第211話 君のお墓を建てたい
墓場に向かうというマイシーさんに連れられて、歩いて移動することにした。石畳の道を行く。
この世界の住人は、墓場をつくらない。
ここがまさにあの世だからとか、そういうわけではなく……いや、あの世に限りなく近い場所ではあるんだろうけど……いずれにしても、とにかく、亡くなった人物の亡骸を燃やしたり、土に埋めるというイベントは、行われない。
死に対してドライなわけではなく、死体が残らないからである。
ものしり氷娘のフリースが言うには、
「言い伝えでは、死んだものの魂は北の大樹に吸い込まれて、風になって空になって水になって、別の世界で生まれ変わると言われてる。いなくなったとしても、大事な人は、その人の心の中にいるし、世界そのものに溶け合っていくんだよ。だから、お墓はいらない」
「一応、墓らしきものをいくつか見たことあるけどな。たとえば、フリースと八雲丸さんが戦った闘技場の入り口の横とかにもあったし」
「ああ、戦闘中に死んだ人の名前を彫った柱たちね。あれは転生者がやりはじめた風習だよ」
「そうなのか」
「この世界では、お墓って珍しいものなんだよ。お墓なんてつくったら、生まれ変わりを邪魔することになるから、転生者みたいに、お手軽にお墓つくったりしない」
ものしりなフリースはそう言ったあと、俺に微笑みかけながら、続けて言った。
「でもラックが死んだら、お墓建ててあげる」
さすが長生きのフリースさんだ。言うことが違う。縁起でもない。
「俺が何したってんだ。冗談にしては、ひどすぎない?」
ちゃんと仲直りしたはずじゃないか。
「は? なんでそこで怒るの? わけわかんない」
「わけわかんないのはこっちだ。今のフリースの話では、墓を建てるのは、一種の呪いみたいなもんってことだよな? 『こいつ生まれ変わらせたくないから嫌がらせにお墓つくるぜ』みたいな感じだろ? 俺、フリースに何か恨まれるようなことした?」
そしたらフリースは、「わかってないなぁ」とでも言いたげに呆れた溜息を吐くと、
「ラックもそんな風に考えるんだね。転生者のなかには、そんな解釈をする人もいるみたいだけどね、そうじゃないでしょ?」
「いや、『でしょ』とか念を押すように言われてもな」
「つまりね、『この人と別れたくない』ってみんなが思うほどの、すごい人のためだけに建てたんだよ」
「そ、そうか……じゃあ、良い意味なんだな」
フリースが頷いた。かと思ったら今度はレヴィアが横から、
「じゃあ私も、ラックさんのお墓建てたいです」
これも好かれてるってことなんだろうけど、めちゃくちゃ抵抗あるなぁ、墓建てる宣言。まるではやく死んでくれと言われているみたいで、ちょっと嫌だ。
「だからね」とフリースがあからさまにレヴィアの言葉を無視して叩き潰すようにして、「ひとことで言うと、魂だけでもここにとどまって見守ってもらいたい。そういう祈りの場こそが、あたしたちの世界での墓」
現実だって、いなくなった人を惜しむ気持ちは、似たようなものだと思うけどな。
「でも、じゃあフリース。これから行くところは、誰の墓なんだ?」
俺の質問に対し、フリースは自分で喋るのをやめて、氷文字を見せつけてきた。
――ミョウジンという人。
初登場だな、ミョウジンさん。どんな人なのだろう。
――知識と戦いと魔術の神。
「神?」
――そして転生者の生みの親。
「転生者の……? それって、どういう……」
――エルフの伝説だと、空の高いところからフロッグレイクに降ってきた人。
「人なの神なの、どっちなの?」
――どっちかっていうと、人かな。
――しかも、エルフ族の始祖でもある。
――エリザマリーをはじめとする最初の転生者を呼んだのが、この人だった。
「んん? やたらにややこしくなってきたな。エリザマリーが転生者システムを作り出したという話だった気がするんだが」
――そうだよ。自動召喚システムとして確立したのがエリザマリー。
――でも、その前から術式じたいは存在した。
「なるほど……」
俺の知っている範囲でいえば、転生者召喚を自動化するにあたって、エリザマリーは二つのスイッチを用意した。それは魔王が生まれること。転生者がこの世界で命を落とすこと。
魔王が生まれたら、転生者が誕生する。そうして生まれた転生者がこの世界で命を落としたら、新たな転生者が補充される。
これだけきくと、魔王と転生者のバランスがとれるようにも感じられるけれど、このシステム、実をいうと欠陥だらけである。なぜなら、転生者がパーティを組んで魔王を討伐すると、パーティごと現世に強制的に送り返されてしまうのだ。
魔王は強大である。魔王一柱を倒すために、一対一で戦って勝つには相当なレベルとセンスが必要になる。だから、数人の転生者がパーティを組んで倒すというのが平均的な転生者の選択である。このときに消えた転生者がどれだけ多くても、新たな転生者は補充されない。
魔王を倒すという志なかばで倒れた者がいた場合には新たな転生者が補充される。
けれども、志を果たして消えれば次の転生者が現れない。
そんな状況が永く続けば、一体どうなるか……。
かくして、この世界には、魔王ばかりが増えていくことになったので、エリザマリーは次の手を打った。それが、大勇者制度である。
大勇者。それは、増えすぎた魔王を討伐する強者たち。この人たちは、魔王に対抗する切札であり、魔王を倒してもマリーノーツから退場しない。
例外として、フリースなんかは、転生者じゃないけれど、特例として大勇者になった。一度はやめさせられ、ついさっき再び大勇者に認定された、なんてこともあった。
しかし、こうしたシステムはエリザマリーが発案・整備したものではあっても、転生者術式じたいはもともとこの世界にあり、空から降ってきた神のような人、ミョウジンという人が持ち込んだものだ、と、そういうことだろう。
――ミョウジンは、定期的に転生者を呼び寄せていたみたい。
「たしか、エリザマリーって人が召喚システムを作ったのは、増えまくった魔王に対処するためだったというけど……その、ミョウジンって人は、なんで転生者を呼んでたんだ?」
――そのあたりはいろんな説がある。この世界を支配するためだとか、奴隷として開拓させるためとか、美女を呼び寄せてハーレムだとかなんだとか……。
「ハーレムだと……」
――ただ、あたしは、こう思う。
――ミョウジンは、ただ世界をよくしたいと思って、転生者を呼んでいたんだろうって。
実際のところは、わからないとのことだ。
だから、これはたぶん、フリースの願望みたいなもんなんじゃないかと思う。エルフの始祖だって話だし、自分の遠い先祖を悪く思いたくないのだろう。
――昔はね、死んだ人の魂は、大樹の中に住むミョウジンさんのところに飛んでいって、そこで次の転生先が決まると言われてた。
「なるほど。悪いことをすると、ひどい転生先になって、そうなりたくなければ、善行に励むべしっていう伝説があるわけか」
俺がそう言うと、フリースは、驚いた顔をしてこっちを見てきた。なんで知ってるの、とでも言いたげだが、多くの場合、崇められる存在には、そういう、「人を善に走らせるための伝説やら昔話」がくっついてくるものだ。
お天道様は見ているよ、とか、閻魔様に舌抜かれるよ、とかと似たようなものでさ。
と、そこまでやりとりをしたところで、レヴィアが怒りだした。
「読めません! なんの内緒話をしてるんですか!」
俺に読める氷文字は、レヴィアには読めないのであった。
★
俺たちは石畳の道を行く。なかなか目的地まで着かないけれど、人力車を使ってはいけないのだろうか。何が何でも自分の足で歩かないといけないルールとかがあるのかな。
どうにも、まだまだ時間が掛かるみたいだったから、俺はたまたま目に入った青い服の少女に話しかけてみる。
「そういえば、大勇者に戻れてよかったな、フリース」
「まあね。大勇者なんて、転生者じゃないあたしにとってはただの称号だけどね。ラックが嬉しそうだったから、もらってあげた」
そう言った時のフリースは、口調こそアッサリしたものだったが、喜ぶのを我慢するみたいなぎこちない表情をしていた。素直に喜べばいいのに。
ふと、レヴィアのほうを見ると、カウボーイがかぶってそうな両側が跳ねた帽子を深くかぶり目を伏せていた。まるで、なにかにおびえているみたいに。
「どうかしたか、レヴィア」
「いえ……大勇者という響きを耳にすると、反射的に……」
そういえば大勇者と聞くと、いつも恐れをなして震えていたっけ。まなかさんのときも、セイクリッドさんのときも、そうだった。
「大丈夫か、レヴィア」
「……そうですね。大丈夫みたいです。これまでは、大勇者ってきくだけで怖かったですけど、フリースなら、何とかなる気がします」
この発言には、当然フリースが黙っちゃいない。
「へぇ、言ってくれるじゃない。家出娘が」
「なっ、それは言わない約束でしょう?」
「そんな約束してないし」
突然のケンカ売買の開始である。お互い、石畳の道を挟むように距離をとった。
「お、おい、お前ら……」
止めようとしたけれど、俺の言うことを素直にきくような子たちではないのだ。
フリースが氷の球体をつくって威嚇すれば、レヴィアは、腰のホルスターから回転式拳銃を取り出す。
って、銃?
なんて物騒な武装を……!
「おいレヴィア、やめろ、それは人に向けていいものじゃない!」
俺は言ったけれど、耳に入っていないようだ。
「レヴィア!」
返事が無い。今度は聞こえたようだが、無視である。
レヴィアのことだ、銃ってのがどんなものか理解してない可能性がある。いくらカウガール装備だから銃が似合うとは言っても、俺はレヴィアが殺傷兵器を使う場面なんか見たくない。
頼むから引き金を引かないでくれと思っていた。
けれど。
ああ、いともあっさり銃声が響いた。銃口からは煙がまき散らされる。
……だが、出てきたのは銃弾ではなく、そいつがぶつかったところで、人を傷つけるのは難しそうな物体だった。
パサッと地に落ちたのは、縄である。
煙をあげる銃口から発射されたのロープの先端には、直径一メートルくらいの輪ができていた。その輪でフリースを捕まえるために放物線を描いたが、三メートルくらいしか飛ばず、全く届いていなかった。
オモチャ感がすごい。
パーティグッズっぽくもある。
撃ったレヴィアは、相手が分厚い氷の壁を発生させて防御姿勢をとったことで、出し抜いてやったとばかりにニヤリと笑っていた。
フリースのほうは、コケにされた怒りでわなわなと震えていた。
その光景を見て、俺は心の底から安堵していた。
よかった……。
にしても、心臓に悪いものを持たせよって。
「おい、オトちゃん」腕に巻き付く蛇に語りかける。「レヴィアに銃渡したの、オトちゃんだろ。絶対そうだろ」
漆黒の蛇は、はいともいいえとも言わず、そっぽを向いている。
なんだか頭にきたので、蛇の首を掴んでやった。
そしたら、オトちゃんは暴れはじめて、俺の首筋を狙って、がすがすと頭突きを繰り返してくる。
「おのれっ、首を切ろうってのか。やめっ、やめろって」
俺は蛇相手に割と本気で攻撃しはじめたのだが、戦闘スキルのない俺の攻撃など、全てよけられてしまった。にょろにょろしていて当てにくい。
「くそぉ!」
人に負けるならまだしも、蛇相手に負けるのは冒険者の沽券にかかわるというものだ。地味ながら冒険者風の装備を手に入れたのだから、せめて戦闘力のない蛇との戦いくらいは制したい……のに!
「ぐぉぉぉっ」
俺はまるで手錠でもかけられるかのように、両方の手首に巻き付かれてしまった。だが、まだ諦めるわけにはいかない!
「おのれぇええええええ!」
などと叫んで腕を上下に振り回す。それでも蛇は離れてくれない。
「いたたたっ、とれるっ、腕とれるっ!」
そしたら、
「みなさん! 神聖な参道で、なにを暴れてるんですか! ここはもう神域ですよ!」
「す、すみません……」
マイシーさんに叱られてしまった。