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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第二章 旅立ち
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第22話 通りすがりの大勇者(2/5)

「おなかすいてない?」


 家に入るなり、そんなことを言った年上のまなかさんは、服装を黒を基調にした地味なものに着替え、台所へ行った。そして、「きったない」だの「愛がない」だの何だのと、いろんな言葉で文句をつけてきた。


いきなり来たのは彼女の方だってのに、抜き打ちチェックみたいなことを言われたわけで、あまり良い気分ではなかった。


 俺は試されるのが嫌いなのだ。


 だけど、そんなモヤモヤは、彼女の手料理を食べただけで吹っ飛んでしまうのだろう。


「はいどうぞ」


 料理スキルってやつだろうか、それとも食材の力だろうか。一瞬で完成したパスタっぽいもの。とても香ばしい良い香りがしたけれど、まなかさんの料理にしては珍しく、彩りが少なめだ。食欲をそそる見た目とは言いがたい。


 グロテスクですらある。


 この黒くてグニュグニュした柔らかい塊は、何だろうか。口に運んでみる。


「……う……」


「う?」


「うまぁい!」


 噛むたびに尋常ならざる濃厚な旨味が口の中に広がっていき、すぐさま俺の全細胞がこの謎の肉の(とりこ)になった。


「うふふ」と、まなかさんは嬉しそう。「珍しいお肉なんだよ? 売ると超高いの」


 高級食材というやつか。納得だ。食べた途端に、身体の芯から温まり、ものすごい力が湧いてくるのを感じた。魔法やスキルってのをまだ使ったことがないけれど、自分の中にある魔力のようなものが高まっている感じがする。


「まなかさん、これ何の肉ですか?」


 自分の口からそんな言葉が放たれた時、はっとする。


 年上の女の人。ごはんを作ってもらう。謎の肉を食べさせてもらう。こいつは……十年前の展開と似ている!


「まなかさん。まさかこれは、牧場のモコモコヤギじゃ……」


「え? 違うよ。そんなクソみたいな安物と比べないでよ。これは呪いのウナギ肉」


「の、ののの呪いィ?」


「あ、まって、慌てないで。ちゃんと呪い抜きしてあるから大丈夫」


 毒抜きみたいなものだろうか。


「ていうか、ウナギですか? ウサギじゃなくて?」


 ウサギの肉なら、ホクキオの露天市場で安く売られているから食べたことがある。ウサギ型モンスターがアヌマーマ峠の向こう側に多く出現するらしい。素早くてなかなか捕まえるのが難しいのだという。肉屋の店主が言っていたので間違いないはずだ。


 俺は、転生してからというもの始まりの町の領域から出たことのない男である。アヌマーマ峠の反対側なんて行ったことがないので、肉の生前の形など知らないが、店主がウサギだというのだからウサギなのだろう。


 まぁそれは置いといて、今は、まなかさんとの食事に集中しよう。


 まなかさんは言う。


「ウサギかぁ。カタカナにすると似てるけども、ウサギじゃなくて、うねうねにょろにょろした、あのウナギだよ。食べたことあるでしょう?」


「えーと、現実のほうではありますけど、マリーノーツに来てからは、まだ口にしたことないですね」


「え、そうなの? ホクキオにも有名なお店があるはずだけど……」


 そうは言うけれど、現実世界でも異世界でもウナギって、やっぱりお高いんでしょう。そりゃあ成り上がったベス牧場の夫婦とかは毎日のように食ってるんだろうけども、俺は家を修理する資金にすら事欠く状況だ。贅沢はエネミー(てき)なのだ。


「これは、雷撃ウナギっていう伝説的な激レア生物でね、魔力を食べて大きくなるんだよ。だから、制御できない膨大な魔力とかを封じるために使われるんだけど、魔力を溜め込みすぎると巨大な雷撃を発散して、地形を変えちゃうんだよね」


「危険な生き物なんですね」


「そうなの。でも美味しいの」


 まなかさんは笑い、自分の皿からパスタを食べていた。


 久しぶりに落ち着いた時間を過ごしている気がする。信用できる人と一緒にご飯を食べられるっていうのが、こんなに幸せなことだったとは。


 そう考えると、毒見が必要な王様の一族とかには絶対に生まれ変わりたくない。ご飯を食べる時間ってのは至福のひとときであってほしいんだ。


 ここ十年間。数日に一度の食事の時間が、嫌なことばかり思い出す時間になっていたけれど、まなかさんと一緒のゴハンタイムは、アンジュさんの幻影からほとんど解き放たれていられる。


 二人でパスタを食べながら、雑談が開始される。


「まなかさんは、最近、どうしてるんですか?」


「どうって?」


「何か変わったこととか……」


「そりゃあラック、十年もあれば人間は変わるもんだよ。たとえ時間が止まっていて年齢を重ねない転生者であってもね」


 胸にズキンときた。遠回しに、「君は変わってないね、いつまでも足踏みして何やってんのさ」と言われた気がしたからだ。


 言い訳をすることだってできる。だけど、それは、とても格好悪いことのように思えた。


 アンジュさんが悪いのは確かだが、俺がちゃんと強ければ、自警団からだって逃げられただろうし、三つ編み裁判だって俺がちゃんと頭が良ければ切り抜けられたかもしれないんだ。


 だから、アンジュさんの名前は出さないことにした。


 かわりに、俺はいろいろと突っ込んで聞いてこられる前に、こっちから質問攻めにしてやることにした。


「まなかさん」


「んー、なに?」


 かくんと首をかしげる。


「まなかさんは、今も『冒険者』なんですか?」


「冒険かぁ。冒険は、し尽くしちゃったからな。今では、『大勇者まなか』って言われてるよ」


「大勇者……」


 すごい響きだ。もともと遠い師匠が、さらに遥かな高みに行ってしまった。


「でも、まなかさん。大勇者って何をする職業なんですか?」


「職業っていうか、称号っていうのかな。あれは、ちょうどラックと別れた後くらいだった。この世界の偉い人に挨拶しに行ったら、その人から、『名乗っていいよ』って言われたんだよね。なんか面白そうだったから、大勇者ってのになってみたんだよ」


 なんだろう、大勇者っていうのは、そんな軽いノリでなれるようなものなんだろうか。


「でもさ、きいてよラック。なんか大勇者になったら、あんまり自由がなくなっちゃって、いろんな戦場に駆り出されるようになっちゃったんだよね。大規模な魔王討伐があると、ことあるごとに連れていかれてさ、明け暮れたよ、戦いにさ」


 まなかさんは、戦いの毎日を思い出すように視線を虚空に向けた。


「だから、わたしね、大勇者をやめようと思う」


「やめられるものなんですか?」


「簡単には無理だね。抜けようとするのを止める人たちとの戦いがある。儀式みたいなもんだね。それに勝たないと抜けられないから」


 大勇者、危険な称号すぎじゃないか。これまで聞いている限りでは、一度入ったらなかなかやめられない面倒なドロ沼の肩書ってだけで、全くいい話がないぞ。甘い汁とか吸えたことないんだろうか。


「もちろん、悪いことばかりじゃなかったよ。雷撃ウナギの肉もそうだけど、珍しい食材が簡単に手に入るから、そこは楽しいんだけども。でも、食材の情報はあらかた手に入ったし、もういいかなって」


「そうですか……」


「わたしはもう、この世界をこれでもかってくらい味わいつくしたからね。普通の人間に戻ることにしたよ」


 なんだかアイドルの引退宣言みたいだ。


 引退する……いや、まさかな。しかし、一応きいてみよう。


「まなかさん、それって……もしかして、このゲームをやめちゃうってことですか?」


「えっ?」まなかさんは驚いて、「いやいや、そんなわけないじゃん。ただ、戦いに関しては、もう満足したからさ、田舎に引っ込んで、レストランでもやろうかなって思って」


「そうですか……」


 世界退場宣言じゃなかったことに少し安心して、同時にすぐに「引退」の二文字を思い浮かべるような、何もしないうちから諦めてしまっている自分自身に気付いてしまって、それがまた俺を落胆させた。


「ラック、なんか前にも増して暗いよ。何かあったの?」


 何かがあったといえばあった。だけど何もない虚無の日々だったとも言える。ただ、一つだけ確実に言えるのは……。


「いやあ、実は俺、このゲーム、向いてないと思うんですよね」


 冗談じゃなく、俺はもう、このゲームをやめてしまいたい。旅に出ることもできなくたっていいじゃないか。年上の女へのトラウマだけ抱えたままでもいいじゃないか。魔王に出会うこともできなくたっていいじゃないか。死ぬほど格好悪くたっていいじゃないか。


 ここでの転生者は、無茶な戦いさえしなければ死なないんだ。ずっと旅などせずに、転生者の責任なんて果たさずに、このホクキオの町を舞台に安心して悠々と過ごしたっていいじゃないか。


 俺がやらなくたって、誰かが魔王を倒しまくってくれる。実際に、転生者のアンジュさんが山賊をやってる間にも、何人もの魔王が転生者の手によって葬られていったはずだ。


 ならば、俺が旅に出る理由などないじゃないか。


 そんな思考をめぐらせたところで、全てを見透かしたように、大勇者様は言うのだ。


「ねえラック、向いてないっていうけれど、プレイもしていないのに、どうしてわかるの?」


 返す言葉もなかった。




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