第216話 馬にくるまれて(3/6)
「驚きました。規模は極めて小さいですが、やっぱり『ワンダーランド』のスキルです」
すとんと別世界に着地を決めたレヴィアは、カウボーイハットをおさえながら、周囲を見回して、そんなことを言ってきた。
「ワンダーランド?」
「夢スキルの一つです。とても珍しい。異世界を作るスキル」
空は白く塗りつぶされ、太陽などの姿はなかったが明るかった。周囲の景色は、さほど広くない草原であった。山に囲まれた中にぽつんと草原があって、さらにその中に、ポツンと二人、俺とレヴィアが置かれていた。
なんとも心もとないが、レヴィアがいてくれて良かった。一人きりより二人きりのほうがいい。
なんなら、この異世界の中の異世界で、二人で仲良くサバイバル、なんてのも良いのかもな。と、そんな、ふざけた考えが一瞬よぎったりもした。
ん? 待てよ、二人きり?
「そういやレヴィア。フリースはどうした?」
「フリースなら置いてきました。外を見張ってもらってます。なにせ、あの看板が唯一の出入り口になっていて、壊れたら出られなくなりますので」
「ねえ、今、さらっとトンデモナイこと言わなかった? 出れなくなるって、閉じ込められるってことだよな。大丈夫なのか?」
「こわがりすぎです。私がいるんだから大丈夫ですよ」
「本当に?」
「ええ。こんな低レベルの夢スキルで、私をどうにかすることなんかできませんから」
「夢スキルねぇ……」
「ラックさんは知らないかもしれませんが、そもそも夢スキルは、自由に発動させるのが難しいんですよ。人間のなかにも、夢スキルを先天的に持っている人がいますけど、完璧にコントロールできるのは一握りです」
「レヴィアはできるのか? 完璧なコントロール」
「もちろんです」
「じゃあ、このワンダーランドスキルも使えるの?」
「今は無理です」
「けど、その自信満々なとこをみると、対処法は知ってるってとこかな」
「当然です。私を誰だと思ってるんですか?」
「そうだなぁ、レヴィアって何者なの?」
「あっ、それは……言えないんですけどォ」
まだ秘密ってことらしい。いずれ明かされる日が来るはずだとは思うが……。とりあえず、あまり深く突っ込んでほしくなさそうだったので、話題を変えてやろう。
「それで、レヴィア。ワンダーランドのスキルってのがあるとして、これは今回の事件に関係あるのか?」
「たぶん、あると思います」そう言ったレヴィアは、右手で左方向を指差し、「こっちから、さっきの校長先生と似た匂いがします」
レヴィアがしっかりとした足取りで前進を始めたので、俺もそれに続いて歩いていく。
今回のレヴィアは、ちゃんと案内人をしてくれている。これでもう、彼女が『案内人レヴィア』を名乗ることに、誰も文句はないだろう。
★
女たちの互いを励ますような囁き声が響いていた。
草原に、堂々と立つ背の高い樹木。その根本に、大きな穴が開いていた。
覗き込んだら、けっこう広く深い空洞で、壁面や底面は岩でできていた。壁は弧を描いていたので、自力でのぼってくるのは難しそうだ。二十メートルくらい下の地面では、三十人くらいの女性たちが、六つくらいのグループに分かれて座っていた。
「あの、みなさん、助けに来ました」
俺が声を掛けたところ、歓声が上がった。
喜んでもらえて何よりだ。
「でもラックさん。どうやってこの深いところから皆を引っ張り出すんです?」
「そいつは考えてなかったな……」
飛行スキルなんて無いし、ジャンプ力も満足にない。安全に脱出させるには、どうすればいいのか。
ここにあるのは、草と土くらいのものだ。誰か魔法が使える女子がいれば、土魔法とか氷魔法とかで何とかできるんだろうけど、脱出してないってことは、誰も使えないんだろう。ならば、あるもので何とかしなければならない。
今、人間の知恵が試される時。
「よしレヴィア、ちょっと遠いところにある土を、この下に放り込むぞ」
「え。みんなを生き埋めにするんですか? それは鬼畜なんじゃないですかね?」
「その発想が鬼畜だよ! こう、底のほうから少しずつ土を盛っていけば、ちょっとずつ地上に近づいていって、いずれは手の届くところに来れるだろう? まどろっこしいようだけど、この資材に乏しい異世界では、それが最も慎重で安全な手段だ」
「そんなことしなくても、そこにある木を抜いてさかさまにして突っ込めば、木登りして来られませんか?」
「レヴィアの発想はパワフルだなぁ……」
大勇者レベルなら楽勝なのかもしれないけれど、残念ながら俺には絶対に無理だ。それに、女性たちが簡単に木登りして来られるとも思えない。
「悪いな、レヴィア。危険が伴うから、たとえ出来るとしても木を突っ込むのはナシだ」
「そうですか……」
俺は所持品の中にあった小さなスコップで、土を掘って穴に投げ込むという作業を繰り返した。
「こりゃあ、かなりの時間が掛かりそうだ……」
レヴィアにも手伝ってもらって土を掘りまくっては放り込む動きを繰り返した。
うん、全然埋まらなかった。
始めは期待を持っていた地下の女性陣も、進まない救助に呆れてしまった。歓声は溜息に変わり、やがては関心を失ったみたいで、雑談を始めるまでに至った。
こんなとき、フリースがいれば一瞬で氷のエレベーターでも作ってくれるんだろうけどもな。
「フリースを呼んできましょうか?」
俺の思考を呼んだかのように、レヴィアが言ったが、そう言われてしまうとムキになってしまうもの。
「いや、大丈夫だ。今回はフリースの力を借りるまでもない」
強がってしまった。明らかな判断ミスと知りながら。
★
土堀りと穴埋めを続けていると、蹄の音がきこえてきた。
音のするほうをみたら、白馬が走ってくるのが見えた。
「えっ、ちょっとまって。丸腰だよ? フリースいないよ? この戦闘力のない状態で、あいつとやり合うのまずくない?」
「いや、どうなんでしょう。さいわい、ここはワンダーランドスキルで作られた世界です。あの子と話ができるかもしれません」
「そうなのか?」
「ええ。ワンダーランドスキルを使えば、ありとあらゆる動物と、おはなしできますよ?」
「なるほど、じゃあ、たとえばイトムシのコイトマルくんとも会話できる可能性があるというわけだな」
「そういうことですね」
レヴィアが胸の前で手を振って、敵意のないことを示すと、白馬は目の前で停車してくれた。
「おぬしら、ここで何しておる?」
馬が、しゃべった。当たり前のように話しかけてきた。
「拙者の女たちに何の用だ」
そこで俺は歩み出て、馬皮の怪物との対話を試みる。
「なぜ、女をさらうんだ? 女たちはお前のものじゃない。これがやっちゃいけないことだって、わかってないのか?」
「……わからぬ。拙者にも、なぜ女をさらわねばならぬのか、わからぬのだ。だが、確かなのは、これまで連れ去ってきた女たちは、拙者を満足させる何かをもっておらぬ……。何かが違うのだ……拙者の求める女は、もっと可憐で、しおらしく、美しかった」
この発言には、穴の中から怒りの声が上がったりした。ちょっと皆さん落ち着いてもらいたい。そういうとこだぞ。そういうとこが、可憐さとしおらしさが欠けてるところだ。
「つまり」と言いながら人差し指をくるくるさせる名探偵レヴィア。「あなたは、特定の女の人を連れて来るはずだった。でも、その女の人のことを忘れてしまった、ということ?」
「わからぬ……」
「あなたは、自分がモンスターになってること、理解してます?」
「モンスター? 何をいうか。拙者は誇り高き神馬であるぞ」
自覚がないようだ。
レヴィアは馬に歩み寄り、その頬に触れると、優しく語り掛ける。
「よく、思い出してみてください。失った記憶も、私の夢スキルを使えば取り戻せるはずです。目を閉じて、心を落ち着けてください」
馬皮モンスターは言われた通りにした。
レヴィアの質問ぜめがはじまる。
「あなたが女性をさらうのは、何故ですか?」
「……愛する女性と、一緒になれなかったからだ」
「それは馬ですか? 人間ですか?」
「……種族の違いなど、愛は造作もなく超えていく」
「なるほど、たしかに。では、人間の女の人に恋をして、叶わなかったと」
「……違う。そうではない。彼女の父親は了承していた。ある条件を提示して、それが見事に果たせれば、拙者と娘との婚姻を認めると約束してくれた」
すごい父親だな。馬と娘の結婚を認めるとか。
「ある条件とは何ですか?」
「……ああ……ああ、そうだ、思い出した。思い出して来たぞ。忌々しいあの男……ッ。男のくせに約束を反故にして、悪びれもしなかった」
「男のひとは、案外約束を破ってくるんですよね。さいあくですよね」
突然こっちに矛先を向けるのやめてくれない? 俺が何したってんだ。少なくとも今は、レヴィアに睨みつけられるようなことしてないはずだろ。
馬は、天を仰ぎながら、語りに入った。
「……ああ、最悪だ……誘拐された美しい娘を助け出して戻った。約束通りに。だのに婚姻の約束は無かったことにされたのだ。やつは……やつは確かに拙者の小屋の前で懇願したのだ。『娘を助け出してくれたら、お前に娘をくれてやってもいい。だから頼む、助けてきてくれ』とな。間違いなく約束した。だから助けた。野を越え、山越え、谷越え、川を越え、千里万里を疾駆し、彼女を探し出し、連れ戻したのだ! だというのに、約束を破った上……そうだ……ああそうだ! あろうことか、拙者を銃殺し、解体し、雑に埋めたのだ!」
「つまり、あなたを撃ったのは……」
「……拙者の飼い主。彼女の父親である」
とすると、さっき猟銃で俺を撃ち殺しかけた、あの中年のおっさんだろう。馬殺しが理由で、過度に復讐を恐れていた、ということなのだろうか。
このホワイト馬皮モンスターくんは、あの家にいた女の人を連れ去るのが目的なのか、それとも男への復讐が目的なのか、それとも両方を果たしたいのか。
「そうですねぇ、約束を守らないひとは許せませんよね」
こっちをちらちら見るんじゃないよ。けっこう約束を守ってきてるぞ。ネオジュークのベンチで待っているという約束を破ったくらいで、どうして何度も言われなくちゃならんのか。納得がいかない。だけど、今は言い訳的なツッコミを我慢し、馬の話に集中しよう。
「……許せぬ……。拙者を侮辱し、撃ち殺したあの男へ復讐するために! その為に誇り高き神馬であった拙者は、モンスターに成り下がったのだ!」
「なるほど」レヴィアは頷いた。「だいたいわかりました。その悪い男を倒しに行きましょう」
レヴィアの少々過激な結論に、なぜか穴の中から「そうだそうだ!」とか、「そうしよう!」とか、「倒そう!」とかいう声が響いてきた。どうやら話を聞いていて、馬皮モンスターくんに深く同情したようだ。
さらわれて不安な時間を過ごした怒りよりも、理不尽に殺された馬への共感のほうが大事らしい。
「さあ、行きましょう。行きますよ、ラックさん」とレヴィア。
「ゆくぞ、拙者にまたがるのだ。二人乗りでかまわぬ。飛ばすぞ!」
レヴィアにすっかりノせられたモンスターは、殴り込みに行く気満々といった様子だったのだが、その前に解決しなきゃならないことが一つある。
「ちょっとまってくれ、穴の中の女の人たちは無関係だよな、解放していいか?」
「もちろんである。皆のもの、すまなかった」
そう言うと、誇り高き自我を取り戻した馬皮モンスターは、穴の中に入っていき、三十人くらいいた女性たちを一度に優しく皮の中に包み込み、地上に戻したのだった。
俺に出来なかったことを一瞬でやってのけたというわけだ。
皮の間から這い出た女性たちは、めいめい深呼吸したり伸びをしたり、草原の解放感を味わっていた。
「ラックさんも、あのくらい出来たら良かったですね」
「俺に死んで皮になれって言ってんの?」
「あや、死なれるのはヤです」