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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第十章 書物のまち
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第214話 馬にくるまれて(1/6)

「まさか、あんな移動手段があるなんてね、びっくりだねぇ、ラック」


 フリースは澄んだ声で呟いた。


「いやっ! 落ち着いて言ってる場合じゃないだろ! 追いかけてくれ! ていうか、レヴィアだけを氷で優しく捕まえるとかして、なんとか……! なんとかしてくれ!」


 俺は焦っていた。


 なぜなら、レヴィアが連れ去られかけているからだ。なんだこの事態は。唐突すぎる。


 ついさっきのことだ。


 俺たちは川近くの開けた場所に出たので、風がきもちいいね、なんて言いながら休憩をしていた。


 車を降り、草原の上。


 俺は宝物である『原典ホリーノーツ』をめくりながら全く読めなくて首をかしげていて、フリースとレヴィアはそんな俺は放って芝生に寝転がったり、お菓子を食べたりしていた。それぞれの楽しみ方で自由時間を満喫していたわけだ。


 そこに、馬の形をした白いモンスターが現れた。なかなか凛々(りり)しくて美形だったので、普通の馬かと思ったんだが、どうも様子がおかしい。


 そいつは、まず前足を振り上げてフリースに襲い掛かった。しかし、ザコモンスターである。フリースが氷の塊を地中から呼び出し、殴り飛ばした。それで決着したと思ったんだ。


 ところが、馬型のモンスターには、中身がなく、打撃が全然効いていなかった。


 平たい皮だけになってヒラヒラ舞ったと思ったら、今度はレヴィアに攻撃を仕掛けた。


 レヴィアが低レベルのモンスターに襲われる光景を初めて見た。


「あっ、えっ? なんですかっ」


 皮だけの白馬は、突然のことに驚きの悲鳴をあげるレヴィアをしっかりと包み込むと、元の馬の形に戻り、ぴったりと皮をくっつけて閉じ込めてしまった。そして、出して出してと騒ぐレヴィアの声が聞こえなくなったかと思ったら、一目散に駆け逃げた。


 しかも、走っただけならまだいい。見事な大跳躍を見せ、幅の広い下流のネザルダ川をひとっ跳びで渡ろうとしていた。それはもう、跳躍っていうよりは、飛行と言ってもいいほどだった。風に乗るようにして、はためきながら飛んでいく白馬の皮。


 そこでフリースが「あんな移動手段が」なんて悠長に言ったもんだから、俺は焦って「なんとかしてくれ!」と情けなくも叫んだというわけだ。


「いやっ、本当にどうなってるんだよ、この事態。あんなふざけたモンスターに仲間をさらわれるとか、なんて世界だよ!」


 言っている間に、非常に頼りになる大勇者フリース様が氷の塊を生み出した。馬の頭の上に落ちてズムンと打撃音がした。馬皮(うまかわ)モンスターはその衝撃を受けて、抱き込んでいたレヴィアを解放した。


 上空三十メートル地点で。


「ひぃああああ!」


 という悲鳴をレヴィアが発したが、恐怖というよりもスリルを楽しむ感じだった。


「レヴィア!」


 俺はレヴィアを空中キャッチしようと走ったが、ちっとも間に合わず、彼女は幅広い川に落下した。


 両手をあげながら着水。


 さいわいに、下流のネザルダ川は流れが遅く、底も深かったため、大事には至らなかった。レヴィアは難なく着衣水泳でこちら側の岸にスイスイたどり着き、身体を振るわせて水滴を飛び散らしてから、帽子(ハット)に入っていた水を落とし、再び被った。


「うー、最悪。びしょびしょです。何なんですか、あれ」


 その答えを知っていそうなフリースに視線を送ってみたが、沈黙のまま首を横に振った。


「へんなニオイしましたし、ほんと、最悪です」


 涙目のレヴィアは帽子を整えながら、不快感をあらわにしていた。


「でも、レヴィア、無事でよかった。フリースがいなかったら危なかったぞ。ちゃんとお礼を言うんだ」


「ええ。ありがとうでした、フリース」


 珍しく素直なレヴィアだったのだが、フリースの返事は、


「あんなの、簡単に避けられたはず。不注意だからそうなる」


 なんで挑発してんの。無事でよかった、でいいじゃないか。


 仕方なく、「俺の索敵ミスで、指示が遅れたのが悪かったんだ」などと、罪をかぶる形でフォローを繰り出して、なんとかその場をおさめたのだった。


 実際のところ、もちろん索敵に失敗したわけではなかった。馬皮の怪しさには初めから気付いていたし、最初にフリースに向かっていったのだから、対応の時間はあったはずだった。にもかかわらず、レヴィアは逃げるそぶりすら見せていなかったわけだから、フリースの言うとおり、不注意といえば不注意だよな。


 何はともあれ、この馬皮による誘拐未遂事件がきっかけとなり、目的地ミヤチズへの到着が、またしても遅れるのだった。


  ★


 人力車、あらため氷力車が余裕で渡れるほどの石橋があればよかったのだが、それは無かった。


 なだらかな坂の上にある橋も、ふもとの橋も、それなりの橋ではあったけれど、マイシーさんからもらった車が大きすぎたのである。へたに円形座席のオープンカーなんかにしてもらったものだから、また自分たちで橋を建造する必要に迫られていた。


「いいか、フリース。くれぐれも川全体を凍らすとかやめろよ? フリじゃないからな? 川の上に大きな氷の板を張って、渡れるようにしてくれ」


「簡単に言ってくれるけどねぇ、けっこう魔力使うんだよ? 車の運転もさ、前のより重くて大変だし」


「それは本当にすまないと思っているが、じゃあ、茶屋が作った福福蓬莱茶を練り込んだマドレーヌ的なものをやるから、頼む」


 俺は甘いもので釣る作戦に出た。ネオカナノの茶屋に定期的に鳥を飛ばして、新メニューを取り寄せているのだ。ここの菓子はレヴィアの好物だからな。


「まどれーぬ?」


「ええと、商品説明によると……アカクチバシ鳥の卵とモコモコヤギのバターに砂糖と粉を混ぜて、そこに福福蓬莱(ふくふくほうらい)抹茶パウダーを混ぜ、貝の形をした型に詰め込んで焼いたもの……とのことだ」


「しょうがないなぁ。それで手を打つことにするよ」


 というわけで、手をかざして一瞬。


 こちら側と向こう側、なだらかな坂道同士の間に架かったキラキラ光る透明な氷の橋。


 そいつのおかげで、無事に渡り切ることができた。


 だが、なかなかすんなりと進ませてくれない。川を渡ること自体は何の問題もなかったのだが……向こう岸についてすぐに、俺たちは、いともたやすく事件に巻き込まれた。


 質素な町娘の服を着た女性は頭を下げてきた。たぶん年上だ。二十代後半くらいに見える。


「どうか、お助け下さい! あの化け物を何とかしてください」


「あの……何で俺たちに……」


 すると彼女は、頭を下げたまま言うのだ。


「先ほど、かの化け物を氷塊(ひょうかい)にて撃退するところを見ておりました。皆さま、どうか力をお貸しください!」


 この微妙に長くなりそうなイベント、素通りするには、どうすればよかったんだろう。……いや、今更言っても仕方ないか。レヴィアが変態馬皮モンスターに抱かれたとき、そいつを空に逃がしてしまった時点で、こういう道を辿(たど)ることが決まってしまったのだろう。


「どうかどうか、お願いいたします!」


 なだらかな坂道で、女の人は頭を下げ続けていた。


  ★


 女性に連れて来られたのは、広大な敷地を有する屋敷であった。


 ここは、『ラージャン学問研究所』という名の学校である。いくつもの尖塔がそびえ立つ西洋風の屋敷は、学問所というよりは貴族の別荘みたいな雰囲気である。


 ただし、その建物の威容(いよう)とは裏腹に、中にいる者たちは質素で地味な服を身にまとい、やつれていた。


 毎夜毎夜、厳しい課題が出て、ついていけない場合は追い出される仕組みらしい。そのため、貴族の子女たちさえも身なりや食事を気にする暇もないほど勉強しており、その結果、地味でやつれた学生ばかりが残ったのだ。


 学問ってのは、もうちょっと楽しくやったら良いのにな、と思いはするけども……。


 よくよく話を聞いてみれば、この学校はマリーノーツ王室が運営しており、そんでもってこうした方針を決めた所長は、やはりというべきか、白銀の鎧の人であるという。


 皇帝側近のマイシーさんだ。


 彼女自身も過労死が心配されるけれど、彼女の普段の仕事量が半端じゃなく多く、一般人の「忙しい」の感覚と激しくズレていることが想像される。


 マイシーさんの物差しでカリキュラムとか組んだら、一般人は衣食住に気を配る余裕を失うだろう。


 今、目の前で繰り広げられている風景が、まさにそれを証明している。学生たちの広場を往来する姿は、まるでゾンビがうろうろしてるみたいだもんな。


 ただ、かつて方針を決めたマイシーさんは、現在この学校に深く関わっているわけではなく、実際に取り仕切ったり、教師を決めたり、校長を務めたりするのは、ラージャン家という貴族の者たちだという。


 先ほど助けを求めてきた女性は、このラージャン家の長女だそうだ。その割にはやたら地味な格好だが……。


「ラック。女の人をなめまわすように見るのはギルティ」


 フリースに注意された。


「すいません」


「エロエロクソ野郎が出てきちゃったんですか?」


 そう責めてきたのはレヴィアだ。


「出てくるって……そんな別人格はいないんだが。でもごめん」


 とりあえず謝るしかない。


 その後、他の部屋とは明らかに違って豪華な部屋に通された。いくつかの宝物が輝きを放つ、貴族らしい部屋である。部屋に入ると、俺たちは、中にいた学生らしき女性にソファに座るよう(うなが)された。


 大きなソファが向かい合って置かれていて、ローテーブルには、甘い香りのするお茶が既に用意されており、そのお茶の位置に合わせるように片側に三人で座った。


 向かい側には、この学園の主である女主人が腰を沈めている。


「それで、ラージャンさん……でしたっけ?」


「ええ、ハーシィ・ラージャンと申します。遠慮せず、ハーシィとお呼びください」


「わかりました。ええとハーシィさん、俺たちは、あなたを助けたいとは思うんですけど、具体的に何があったのか教えていただきたいです」


 そして、ハーシィさんは語り出した。


「妹が、連れ去られたのです」




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