表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第九章 戦いの果てに
211/334

第211話 君のお墓を建てたい

 墓場に向かうというマイシーさんに連れられて、歩いて移動することにした。石畳の道を行く。


 この世界の住人は、墓場をつくらない。


 ここがまさにあの世だからとか、そういうわけではなく……いや、あの世に限りなく近い場所ではあるんだろうけど……いずれにしても、とにかく、亡くなった人物の亡骸(なきがら)を燃やしたり、土に埋めるというイベントは、行われない。


 死に対してドライなわけではなく、死体が残らないからである。


 ものしり氷娘(こおりむすめ)のフリースが言うには、


「言い伝えでは、死んだものの魂は北の大樹に吸い込まれて、風になって(そら)になって水になって、別の世界で生まれ変わると言われてる。いなくなったとしても、大事な人は、その人の心の中にいるし、世界そのものに溶け合っていくんだよ。だから、お墓はいらない」


「一応、墓らしきものをいくつか見たことあるけどな。たとえば、フリースと八雲丸さんが戦った闘技場の入り口の横とかにもあったし」


「ああ、戦闘中に死んだ人の名前を彫った柱たちね。あれは転生者がやりはじめた風習だよ」


「そうなのか」


「この世界では、お墓って珍しいものなんだよ。お墓なんてつくったら、生まれ変わりを邪魔することになるから、転生者みたいに、お手軽にお墓つくったりしない」


 ものしりなフリースはそう言ったあと、俺に微笑みかけながら、続けて言った。


「でもラックが死んだら、お墓建ててあげる」


 さすが長生きのフリースさんだ。言うことが違う。縁起でもない。


「俺が何したってんだ。冗談にしては、ひどすぎない?」


 ちゃんと仲直りしたはずじゃないか。


「は? なんでそこで怒るの? わけわかんない」


「わけわかんないのはこっちだ。今のフリースの話では、墓を建てるのは、一種の呪いみたいなもんってことだよな? 『こいつ生まれ変わらせたくないから嫌がらせにお墓つくるぜ』みたいな感じだろ? 俺、フリースに何か恨まれるようなことした?」


 そしたらフリースは、「わかってないなぁ」とでも言いたげに呆れた溜息を吐くと、


「ラックもそんな風に考えるんだね。転生者のなかには、そんな解釈をする人もいるみたいだけどね、そうじゃないでしょ?」


「いや、『でしょ』とか念を押すように言われてもな」


「つまりね、『この人と別れたくない』ってみんなが思うほどの、すごい人のためだけに建てたんだよ」


「そ、そうか……じゃあ、良い意味なんだな」


 フリースが頷いた。かと思ったら今度はレヴィアが横から、


「じゃあ私も、ラックさんのお墓建てたいです」


 これも好かれてるってことなんだろうけど、めちゃくちゃ抵抗あるなぁ、墓建てる宣言。まるではやく死んでくれと言われているみたいで、ちょっと嫌だ。


「だからね」とフリースがあからさまにレヴィアの言葉を無視して叩き潰すようにして、「ひとことで言うと、魂だけでもここにとどまって見守ってもらいたい。そういう祈りの場こそが、あたしたちの世界での墓」


 現実だって、いなくなった人を惜しむ気持ちは、似たようなものだと思うけどな。


「でも、じゃあフリース。これから行くところは、誰の墓なんだ?」


 俺の質問に対し、フリースは自分で喋るのをやめて、氷文字を見せつけてきた。


 ――ミョウジンという人。


 初登場だな、ミョウジンさん。どんな人なのだろう。


 ――知識と戦いと魔術の()


「神?」


 ――そして転生者の生みの親。


「転生者の……? それって、どういう……」


 ――エルフの伝説だと、空の高いところからフロッグレイクに降ってきた()


「人なの神なの、どっちなの?」


 ――どっちかっていうと、人かな。

 ――しかも、エルフ族の始祖でもある。

 ――エリザマリーをはじめとする最初の転生者を呼んだのが、この人だった。


「んん? やたらにややこしくなってきたな。エリザマリーが転生者システムを作り出したという話だった気がするんだが」


 ――そうだよ。自動召喚システムとして確立したのがエリザマリー。

 ――でも、その前から術式じたいは存在した。


「なるほど……」


 俺の知っている範囲でいえば、転生者召喚を自動化するにあたって、エリザマリーは二つのスイッチを用意した。それは魔王が生まれること。転生者がこの世界で命を落とすこと。


 魔王が生まれたら、転生者が誕生する。そうして生まれた転生者がこの世界で命を落としたら、新たな転生者が補充される。


 これだけきくと、魔王と転生者のバランスがとれるようにも感じられるけれど、このシステム、実をいうと欠陥だらけである。なぜなら、転生者がパーティを組んで魔王を討伐すると、パーティごと現世に強制的に送り返されてしまうのだ。


 魔王は強大である。魔王一柱を倒すために、一対一で戦って勝つには相当なレベルとセンスが必要になる。だから、数人の転生者がパーティを組んで倒すというのが平均的な転生者の選択である。このときに消えた転生者がどれだけ多くても、新たな転生者は補充されない。


 魔王を倒すという(こころざし)なかばで倒れた者がいた場合には新たな転生者が補充される。


 けれども、志を果たして消えれば次の転生者が現れない。


 そんな状況が永く続けば、一体どうなるか……。


 かくして、この世界には、魔王ばかりが増えていくことになったので、エリザマリーは次の手を打った。それが、大勇者制度である。


 大勇者。それは、増えすぎた魔王を討伐する強者(つわもの)たち。この人たちは、魔王に対抗する切札であり、魔王を倒してもマリーノーツから退場しない。


 例外として、フリースなんかは、転生者じゃないけれど、特例として大勇者になった。一度はやめさせられ、ついさっき再び大勇者に認定された、なんてこともあった。


 しかし、こうしたシステムはエリザマリーが発案・整備したものではあっても、転生者術式じたいはもともとこの世界にあり、空から降ってきた神のような人、ミョウジンという人が持ち込んだものだ、と、そういうことだろう。


 ――ミョウジンは、定期的に転生者を呼び寄せていたみたい。


「たしか、エリザマリーって人が召喚システムを作ったのは、増えまくった魔王に対処するためだったというけど……その、ミョウジンって人は、なんで転生者を呼んでたんだ?」


 ――そのあたりはいろんな説がある。この世界を支配するためだとか、奴隷として開拓させるためとか、美女を呼び寄せてハーレムだとかなんだとか……。


「ハーレムだと……」


 ――ただ、あたしは、こう思う。

 ――ミョウジンは、ただ世界をよくしたいと思って、転生者を呼んでいたんだろうって。


 実際のところは、わからないとのことだ。


 だから、これはたぶん、フリースの願望みたいなもんなんじゃないかと思う。エルフの始祖だって話だし、自分の遠い先祖を悪く思いたくないのだろう。


 ――昔はね、死んだ人の魂は、大樹の中に住むミョウジンさんのところに飛んでいって、そこで次の転生先が決まると言われてた。


「なるほど。悪いことをすると、ひどい転生先になって、そうなりたくなければ、善行に励むべしっていう伝説があるわけか」


 俺がそう言うと、フリースは、驚いた顔をしてこっちを見てきた。なんで知ってるの、とでも言いたげだが、多くの場合、崇められる存在には、そういう、「人を善に走らせるための伝説やら昔話」がくっついてくるものだ。


 お天道(てんと)様は見ているよ、とか、閻魔(えんま)様に舌抜かれるよ、とかと似たようなものでさ。


 と、そこまでやりとりをしたところで、レヴィアが怒りだした。


「読めません! なんの内緒話をしてるんですか!」


 俺に読める氷文字は、レヴィアには読めないのであった。


  ★


 俺たちは石畳の道を行く。なかなか目的地まで着かないけれど、人力車を使ってはいけないのだろうか。何が何でも自分の足で歩かないといけないルールとかがあるのかな。


 どうにも、まだまだ時間が掛かるみたいだったから、俺はたまたま目に入った青い服の少女に話しかけてみる。


「そういえば、大勇者に戻れてよかったな、フリース」


「まあね。大勇者なんて、転生者じゃないあたしにとってはただの称号だけどね。ラックが嬉しそうだったから、もらってあげた」


 そう言った時のフリースは、口調こそアッサリしたものだったが、喜ぶのを我慢するみたいなぎこちない表情をしていた。素直に喜べばいいのに。


 ふと、レヴィアのほうを見ると、カウボーイがかぶってそうな両側が跳ねた帽子(ハット)を深くかぶり目を伏せていた。まるで、なにかにおびえているみたいに。


「どうかしたか、レヴィア」


「いえ……大勇者という響きを耳にすると、反射的に……」


 そういえば大勇者と聞くと、いつも恐れをなして震えていたっけ。まなかさんのときも、セイクリッドさんのときも、そうだった。


「大丈夫か、レヴィア」


「……そうですね。大丈夫みたいです。これまでは、大勇者ってきくだけで怖かったですけど、フリースなら、何とかなる気がします」


 この発言には、当然フリースが黙っちゃいない。


「へぇ、言ってくれるじゃない。家出娘が」


「なっ、それは言わない約束でしょう?」


「そんな約束してないし」


 突然のケンカ売買(ばいばい)の開始である。お互い、石畳の道を挟むように距離をとった。


「お、おい、お前ら……」


 止めようとしたけれど、俺の言うことを素直にきくような子たちではないのだ。


 フリースが氷の球体をつくって威嚇すれば、レヴィアは、腰のホルスターから回転式拳銃を取り出す。


 って、銃?


 なんて物騒な武装を……!


「おいレヴィア、やめろ、それは人に向けていいものじゃない!」


 俺は言ったけれど、耳に入っていないようだ。


「レヴィア!」


 返事が無い。今度は聞こえたようだが、無視である。


 レヴィアのことだ、銃ってのがどんなものか理解してない可能性がある。いくらカウガール装備だから銃が似合うとは言っても、俺はレヴィアが殺傷兵器を使う場面なんか見たくない。


 頼むから引き金を引かないでくれと思っていた。


 けれど。


 ああ、いともあっさり銃声が響いた。銃口からは煙がまき散らされる。


 ……だが、出てきたのは銃弾ではなく、そいつがぶつかったところで、人を傷つけるのは難しそうな物体だった。


 パサッと地に落ちたのは、(ロープ)である。


 煙をあげる銃口から発射されたのロープの先端には、直径一メートルくらいの輪ができていた。その輪でフリースを捕まえるために放物線を描いたが、三メートルくらいしか飛ばず、全く届いていなかった。


 オモチャ感がすごい。


 パーティグッズっぽくもある。


 撃ったレヴィアは、相手が分厚い氷の壁を発生させて防御姿勢をとったことで、出し抜いてやったとばかりにニヤリと笑っていた。


 フリースのほうは、コケにされた怒りでわなわなと震えていた。


 その光景を見て、俺は心の底から安堵していた。


 よかった……。


 にしても、心臓に悪いものを持たせよって。


「おい、オトちゃん」腕に巻き付く蛇に語りかける。「レヴィアに(あんなもん)渡したの、オトちゃんだろ。絶対そうだろ」


 漆黒の蛇は、はいともいいえとも言わず、そっぽを向いている。


 なんだか頭にきたので、蛇の首を掴んでやった。


 そしたら、オトちゃんは暴れはじめて、俺の首筋を狙って、がすがすと頭突きを繰り返してくる。


「おのれっ、首を切ろうってのか。やめっ、やめろって」


 俺は蛇相手に割と本気で攻撃しはじめたのだが、戦闘スキルのない俺の攻撃など、全てよけられてしまった。にょろにょろしていて当てにくい。


「くそぉ!」


 人に負けるならまだしも、蛇相手に負けるのは冒険者の沽券(こけん)にかかわるというものだ。地味ながら冒険者風の装備を手に入れたのだから、せめて戦闘力のない蛇との戦いくらいは制したい……のに!


「ぐぉぉぉっ」


 俺はまるで手錠でもかけられるかのように、両方の手首に巻き付かれてしまった。だが、まだ諦めるわけにはいかない!


「おのれぇええええええ!」


 などと叫んで腕を上下に振り回す。それでも蛇は離れてくれない。


「いたたたっ、とれるっ、腕とれるっ!」


 そしたら、


「みなさん! 神聖な参道で、なにを暴れてるんですか! ここはもう神域ですよ!」


「す、すみません……」


 マイシーさんに叱られてしまった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ