第205話 フリース靴を買う?(1/3)
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「北のほうの気候って、どうなんだ、フリース」
俺は馬を歩かせながら、前にいるフリースの白銀の後ろ頭に話しかけた。
二人乗りで、前にフリースをのせ、俺はフリースの小さくて細い身体を後ろから包み込むようにして手綱を握る形である。
「…………」
長ーい沈黙が返ってきた。
先日の耳触ってアレコレの件は、仲直りはしたはずだし、裁判傍聴の際に何日も放置してしまったのも許してもらえたはずだ。他に、俺は何か気に障るようなことをしたろうか。
そんなに悪いことしてないんだけどな。
そもそも、移動に馬を選択したのだって、これまで酷使させてしまったフリースを休ませるためなのだが……いや待てよ。余計な気遣いだと思われて、イラつかせてしまっているのかもしれん。
「あー、フリース。これはだな、馬にのせたのは、別にお前の氷の力を信用してないわけじゃないんだぞ。魔力がだいぶ減って疲れてるって話だったから、少しでも休ませようと思ってのことだ」
「き……」
「き?」
「きっ、北のほうは、比較的雨が多いから。寒いといえば寒い。けど、気にならないレベル。あたしの氷のほうが冷たい」
さっきの質問が今かえってきた。やっぱり疲れてんのかな。頭が疲れてる時って、ついボーッとして返答が遅くなるもんな。
「おいおい、何と張り合ってんだよ。世界の気候とお前が戦ったら、世界に勝ち目なんかないだろ。氷河期になっちまう。誰も望まないだろ、そんなの」
ミストゲート教戒所から少し東に行くと、そこから石畳街道の道は一気に北に折れることになる。
これは、東にある急峻な山脈にぶつかるためだ。
つまり、ミストゲートあたりからの位置で言うとミヤチズは全く東ではない。むしろ北に位置しているというわけである。
これまで東を目指してきたわけだが、ここからしばらくは北に向かうことになる。そこで、ものしりフリースに、北の気候をたずねたというわけだ。
レヴィアが帰ってくるまでミストゲート教戒所を出るつもりはなかったけれど、マイシーさんからの連絡で、ついに再会できる運びとなったため、その場所に向かっている。
再会の場所として指定されたのは、ミストゲートから少しだけ東に位置しているエジザという高級店が軒を連ねる町だという。
さっき、俺に馬を貸しに来た時に、マイシーさんが言ったのだ。
「ラックさん、レヴィア様の用事が終わり、会える状態になったとのことですので、エジザで待ち合わせといたしましょう。もろもろの御礼も兼ねて、こちらで御馳走しようと思うのですが、何が食べたいですか?」
そんな風にマイシーさんが聞いてきたので、俺は少々悩んだ後、
「何でもいいけど、そっちとしては何がいいんだ?」
質問返しを選択した。
「何でもいいというのが一番困るんですよね。エジザにはお店の種類が多いですから……。では、レヴィア様が好きなものにしましょう。彼女は、何が好きなんですか?」
「甘いものだな。あとこれは冗談だが、腐った肉については持ち歩くくらい好きだぞ」
「なるほど、熟成肉なんか良さそうですね。お肉料理のコースにしましょう」
おっと、冗談からメニューが決まってしまったぞ。
「ただ、ラックさん。食事会を開くにあたって、一つ問題があるのですよ」
「問題?」
「エジザの高級店には共通するドレスコードがありまして」
「ドレスコードって何だっけ?」
「この場合、店に相応しくない服装のことです。守れないと入店拒否をされることがあります」
「えっ、もしかして、俺の地味な冒険者装備じゃダメ? もっとパキッとした服が求められているのか」
「いえ、それは大丈夫です。なるべく庶民的な店を選びますので」
「もしかしてレヴィアの新装備、元気系カウガールに何か問題が? 帽子かぶっちゃダメとか」
「あぁ、食事中は基本的にそうですね。ラックさんのハチマキも気をつけてくださいね。……まぁでも、そこらへんは、特別な事情があれば平気ですし、わたくしが言っているのは、もっと大きな問題です」
「じゃあ、フリースの着てる青いワンピースかな。確かにあれ西洋寝間着みたいだもんな」
「ラックさん、聞かれたら怒られますよ。本人の前では言わないように」
「ああ、そうだな。でも、どうなんだ、実際。あの服はゆったりし過ぎてるし……あっ、わかったぞ、コイトマルだな。蟲の入店は残念ながらお断りとか、そういうのか」
「いえ、コイトマル様は、とても神聖なイトムシですので、大丈夫です」
「じゃあ何なんだよ。降参だ、教えてくれ」
「靴です」
「なるほど」
フリースはいつも裸足だ。そのままだとエジザではどの飲食店にも入れないのだという。
「ですから、ラックさん。フリース様に靴を買ってあげてください」
「でもなぁ、あいつ、靴とか嫌がりそうだけどな」
「そこを何とかするのが、ラックさんの交渉術の見せ所です」
「いやいや、交渉スキルとか全然ないぞ?」
「以前、商人を志していたと聞きましたが」
「ブザマに大失敗するレベルだから、むしろ交渉には苦手意識しかないな」
「大丈夫。ちょっと短い時間だけ靴を履いてもらって、食事するだけですから」
「大丈夫かな……」
そうしてマイシーさんとのやり取りは不安のうちに終わり、俺は教戒所の黒い建物の中にフリースを呼びに行って、一緒に馬に乗ったというわけである。
二人乗りの馬は今にもエジザに辿り着こうとしていた。
幅の広い石畳の道が街を貫いて、一直線に伸びている。
ガラス張りの店が多く、そこかしこに金色オーラが見えていて、武装護衛兵が多く警備に立っていた。
「初めて来たけど、すごくキレイな街だね」
フリースは、この広々として清潔で、たくさんの高級品があふれる街がひとめで気に入ったみたいだ。
ここまできて、俺はまだ、フリースへの要望を口に出せずにいた。けれども、裸足のままのフリースを連れて食事会場に着いてしまったら、マイシーさんに苦言を呈されるし、そのうえフリースが食事会場に入れないなんてことになれば、みんなに顔向けできないじゃないか。
エジザに入ってすぐのところに、馬をつないでおくところがあった。
先に馬を降りた俺は、軽くて静かで冷たいフリースを抱っこしておろしてやった。そこで、ようやく話を切り出すことができた。
「フリース、靴を買わないか?」
「なんで?」
「実は、これから行く店は必ず靴を履かねばいかんのだそうだ」
「いいよ。そういうことなら」
交渉術なんていらなかった。あっさりと話がついたので、俺たちは靴屋を探してみることにして、すぐに見つかった。なぜなら、ショーウィンドウの奥で靴を売ってる店が思いのほか多かったからだ。
「靴なんて買うの初めてだな」
フリースは、なんだか楽しそうで、うれしそうだ。
「じゃあさっそく、店に入ってみるか」
明るい表情で彼女は頷いた。