるように。
伝えたい人にだけ、伝わるように。
いずれにしても、今のままでは全く意味がわからない。何をどんな風に探すのが正解なのか、全く見当がつかない状況だ。この隠された大書庫で、情報を集める必要がある。
「じゃあ、あたしが抑えてるから、機械がいなくなったら調査を始めていいよ。何かあったら、鳥を飛ばして連絡ね」
俺とアオイさんは頷き、しばらく危険な機械がうろつく書庫内を見つめていた。
だんだんとカノさんの手によってせき止められる機械の量が増えてきた。それに比例して、書庫内からは卵型警備機械の姿がなくなり、木の板の上を車輪が動く音もあまり聞こえなくなった。
「カノさん、大丈夫ですか? だいぶ増えてきましたけど」
もう両手と背中全体に背負う形になっている。
「平気さ。あたしは幼少期からこの腕とつきあって来たんだ。腕を伸ばしたまま眠ることだってできるからね」
それは頼もしい。
俺は、書庫内に置かれていた木製のハシゴを使って、通路端の本棚の上によじ登る。書庫の全体像を確認するためだ。
おそろしく広かった。奥行きがすさまじく、細長い部屋だったけれど、一番奥が本当に豆粒みたいに小さく見える。
「おいおい……砂漠でピアスを探すみたいじゃねーか……」
でも、機械たちはすでに居なくなっており、何とか作業を開始できそうだ。
「それじゃカノさん。俺たち、行ってきますね」
「うん。思う存分、調べてきな」
俺とアオイさんは、「はい」と、そろった返事をした。
★
難航した。ていうか無理だ。諦めたくなった。
何をどうすれば良いのかもわからない。どこをどう探せば手がかりが見つかるのかさえわからない。そもそも視界がキラキラ輝きすぎていて目が痛い。
手分けして探そうと提案したら、アオイさんは数歩進んだところで気になる本を見つけ、座り込んで本を読み始めてしまったので、こいつ全く役立たずだなと思う。
本を取り上げて元に戻し、一緒に調査することにした。効率は落ちるが、仕方ない。まだあの警備ロボットが残っていないとも限らないし、一緒に行動したほうがいいだろう。
それにしても広い。奥に細長く広い構造になっている。
書架の縦列には、それぞれ数字が書かれた板がつけられていて、規則的に並んでいたけれど……それにしたって書架の数が多い。001から始まり、596列目まであるのが確認できた。
最後の棚が語呂合わせで「596」になるところが、俺の苛立ちをさらに加速させた。
何がご苦労だ、無意味に数えさせやがって、と言いたい。
それから、カノさんの書いた見取り図よりもずっと広かったことについても、文句を言いたい。アオイさんよりマシだったし、いちいち鳥を飛ばすようなことではないから、実際に伝えたりしないけど。
本棚はブロックごとにまとめられていて、奥から上・中・下の三つのブロックに分けられていることも分かった。上のブロックには三つの棚、中のブロックにも三つの棚、下のブロックにも三つの棚。すなわち、一列ごとに九つの棚があるのだった。
596列が存在し、一列ごとに9つの棚だから……、
596×9=5364
棚の総数が語呂合わせで「5364」になるところが、ケンカを売られている気分になってくる。
二メートルくらいの幅で七ある。そして、一つの棚に五百冊くらいが入ると仮定して、三百万冊くらいだろうか。大きめの本が多いから、もっと少ないかもしれない。
いやそれにしたって、その何百万冊かの本が、全て宝物であることを考えると、エリザマリーがこの書庫を隠したことも、この書庫の本を動かすことを禁じたのも理解できる。
ああ、こんな書物の海の中にいると、人間がいかに矮小な存在か、強く意識させられてしまうな。
「さっきからどうしたの、ラックくん。考え込んで」
「いえね、アオイさん。ちょっと宇宙の広さとか、人類の歩みとかに思いを馳せてまして」
「ふぅん……ところで、気づいたことがあるんだけど、いいかな?」
「大歓迎です。なんなりと」
「さっき端から端まで歩いた時さ、最初の棚と、最後の棚に、空白があったけれど、もしかして、その二冊って……」
「そうか! 『原典ホリーノーツ』の上と下を差し込むと、隠された道が開かれるみたいなやつか!」
俺は全力疾走で最初の棚の最も左上の隙間に上巻、最後の棚の右下の隙間に下巻を差し込んだ。さあどうだ。
何も起こらない。
上下を入れ替えてみた。さあどうだ。
やはり何も起こらない。
無駄に走って損しただけだった。
「おかしい……何も起こらないなんて」
見つかったと思った手がかりは、幻だったようだ。レヴィアがいれば、『原典』のニオイをたどって探し出してくれるかもしれないと思ったけれど、居ない人間を頼ろうとするのは虚しいな。
「あのねラックくん、言いにくいんだけど……こっちは、何も起きないって予想通りだったよ」
「ひどい……。でも、じゃあ、アオイさんならどこを探します?」
「そうだなぁ……最初と最後に何かがあるのなら、真ん中を探すかな」
「なるほど」
★
「こ、これは!」
ちょうど部屋のど真ん中で、俺は一冊の本を発見した。
「あ、ラックくん。それ、『聖典マリーノーツ』の古めのやつだよね」
アオイさんが俺が手を伸ばして取ろうとした本を横取りして読み始めた。特に引っかかることもなく、ぺらぺらとページをめくっている。
けれども、さっきのアオイさんの発言には、間違った点が一つだけある。
「それ、『聖典マリーノーツ』じゃないです」
「え?」
俺の『曇り無き眼』には、紅く光った本が見えていた。
検査と鑑定のスキル『曇りなき眼』はとても便利な能力だ。偽装されているものが紅く光って表示されるからだ。しかし、反面、大きな欠陥を抱えている。
それは、紅く光った物体は、否応なく真実のすがたを映し出してしまうということ。つまり、偽装されていることはわかるが、どういう形で偽装されているのかを確かめるには、他者の目を通して伝えてもらうしかない。
視界そのものが他人と違うことは、偽装によって成り立っているモノを調査する際には不完全なのだ。正確な情報を得るには、普通の目を持つ普通の人間が隣にいてくれないといけない。
人間ってのは、一人きりでは完璧にはなれないものなんだなぁ。
「いいですか、アオイさん。それは聖典じゃないくて原典です。『原典ホリーノーツ』ですよ」
この書庫にあるおびただしい量の書籍の中で、この一冊だけが、唯一、偽装の紅い光を纏っている。他は全て金色なので、とても目立つ。
「またまたぁ、そんな都合よくあるわけないじゃん?」
「いやいや、本当にあるんですって! おそらく俺が手に入れたのは三冊セットの上と下だったんだ! そしてそれは中巻です! 上下二冊セットだと思い込んでいたけど、上中下の三冊セットだったんだ!」
「何も見つからないのが悔しいからって、テキトーなこと言うのよくないよ?」
「あ、信じてくれないんですか?」
「そりゃねぇ、都合よく見つかったら苦労はないでしょ」
真ん中あたりを探そうと言い出したのはアオイさんだったような気がするけれど、彼女は自分の勘を信じ切れていないようだ。
慎重なアオイさんらしいけど、こんなので押し問答していても時間の無駄である。俺の曇りなき眼には、偽装か否かを他人に示す能力もあるから、そのチカラをひけらかそう。
「じゃあ、これならどうです?」
俺は、アオイさんが手に持っていた本に手を触れた。こうすることで、触れている物体は誰の目にも真実の姿をさらすことになる。この能力の優れたところは、偽装を外すことなく他人に真実を見せられることである。
「うわ、ごめん、嘘つきよばわりして……」
「いやもう謝っても遅いです。傷つきました」
「ごめんごめん。ほんっとごめん。許して」
手を合わせて頭を下げている。
これは、あれじゃないかな。お願いを聞いてもらうチャンスってやつだ。
「じゃあ、アオイさん」
「なあに?」
「俺がレヴィアと一緒に現実に帰る方法。探すの、手伝ってくださいね」
「うーん……それは少し、考えさせて」
「えぇ、ここで保留ですか」
「だって……」
「じゃあこっちも許してあげません」
ぷいっと顔を背けて見せたとき、俺の目の前には鳥がいた。偽装されていない赤い鳥だ。
その赤い鳥は、俺の肩にとまって耳元で叫ぶのだ。
「イチャついてる暇があったら、さっさと手掛かりを探しなさい!」
「わッ、わかりました!」
「ごめんなさぁい!」
俺とアオイさんが返事をすると、鳥はそれを伝えるべく、持ち主のもとへと舞い戻っていく。
怒られちゃったね、とでも言いたげに舌を出すアオイさんを見て、不覚にも一瞬だけドキッとしてしまった。