表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第九章 戦いの果てに
210/334

第210話 マリーノ―ツ祭壇

 夕食ですっかり満腹になった頃、見計らったかのようなタイミングでマイシーさんが迎えに来た。


 マイシーさんは、牽引スキルもちの大型人力車を用意してくれていた。四人が牽くタイプで、座席が円形になっている。椅子もリラックスできるふかふかなものだ。本来は屋根がついているのだというが、景色を見ながら進みたいといったら、特別に屋根を撤去してくれた。


 これで、俺を挟んで険悪なムードになることも避けられるような気がする。オープンカー的な開放された空間であるのに加え、心理学的に円形のテーブルは、場が和みやすいと言われるからだ。これで、会話も和気あいあいとしたスムーズなものになるに違いない。


「…………」


「…………」


 うん、レヴィアもフリースも微妙な感じに牽制(けんせい)し合ってて、あんまり効果ないみたいだが……。でも、少なくともまだ思いっきり険悪な状況にはなってない。効果ありだ。そう思うことにしよう。


 マイシーさんが一緒に乗ってくれたらさらに安心だったんだけど、「わたくしは準備がありますので」と言って馬に乗って去って行った。一体なんの準備なんだか。


 さて、この人力車は、馬車よりも快適で小回りがきく優秀な移動手段だった。何より、フリースが氷の力を使わなくて済むという利点がある。フリースは各方面から力の使い過ぎを指摘されているからな、ゆっくり運ばれてもらいたい。


 ふと、フリースが、レヴィアに向けて氷文字を書いてみせた。


 俺には読めない文字だ。


「たのしかったです」レヴィアは答える。


 ――読めない文字。


「たしかに二人きりでしたけど、ごはん食べただけですよ?」


 ――読めない文字。


「おいしかったです」


 ――読めない文字。


「……まぁ……ただいまです」


 ――読めない文字。


「ラックさんがいいって言うなら、仕方ないですね」


 レヴィアは少し不満そうにこぼしたのだった。


 フリースがどんな文字を見せたのか考えるに……たぶん、「楽しかった?」とか、「ごはん美味しかった?」とか、「おかえり」とか、「これからもよろしくね」くらいの、あたりさわりのないものだと思う。


 とにかく、また三人旅を再開できて、俺はとても嬉しく思う。


 さて、ホクキオからずっと続いているという石畳の街道をゆったり進んでいくうちに、夜がきた。人力車はほとんど揺れず、テーブルをしまってベッドを取り出すこともできたので、三人で仰向けに寝転がり、星空観賞するという幸せな体験もできた。


 月が出ていなかったので、星空を邪魔するものは少なく、天の河の深みのある輝きや、いくつも流れる流星を眺めることができた。


 特にスキルを使ったわけでもないので、眠る必要のなかった俺は、その後、二人の寝顔を曇りなき眼に焼き付けたりした。


「ほんと、寝てれば仲良さそうなんだよな」


 小さな二人が幸せそうに眠っている。小糸丸を胸に抱いて眠るフリースは白銀の髪に星空を反射させて輝かせているし、レヴィアはその横で、猫みたいに身体を丸めて眠っていた。相変わらず眠る時でも帽子を外さずにいる。


 スマートフォンでもあれば、並んで眠る二人の寝顔を撮影できたりしたんだろうけど……いや、もう言うまい。縁が無かったんだ。


 朝になって、昼になった。ゆっくりゆっくり、必要以上にゆっくりと、人力車は進んだ。まるで、誰かがわざとゆっくり進ませているみたいだった。後から思えば、たぶんこれは、マイシーさんの時間稼ぎだったんだろうけど。


 しばらく進むと、広い広い青空の下に、巨大な広場があらわれた。


 その奥に、巨大なレンガの建物があるのも見えた。上品な赤茶色と白が混ざった壁面がとても美しい。翼を広げた鳥のような対称(シンメトリー)の建築は、繊細ながらも雄大だった。


 三階建てで多くの窓が等間隔で並べられているところをみると、宿泊施設か何かだろうか。茶色い屋根は直線的だったが、時計台のようになっている中央部分の屋根は、丸みをおびていて、ドーム状になっていた。よく見ると、建物の四隅にもドーム型の屋根が見えた。


 美しいレンガ建築の姿を横目に見ながら、ゆっくりと車が()かれていったのだが、通り過ぎる途中、建物の中央正面あたりで、人力車は止まった。マイシーさんが待ち構えていたのである。


「お待ちしておりました、ラック様、フリース様、レヴィア様」


 人力車を降りた俺たちを迎え、深々と頭を下げてくる。


「あらたまって、一体何だ」と俺が返す。


「ここはマリーノーツ祭壇。マリーノーツ最高の聖地です。このたび、フリース様に、正式に大勇者になっていただくことになりましたので、こちらで大勇者指名の儀式を行います」


「つまり、この力強くもエレガントなレンガ建築は、そういう儀式のための建物ってこと?」


「そうですね。エリザマリー様が初めて召喚の儀式を行った場所であると記録されています。以来、大勇者の指名儀式は、この地で行われてきました。一度は魔族の焼き討ちに遭い全焼しましたが、マリーノーツの民は、負けず、僅かな期間で同じ姿の建物を造り上げたのです」


 復興のシンボルでもあった、ということであろう。


「それでは、こちらにお越しください」


 時計台の正面にある大きな門扉が開け放たれていて、マイシーさんに導かれ、そこから三人で足を踏み入れた。


 ドームの直下は、八角形の階段が周囲を囲み、真ん中だけ数段高くなっていて、そこには黒い蛇がいた。とぐろを巻いておとなしくしていた。少し見ないうちに、ちょっと大きく太くなっているように見える。


 ドームを見上げると、八角形の木組みがあり、その周囲に波が広がっていくように、幾重にも模様が刻まれていた。


 周囲の壁には、四つの壁画がある。


 一つ目は、大勇者まなかだろう。赤い剣をもった大勇者のまわりを色とりどりの宝玉が飛び回り、邪悪そうな多頭の龍に立ち向かっている図だ。戦士が五龍の力を使って偽の黒龍を討伐している場面。


 二つ目は、女性二人が描かれたもの。白日の巫女と黒雲の巫女。向かい合う横顔。幼き日のキャリーサと幼女モードのオトちゃんだろうか。レヴィアが着ていたことでお馴染みの白い服と、質素な黒い服。互いに手をからませて、ふたりで一つの黒い球体を支え持っている姿があった。


 三つ目は、指導者の後ろ姿。この建物のバルコニーらしき場所から、赤い服を着た女性が広場に集まった人々を見下ろしている。おそらくは、この国を建てたエリザマリーの生前の姿と思われる。


 最後に四つ目、エルフの首長と思われる男と、赤い服の女性が握手している姿が描かれていた。人間とエルフが手を組み、ともに魔王討伐を誓い合った、という場面のようだ。


「フリース様、それでは、こちらへ」


 マイシーさんが手招いた。


「本来なら、大勇者就任に際して、オトキヨ様よりお言葉があるものなのですが、なにぶん、不完全な状態ですので、書面にて失礼します」


 フリースは、八角形に囲われた階段に氷の坂道を作ると、そこをのぼってマイシーさんのもとへ滑っていった。


「…………」


 沈黙のうちに書状を片手で受け取ったフリースは、黒蛇状態のオトちゃんが首を持ち上げたのをみて、軽く撫でてやった。オトちゃんは首をくるくる回して、喜びと祝福を表現したかと思ったら、ふんぞり返って偉そうな姿勢になった。


 そろそろ自我が芽生え始めた、といったところだろうか。


 たったそれだけで、フリースは俺のそばへと戻ってきた。


 えっ、これで終わりってくらいに、実にあっさりとしたものだったが、二回目なんてこんなものなのかもしれない。これにて念願の大勇者再就任の儀式は終了となった。


  ★


「もう一つ、皆さんにお付き合いしていただきたいことがございます」


 そう言ったマイシーさんは、祭壇の中央で首をふりまわして調子に乗っていた蛇を汚いものをつかむようにつまみあげ、俺の腕に蛇を引っかけると、ついてこいとばかりに歩き出した。


「どこに行くんだ、マイシーさん」


 俺が率直にたずねてみたところ、彼女は怒りを静めようとするかのような溜息を吐いて、言うのだ。


「墓場ですよ」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ