第209話 帰ってきたレヴィア(2/2)
鉄板焼きは、さまざまな肉が出てきて、その全てが最高に美味しかった。
――肉が最高であれば、どんな食べかたでも最高である。
という「焼き」とか「調理」の重要性を無視した、ちょっとどうかと思うポリシーをもった店だった。
だから、店の人は、生肉を出してくるばかりで、特に焼き方に口出ししてくるような鬱陶しさがなく、快適だった。
それにしても、何の工夫もしてないで肉を大雑把に焼いて食ってるだけなのに、本当にうまい。
いつぞや俺がラスエリ転売でもうけたときに、ホクキオの高級店に行ったことがあった。シラベールさんやベスさんと同席したその店は、かなり美味だった。しかし、その高級店よりも、この鉄板焼きはさらに上をいっている。
あまりにうますぎて、レヴィアなんて、目の前に肉を置いてやるたび一瞬で食いまくっているくらいだ。いくら鉄板が高熱だからって、そうも一瞬でとってしまったら、全然焼けてない生肉を食らう結果になってしまう。
「レヴィア、それ、まだ生だぞ」
「平気です。おいしいです」
「そうか」
喜ぶ彼女の顔を見るのは最高に嬉しい。
「ところで、これ何のお肉ですか」
「モコモコヤギだそうだ」
俺が答えた瞬間、レヴィアは「エッ」と喉の奥から声を出すと、席を立ち、トイレに駆け込んでしまった。
「どうしたってんだ?」
俺は首をかしげるしかない。わけがわからない。
ほんの数十秒で戻ってきたレヴィアは、なぜか涙目だった。
「おい、レヴィア、どうしたんだ? やっぱり生だから腹壊したか?」
「いえ、ちょっと吐いてきました」
んん? なんか予想外のことを言い出したぞ。
「だ、大丈夫なのか? まだ実は体調が万全じゃないとか?」
「……ええ、そんなとこです」
「そしたら、何か飲み物を頼もうか?」
「そうですね、甘くて美味しいやつがいいです」
そこで俺は振り返って、店員を呼ぼうとしたのだが、すでに目の前に執事風の男が立っていた。たびたび肉を運んでくれていた人だ。
その片手には、シャンパングラスのような背の高いグラスが二つあり、もう片手にはラベルのついていない小さなビンがあった。
注文する前に、すでに用意してくれていたわけだ。
「あ、ありがとうございます」
頭を下げた俺にあわせて、執事は軽く会釈した。
そしてレヴィアの横に歩き、細いグラスに透明な液体を注いで置いた。
「当店自慢の、スイートエリクサーです」
「え、エリクサーだと?」
「はい」
「効能は?」
「たいへん美味です」
「ん? それだけ?」
「それだけでございます。ただし、生きてて良かったと思えるくらいの美味です。食事は人生に充実感を与えるものですので、最高の食べ物や飲み物は、もはや『エリクサー』と呼ぶにふさわしい効能かと」
「なるほど……」
ずいぶん大きく出たものだと思いながらも、俺は頷いた。
「ご納得いただけて嬉しい限りです」
「何が入ってるんだ?」
「エリザシエリーという幻の酒に、マリベリーという古代樹の果実を漬け込み、熟成させたものをベースに、世界樹に成る果実であるトキジクの果汁を混ぜ込んだものです。さらに、フロッグレイクに降り注ぐ聖なる雨で作った氷によって冷やしました。そして魔力によって酩酊成分を独特な深く爽やかな味わいへと変質させました。味覚の研究を全て結集したもので、本家のエリクサーすら超越する抜群のうまさなのです」
よくわからないが、素材へのこだわりが強いのは理解した。
エリザシェリーという酒は、ザイデンシュトラーゼンでアンジュさんが振る舞ってくれたものだ。『白日の巫女』から名前をとった稀少品で、一瞬でみんなの意識が飛ぶような強い酒だったけれど、ここでは酔っ払うような成分は抜かれているらしい。
マリベリーというのは、コイトマルのエサになっている葉っぱが、たしかそんな名前だった。すでに滅んだ珍しい種であるということを、研究所を凍りづけにした夢の中で聞いた気がする。
トキジクといえば、八雲丸さんからもらったのがトキジクの種というアイテムだった。フロッグレイクにあるという世界樹に関連するものだと思われる。
たしかに素材のレア度からいえば、エリクサーと名がついてもおかしくないような飲み物だ。
執事風の男は、俺のグラスにもその透明な液体を注いでくれた後、二人の少なくなっていた別のグラスに水を注いで、「ごゆっくり」と言って、距離をとった。
「じゃあレヴィア、乾杯しようか」
「かんぱい……アンジュのところでやったやつですね?」
そうして、グラスを二人で持ち上げ、ぶつけ合った。
「乾杯!」
二人で、おいしいごはんを食べながら声を揃えて乾杯できる。これはとても幸せなことだ。
レヴィアとタイミングを合わせてグラスを傾ける。
「おいしいです!」
「これはうまい!」
本当にうまい。濃厚でありながら爽やかな甘みが、広がっていく。味もさることながら、レヴィアと乾杯しているという事実が、もともとスイートなスイートエリクサーをさらにスイートにさせた。
正直、エリクサーと名前がつくものに美味しいイメージなんて全くなかった。なぜなら、ラストエリクサーはどう頑張って調理しても雑草感が拭えないような、安定したまずさの薬草だったからだ。
スイートエリクサーか。
美味しいエリクサーもあるんだな。
じゃあ、次のデートも、このエリクサーでレヴィアと乾杯したいな、などと思った。
なんて、これはちょっと贅沢すぎるか。
いやいやでもでも、こんな美味しそうなレヴィアの笑顔を見せられたら、毎回このエリクサーで乾杯したくなってしまうだろう。
「どうかしましたか? ラックさん」
「いや、幸せだなあと思ってね」
★
「レヴィアは、俺と別れている間、どこにいたんだ?」
「えっ、あの……えっと……」
レヴィアも俺も、肉に満足して落ち着いてきたので、雑談タイムに入った。そして、ひとしきり当たり障りのない話をした後で、なにげなくたずねてみたのだが……どういうわけかレヴィアは言いよどんだ。
一体、どこで何をしていたというんだ。
人に言えないようなことなんて、そうそうないぞ。
これは、まさか、浮気?
そうだ、そうかもしれない、そうだったらどうしよう、そうだったら困る、そんなはずない。
「一応、きいておくがな、レヴィア」
「え、何ですか?」
「相手は誰だ?」
「え? え? 何のですか?」
「誰と一緒にいたのかということだ」
「キャリーサですけど」
「なに?」
キャリーサといえば、禍々しい合成獣を出し、毒々しい紫の服を着る女だ。紫に黒の水玉の服で毒キノコみたいなやつだ。
「……キャリーサと、どこで何をしてたんだ?」
「知らない村にいました」
「誘拐? 無理矢理さらわれたの?」
「ちがいます。キャリーサは優しくしてくれました。相変わらず、あの、香水っていうんですか? 変なニオイで、くさかったですけど」
「いや、たしかにな、実は敵じゃなかったってことが、最近わかってきたけど、でもレヴィアにとっては一度自分を誘拐した相手のはずだ。大丈夫かな、洗脳とかされてない?」
「ラックさんは、もうちょっとキャリーサのことを信じていいと思います。そして優しくすべきです。嘆いてましたよ。『あの野郎ぜったい許さない』とかって」
わけのわからん逆恨みされているようだ。そして、逆恨みしてくるような相手を信じていいとか言われても、そう簡単に信用できるわけがない。
もはや俺のレヴィアを連れ回したことに対する怒りのほうが大きくなった。いかにレヴィアがキャリーサを褒めても、向こうから歩み寄ってこないなら、俺はあいつを許すことはできない。
一緒に知らない村に行くなんて嫉妬しかない。許せない。レヴィアがキャリーサと会ったり一緒に過ごしたりするのにも、俺は反対である。レヴィアもわかってくれるはずだ。キャリーサなんかより俺のほうが好きなはずだからな。
「キャリーサとは会わない方がいいんじゃない?」
「なんでですか?」
「俺とキャリーサ、どっちが大事だ?」
「ラックさんです」
安心する答えがかえってきた。
あ、そうだ。ちょっと話はそれるかもしれないが、ここはついでにもう一つ、重要な疑問をぶつけてみよう。勇気を出すのだ。勢いに乗って踏み込むのだ。
「……じゃあ、俺とお父さん、どっちが大事だ」
「うーん……選ばないとダメですか?」
「……いや別に」
以前は即答でおとうさんを選んでいたのに、悩んでくれるようになった。これだけで、十分に幸せだ。
もう、この時点でハッピーエンドって言って終わってもいいんじゃないかな。
そんな最高の気分にとっぷり浸りながら、人生最高の食事は過ぎていった。




