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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第十章 書物のまち
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第219話 馬にくるまれて(6/6)

 さらに翌日のことである。


 豪華な客間で目覚めた朝、一人部屋の窓の外をみたら、西洋風の貴族屋敷、その庭にいた馬が、首に輪っかをかけられたり、たてがみを金色に染められたり、いろいろ飾りつけをされていた。


 わずか一日にして学問所の名物となっていたのである。


 白き馬皮、アワアシナくんのところに、ひっきりなしに女性客の訪問があったようだ。


 しばらく眺めていると、一昨日のお嬢さんが日傘をかざしながら小さな歩幅で歩いてくるのが見えた。


 気になったので、俺も部屋を出て、アワアシナのところへと歩いていく。


 途中の廊下にレヴィアがいたので、合流して白馬に向かった。


 柵のところに、誰が書いたのか、『アワアシナ』と名前が刻まれた木の板が掛かっていた。


 俺とレヴィアの姿が近づいてくるのに気付いた幸薄そうなお嬢さんは、白馬のアワアシナくんを撫でながら言う。


「アワアシナという名をいただいたのですね。素敵な名前です」


 さらに続けて、俺の方に向き直り、


「もう一度、この子とお話をすることはできませんか?」


 普通の状態では、ただの中身のない馬の形をした皮だけモンスターである。ぺらぺらではあるが、当然、ぺらぺら話をすることはできない。せいぜいヒヒーンとかブルルッフとか言うくらいである。


「よし、そいじゃアワアシナ、もう一度、看板の中の世界に行こう。お前の大事なお嬢さんが、話をしたがっている」


 レヴィアと俺を背中にのせて、お嬢さんの身体を日傘ごと、ふわり優しく体内に包み込み、柵をジャンプ一番とびこえて、風になって石畳を駆け抜けた。そのままの勢いで看板の中へ。草原の異世界(ワンダーランド)に降り立った。


 太陽のない白い空。山に囲まれた小さな草原。


 俺とレヴィアの立ち合いのもと、二人は……否、一人と一頭は向かい合った。


 あれ、でもこれ、俺とレヴィアは、むしろいなくてもいいんじゃないか。邪魔者は消えるべきだと思うんだが……。


 とはいえ、馬皮モンスターが、また暴走しないとも限らない。もう全く邪気がなくなって、絶対に暴れ出しそうになくても、念には念を入れておかねば。


 いやいや、しかし、それでもやっぱり、ちょっとさりげなく距離をおくのが気遣いのできる人間なのではなかろうか。レヴィアにも、そこらへんの人間らしさってやつを教えてやりたい。肌で感じさせてやろう。


 俺はレヴィアの手を握り、馬皮と女性からこっそり距離をとり、両者の意識に入らないくらいの位置で見守ることにした。


 緊張感。


 お互いに黙り込む微妙な空気の果てに、先に口を開いたのは、アワアシナのほうだった。


「お嬢様、すでに聞き及んでいるでありましょうが、拙者、かの学問所にて神馬(しんめ)として働くことに相成(あいな)(もう)した。(われ)を忘れていたとはいえ、取り返しがつかなくなってもおかしくないほどの大悪事を働いたのは紛れもない事実。これよりは、天下の皆々さまのために全身全霊、粉骨砕身、張り切って奉公させていただくことで、罪滅ぼしとさせていただきたい」


 お嬢様は深く頷いた。


「わたしからも、報告があります。父が捕まったことで、顔も知らない殿方との結婚は破談になりました。父が約束破りで被害者面(ひがいしゃづら)の馬殺しだったので、仕方ないことです。あのような父でも自分の親なので、複雑ではあります……お役目を終えたとき、どうか心を入れ替えてくれているとよいのですが……」


「入れ替えるというより、元に戻るべきなのだ……お嬢様が何者かにさらわれる以前の、おかしくなる前のご主人様は、拙者に対しても優しい人だった。おかしくなった後でも、お嬢様のことを深く想っていることは、拙者にも伝わってきた。言い換えれば、お嬢様のために、ご主人様は拙者を撃ったのだと思う。その優しさがあるのなら、元に戻れるはずだ」


「そう……なのでしょうか……。わたしもそう信じたいです」


「無論。お嬢様の父上ならば、みずからの悪しき心にも打ち勝てましょうぞ」


 それからしばらく、互いに微笑み合うような静かな時間が流れて、次に言葉を発したのは、日傘のお嬢さんのほうだった。


「わたし、あれから色々考えたんです。そして、少しでもあなたの近くにいたいと思っている自分に気付きました。校長先生にしつこく頼み込んで、あなたのお世話をさせていただくことになりました。あなたのことを振っておきながら、近くをウロウロすることを、どうかお許しください」


滅相(めっそう)もない」


「許して、くださいますか?」


勿論(もちろん)


「本当に本当ですか? わたし、不安で……」


「拙者は、いつか、お嬢様には幸せになっていただきたいと願うばかり」


「そんな……あなたを差し置いて、わたしだけが幸せになって良いのでしょうか?」


「何より、それが拙者の夢なのだ。そして、世界で一番幸せなお二人を背中にのせて、皆の祝福を一緒に受けたい。その役目を終えるまで、拙者は何があろうと、この世に留まり続けようと思う」


「待ってください。それだと、わたしが幸せになったら、貴方(あなた)いなくなっちゃうってことですか?」


「もし、お嬢様が望んでくださるのであれば、無論、いつまででもお(とも)いたします」


「……わかりました。じゃあ、わたし、がんばって幸せになります」


 人とモンスターの微妙な関わり合いのなかで、アワアシナとお嬢様はともに歩んでいくのだろう。


 種族が違っても、生きる時間が違っても、そこに愛が芽生えることがあるかもしれない。


 そういう瞬間が来ることを祈りつつ、俺たちは先に進もう。


「種族の違い、か」


 これは、なにも他人事じゃあないだろう。たとえば、俺は転生者だから、マリーノーツでは最初から永遠みたいに長い寿命がある。エルフの血を引いていたら、フリースみたいに長生きできるだろう。


 ただ、レヴィアは別だ。この世界の住人だ。俺やフリースが若いままでも、レヴィアだけが年老いていってしまうのを想像して、脳内に悲しい光景が広がってしまった。


 俺は繋いだ手に力を込めた。


「どうかしましたか? ラックさん?」


「いや、ちょっとな。レヴィアに極上のエリクサーでも飲んでもらえれば、永遠にレヴィアと一緒にいられるかなって考えてた」


「え? えと……ラックさんの世界に行くっていう話はどうなったんです?」


「ああ、そうだな。それだ。永遠の命ってやつも悪くないけれど、やっぱり俺はレヴィアと一緒に歳を重ねていきたいと思うよ」


 そのためには、やっぱり、何としても一緒に現実に帰らないといけないな。


 かくして俺たちは、アワアシナとラージャン学問所に別れを告げて、ついにミヤチズに到着するのだった。




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