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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第十章 書物のまち
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第218話 馬にくるまれて(5/6)

 特殊スキル『ワンダーランド』で作られた異世界においては、動物やモンスターとの会話が可能である。


 この場に猟銃男のお嬢さんを連れて来たのも、それが理由だ。白馬は、すでに撃ち殺されてモンスター化した身ではあったけれど、この限定的な異世界空間の中では、対話ができるのである。


 小ぎれいな格好をしたおとなしい女性は、すぐに銃を(はな)ってくる男のお嬢さんとは到底思えないほど洗練された雰囲気がある。良い教育を受けてきた感じだ。


 さて、皮の中から全ての女性たちを吐き出したモンスターは、再び馬の形となった。


 すると、女性はハッとして口をおさえた。


「あなたは……!」


 そうして、互いに歩み寄り、ついに女性は白馬の首を抱きしめた。


「やっぱり、あなただったのね……本当にありがとう。あなたのおかげで、わたしは生きています」


「お嬢様……」


 白馬モンスターは涙ぐんだ。


「そのような素敵な声をしていたのですね。まさか、あなたと話をできる日がくるなんて……」


「拙者も、あなたとこうして対話できる日がくるとは、まさしく感激の至り」


「ですが、女の人を見境なく襲っていたのは、よくないことです」


「面目ない。先ほどまで、記憶がなかったのだ……あちらのお二人が、拙者の大切な人の顔を思い出させてくれたのだ。彼女らのおかげで、記憶を取り戻せた。その結果、あなたのお父様の悪事も、ありありとよみがえってきた」


 父親の悪事とは、簡単に三行くらいで言うと次の通りである。


 まず、娘が誰かに連れ去られたため、父は飼っていた白馬に、「娘を助けてくれ。助けてくれたら嫁にやる」と約束した。白馬はその言葉を鵜呑(うの)みにして、張り切って長距離を駆け巡り、見事助け出した。しかし、父は約束を破って白馬を撃ち殺して埋めたのだ。


「ごめんなさい。あんなことになってしまって」


「拙者は、お嬢様……あなたを愛していた。あなたと一緒になりたかった。しかし、モンスターに身を落とした今となっては、その資格はありますまい」


 女性は沈黙した。どう答えれば白馬を傷つけずに済むのかを慎重に考えたようだ。そして、長い沈黙の末、言うのだ。


「あなたの気持ちは、とても嬉しいです。ですが、今はもう……。もともと父が勝手に決めた約束でしたし、しかも人ならざる身であった上に、死してモンスターとなっていらっしゃる殿方(とのがた)とは……その……」


 はっきりとは言っていないが、要するに、「ゴメンナサイ」というわけである。


「優しいのですね、お嬢様……」と白馬は虚空を(あお)いだ。


「すみません。どうすれば良いのか、わたし、わからなくて……でも、わたしは本心からこう思っています。……次の世に生まれ変わったら、そこで一緒になってもらえませんか?」


「お嬢様、その言葉だけで、十分でございます……」


 馬は心優しいお嬢様の結論を受け入れた。


 もしかしたら、お断りの言葉をききとどけ、白馬自身が納得していることを伝えるために、こいつはワンダーランドのスキルを求めてモンスターになったのかもしれないな、なんて思った。


 彼女の立場になって考えれば、知らない男たちに襲われて連れ去られたかと思ったら、白馬に乗った王子様ならぬ白馬そのものに助けられ、家に帰ってみれば、なんとその飼っていた馬本体が自分と結婚するという話になっていたわけだ。


 そして約束破りの父が馬を撃ち殺し、馬がモンスター化した。白馬は女と見れば見境なく誘拐するようになってしまい、娘は、父とともに化け物の復讐に怯える日々に突入した……かと思ったら、大勢の女たちに連れ去られ、モンスターとなった馬にくるまれながら異世界に連れて来られ、あらためて思いの(たけ)を告げられたわけだ。


 彼女の意志など全く尊重されず、荒波に翻弄(ほんろう)されるかのように、彼女自身があずかり知らぬところで勝手に物語が展開され、最終的に、馬の化け物に言い寄られているというわけだ。


 狂ってる。まじで幸薄い。そう思う。


 馬にさらわれて連れて来られた観客の女たちは、この結末に感動したようだ。めいめい、泣いたり、拍手したり、観客同士で抱き合ったり、馬に感謝の言葉をかけたりしていた。


 まるで大団円(だいだんえん)の最終回を迎えた雰囲気だったけれども、俺とレヴィアは、全力で戸惑うばかりなのであった。


  ★


 翌日のことである。


 ともにお嬢様連れ去り作戦に参加したリーダー的な赤髪の中年女性が、学問所の客間に泊まった俺たちのところへやって来た。なんでも、馬と俺とレヴィアをワンダーランドの草原に連れて行きたいという。


 特に断る理由もない俺は、レヴィアに後ろから抱きつかれながら馬に乗り、ゆっくりと歩く赤髪の女性と話しながら目的地へと向かうことにした。


「この白馬ね、ラージャン学問所で飼うことに決まったよ」


 赤髪の彼女らの提案が受け入れられた結果らしい。ハーシィ校長からは、はじめこそ「モンスターだから」という理由で反対されたものの、校長の妹たちを含む、さらわれた女たちの猛プッシュで押し切ったのだという。


 罪を重ねたモンスターではあったけれど、愛の復讐物語が女性たちの心を完全に掴んだようだ。


 そうこうしているうちに、交差点の一方向だけ雰囲気が違う看板に到着し、馬を降りて中に入り、草原に降り立ったところで、赤髪の中年リーダーさんは、言ったのだ。


「てなわけで、取り急ぎ、白馬くんの名前が必要なんだ。いつまでも白馬くんって呼ぶわけにもいかないし、もともとの名前は縁起悪くて避けたい。だったら新しい馬の生き様を表すような真新しい名前を……ってことになったんだけど……これがどうも難航してね。そこで、あんたに決めてもらおうってわけさ」


 正直、そんなにこの白馬に思い入れはないけれど、どうしようか。


「急にそんなことを言われてもなあ……あ、そうだ。じゃあ、あの交差点の名前とかでいいんじゃないか」


「交差点?」と赤い髪の人。


 たしか、ワンダーランド草原に続いていた看板の文字は、『アワアシナ』だったと思う。


「だから、そのまんま、アワアシナくん、とかでいいんじゃない?」


 しかし、これには待ったが掛かった。


「適当すぎませんか、ラックさん」


 レヴィアだ。


「ラックさんも本気出せば、『小糸丸(こいとまる)』さんみたいに素敵な名前つけられるのに、ひどい手抜きです。このお馬さんのこと嫌いなんですか?」


 フリースから、かのイトムシの名前の由来でも聞いたのだろうか。たしかに我ながら、あの漢字の一部を組み合わせた名前はオシャレネームだと思うが、あれはフリースという女の子にとても深い思い入れがあったからこそ(ひらめ)いた名前なのだ。


 この馬皮モンスターの物語はなかなか興味深いものであり、何発もの銃弾やら砲弾を撃ち込まれるという体験を受けたりもしたから、深く印象には残ったけれど、ステキネームを考えてやるほどの思い入れは生まれなかった。


 ていうか、むしろ気になるのは、なんでこの白馬くんは、こんなに女性人気が高いんだよ。たしかに、よく見ると端正(たんせい)な顔立ちをした美しい馬だけども。


 なんか、女性を()きつけてやまないフェロモンとか、オーラとか出てるのかな。


 白馬は穏やかな口調で言う。


「まあまあ皆の衆。アワアシナという名、拙者は気に入った。ラックどの、感謝いたす」


 当事者が良いというなら、まあいいか、という感じで、茶髪カウガールのレヴィアと赤髪の女性は頷いたのだった。


「あっ、そういえば……すみません。自己紹介が遅れました。俺はラックといいます。よろしくです。あなたは、その……」


 俺がそう言うと、赤髪の女性は軽く頷いて、胸に手を当てて自己紹介をする。


「ラージャン学問所でマリーノーツ歴史学の臨時講師をしております、カノレキシ・シラベールと申します」


 シラベールとは、何度も耳にしてきた名前である。


「というと、クテシマタさんやサカラウーノさん、それから、ボーラ……えっと……ボーラさんの本名、何だったかな」


「ハニノカオちゃんかい?」


「そう、ハニノカオ・シラベールさん! そしてあなたは、みなさんの……えっと、お姉さん、ですか?」


「まあ、世渡り上手だこと。母だけどねぇ」


「お母さま……。若いから全然そうは思えませんでした!」


「あら、かわいい。旦那と離縁して、あなたと結ばれようかしら」


「え、や、それは……」


 それは困るし、何よりも、レヴィアがいる場所でそういう発言をされると割と本気で困る。ただの冗談であり、わざとやったわけでもないんだろうけども、レヴィアの監視は厳しいから。


「ラックさん! またですか!」


 ほらきた。


「ま、またってなんだよレヴィア」


「また浮気して!」


「何をいう。こんなのただの挨拶じゃないか。それに、一度もお前以外に心奪われたことなんか……ない、ぞ?」


 レヴィアは奥歯を噛んだ。


「いま、ちょっと間がありましたね。フリースのことでも考えましたか?」


 するどい。あとフリース以外も、アオイさんとか、大人なオトちゃんとか、アンジュさんとか、タマサとか、何人か考えてしまって申し訳ない。


「何度も言ってますが、フリースはすっごい年上ですよ? おばあちゃんみたいなものですよ? このひとにしたってそうです! ラックさんは、本っ当に年上が好きなんですね!」


 もうどうしようもない。ごめんと言うほかに、手を思いつかなかった。


「あ、あーっと、ごめんよ、ラックくん。なんか、変なスイッチ入れちゃったみたいだねぇ」


 赤髪のカノレキシさんは苦笑いだった。


「いえ、こちらこそすみません」


「いいさ。ラックとレヴィアだね、その名前、おぼえとくよ」


 カノレキシ・シラベールさんは、そう言うと、白馬が生み出した出入口から、ワンダーランドの外へと去っていき、俺とレヴィアが出た時には、もう姿が見えなかった。




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