第206話 フリース靴を買う?(2/3)
フリースを導くようにして広い店に入ると、三人の店員の姿。男一人に女二人が、並んで立っていて、「いらっしゃいませ」と頭を下げた。
店内には、他に二人の若めの女性客がいて、それぞれ服や鞄を見ているようだった。
しばらくの間、よく磨き抜かれたピカピカ清潔な店内を見て回っていると、女性店員が一人、話しかけてくる。
「お客様、何かお探しでしょうか」
「この女の子に合う靴を探してるんです」
「では、こちらはいかがでしょうか」
そうして差し出された靴は、茶色い革靴でできた涼しげなサンダルだった。
「こちらはエルフのお客様に人気の商品です。大木の樹皮で作られた限定品ですよ」
フリースは興味深そうに頷いた。
大木の樹皮、というからには、もしやフロッグレイクに存在すると聞く世界樹ってやつかなと思ったけれど、ステータス画面を表示してみると、そうではなかった。それにしては値段の桁が異常である。
「エルフの皆様は死を嫌いますので、動物性の皮は敬遠する傾向にあるといいますが、これは純粋な植物性です。アスクークの職人が一つ一つ手作りをした特別製でして、マリーノーツにわずか七足しか存在しません」
そこで、反応が薄いと感じたのか、一度奥の方にいた男のところに行き、何度か言葉を交わして、別の靴を持って戻ってきた。
「もう一つのお薦めはですね、ハーフエルフの方々に人気の、青い靴になります。星をちりばめたような輝きが浮かび上がる高級感が人気の品です」
フリースは食い入るように、その美しい靴を見つめた。
「試しに履いてみますか? ほかにも何足か、ご用意いたしましょう」
店員の提案に、フリースが俺を見上げて許可を求めてきたので、俺は「いいんじゃないか?」と頷いた。
フリースが高級そうなソファに案内され、試し履きしている間、俺は店にある靴を全てチェックした。
正直に言えば、高い、高すぎる。英語でいえばソーエクスペンシブであり、中国語でいえば太貴了である。こんな値段で買うのは馬鹿らしい。
俺は店を出たくなった。
フリースは、また別の靴を履かせてもらいながら、店員と氷文字でやりとりしている。
――クォーターに人気なのは無いの?
「クォーターエルフですか? 基本的にはハーフエルフと共通の流行ですね。一番人気は、さきほどご紹介した青い靴になります。ハーフエルフにとって、青というのは特別な色なのですよね」
――よく知ってるね。
「お客様によくお似合いです」
――そうかな?
「ええ。旦那様をおよびしてきましょうか?」
「…………」
フリースは嬉しそうな沈黙を見せながら小さく頷いた。
店員が呼びに来たので、フリースの元へ行くことにする。
「旦那様、いかがでしょう。よくお似合いかと思うのですが」
「ラック、どう?」
そしてフリースは立ち上がって、クルっと回転したのだが、慣れない靴で慣れない動きをしたものだから、よろめいた。
「おっと……」
軽い身体を抱きとめてやると、ほっとした顔で微笑んだのだった。
フリースとしては、この青いキラキラの靴が気に入ったようなのだが、実のところ、この店は高すぎる。全く同じ品物が、ネオジュークでものすごく安く手に入ることを俺は知っていた。
「フリース。その靴、もっとずっと安く買えるぞ」
「…………」
無表情の無言が返ってきた。
「それだけじゃない。『曇り無き眼』をもつ俺は誤魔化せないぜ。最初に出された木の皮でできた靴も、この店に置いてある他のものも、すべて俺の知っている値段のはるか上をいく桁違いの金額が提示されている」
「…………」
「たとえば、あのショーウィンドーのマネキンに飾られている合成獣士キャリーサが好きそうな毒々しい紫色の水玉の服だがな、金貨二十枚は、だいぶ大きく出た価格設定だ。金貨一枚で色違いを三セットくらい用意できるぞ」
俺がそう言った時、店内にいた女性客が戸惑いの色を見せ始めた。
俺は気にせず、次々に、「あれは銀貨四十枚、あれは金貨三枚、あれは銀貨百五十枚」などと指さしていった。
俺は正しいことをしようとして値段を告げまくったのだが、奥にいた男の店員はそれが気に入らないようだった。
「お客様、こちらお取り寄せ用のカタログとなっております。低価格帯の商品もご案内できますので、どうぞご覧ください」
これで本当にカタログを出してくるなら、まだ許せた。ところがどうだ、店員の見せてきたものには軽度の偽装が施されていた。
すなわち、周囲の人間にはカタログの小冊子に見えるけれど、『曇りなき眼』を持つ俺にだけは、紅いオーラをまとって本来の姿が見えてしまっているのだ。
差し出された紙に書かれていた文字は、「他のお客様の楽しいショッピングの時間を奪うようなことは、ご遠慮ねがいます」というものである。
なぜ正しいと思われる値段を告げるのに、他の客が関わってくるのだろう。
後ろ暗いことでもあるのだろうか。だとすると、価格設定がおかしいと自白しているようなものじゃないか。
それでいて悪びれもせず、俺に遠慮しろなどと言っているなら、これはもう到底許せるものではない。
俺は提示されている紙に手を触れた。途端に偽装は解けた。
「おい、なんだこれは」
俺はそう言いながら紙を他の客にも見せつけるようにして、続けて言う。
「この店はただでさえ高価な価格設定をして不親切な上に、客に向かってこんなことを偽装スキルなんぞを使って言ってくる店なのか。他のお客さんに知られちゃいけない都合の悪いことを隠してるわけではないよなぁ」
「いえ、そのようなつもりでは……」
「フリース、出よう。この店はダメだ」
「…………」
フリースは沈黙を返した。
俺は彼女の答えを待たずに、無言を続けるフリースの腕を引っ張って、外へと連れ出したのだった。
しばらく怒りを抱えたまま歩いていたら、フリースの方から話しかけてきた。
「さっきのは良くないよ、ラック」
「え、何が?」
俺には良くないことなど何もないはずだ。ぼったくりの店に文句をつけて何が悪いというんだ。
「ラックは、さっきの店の人が不親切だって怒ってるけど、むしろ親切だよ。わざわざ丁寧に偽装の紙まで作って教えてくれたんだよ。あんな風に横柄に振舞ったら損をするのはラックのほうだよって」
「なんっ、横柄って、そんなつもりじゃ……」
「そう? 偉そうだったよ? さいきん調子乗りすぎじゃない? それとも、レヴィアが帰ってくるから、いいとこ見せようとか思ってたりするの?」
「お言葉だがな、フリース。さっきお前が買おうとしてた靴だけどな、適正価格の百倍はしてたぞ。二倍や三倍じゃない。百倍だぞ? ひどいだろ? でも、だからって、このエジザの街を凍らせちゃダメだからな?」
「…………」
「俺の曇りなき眼は伊達じゃないんだぞ。あの店は、確かに良い品を置いてたけど値段の設定が明らかにおかしかった。たぶん、この街の信用度を悪用した連中だから、あとでオトキヨ様やマイシーさんにでも報告しとこう」
「…………」
さて、最初に選んだ店はあまり良くなかった。もしもエジザの街にある店の相場が、あそこまでの高値なのだとしたら、いったんネオジュークにまで馬を飛ばして買ってくるという選択をしてもいいかもしれない。
レヴィアとの食事までに靴を用意していかないといけないわけだけれど、今から急いで往復すれば間に合うはずだ。もしくは、バンダナ商人のところにでも速達の鳥を飛ばすのもいい。
そんな風に、ネオジュークで靴を買う作戦を立てていたのだが、フリースは俺の袖をつかんで、次の店を指さしたのだった。