第208話 帰ってきたレヴィア(1/2)
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「別にいいよ。あたしは散歩する。……どうせレヴィアは、あたしと仲良くしたくないだろうし」
ふてくされたような言葉を残して、不機嫌なフリースは美しい石畳の街に滑り出した。止める間もなかった。
何が起きたのか。
簡単に言うと、入店が認められなかったのだ。優美な口ひげを生やした執事風の男に止められ、何を言っても「裸足での入店はお断りします」の一点張りだった。
「わたくしの力不足です。……申し訳ありません」
「いや、靴を揃えられなかった俺の力不足だ」
それにしても皇帝の権力を振りかざしても通用しないとは、エジザという街は、かなり特殊な高級商店街のようだった。
「それで、マイシーさん。レヴィアはどこにいるんだ? 後から来るのかな?」
「すでに店の中で待たせています」
「そ、そうか。よし」
俺はゴフンゲフンと咳払いをして、冒険者ふうのマントを整えたりした。
「フリースが入れないのは残念だったが、いつまでもレヴィアを待たせるわけにはいかないな。それじゃあ、マイシーさん、行きましょうか」
「そうですね」
マイシーさんと俺は、執事に導かれて、レンガづくりの赤い建物の中へと足を踏み入れた。
薄暗い店内を進むと、座席エリアに出た。多くのテーブルがあり、それら全てが、茶色いクロスにまとわれていて、テーブルの下がカーテン状になって隠れている。
いよいよレヴィアに会えるんだ。久しぶりだ。なんか、緊張してきたぞ。
と、思ったのだが、先に来ているはずのレヴィアの姿が見えない。
真ん中あたりのテーブルにのみ、三つ足の鉄板が置かれ、茶色いテーブルクロスが敷かれていた。洒落た燭台が置かれていて、三本のロウソクが光を放っていた。おそらく、あれが用意された席なのだろう。
先に来ているはずのレヴィアが、その席に居ないというのは一体……。
俺の『曇り無き眼』に反応はない。特に何かが偽装されているわけでもなさそうだ。
だとしたら、どういうことだろう。
逃げてしまったのか、たまたまトイレにでも行っているのか、それともやっぱり俺と会いたくなくて帰ってしまったというのか。
「レヴィア……」
と、俺が呟いたとき、ガタンと物音がして、用意されているテーブルが揺れた。
「え、もしかして……」
俺はぽつんと薄闇に浮かび上がるテーブルに向かっていった。
「あけるぞ、レヴィア」
そして、俺は、ついに愛する彼女との再会を果たした。
まともな再会の仕方ではなかったけれど、なに、出会いだって普通じゃなかったんだ。逃亡しているさなかに、俺を探していたレヴィア。雪山にいるみたいなニットの帽子をかぶった彼女は、案内人を名乗って、俺をネオジュークまで進ませてくれた。
案内人だなんていうのは真っ赤な嘘だったんだろうけど、レヴィアがいなかったら、俺は今、この場には居られなかった。もしかしたら、ネオジューク西あたりで偽装の光に引っかかって、かの悪の組織の門を叩き、暗殺者になっていたかもしれない。
オトちゃんを殺害しようと刺突剣を振るっていたのが俺だったかもしれないんだ。
誰が何と言おうとレヴィアは俺の案内人だったし、これからも俺を幸福へと導いていく案内人であってほしいんだ。
レヴィアはテーブルの下に隠れていた。狭くて暗いところが好きだとしたら、猫みたいなやつだな。
彼女は俺と目を合わせようとせず、カウボーイハットをしっかりと握りしめて、深く深くかぶっていた。
俺は、昔、小型犬を飼っていたことがあるんだが、何か悪いことをした後には、決まって狭い場所に隠れて出てこなくなってしまっていた。とすると、その犬と同じように、レヴィアも罪の意識に震えているのかもしれない。そんな必要ないのに。
俺は彼女を安心させるべく、優しく話しかける。
「何してんだ、レヴィア」
「ラックさん……」
「こんなところに隠れて何してんだ。あっ、もしかして、俺を驚かそうとかいうお茶目なやつだったか? だとしたら、見つけちまってゴメンなのかな?」
しかし、レヴィアは俺の問いにマトモに返事をくれなかった。
「……私のこと、どう見えます……?」
脈絡なんてものをまるで無視して、レヴィアは言った。
おずおずと、上目遣いの視線をぐらぐらさせていた。なんでだ。
「どうって……暗くてよくわからんが……でもカウガール装備の、いつもの可愛いレヴィアであることはわかるぞ」
「本当ですか?」
「もう少し明るいところで見れば、もっと可愛いと思うぞ。こんなとこにいないで、出てこないか?」
「でも……」
「俺はな、レヴィアに命を助けてもらって、本当に感謝してる。あのとき、レヴィアが飛び出してアチキさんの炎魔法を防いでくれなかったら、今頃俺は、この世界にはいられなかったから」
「でも、私、嘘ついてて……」
「本当は案内人じゃないんだよな。知ってたよ」
俺はそう言うと、彼女の腕を掴み、無理矢理引っ張り出してやった。
出てくるときに帽子がずれてしまったので、俺は彼女の頭に手を伸ばした。
レヴィアは、俺をじっと見つめていた。
「…………ありがとうございます、ラックさん」
俺が頭に触っても、嫌がらなかった。
これまでは、激しく拒絶してきたのに、受け入れてもらえた。
ようやくレヴィアが、俺に心を許してくれたってことなのかな。だとしたら、すごく嬉しいな。
けれども、ここで中途半端のヒラメキパワーを持つ俺の脳みそが、ある疑惑を提示してきた。
……このレヴィア、本物か?
マイシーさんの数多くの技の中に、人形を作って操るというものがある。あの技を使えば、細やかな演技をさせることも可能だ。
もしも、準備期間が必要というのが、人形を作る時間が必要だったという意味だとしたら……。
もしも、目の前にいるレヴィアが、マイシーさんの動かしているニセモノなのだとしたら――。
何か確かめる方法は、と考えて、思いつく。
ザイデンシュトラーゼン最高の宝物、紫熟香の欠片。レヴィアは、はじめこそ紫熟香の匂いを気に入って、その木の中で心地よさそうに眠っていたけれど、火をつけて出た大量の煙を吸ってから、少しでもコレを取り出そうものなら「くさいくさい」と大騒ぎしていた。
このことは、マイシーさんには知られていないと思う。レヴィアの紫熟香に対する反応を見ていないはずだから、これを取り出して反応を見よう。本物であれば嫌がるし、ニセモノだったら首でもかしげてみせるだろう。
俺はアイテムボックスから、袋に入った紫熟香の欠片たちを取り出した。
「くさいくさいくさいくさい! その袋、あれですよね! くさい木の! 急になんですか! なんの嫌がらせですか!」
よかった。本物だ。
「おかえり、レヴィア」
そうして、俺は彼女を抱きしめようと、近づこうとした。思いっきり距離をとられた。
「ラックさん、ほんっと、くっさいです。寄らないでください」
「ひどい」
だけど、レヴィア、本当に、無事で良かった。
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復帰を祝うハイタッチってやつでも交わそうかと思っていたのだけれど、俺がレヴィア的にNGな香木を取り出してしまったばかりに変に距離をとられてしまって、微妙な再会シーンとなってしまった。
感激して抱き合うとか、したかったんだけどな。
「それでは、ラックさんとレヴィア様、わたくしはこのあたりで失礼します。後ほど迎えにきますので」
マイシーさんがそう言って去ろうとした。
「え、いや、マイシーさんも一緒に食べるんじゃないの?」
「わたくしなど、お邪魔でしょう。それに、色々と予定が狂いましてね……具体的に言うと、フリース様をお探しする仕事もありますし、わたくしも忙しいんですよ」
「そ、そうか、なるほど……でも、そんな突き放すように言わなくても」
「これは失礼しました」
なにはともあれ、二人きりにしてくれるという配慮らしい。彼女らしい機転である。
しかし、なんというかな、いざ二人きりを意識すると、久々だから緊張するな。
「それではラック様、失礼いたします」
マイシーさんは頭を下げて、テーブルに背を向けた。
「フリースのやつはさ、俺のせいで気が立ってると思うが、くれぐれもケンカとかするなよ?」
「大丈夫です」
だといいんだが。マイシーさんの「大丈夫」という言葉には、常に不安をおぼえるよな。
彼女が店を出て行った後、とても静かになった。
俺とレヴィアが二人で残された。他には、店員が数人控えているくらいだ。
「とりあえず、レヴィア、座ろうか。おいしいご飯でも食べながら話をしよう」
「はい」
「に、二回目のデートだな」
「そ、そうですね……」
久しぶりすぎて、お互いに顔を赤くして、ぎこちない感じになりながら、丸いテーブルに歩き、向かい合うように座った。