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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第十章 書物のまち
221/334

第221話 アオイさんの聖典研究(1/16)

 ここミヤチズでの目的は二つある。


 一つは、レヴィアと一緒に現実世界に帰還するための情報を手に入れること。もう一つは、アオイさんの聖典研究を手伝うことである。


 本当はレヴィアと一緒に帰る方法を探すだけのつもりだったのだが、アオイさんは自分の長い髪をなでくり回しながら言ったのだ。


「あれだけ待たせてくれたんだから、お詫びの気持ちくらいあるでしょう? ラックくんは、こっちの研究を手伝うべきだよ」


 このように脅迫されたのだから仕方ない。俺も大いに後ろめたさを感じるところだからな、手伝うしかないと思う。


 しかしまぁ、着いたばかりということもあり、特に急ぎの用があるわけでもなく、本格的なお手伝いは明日からということにして、まずは宿をとってゆっくりと観光情報の収集でもするつもりであった。


 レヴィアやフリースとのデートプランを練るのだ。


「情報だったら、こっちはいっぱい持ってるよ? ウチくる?」


 などとアオイさんが期待の眼差しで言ってきたけれど、論外である。ありえない。ミヤチズでのアオイさんの住居なんてのは見たことがないけれど、絶対に古本まみれの汚い部屋だってわかってる。この人は放っておくと古籍(ふるほん)を天井まで平積みするような人間なのだ。


 整理整頓という四文字とは縁の薄いタイプの古書収集家なのだ。


 埃まみれの古本くさい部屋でレヴィアが寝泊りするなど、許されない。それに、崩れてきた本にレヴィアが生き埋めにされたらどうする。


「遠慮しておきます」


「へ? なんでよ」


「そこまで世話になるわけにはいかないですよ。俺も皇帝を助けた謝礼金で全ての借金を返し切って身軽になったし、もう追われる身でもないんです。宿くらい自分で用意できます。しかも、アオイさんもビックリするような、かなりいい部屋を余裕で借りられますから」


「あぁ、そう、ふーん……まあ、いいけどね……」


 明らかにガッカリしている。年上女性のしょんぼり姿を見ると心苦しくなるけれど、愛する女性に快適な住環境を提供するのは男として当然の仕事!


「そういうわけで、すみません、アオイさん」


「いいって。本当に大した部屋じゃないし……まじでしょぼいし……お金持ちのラックくんには相応しくないゴミみたいな部屋だからね、仕方ないね」


 ちょっと拗ねて厭味(いやみ)ったらしくなっているけれど、なんとか納得してもらえたみたいだ。


「じゃあ、ラックくん、ついてきて。宿を紹介してくれるところに連れて行くから」


 そして坂の中腹にあった書店ギルド施設に入った。この町で最高の宿を予約したのは言うまでもない。


 建物を出たところで、アオイさんは言う。


「今日はもう遅いから、また明日、書店街の入口で待ち合わせね」


「え、これから書店めぐりとか……まだ夕方ですし」


「違うんだよね。()()夕方よ。おぼえておいて、ラックくん。書店街の夜は早いのよ」


 ミヤチズの中心街は三階層に分かれている。


 坂の上の高台に貴族街があり、広大な屋敷が並んでいる。坂の中腹は建物が入り組んでいて、書店関係者の民家が主だが、飲食店や雑貨店など、商いをしている店も雑然と点在している。そして突き当たりの坂の下、左右に伸びる大通りに広がるのが、マリーノーツ最大の書店街である。


 ――書店街の夜は早い。


 その言葉通り、夕方には店じまいとなり、道路上の本棚は、並んだ本が濡れないように、全て防火防水シートをかぶせられた。大通りでありながら街路灯なんてものも存在せず、陽が沈み切った後の坂の下は人間のいる場所とは思えないほど真っ暗になった。


 ――本にも睡眠が必要だ。


 というのが、ミヤチズ領主代理の主張だからだという。わけのわからない主張のように思えるけれど、物を大切にする気持ちは素晴らしいものだと思う。


 というわけで、夜の書店街には結界が張られ、人間も、小動物も、蟲の一匹さえも入ることができない。もしもコッソリ入り込もうものなら、王室親衛隊の精鋭部隊が数分で駆けつけるという噂である。


 つまり、みんなで書店街を楽しむのは明日以降になるというわけで、俺たちは予約した宿でディナーを楽しむことにしたのである。


  ★


「青いお召し物のお連れ様には、お肉やお魚はお出ししない方がよろしいでしょうか?」


「いや、大丈夫。あの子はエルフって言ってもクォーターなんだ」


「かしこまりました。では、当店自慢のコースをお楽しみください」


 ホクキオにあったお高い店と似たような雰囲気。床には高級絨毯が敷かれ、すべてが清潔に保たれている。花が飾られているのだが、その花瓶は金色(こんじき)のオーラを放っており、つまりは宝物である。そして高い場所から夜景を見下ろせる良い眺め。


 食事ホールの作りが同じなので、ホクキオの店と同じ人が建てたものだろう。たぶん、優秀な建築スキルをもった転生者の手によると思われる。


 俺たちは窓際の席に案内された。夜景の見える特別席だ。


 その景色を見るや、レヴィアが小さくはしゃぎ、フリースは無言で感動していた。


 喜んでくれて何よりだ。


「ラックさん、あの坂の下が真っ暗なんですけど、あれ何ですか?」


「レヴィアは街並みよりもそんなところが気になるのか? あそこは書店街の闇だ。本を眠らせてあげようという、このへんの領主代理の粋な計らいってやつらしい」


 俺は知りたてほやほやの知識を自慢げに披露した。


「手前が明るいぶん、闇が深く見えますね」


 どことなく恍惚(こうこつ)としてレヴィアが呟いた。いい暗闇を見れて嬉しいようだ。俺は暗闇を好む系の男子じゃないので、その感覚はよくわからんが。


 そうこうしているうちに、料理が運ばれてきた。大きなテーブルいっぱいに様々な料理が並んでいく。高級食材ばかりだった。


 当然、その味は最高級である。毎度毎度こんなものを食べていては旅の資金なんかすぐに尽きてしまうだろうけども、今回ばかりはミヤチズ到着記念ということで奮発した形だ。


「うまいです!」


 レヴィアが目を輝かせて喜んでいた。


「なかなかやる」


 フリースの反応も悪くない。


 と、そこでレヴィアがメニュー表を見ながら弾んだ声を出した。


「ラックさん、ラックさん。みて下さい。スイートエリクサーありますよ? 乾杯します?」


 クッ、見つけてしまったか。さすがレヴィアだ。めざとい。


 値段が高すぎて見ないふりをしていたんだけども、どうもレヴィアはエジザの鉄板焼き店で飲んだマリーノーツ最高の甘味、スイートエリクサーが大層気に入ってしまったようだ。すっかり贅沢な舌になってしまって、これは教育の失敗が疑われるなぁ。


 ていうか、たかが一杯のドリンクに金貨を要求してくるのやばくない?


 食事の際に銀貨を要求されたら、その時点で超高級店って感じなのに、アルコールも入っていないグラス一杯の飲み物で、金貨数枚が飛んでいくなんて……いや、しかし、レヴィアの頼みだし、長かったミヤチズへの旅路、その到着記念の宴なのだし、レヴィアとフリースには、いつも助けられているし、多少無理してもいいかなと思ってる。


 いざとなればオトちゃんからもらった無印のエリクサーでも売り払えば、巨万の富を得られるだろうしな。……まだ薬屋さんから借りたエリクサー返してないけど、もしそうなったら仕方ない。


 そんなギルティな心を抱きながら、俺はスイートエリクサーを注文した。


 すぐに運ばれてきて、三人分のグラスが行き渡る。


 あまり品のいい行為ではないが、三人でグラスをぶつけて打ち鳴らし、乾杯して大事に飲んだ。


「おいしい!」

「これは……長く生きてきたけど知らなかった。こんなものがあるなんて……!」


 最高のレヴィアの笑顔と、いつも冷静なフリースの驚くレア顔が見られて、俺も幸せだ。


 節約しないとすぐ幸せじゃなくなるから、しばらくスイートエリクサーを我慢してもらわないといけないなと思うけどもな。


 さて、しばらく二人がグラスを傾ける姿を眺めていたのだが、そのうちフリースが氷文字で何かを書き始めた。感謝の言葉かなと思ったけども違った。


 ――あとで、ラックの部屋に行くから。


「そりゃまたなんで」


 ――見せたいものがある。


 何なんだろうな、一体。




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