第215話 馬にくるまれて(2/6)
涙ながらに展開されたハーシィさんの話をまとめると、こういうことである。
少し前から、魔物が活性化しているという。特に川沿いで凶暴化した魔物が増えたという報告や、飼っていたペットが魔物化したという報告が相次いでおり、このミヤチズ地区の住人たちは不安な日々を過ごしているという。
そんな中、ある家で白い馬が殺されるという事件が起きた。
撃ち殺した犯人が不明のまま迷宮入りとなり、「魔物のせい」として片付けられ、調査は早々に打ち切られた。この時に殺害された白馬が、あの馬皮の化け物に酷似しているという。
馬が撃ち殺された日を境に、その化け物がネザルダ川下流域に出現するようになり、女性とみれば見境なく包んで連れ去る事件が毎日のように起きるようになってしまった。
ラージャン学問所の学生たちも十人以上が行方不明となり、未だにただの一人も帰って来てはいない。
政府や王室親衛隊に相談してみたものの、どこもかしこも忙しいらしく、「今は偽ハタアリ造反の後処理で忙しい。そのような事件は後回し」と言われて取り合ってもらえなかった。
被害者が増え続け、学問所で教鞭をとる女教師までもが行方不明になった。幼女から年上まで、被害者の年齢分布はまちまちであり、本当に女とみれば見境なく連れ去った。
しまいには、ここで学生をやっていたラージャン家の四女が連れ去られてしまい、四女を猫かわいがりしていた次女と三女が学問所を飛び出した。政府や王室親衛隊の助けなど待っていられなかった、というわけなのだが、あえなくミイラ取りがミイラ。二人とも行方不明になってしまった。あの白馬の皮に連れ去られたのだと思われる。
そのあたりまで話したところで、長女のハーシィさんは大泣きしてしまって、ついには呼吸困難に陥り、話を続けられなくなった。痩せ細った学生数人に支えられながら、出て行こうとする。
「あの、俺たち、何とかしてみますから!」
その宣言は、彼女の耳に届いてくれただろうか。
どうあれ、話を聞いてしまった以上、もはや、やるしかない。
大丈夫。今までだって、そうしてきたじゃないか。
俺の手の中には、呪いを解くアイテムもあるし、大勇者もいる。何よりレヴィアがそばにいるから力が湧いてくる。
「レヴィア、フリース。やるぞ」
二人は頷いてくれた。
★
まずは手掛かりを見つけなければならない。
というわけで、俺は白馬が殺されたという現場に来ていた。外見は何も奇妙な感じはしない。ただのオレンジ屋根の民家に見えるし、事件の現場だったという生々しい痕跡もない。木材が敷地の隅に積まれているところをみると、すでに厩も取り壊された後のようだ。
そう、俺は、聞き込みをすることにしたのだ。
聞き込みには少々苦い思い出がある。あれは、闘技場から命からがら戻った後のことだ。ネオジュークのフレイムアルマ広場の東側に広がる歓楽街で聞き込みをしていたところ、偽ハタアリ傘下の黒服どもに袋叩きにされたことがあった。
そして目覚めた時に、フリースが裸で立っていたんだったか……。
嫌な記憶かと思ったが、フリースとの出会いのきっかけになったのなら、聞き込みも悪い事ばかりでもないなと思う。思いたい。思うことにしよう。
勇気を奮い立たせて、俺は「ごめんくださーい!」と言って、開いていた扉から中をのぞいた。幸薄そうな儚い感じの若い女性と、その手前に中年の男の人が見えた。親子だろうか。
銃声。
レヴィアが何かを放ったわけではない。縄が出る銃は没収済みだ。じゃあ、一体何の音なのか。
「あの馬の化け物の差し金か! 娘はやらんぞ!」
中にいた小汚い中年男性の声だった。
煙を吐き出す銃口を俺の眉間に向けている。
「…………」
俺は言葉を失っていた。いきなり銃をぶっ放すとか、なんて危ない家だ。あやうく見かけの普通さに騙されるところだ。
「そこから一歩でも前に進んでみろ! 次は容赦なく当ててやる!」
「ごめんなさい! 何でもないです!」
俺は咄嗟に両手を挙げた。
しかし、これはダメだった。皆さんお忘れかもしれないが、マリーノーツは、両手を挙げると反抗の意志があるとみなされる世界なのだ。敵意のないことを示す時には、腰の前で両手をクロスさせねばならないのだった。
再び引かれる引き金。しゃがみこんでなかったら死んでたかもしれない。
「うわぁあああっ」
俺は尻もちをついた姿勢のまま、カカトで地面を蹴って後ずさりして、仲間二人の足にぶつかって止まった。
「はぁはぁ……なあレヴィア、フリース。この事件は放置して先に進もうか」
ところがレヴィアは不満そうに、
「あの女の人と約束してませんでした? また約束破るんです?」
そしてフリースも冷たい視線で射抜いてきて、
「かっこわる。一般人の銃にビビるなんて、大勇者の仲間としてどうなの?」
二人とも、撤退を許してはくれなかった。きびしい。
「そうは言ってもな、お二人さん。やつは取り付く島もない感じだったぞ。馬モンスターの襲撃をおそれて、娘をひたすらガードしている感じだ」
「力づくでやるなら協力するけど?」とフリース。
それじゃ強盗みたいだよなぁ。
「煙とかを家の中に充満させて出て来たところを倒すとか?」とレヴィア。
初対面の人を害虫扱いか。あと、それも強盗の手口っぽくない? ていうか倒すのが目的じゃないからな?
俺がやりたいのは、あくまで調査であって、さっきの銃のおじさんや、中にいた幸薄そうな娘さんから話を聞きたいだけなんだ。
「そう、話し合いがしたい。でもそれができない! なぜだ!」
「弱いからね」フリース。
「そうですね。げきよわです」レヴィア。
さすがに落ち込むけども、事実だから仕方ない。
「こうなったら、別の方法を探すしかない。家の中はダメとしても、周囲に何か手掛かりがあるかもしれない。探してみよう」
そうして三人で手分けして手掛かりを探すことにしたんだが、他人の家のまわりをうろうろする少女二人を見ていると、自分らのことながら、完全に不審な集団だなぁと思う。
なるべく早く事件を解決したいと俺は焦りを抱いた。誰か救いの一声を下さいと、心の中で何かに祈った。
すると、その声が届いたのだろうか。
「ラックさーん」
愛する人が手を振って俺を呼んでいるではないか。
「ラックさん、こっち。こっち来てください」
言われるがままに、近くに寄っていくと、そこに何があるわけでもない。ただ、折れた角材や割れた板など、木材の集積場があるばかりだ。厩の残骸が集められたと思しき場所だ。
「ラックさん。空気を吸ってみて下さい」
「え?」
「変なニオイ、しませんか?」
「……何も感じないが」
「このへんのゴミに染みついたニオイは、私を連れて行こうとした変な馬と同じニオイです」
「もしかしてレヴィア、ニオイを辿れたりする?」
「ご案内、しましょうか?」
★
「こっちです」
レヴィアは、俺やフリースには全く感じられないニオイの帯をとらえ続け、渡った川を逆戻りして、初めて通る十字の交差点にやってきた。
その中心で、きょろきょろと周囲を見回したかと思ったら、かくんと首をかしげていた。
「どうした、レヴィア」
「ここで途切れてます」
「こんなところで?」
この十字路には、四方向すべてに看板が置かれている。これは、その土地の名前が刻まれただけのもので、馬車や人力車は、この看板を目印にして走行するのだ。
ここは、看板の文字から察するに、『アワアシナ』という場所らしいのだが、ぱっと見ただけで、違和感のある場所を発見できた。
一方向だけが、明らかに色あせた古い看板なのだった。特に偽装されている様子はないのだが、なんだか怪しい。変な風に目立つ。いうなれば、平成の中に一つだけ昭和が混じっているような、そんな感じだ。
「レヴィア、この古い看板はどうだ? 何か変なことないか?」
「うーん……ちょっと触ってみてください」
「ああ、わかった」
そうして俺は言われるがまま、そこに置かれていた古い看板に触れた。
「おわぁっ!」
身体が引っ張られる感触があった。かと思ったら、俺の目の前には看板の大きな文字があり、その次の瞬間には、俺の身体は全て吸い込まれてしまった。看板の中に。
助けを求める暇もなく、俺は知らない場所に落下して、尻餅をついた。