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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第十章 書物のまち
225/334

第225話 アオイさんの聖典研究(5/16)

 薄めたところで、エリザシエリー酒が強烈であることに変わりはなかったようだ。それとも、レヴィアとフリースが極端に酒に弱いのだろうか。


 昼間だというのに二人が気持ちよさそうに眠ってしまったので、飲み始めてすぐに、アオイさんだけと向かい合って話すことになった。実質、二人きりである。


 落ち着いているアオイさんはアンジュさんと違って飲み過ぎることはなく、きれいな顔を少し赤く染めて微笑みながら、俺と話し続けていた。


 ここまでの旅路を振り返りながら話した後、アオイさんは言った。


「ラックくんが無事で良かった」


「俺もアオイさんが元気そうで安心しました」


「むぅ、そう言われると、なんか腹立つなぁ。なんなの、その俺は余裕でした、みたいな態度。こっちが護衛をさがせって言わなかったら、きっとラックくん死んでたよ。命の恩人にもっと感謝すべきじゃない?」


「いや。本当に助かりました」


「じゃあ、今度スイートエリクサー飲ませてよ」


「そうですね、でも、節約をしたいので、二人だけで行きましょう」


 そしたら、アオイさんは、少しびっくりしたように視線を外して、「そ、そうね」とか言ったあと、話題を変えるように言う。


「そうだ。ラックくんは、一体、どこから来たの?」


「え? 何言ってんですか。ホクキオからの地味に大変な旅については、ついさっき語った通りですけど。もっと面白く話せってことですか? それは厳しすぎるんじゃ」


「違う違う、その前だよ。マリーノーツに来る前どこにいたの、って意味よ」


「あぁ、そういうことか。東京です。狭い川沿いの歩道で自転車を避けたら、川底に真っ逆さまってやつ」


「東京かぁ、都会だねぇ」


「アオイさんは、どちらから?」


「信州。地域の民俗を調査してた時、神社の急な石段から足を踏み外して、気付いたらこの世界に来てた感じだね。転がり落ちて車道で空を仰いでいて、だんだんと視界が狭まっていって、青空が遠ざかっていくみたいだった」


「もしかしてアオイさん、余計な詮索をして神様におこられたんじゃないですか?」


「そうなのかなぁ。わりと真剣に学問やってたんだけど」


「真剣にやればやるほど嫌がられたとか? たとえばですけど、マリーノーツの歴史に隠された秘密を暴こうとしたら、困る人もいるでしょうし」


「え? ラックくん、何かそういう情報掴んだの?」


 掴んだことといえば、かつての支配者、エリザマリーが聖典マリーノーツを創作して、黒雲巫女(オトキヨ)白日巫女(エリザシエリー)への信仰をつくりあげたということくらいか。でも、これはおそらくアオイさんも知ってることだろうし、何より、こんなミヤチズの人々の目があるカレー屋でする話ではないだろう。


 特に、ミヤチズは白日の巫女への信仰が強い地域だって話だからな。土着(どちゃく)の信仰を根底(こんてい)から崩しかねない話題は時と場所を選ばなければなるまい。


「後で話しますよ。その他にも、アオイさんが思ってるより、びっくりする情報を持ってると思いますから」


「そっか、楽しみだね」


 そう言ってアオイさんは水を飲んで体内の酩酊成分(アルコール)を薄めていた。


 このひとはアンジュさんとは違って、無茶な飲み方をしない賢いオトナな人である。


  ★


「おいおい……こりゃ……豪邸じゃないっすか、アオイさん」


 軽いレヴィアを背負って坂をのぼり、やって来たのは貴族の居住エリアである。


 正直、高級宿泊施設なんてのが霞んで見えるくらいの雄大な場所に、アオイさんは居を構えているようだ。


 先端が尖った金属の柵が侵入を拒むように広大な敷地を囲っていて、その奥には巨大な草原の広場、幅広い水路を何十段も悠々と流れ落ちてくる水がせせらぎの音を響かせている。


 その奥に、満を持してあらわれる左右対称(シンメトリー)の建築はいくつもの装飾が施されていて、乳白色で、まるでフォースバレー宮殿のようだった。


 これでどんより曇り空でなく、青空だったら最高だった


 個人の邸宅でありながら、これほどの規模をもつ家に住むとは、アオイさんは一体何者なのだろう。


「こっちよ、ついてきて」


 圧倒される俺を見て自慢げに言った彼女は、眠るフリースを背負いながら、大きな門を押し開けて、颯爽(さっそう)と敷地内に入っていった。


 俺も続いて中に入る。揺れて背中のレヴィアが起きないように慎重に。


「いや、それにしても意外ですね。まさかアオイさんがこんな豪邸に住んでるとは」


 アオイさんは、正面から入るのではなく、右側のほうの端っこの道を進んでいく。外側を一度ぐるりとまわって、あの上品な建物の中に入るつもりなのだろうか。


 見る角度が変わっても、やはり立派な建物だ。ただのハリボテじゃない。写真を撮ってホーム画面とかに設定したい。写真を撮る機械なんか持ってないんだけどもな。


「アオイさん、どうせ大したことない家を借りてるものだと思って少しだけバカにしてたんですけど、なんかごめんなさい」


「いいよぉ、そんなの」


 アオイさんは、さらに進んでいって、花壇の真ん中に鎮座していた石の板を指先で文字を描くように撫でた。そしたら、石が動いて地面に大穴が出現した。


 あれ、おかしい。なんかこのミヤチズの上空と同じくらい雲行きが怪しくなってきた。アオイさん専用の豪華な入口があるのかと思ったけど、この隠し部屋の感じはマトモじゃない。ウサギ娘のエアーさんが閉じ込められていた地下牢が思い出された。


「さ、どうぞ」


 覗き込んでみれば、闇へと続く階段が見える。


「あの、アオイさん? あっちのカッコイイ建物に行くんじゃ?」


「あっちは、領主の暮らす家だから、絶対に入っちゃダメよ?」


「えぇ……?」


 数段下がったところの壁に、取っ手の付いた石がはめ込まれていて、アオイさんがその凹んだところを引っ張ったところ、壁の上側に等間隔で並べられたロウソクに一斉に炎が灯った。


 なかなか高度な仕掛けのように見えたけれど、階段の下のほうで、炎の間に鉄格子が並びまくっているこの風景は、まさに……。


 さらに、アオイさんに続いて少し降りてみると、ちょっとカビっぽいニオイがした。


「アオイさん、ここは、地下牢ですよね」


「昔はそうだったらしいけど、今は違うよぉ」


「ここに、住んでるんですか?」


「快適だよ?」


 どう考えてもいわくつき物件である。地下牢ということは、ここで閉じ込められて命を落とした人とかもいるだろうに。何かオバケでも出そうな感じとかするだろうに。よくこんなところに住めるものだ。


「実はさ、こっちに来てからね、書店街で目に付く本を全部買いまくってたら、こっちで借りてた部屋の床がズゴンと抜けちゃったんだよね。一階だったから被害は少なかったけども。


それから、しっかりした床の部屋を探して五軒くらい渡り歩いて、その全てで同じように床やぶりを繰り返していたら、ミヤチズの偉い感じの人たちが取り囲んできたんだよね」


「ド田舎の感覚のままで都会に住んでしまって野蛮人扱いされる感じですか? 上京して、東京都心部で(べこ)を飼って、くさい、こわい等の苦情が殺到するみたいな」


「そこまでじゃないと思うんだけどな。でも、とにかく罪人扱いされて、領主の前に突き出されたわけよ」


「そしてここは領主の家……ということは、逮捕(アレスト)されて牢屋行きってわけですか?」


「冗談じゃなくそうなりそうだったけど、ちょっと違うね。領主代理でもある領主の奥さんと、すごく話が合ってさ、敷地内の絶対崩れない場所を貸してくれるって言うから、そのお言葉に甘えたわけよ」


「へぇ、アオイさんと話が合う人って珍しいですね」


「どういう意味かな?」


「いや、そんな深い意味ないですよ。研究者気質(きしつ)っていうか、何か調べるのが好きそうな人と話が合いそうですよね、アオイさんは」


「お、なかなか鋭いところついてくるね。その領主の奥さんは、カノレキシ・シラベールさんっていう人なんだけど」


 つい最近、ここらの近所で聞いた名前だ。


「その人、馬の化け物に連れ去られて行方不明になったりしてませんでした?」


「えっ? ラックくん、何で知ってるの?」


「俺がその馬の化け物から女性たちを助け出したからですよ」


 そしたらアオイさんは感心したように、


「ほぁー、ラックくん、手広くやってるんだね」


「成りゆきですよ、ただの。……ていうか、シラベールさんってここの領主なんですか?」


「そうだよ。シラベール家の現当主は、議員を守るためのSP(要人警護)集団の総元締めだもん。以前は『貴族院警備隊』と呼ばれる組織だったんだけど、聞いたことない?」


 聞いたことはない。初めて聞く組織名だ。


 けど、いかにも神聖皇帝オトちゃんと敵対してそうな名前だな。


「今でいう、王室親衛隊だね」


「じゃあ、やっぱりオトちゃんと敵対してそうな名前ですね」


「あのさぁ、オトちゃんって……やっぱその呼び方ダメだと思うな。ちゃんとオトキヨ様って呼ぶクセつけないと、マジで危ないよ」


 心配は有難いのだが、でもそうすると、他ならぬ皇帝様本人から「首斬るぞ」みたいなこと言われるんだ。これが板挟みってやつか。


 俺は、「まあ、気を付けます」と適当な返事をして、階段を下り出した。


 それを見たアオイさんは、俺に背を向けて進み出した。背中には、フリースを背負っている。


 炎のあかりに照らされるフリースの小さな青い背中を視界にとらえながら、俺は彼女のあとについて階段を下っていった。




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