第217話 馬にくるまれて(4/6)
「拙者が元の世界への門を開く」
白馬がリーダーシップを発揮し始めた。
異世界を作るというスキル、『ワンダーランド』を持つに至ったのは、かつての飼い主への怨みからだろうか。彼は、この狭い草原世界の主となり、本来、扱うのが難しいと言われる珍しいスキルを完全に使いこなしており、出口をどこに作るのも自由自在なのだった。かくして、光り輝く門が草原に出現し、そこが先ほど通り抜けた交差点の看板に繋がっているという。
「外へ出たら、皆とはお別れだ。本当に迷惑をかけた」
しかし、この白馬の言葉には、待ったが掛かった。
リーダー的存在感のある貴族の女性が三人、歩み出てきたのだ。そろって質素な服装ながら、依頼主の校長に顔立ちや所作がよく似ていて誇り高い感じだったので、たぶん妹たちだろう。若いほうから順番に声を出す。
「あたしたち、さっき穴の中で相談しました。迷宮入りした神馬殺害事件の真犯人が、被害者ぶっていた飼い主だったと知って、怒りが抑えきれません」
「わたしたちも、あなたの復讐に協力させてください。あなたに連れて来られた女たち全員が、あなたの味方です!」
「ミヤチズの女の力、見せつけてあげましょう!」
幼女から老婆まで。三人の声に大賛成で沸き立った。
白馬は、「お主ら……」と言いながら感涙をにじませていた。
馬は俺とレヴィアをのせたまま、巨大な風呂敷のように広がり、女性たち全員を一気に包み込んだ。そして、震えた声で語る。
「目標は、拙者の愛する女性を、この場に連れ去ってくること。そうしてあの愚かな男への復讐と、彼女への愛を同時に成就させる!」
堂々とした犯罪宣言の後、白馬は「いざ!」と言って四角いゲートを出現させて飛び込んだ。
俺は馬の上で、レヴィアに背中から抱きつかれながら、ワンダーランドの外に出た。
入った時と同じ交差点だ。すぐにフリースの驚いた顔が視界に飛び込んできた。
「ちょっとラック。どうなってんの?」
「フリース! ついてきてくれ、さっきの男の家に行く!」
フリースは白銀の髪を風になびかせながら、いきなりのことに混乱しているようだった。咄嗟の事態に弱いところがある青い服の大勇者様である。けれども、そこはさすが大勇者。置いていかれることなく、疾走する馬に負けない速度で地面を滑ってついてきた。
白馬は風を切って石畳を疾走する。流れていく視界。響く風の音。
背中にはレヴィアの柔らかさを感じる。あと、そのさらに後ろから、抱きつき行為に対して向けられた冷たく静かな怒りの視線も感じた。
あっという間に猟銃男の民家に到着した。
興奮する白馬は、そのまま敵陣に突っ込もうとしていたが、たてがみを強く引っ張って止めた。
レヴィアが危険にさらされることになるからだ。
「落ち着け。まずは、俺が偵察にいこう」
ワンダーランド世界の中でしか会話ができないため、白馬はブルルルンと言うだけだった。「よろしくお願いします」というよりは、「なぜだっ」と言っているように見える。
降りた後、一度レヴィアのほうを振り返ったら、馬に乗る姿がとても似合っていた。見事なカウガール姿が完成していた。馬も皮を広げた状態にならなければ見た目は凛々しい白馬だし、この視界を永久保存したいと思った。
「何みとれてんの。さっさとあの男を倒しに行きなよ」
フリースの冷たい声が、現実に戻してくる。
「そ、そうだな」
俺はステータス画面から、オトちゃんからもらっていた大きめの盾を取り出して装備した。跳ね上がる防御力。
そうっと忍び足で開いている扉の前にまで来て、ちらりと中を覗き見た。その片目の真正面に、銃口があった。
「ひぃ」
急いで顔を引っ込めた後で、銃弾が風を吹かせて過ぎて行った。
「さっきの怪しい男だな! やはり化け物の手下だったか! 娘はやらん! 娘はやらんぞ!」
まず、俺は怪しい男でもないし、ホワイト馬皮モンスターの手下でもない。
怪しいといえば、俺よりも、家の中を覗き込んだ人間に対して躊躇なく銃をぶっ放してくる男だ。
男は、猟銃に弾を込める作業に移った。それをチャンスと見た俺は、盾を片手に部屋に乗り込んだ。
そして、大きく息を吸って言うのだ。
「犯人は! お前だッ!」
そしたら男は、身体に隠すように後ろに置いてあった別の銃に持ち替えて、次の一発を放ってきた。
「ちょ、まって」
しゃがみ込みながら、盾で上半身を隠すようにして防御したところ、盾を持つ手に痺れるほどの衝撃が走った。
「うぉおお……」
見事、銃弾を跳ね飛ばしたようである。
まさか、銃弾再装填をするふりしておびき寄せ、二の矢を放ってくるとは、かなりの使い手と見た。
だが、ひょろい鉄砲玉を何発撃ったところで、俺に致命傷を与えることはできまい。俺の急所は全て盾に隠れているんだからな。
俺の盾はただの物理防御であり、周囲に防護フィールドを発生させる機能などない。けれども、こうして身体を丸めて耐えて耐えて耐え続けて、弾切れを狙えば余裕で勝てるのではないか。
そう考えて、盾から片目を出してチラ見してみた。なんか大筒を構えてる人がいるんだけど、あれ大丈夫かな。
銃弾は何とかなっても、砲弾は無理なんじゃないかな。薄い盾なんかあっという間にへこまされて吹き飛ばされて、ひるんだところに急所の一撃もらってあの世行きなんじゃないかな。
「待った! ちょっとそれは待った! もしも貴様の大砲が俺のアルティメット盾スキルによって跳ね返されたら、後ろにいるあなたの大事な娘さんがどうなるか!」
俺はブラフをかました。そんな盾スキルなど持っていない。
そこで目の前の大砲を構えた男は、手を震えさせて、言うのだ。
「なっ、何だと? どこの馬の骨か知らんが、卑怯なヤツめ」
いきなりこっちの話も聞かずにぶっ放してくるやつに卑怯とか言われたくない。
そんでもって、俺のブラフは効いているようだった。そこで、なおも演技を繰り広げてみる。悪役じみた声を出して追い詰めにかかる。
「ククク、よっぽど娘が大事なようだな。武装も完璧で、必ず誰かに襲撃されると読んでいたかのようだ。幸薄そうな娘を守るために必死すぎる。何か裏があるとみた」
「幸薄そうとは何だ! おれの娘はすでに世界で最も美しく、いずれ世界で最も幸福になるのだ! 近く、貴族との政略結婚が決まっているのだぞ! 玉の輿だ! 馬の化け物に連れ去られるわけにはいかないのだ!」
今の発言をきくと、まんま幸薄い未来しか見えない。娘の幸せを考えてるっぽい口調だったが、言ってる中身は、娘を売り飛ばして金にすると言っているようにしかきこえない。
ここに三つ編みのベスさんがいたら、きっと声高に「ギルティ」を叫ぶだろう。
「馬脚をあらわしたな! 我が子を大事にしているようでいて、商品のように扱う最低の父親め! そしてさらに……被害者ぶっているが、愛馬を撃ち殺したのは、何を隠そう、飼い主である貴様自身だった!」
「何故それを! 娘にすら知られていなかったのに!」
その言葉をきっかけに、奥で佇んでいた娘の表情が変わった。父親に対する軽蔑の視線が強まったのだ。
しかも、その背後には、数人の女たちが、そろりそろりと近づいていた。俺が引き付けているうちに、おとなしい娘さんを捕まえて馬に載せてしまおうというのだ。
赤い髪がやたらに目立つ、四十代くらいの美しい中年女性が視線と手指で合図を送ってくる。これがベストタイミングだと思った俺は、すぐさま親指を立て、ゴーサインを出した。
四十代くらいの女性は、若い女性たちに指示を出し、回り込ませると、「確保ぉ!」と叫んだ。無言でやればスムーズに事が運んだんじゃないかと思う。赤髪の人は、かなり豪快な性格のようだ。
女性の声にびっくりした娘が「ひゃん」と悲鳴を上げて、それに反応して、男も振り返った。
「お前ら、何だ! 俺の大事な娘をどこに連れて行く気だ!」
俺は、その隙をついて「撤収ぅ!」と叫びながら、体当たりした。男は吹っ飛んだ。
裏口から侵入した女たちは十人くらいで群れをなし、女性を頭上にかかげて、白馬のところへと連れて行く。
「よし、逃げるぞ!」
俺が言うまでもなく、みんな白馬のワンダーランドに逃げようとしていた。
外に出て、俺も交差点の看板に向けて走り出したのだが、
「逃がすものか!」
顔を真っ赤にして怒れる男は大筒を構えた。砲口が、まっすぐこちらを向いていた。
ちょっと、まずいんじゃないの? あれ直撃したら、強くなった装備でもさすがに死んじゃうんじゃないの? おそろしいよ。
その時である。横からとびかかった白くて長い脚が、男を踏みつけた。そう、白い馬皮モンスターである。大砲を撃つことなく転がった男を、白馬は、憎しみを吐き出すようにさらに二度ほど踏みつけた。
白馬にまたがっていたのはレヴィアだった。さすがカウガールだ。俺をアシストする見事な馬さばき……。いや待てよ。どうなんだ。今の憎しみがこもった蹴りの感じは、白馬の意志のような気もするな。
「ラックさん! 手を!」
レヴィアが、風のように走ってくる馬から手を伸ばした。
しっかりと掴んだ。勢いよく引っ張りあげられた俺は、レヴィアの前に乗りこみ、レヴィアの腕がしっかりと俺の胸にまわされたことを確認してから馬の首を軽くたたく。白馬は大加速。一目散に駆けだした。
「レヴィア、みんなはどこだ?」
「全員、このお馬さんの中です」
遠くで大砲の音がしたから振り返ったけれど、空中で爆発したように見えた。何か見えない壁に阻まれた感じだったので、フリースが氷で防いでくれたのだろう。
自分たちのことながら、見事な連携である。
「よっしゃ、作戦成功だな」
白馬は看板の中の異世界へ向けて、速度を上げた。