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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第十章 書物のまち
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第230話 アオイさんの聖典研究(10/16)

 アオイさん、カノさん、俺。三人の謎解きパーティは、作戦会議を続け、集合時間と場所、役割分担を決めた。


 すなわち、作戦決行は明日の朝、集合場所はこの地下書庫、役割はカノさんが見張っている隙に、俺とアオイさんが秘密の大書庫内を調査し、マリーノーツの隠された真実や、その手がかりを探すということだ。


 黒板には、書庫の見取り図と、「――隠された大図書館を探せ」と「――しるしを拾い集めよ」というメッセージがある。


「このメッセージにしたがうと、何に辿り着けるんでしょうか?」


 俺の問いに、カノさんが答える。


「わからないけど、罠ではないと思うね。あたしが欲しいのは、『マリーノーツの隠された歴史』が明らかになるような資料」


 続いてアオイさんも、希望を示した。


「こっちとしては、本物の『原典ホリーノーツ』とかだったらいいな。『聖典』の謎が一気に解けるような」


 そこで俺は、言ってやるのだ。


「マリーノーツの『歴史』と『聖典』の真実ですか。両方、うまいこと見つかるといいですね」


 そしたらアオイさんは不快そうに髪を撫でながら、「欲張りだよ」と口を尖らせ、カノさんも腕組みをして眉を曲げ「いい加減なことを言って。やっぱり浮気者だね」とか言ってきた。


「何で……」


 女性陣から謎の叱責(しっせき)を受けた。研究に身を捧げる二人から見たら、不真面目で堅実さが欠けていて、夢見がちな答えだと思われたのかもしれない。


 でも、夢を見たっていいじゃないか。だから俺は、もっと遠大な夢を語ってやるのだ。


「俺としては、レヴィアと一緒に異世界マリーノーツを飛び出して、現実世界に戻って幸せに過ごす方法を見つけたいです」


 これにはカノさんも驚きを隠せなかった。


「アオイちゃん、なんなの、このイカレポンチは」


「すみませんカノさん。こういうマジで夢見る系男子なので、大目に見てやって欲しいです」


 世界の秘密を追い求める二人だって、似たようなもんだと思うんだけどな。


  ★


 隠された書庫への出発は明日である。


 俺はレヴィアとフリースを坂の上の高級宿泊施設に連れて帰り、豪華な夕食を堪能して明日に備えようと考えていたのだが、二人は、すっかりアオイさんの汚い部屋でくつろいでいた。


 ベッドで大の字に寝転がるレヴィアと、普段アオイさんが使っているであろう机でページをめくるフリース。


「二人とも、帰るぞ」


 と俺が声をかけたが、二人とも一度振り返ってこっちを見たうえで無視を決め込んだ。これが既読スルーってやつか。


「えっ……おいおい、そろそろ晩飯の時間だし、昨日の美しくて広い部屋に帰るぞ」


 今度は振り向きもしないで無視である。これが未読スルーってやつか。


「まじかよ……こんなゴミみたいな部屋がいいってのか?」


 これには横に立っていたアオイさんが不満の視線をくれた。


 やがてフリースが本を読んだまま言う。


「本ってもともとは木でできてるよね。だから、アオイの部屋は()に囲まれた森の中にいるみたいでリラックスできる」


 彼女の中に流れるエルフの血が、森の大自然の雰囲気を選んだようだ。俺には理解できないが。


「私も昨日のきらきらした部屋より落ち着きます。アオイの匂い、嫌いじゃないですし、地面の中にいると落ち着くんです」


 レヴィアは地面の中が好きだなぁ。実は冬眠をする生き物か何かなのかな?


「お前ら、正気か? こんな人間離れした窓のない部屋の方が好きって、どうかしてるんじゃないのか?」


 フリースは相変わらず、こちらを見ないまま、


「そんなこというなら、ラックは一人で別にお高い部屋に泊まってればいいんじゃない? あの立派な宿にさ。ご飯を運んだり起こしてくれたりお掃除してくれる人もいたしね。胸の大きな、ね。興奮するんでしょ? 大きな胸に」


「おいおい……昨日の事を怒ってるのか? でも、あれはお前が勝手に脱ぎ始めたんだろ」


「脱いだ? 何の話です?」とレヴィア。


「昨日ね、裸みられた」


「えっ、二人で何してたんです?」


「見せつけてた」


 誤解を招く言い方はやめてくれフリース。


「は?」


 ほら、レヴィアがこちらを見ないまま険しい声を出してきた。


 俺は何とか説明する。紛れもない事実を。


「ちがうぞ、小糸丸だ! 見せつけたのは、裸体ではなく、立派な繭を張ったコイトマルくんだ。勘違いするなよ?」


「……どうでもいいですけど、ラックさんがいると狭くなりますし、襲われる危険もありますね。私たちはこのアオイの部屋がいいですけど、ラックさんは昨日の部屋がお気に入りみたいですし、さっさと帰ればいいんじゃないですかね」


 怒りのご様子である。


 そこで、会話を静かに聞いていたアオイさんが口を挟んでくる。


「そうだね、ラックくんから二人を守るためには、別のところに泊まってもらおうか」


 皆して、ここぞとばかりにやり返してきやがる。高い部屋なんだから、アオイさんの粗末な地下室よりも絶対に良いはずなのに。もしかして、俺にやり返すためにグルになってるんじゃなかろうな。


 いや、きっとそうだ。そうに違いない。これはアオイさんの策略だ。


「アオイさん、長く生きているくせに、おとなげなくないですか?」


「はい? ラックくんが悪いんでしょ? まったく可愛げのない」


「ちょっと理不尽じゃないか?」


「いやいや」


 俺の文句を軽くいなし、アオイさんは俺の一歩前に踏み出す。そして、長い両手を広げて二人に呼びかける。


「さ、二人とも、おいで」


 そんなことをやっても来るもんかと思ったのだが、なんと意外なことに、レヴィアはベッドから飛び降り、フリースも呼んでいた本を閉じて、アオイさんの腕にとりついた。


「アオイー」

「アオイさーん」


「よーしよしよし」


 二人を抱きしめ、頭を撫でるアオイさんの姿を見て、俺の心は波立った。


 なんということだ。あのフリースとレヴィアがなついている。


 振り返ったアオイさんの、「どうよ」とでも言いたげな顔を見せつけられてしまった。


「ラックは帰れば?」フリース。

「そうですね。ラックさんはどっか行けばいいです」レヴィア。


 二人とも、アオイさんの横から頭を出して言ってきた。


 フリースは昨日のコイトマルの一件で腹を立てていて、レヴィアはその一件でフリースと二人でこそこそ何かをやっていたことに対して怒りを抱いているようだ。アオイさんに関しては、さっき汚い部屋だって言ったことを、まだ許してくれていないみたいである。


 何でこんなことに……。


「さ、二人とも、ちょっと休もうか」


 メガネ装備のアオイさんはそう言って、二人を抱いたままベッドに寝転がり、ざまぁみろ、とでも言いたげな顔を見せつけてきた。


 三人、クイーンサイズベッドに川の字になって寝転んでいる。仰向けのアオイさんを真ん中にして、二人にしがみつかれている。手を広げたアオイさんが二人を腕まくらする形だ。


 そのポジションは、俺が夢見てる場所なのに!


「くそぉ、おぼえてろよ!」


 涙目の俺は、小悪党みたいな台詞を吐き捨てて、シラベール邸の地下書庫を飛び出した。


  ★


 俺は一人きり、宿泊施設に戻った。


 受付にいたのは、今朝、料理の配膳をしてくれたメイドさんだった。胸の大きな女性である。


「お客様、本日は、二人の女性のお連れ様は……」


「あぁ……その二人はキャンセルで」


 呟くように、俺は言った。


「そうなのですね。では、お部屋を変更いたしますか?」


「いや、その必要はない。もしかしたら戻ってくるかもしれないからな」


 自分で言ってて(むな)しくなる言葉を吐きながら、俺は鍵を受け取り、一人で使うには豪華過ぎる部屋に戻った。


 これまでレヴィアとフリースがいて(にぎ)やかだった分、ひとりきりになるとより強く寂しさを感じる。


 夜景の中に横たわる書店街の闇を見つめながら、この部屋の新しいネーミングを考えていた。


「かなしみの()、とでも名付けようかな」




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