第213話 墓場での別れ
「ラックさん。あなたは、お葬式のときに大騒ぎするよう教育されたんですか? あなたの育った世界は、葬式時のマナーを教える書物すらない野蛮なところだったのですか?」
「いえ……すみません……マイシーさん」
「それとも、あえてそのように振舞ってみせて、葬儀に反抗することで、死者を引き留めようとでもしてるんですか? ということは、実は偽ハタアリの一味だったということも考えられますが」
「違います」
「レヴィア様、この男の真似をしてはいけませんよ」
ショックだ。言われたくない言葉だった。皮肉や悪口なんて言われたっていいけれど、レヴィアの見本として失格だと思われるのは耐えがたいものがある。
ただレヴィアは、もともと俺の真似をしようなんてことを考えていないからだろう。強く首を傾げていた。
マイシーさんは溜息を吐いて続ける。
「まったく、これで偽アリの魂が鎮まらずに暴れ出したら、ラックさんの責任ですからね」
「えっ、もしかして、偽アリさんの魂は、この棺の中に残ってるんですか?」
「いえ、ありませんが」
でも、偽アリさんが撃たれたとき、魂は飛んでいかなかった。
そして、肉体も消えなかったわけだから、どこかで生きている可能性も有り得るよな。ちょっと聞いてみようか。
「そもそも、マイシーさん、本当に偽アリさんは死んだんですか?」
「死んだという表現が正しいかどうかは、議論が分かれるところです。わたくしの感覚では、偽ハタアリ爺は……壊れた、と言った方がいいと考えます」
「壊れる……」
「はじめから生きてなどいないし、魔王でも何でもなかったのです。わたくしの人形スキルとは性質が少し違いますが、ただの、人の形をした動くものだった、ということですね」
「え、ちょっと待って。ついていけないんだけど。どういうこと?」
「ですから、偽ハタアリは、綿密な解剖の結果、人間でも魔王でもなく、機械仕掛けの老人だったという話です。魂もハートも、最初から無かったんですよ」
「超高機能カラクリ人形とか、そういうの?」
「もっとも、死んだら魂だけになって飛んでいく我々と、死体が残る偽ハタアリ、どっちが人間らしいかというと、これもまた、解釈次第だと思いますけどね」
マイシーさんは、そう言って曖昧に笑ったのだった。
俺は、驚きと、えもいわれぬ恐怖から体が熱くなって、なかなか正常に戻ることができず、呆然としてしまって、レヴィアにまで心配されてしまった。
★
別れの時がきてしまった。
オトちゃんとマイシーさんの、愉快な皇帝側近コンビとは、この神聖なお墓でお別れだ。
東へ東へと朝陽を目指すかのように進んできた旅路も、少し前から進路を北に変えており、このままミヤチズを目指すことになる。
「ミヤチズはネザルダ川を渡った先にあります。この先は一本道ですので、大丈夫だと思いますが、とにかく、皆さんの無事を祈ります。さすがに大丈夫だと思いますけどね」
マイシーさんが大丈夫を連発すると、どんどん不安になってくるけども。
それから、ネザルダ川って、たびたび出て来るなぁ。茶屋からしばらく進んだネオジュークピラミッド手前の交差点とか、フリースがせきとめた川もそんな名前だったし、南へ北へと蛇行しながら東へと進む川のようだ。
北にあるミヤチズに行くために川を渡るということは、ここでは西から東へ流れているということである。
以前渡ったところからみて下流だから、もしかしたら川幅も広くなって、深さも増しているかもしれない。ちゃんとした橋が掛かっていればいいんだけども。
「それじゃあな、オトちゃん、すこやかに育てよ」
俺は、蛇を持ち上げて軽い挨拶して、たらいに張られた清浄な水の中に入れてやった。
「もらった宝物は、大事にするからな」
続いてレヴィアも、「お洋服ありがとうでした。銃はとられちゃいましたけど、大事にしますね」と言って、おそるおそる手を触れていた。
その次には、フリースが無言で氷を生み出して、たらいの中にきれいな氷を落としていた。清浄な氷に触れて喜ぶオトちゃんの姿を嬉しそうに見つめていた。
それぞれの神聖皇帝への別れの挨拶を終え、俺はマイシーさんと握手を交わす。
「ラックさん、お元気で。困ったことがあれば、いつでも鳥を飛ばしてください」
「ああ、そっちこそな。鑑定と検査と解呪くらいしかできないけど、俺で手伝えることなら、手伝いに来るからさ。働きすぎて倒れそうになったら呼んでくれ、」
「倒れそうになったら……ですか。それは難しいかもしれませんね。過労っていうのはですね、気付かぬうちに背後から忍び寄り、突然すべてを奪い去っていくものですから」
「じゃあ、普段から気を付けてくれ。マイシーさんに死なれたくないんでな」
そしたら銀色騎士のマイシーさんが、その威厳ある装備には似合わないような赤い顔を見せた。すぐに邪念を振り払うように頭を振って、
「ラックさんには、レヴィア様とフリース様がいるのでしょう? あまりそういう歯の浮くようなことを言っていると、罰が当たりますよ?」
「ちょっと待って。今のどの辺が歯の浮くような台詞だったの? 普通に心配しただけなんだけど」
「自覚なしですか。ギルティ深いですね」
単に、マイシーさんが異性に免疫なさすぎるだけだと思うんだけれども……。
でも、女性陣はどうも俺の発言を不満に思ったらしい。険しい目が四つ、こちらに向いている。
「ラックさん。また浮気ですか」
人聞きの悪いことをレヴィアが言えば、フリースも、
――女ならだれでもいいんだよね。
怒りの氷文字を地面に落とした。
そうして生まれた氷が落ちたところに、オトちゃんがにゅるりとやってきて、きれいな水たまりを蔽い隠してご満悦であった。けれども、今はそんな黒蛇の行動を実況している状況ではないのだ。
「い、いやっ、俺はそんなつもりじゃ……」
「あやまりなよ」とフリース。
「そうですね。謝ったほうがいいです」とレヴィアまで。
ものすごく腑に落ちないけれど、そう謝れ謝れと言われると、このまま何の謝罪もせずに出発するのが、ものすごく不誠実な気がしてきたぞ。たぶん気のせいなんだろうけど、それでも、謝りたくなった俺は頭を下げる。
「ごめんなさ――」
「やめてください!」
マイシーさんは、俺の謝罪にかぶせて拒絶した。
「え、なんで」
「なんか、こう、今の流れで『ごめんなさい』とか言われたら、わたくしから好意を告白して断られたみたいになるじゃないですか。それはなんだか嫌なのです」
「でも……」と言いながら振り返ると、レヴィアとフリースがこちらを険しい目で見ている。二人の視線は「とにかくあやまれ」と言っているようにしか見えない。
「ラックさん。次にわたくしと会って、思い出した時でいいです。それまで、わたくしへの『ごめんなさい』は、胸にしまってとっといてください」
「え……そんな、すっきりしない別れ方だけど、いいの?」
「すっきりしないからいいんですよ。また、会いましょう」
そしてマイシーさんが手を差し出してきて、俺はそれを握った。再会を誓う握手を交わしたのだ。
「ありがとうございました、ラックさん」
マイシーさんにしてみたら、辛いことが多い数日間だったはずだ。
だけど、俺がもっとちゃんとしてたら、救えたものがあったはずだった。
オトちゃんが暴走の果てに蛇の姿になったのは、俺にも責任があるはずだ。マイシーさんが育ててきた転生者のまちアスクークが跡形もなくなったのも、俺がオトちゃんを守れていたら防げたかもしれなかった。
案外、これら一連の事件についてを「ごめんなさい」なんて一言で片付けられるのが嫌だったから、強く拒絶したのかもしれないな……なんてのは考え過ぎかな。
解釈は他の誰かに任せよう。いつだって全ての世界の出来事は、解釈次第なのだから。
とにかく、だ。さっき彼女が言った「ありがとう」を単なる社交辞令にしないためにも、俺はしっかりと目的をもって歩いて行こう。
レヴィアとともに、現実世界に帰るんだ。
いずれ、何らかの形で本当に「ごめんなさい」を表現したいとは思うけれど、今はまず、ミヤチズを目指して北へ行く。
俺たち三人が乗り込むと、人力車が、自動で進み出した。マイシーさんの能力の効果範囲までは、自動で運んでくれるという。そこから先は、またフリースの氷にでも頼ろうかなと思う。
遠ざかっていく銀の鎧は見えなくなるまで手を振り続け、黒い蛇も、長い首をぐるんぐるんと回転させて見送ってくれたのだった。
【第十章へ続く】