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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第十章 書物のまち
232/334

第232話 アオイさんの聖典研究(12/16)

 ――カノレキシ・シラベールさんの伸ばした腕で向こう岸に叩きつけられる。


 しばらくそのショックから立ち直れずに座り込んでいると、赤や緑などの色が鮮やかな、オウムのような鳥が飛んできた。


 レヴィアのところに送り込んだ鳥に対する返信かと思ったけれど、どうもそうではないらしい。


 その鳥は、俺のそばに降り立つと、急にしゃべり出した。


「ラックくん、無事でしょ? 何してるの。アオイちゃんを渡すから出てきて。はやく」


「うぉお……しゃべったぁ……」


 言いたいことだけ言うと、カノさんの伝言鳥は戻っていった。


 手紙を渡すのではなくて、言葉で伝えるタイプの伝言鳥とは珍しい。


「いや……本当、死ぬかと思った」


 呟きながら立ち上がり、カノさんたちがいる崖のほうに向かった。背中に盾を背負って甲羅を背負ったカメのような姿になりながら。


 向こう岸に二人の姿が見えた時、再びカノさんの伝言鳥が飛んでくる。


「それじゃラックくん、アオイちゃん()()()()から受け取ってね」


「えっ、投げる? ちょ、どういうことですか!」


 鳥に返事をしたところで、カノさんには届かないようだった。正確に言うと、俺の返信が届く前にもう、アオイさんは空に持ち上げられ、そして、俺を扱うよりも雑に投げ飛ばされ、甲高い悲鳴をまき散らしながらライナー性の軌道を描き、一直線に飛んでくる。


「えぇっ」


 かなりコントロールが良かったけれど、俺の立ってる場所からはちょっとずれてた。


 俺は落下地点を見極めて立ち、腕を広げる。


「アオイさん!」


 そしたらアオイさんは悲鳴と涙をまき散らしながらも、俺に応えるように手を広げて突っ込んできた。


 接触。


 思い切り抱きしめる。


 カカトで地面が削れる。それだけでは勢いがなくならず、俺は後ろに飛ばされて、樹木の幹に叩きつけられた。


「あぃ……たたた……」


 今回も、何とか生きてた。


「ラックくん、だいじょうぶ?」


 俺の腕の中にいるアオイさんと目が合った。心配してくれているようだ。


 彼女の心臓が速めのビートを刻んでいるのを感じたが、俺の心臓も負けないくらいの鼓動の速さだと思う。


 いやもう、本当に、こんな命がけの移動なら、もっと先に作戦を練って覚悟を決めて準備しておくべきだったじゃないか。


 自分のステータス画面を見てみると、もう子ウサギに甘く蹴られただけで死ぬくらいの体力しか残されていない。本当に危ないところだった。回復しておこう。


 なお、カノさんは、一度向こう岸の樹にのぼり、太い樹木の幹に伸ばした腕を巻き付け、その腕を縮ませることで一気に崖から崖へのジャンプを果たした。


 華麗な着地を決めて、自慢の赤髪を整えていた。


 たぶん、何度も来ているのだろう、慣れた動きに見えた。


「カノさん!」と俺は責めるように言い、

「カノさん?」アオイさんも不満を前面に押し出して彼女の名を呼んだ。


「どうしたの、二人とも、そんなに怒って。あれしかなかったでしょ?」


 そりゃ確かにそうかもしれないが、それにしたって危険だった。せめて、もっと心の準備をさせてほしかった。


 俺とアオイさんは、抱き合った姿勢のまま身体が固まってしまって、しばらく動けなかった。


 でも、ああ、生き残れてよかった。


  ★


 岩山は、さほど大きくなかった。端っこの方は(こけ)むした岩場だったが、ほとんどが樹木に包まれている。


 そのブロッコリー状の森を、中へ中へ進んでいくと、中心部あたりに巨大な球形の岩があるのが見えてきた。その真下に地下へと続く階段があり、そここそが、秘密の第三書庫への道なのだという。


 ただし、ここには自由に入れるわけではない。門番が存在した。


 動物の仮面をかぶって、白い服を装備し、赤い(はかま)をはいている。和の装いに動物の頭。そんな巫女さんが二人、静かに立ち尽くし、出入り口を守っているようだった。


 以前もこんなふうに、無言で秘境に立ち続ける二人の巫女さんを見たことがあった。


 そう、ネオジューク近辺の森の中で、ハリボテの中に作られた闘技場に続く扉を守っていた二人組である。あの時の門番は鹿の仮面と狼の仮面だったが、ここは別の動物である。


 左側に牛の顔をした仮面をつけた巫女、右側に馬の頭をつけた巫女。非常に不気味である。


「ラックくん……なにあれ、こわい……」


 俺だってこわい。けど、腕にしがみついてくるアオイさんが俺以上にビビってるのを見ると、俺は逆に冷静になれた。


「失礼を働いちゃいけない相手だって話ですよ。八雲丸さんが言うには」


「それ誰だよぅ」


 ああ、そういえばアオイさんは八雲丸さんとは面識がないのか。


「次期大勇者とも言われていた強い人ですよ」


 俺が平静をよそおって返してやると、アオイさんは俺の腕を抱く力を強めた。


「ラックくんがこわがってないのが、むかつく」


 変なライバル心を燃やしていた。


 カノさんは、そんな俺たちの会話を手で制して黙らせると、馬の頭をした門番に話しかける。


「ミヤチズ領主代理、カノレキシ・シラベール。書庫内部の状況確認のために参りました。従者二人とともに入構を希望します」


 そうしたら、馬の頭をした門番は頭を下げ、ゆるやかに右手を動かして、急な下り階段の方に伸ばした。どうぞ入ってください、ということのようだ。牛の頭をしたほうは、微動だにしなかった。


 すべりそうな階段を、アオイさんの足取りを気にしながら下りていくと、やがて突き当たりに扉があった。


 カノさんは、()びたドアノブに手をかけると、こちらに向き直った。


「いいかい? まず二人に先に入ってもらうけども、この扉を入ったら、すぐに右側に走ること。壁際に柱が出っ張ってるところがあるから、そこはちゃんと避けてね。なに、ほんの十五メートルくらい走るだけだから、簡単簡単」


 そして、扉を開ける。


「さ! 行って!」


 俺は言われるがまま、中に入った。アオイさんの手を引いて。


 しかし、走るはずが、入ってすぐに足が止まった。


 入ってすぐにあらわれた黄金に輝く宝物級の書物の背表紙たちを見て、アオイさんの足が止まったから、というのももちろんある。


 だが、実はこのとき、俺の足も止まっていた。この部屋は宝物の輝きが強すぎるのだ。暗い場所から一気に明るくなって、視界が真っ白になってしまった。


 その一瞬のミスが、命取りになることもあるのだろう。


 視界が戻った時には、目の前に敵。


 上部に三つの目があり、下に車輪がついている卵形の自動機械が、四体くらい並んで、こちらに視線を向けていた。思ったよりも大きい。二メートルくらいの背丈がある。


 あれ、これってマズいんじゃない?


 カノさんが、すぐに走れと言った理由を、俺はようやく理解した。扉の先が、すぐに書庫に繋がっていたのだ。書庫内は、この機械たちのテリトリーであり、通路まで逃げない限りは、攻撃が開始されてしまうということ。


 それを避けるためには、一刻も早く通路に退避しなければならない!


「アオイさん、走ります!」


「うん!」


 さすがのアオイさんも、書物からの誘惑に気をとられてる場合じゃないということを理解したようだ。


 走り出した。


 ところが、その時にはもう、卵型の機械が俺たちを挟み撃ちにしていた。


 別の道は無いのかと振り返ったとき、怯えるアオイさんの頭の向こうにある卵型の機械は、真ん中から縦に亀裂が走り、まるで拷問器具のアイアンメイデンのように、ぱかりと胸を開けて彼女を取り込もうとしていた。


 まがまがしい!


「おああっ!」


 叫びながら、アオイさんの手を引っ張り、肩を抱いたが、アオイさんは足がすくんで動けないようだった。


 再び前を見たとき、その理由がわかった。俺の前方にいるやつも、ぱかりと胸を開けていたのだ。鋭いモーター音がして、内部ではノコギリ状の刃物が断続的に回転しているのが見えた。


 おそらく、書庫の本を汚さないための工夫なのだろう。あの機械にぱくりと丸呑みにされた場合、中で切断されたりするのだろう。あの中でなら、何をしても外の書籍が汚れることがないのだから。


 たぶん、侵入者である人間やらエルフやら獣人やらを想定した殺傷兵器である。


 いや待てよ。この世界で生き物が死んだら、血が流れる前に生き物は砕け散るのだから、何か別の外敵を想定しているのかもしれない。


 いずれにしても、あれに食われたら、絶対に痛みと恐怖で最悪の最後の体験をすることになる。


 それは嫌だ!


「ひぃぃいい!」


 俺は背筋が凍る思いにとらわれながらも、冷静に対処しようとする。


 アオイさんは、あわあわと声にならない声を上げながら泣いて動けないでいるので、彼女を抱えた。いわゆる、お姫様抱っこをする形となり、二つの卵型警備機械の間を姿勢を低くして通り抜けた。


 見事、(あいだ)()った形だ。


 その後、書庫内を進んでいくと、またしても警備機械が登場。


 思っていたよりも、ずっと多いようだ。


 だけど、その時の俺には自信があった。機械の動きを見切ったと思ったのだ。こいつは単純な動きしかしてこない。獲物と見定めた者に向かって、胸を開いてガバッと取り込もうとするだけなのだ。


 敵を見つけてからだいたい一秒くらい時間があって、その後に攻撃を開始する。それがわかっていれば、横をすり抜けることくらい造作(ぞうさ)も無い。


 たとえアオイさんを抱えていて、しがみつくように抱きつかれていても、だ。


 俺は機械の横をすり抜けた。


 ――余裕だぜ。


 心の中でそう呟きながら。


 ところがどうだ、アオイさんが「あぅ!」と耳元で痛そうに悲鳴を上げた。


「やべっ」


 何が起きたかというと、機械の横を抜けた時に、出っ張っていた柱に、アオイさんの足を強打してしまったのだ。なんてこった。気をつけろって言われてたのに。


 バランスを崩して転びそうになる。


 どう考えても調子に乗り過ぎた。


 何とか持ち直した直後、後ろに引っ張られる感触。


「痛い痛いッ! 髪っ、髪がっ!」


 アオイさんの長くて綺麗な髪が、追い抜いた機械の閉じた口にもしゃもしゃと吸い込まれていっているではないか!


「おのれっ! トラップか!」


 続く想定外、前方からは、またしても襲い来る警備機械。


 ナイフを取り出してる余裕はない。時間的な余裕もないし、心の余裕は全くない。


「このままいくぞ! アオイさん、耐えてくれ!」


「うあぁあああん」


 恐怖やら痛みやらで、すでに号泣していて返事になってなかったが、同意がなくても、もうやるしかない。


 俺は左手でアオイさんの頭を支え、右腕は膝裏に滑り込ませたまま、地面を蹴る。突進する。


「うおぉおおおおおお!」


 ガツガツと音がしていたり、アオイさんの頭を通して伝わってくる振動から、彼女の毛根に多大な痛みとストレスを与えていることがわかる。


 だけど、命には代えられない。


「あそこまで行けば!」


 床の色が変わっている場所がある。書庫内の床は木材だが、機械が活動しない通路には、石の素材が使われているようだ。


「どけどけぇえ!」


 機械が胸を開く前に体当たりして道を開くと、そのままの勢いで通路エリアに到達した。


「届けぇえええ――っあッ!」


 石の継ぎ目に(つまず)いて、右肩から落ちた時に、咄嗟(とっさ)にアオイさんを手放したけど、アオイさんはその場に座り込む形で少しだけ滑り、身体に大きな怪我を負うこともなかった。よかった。


 もう冷や汗で汗だく。


 数秒、仰向けになった後、呼吸を整えながら、状況を確認するために身体を起こすと、アオイさんが抱きついてきた。


 声を上げて泣きながら。


「ちょっ、大丈夫ですか? アオイさん」


「ぅぅ……あうぅ……ラックくんなしじゃ、もうダメかもしれない」


 高い声で、彼女は言った。


「とりあえず落ち着いてください。あと、足ぶつけちゃってごめんなさい」


「ううん、痛くないよ」


 涙目のアオイさんは、俺の胸から顔を離し、じっとズレたメガネごしに俺の目を見上げている。。


「あの……いとおしそうに見つめるの、やめてくれません?」


「ご、ごめん」


 彼女はハッと顔をそらして、俺から距離をとった。


「ふぅ……」


 深く息を吐いて、心臓の鼓動も収まってきて、危機が去ったことを実感できて、ようやく肩の力が抜けた。そこで、もう一度周囲の様子を確認してみる。


 アオイさんが呆然と座っていて、そのすぐ後ろで、機械がアオイさんの髪を挟んだまま通路に停止している。


 少し離れたところでは、数メートルか数十メートルおきの不規則な間隔で、通路から書庫内に警備機械が流れていくのが見えた。


 そして、カノさんが、俺たちが通ったのと同じ扉から出てきて、長い腕を使って本棚の上によじ登った。卵型の警備機械たちは、カノさんに反応して、何台も跳躍しながら胸を開き、空中突進を繰り出していた。


 機械の攻撃をヒラリヒラリと華麗に避けながら、やがてカノさんは俺たちのいる広い通路に悠然と降り立ち、言うのだ。


「二人とも、危ないところだったようだね。無事でよかった」


 ずいぶん軽く言ってくれるじゃないかと思ったけれど、ここに来るまでに精神を消耗しすぎていて、アオイさんも俺も、カノさんに文句を言う余裕が無かったのであった。


 本当に、仲良く死んでてもおかしくない事態だった。とにかく無事で良かった。




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