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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第九章 戦いの果てに
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第202話 ミストゲート教戒所

 マイシーさんとの『聖典』や『原典』の話が一区切りして、フリースが残していった水たまりが無くなったころ、おとなしかった細長い皇帝が、ゆるりと動き出した。


 まず、いきなり俺の身体を這い上ってきて、肩に乗り、ぺろっと頬を舐めて親愛を示した。蛇に舐められるとか、初体験である。思わず身体がこわばった。


 人の頬を舐め上げて満足したのか、今度はマイシーさんに近づき、腕にとりつこうとしたらよけられ、銀色の鎧にジャンプして張り付こうとしたら剥ぎ取られて地面に放り投げられていた。


 皇帝を相手に、ずいぶんな扱いである。


「あの、オトちゃんに何か恨みでも? これまでマイシーさんをこき使って忙しくさせたから、ここぞとばかりに仕返ししてるとか……」


「まさか、蛇とか蟲とかが苦手なだけです。気持ち悪いので」


 オトちゃんは放り投げられたことに対して特に気にすることはなく、背筋を伸ばすように首を持ち上げながら、するすると床を滑って移動しはじめた。


 部屋の外に出て行ったので、マイシーさんと俺も後を追って、臙脂(えんじ)色の絨毯の上を進んでいった。


  ★


 オトちゃんに連れられてやって来たのは、議会の建物から石畳を少し歩いたところにある黒い石でできた建物だった。


「真っ黒な建物ですね、マイシーさん」


「ええ。ミストゲート教戒所(きょうかいじょ)といいます。皇帝の名のもとに罪人に罰を言い渡すために黒くなっています。黒はオトキヨ皇帝を象徴するカラーですからね。その証拠に、足下の黒蛇をご覧ください。同じ色でしょう?」


「黒々としてますね」


「難点は、黒いと汚れが目立つので、掃除が大変というところですね。なまじ皇帝の権威の象徴になってしまったばかりに手間が増えたというわけなんですよ」


 すっかりマイシーさんをガイドとして利用してしまっていた。


 そして、蛇を追ってその建物に向かっていた時である。


「あれあれっ、マスターではないですか?」


 その横からの声に、聞き覚えがあった。


 二人と一匹、足を止めて振り返ってみれば、そこには知り合いの白っぽいバニーガールの姿。


「えっと、シオンだよな?」


「はいですー。マスターはこんなところで何を? ステラに会いにですか?」


「ん? ステラ……っていうと、『傘屋エアステシオン』の三人の看板娘の一人か」


 サガヤ地区の北側で活躍しているウサギ娘たち。祭りの時の傘売り大作戦で出会い、その後も死刑宣告されたエアーさんの救出イベントもあった。何かと縁のあるウサギたちである。


 エアー・ステラ・シオンのリーダー的三人娘がいるのだが、ステラさんとは一度も会ったことがない。なぜなら、彼女は悪徳と思われる取引先との間に発注ミスを引き起こし、直後、行方をくらませていたからだ。


「シオン、裁判っていうと、例の取引相手か?」


「いえ、その悪い取引相手との失敗を取り返そうとして、こっそり第三商会のキャラクターグッズのニセモノを売りさばいた件ですね」


 何してんのステラさんとやら。


「第三商会の人気キャラクターわかります? 愛嬌(あいきょう)ある白鳥なんですけど、そのグッズを勝手に開発して、限定品だと言い張って路上販売しようとしたのですが、うっかり行列ができてしまったため、カナノ地区の私服捜査員さんに見つかって捕まりましてね」


「それで、どうなったんだ? 何の罰を受けることに?」


「いえ、それがですねぇ、第三商会の偉い人たちに事情を話したら、そのグッズの権利をタダで譲渡することを条件に、許されたんだそうです」


「なるほど、じゃあ裁判は終わってるってことだよな。でも、そしたらシオンは何しに来たんだ?」


「身柄をもらいうけに来たのです。ブイッ」


 指でVサインを作ってちょっと傾いたポーズを決めてきた。


「なるほど」


「それはそうとマスター、そちらの鎧の女性は、マスターの新しい恋人(カノジョ)さんですかぁ? 青い服、白い服ときて、今度は銀の鎧ですかぁ。一体、何色(なんしょく)いるんですかねぇ」


 こんな発言は、前にもレヴィアの目の前でされたことがあった。あのときは非常に焦ったけれど、マイシーさんが相手だったら別に気にすることもない。軽く流してしまおう……と思ったのだが、横にいる女性が過剰反応した、


「そそそ、そんなわけないでしょう! わたくしとラックさんは、そんな! そんなことになりませんよぜったい!」


 マイシーさん、どうしたの。頬も耳も真っ赤になってるし、急に取り乱しすぎだよ。やっぱり異性に免疫(めんえき)ないのかな。


 ようし、いっちょからかってやろう。


「そうかぁ? 俺はマイシーさんも、めちゃくちゃ可愛いと思うけどな」


「えっ……」


 裏返った声。続けて、視線をぐらぐらさせながら、


「え、じゃあ……えっと…………付き合います?」


 予想外に本気の答えが返ってきてしまったけど、付き合うわけにはいかない。


「いやごめん、冗談だ」


 そしたら、やはり本気にしていたのだろう、マイシーさんは、「え……」とか低い声を漏らして、意外なほどガッカリしてしまった。


 それを見たシオンは、しかめ面で、「うわ……うわうわうわ、今のはアウトですよ、マスター」とかって俺を責めまくる視線をくれていた。


 正直、今のは俺もダメだなと思う。謝ろう。


「ごめん、マイシーさん。ほんとごめんなさい」


「いえ……ちょっと、わたくしも一瞬だけ冷静さを失っていました。一瞬の気の緩みが命取りになることもありますので、反省しなければなりません。申し訳ありません」


「いや、あの、謝るのはこっちで……」


「いえ、そもそもわたくしは多忙(たぼう)の身です。ラックさんもそれはご存じのはず。ラックさまの発言が冗談だと見抜けもしないとは、皇帝側近の名折れでしょう。今回のことは、厳しく反省いたしますので」


「そんなことは……」


「おや、そういえば、オトキヨ様の姿が見えませんね。ちょっとわたくし探してきます。それではっ!」


 誤魔化すような早口で言い放ったマイシーさんは、すぐ近くでにょろにょろしていた主君の蛇皇帝さんをグニッと踏んづけていることにも気づかずに走り去り、裁判所のような役割のある黒い建物の中へと消えていった。


 そしてシオンはジトっとした目を向けて言うのだ。


「マスター、ギルティですぅ」


「ああ。訴えられたら負けるなぁ」


 もっとも、マイシーさんはそんなことしないだろうけどもな。


  ★


 さて、シオンと別れてから、ひとりになった俺はオトちゃんを拾い上げ、腕に巻き付かせたまま黒い建物の中に入った。


 清潔感のある質素で広々とした廊下があり、まるで学校の教室のように、同じつくりの小部屋がいくつも並んでいるようだ。


 その中にあって、一つだけ大きめの部屋があるようだ。オトちゃんがそちらに興味を示して、引っ張るような動きを見せたので、その部屋に近づいてみたところ、


「やってない! 濡れ衣だ!」


 そう叫んだのは、黄色い服の連中を議会に招いた中年議員、ドノウという名前だったか。


 そして、その犯行否定の発言に対して、三つ編みをバツンとほどいたのは懐かしきホクキオ牧場の主、エリザベスさんである。


「はいウソー。ギルティ! ギルティ! ギルティ! 国家転覆を企てるなんて、あまりにもギルティだよ!」


 久々にベスさんのギルティ連呼を耳にした。あの場で責められているのが俺でなくて本当に良かった。


 室内には、裁判所のように傍聴席が設けられ、被告の立つ場所がぽつんとあり、裁判官、原告側、被告側の三つの机が並べられていた。どちらが弁護する役割だろうか。あるいは、両方とも追い詰めるために存在している不公平裁判なのかもしれない。


 オトちゃんと並んで近くの空席に座って、裁判に耳を傾けることにする。


 いつぞや経験したことのある、エリザベスさんの三つ編み裁判。三つ編みが(ほど)けるか否かによって嘘を見破るスキルがあると信じられているエリザベスさんは、以前よりもさらに素早く、見事な手つきで三つ編みを結い上げて、読み上げた。


「いまここに、ドノウ議員が国家転覆を図ったことが明らかになりましたが、これからの受け答えによって罪が減らされる可能性があります。まずは、質問を始める前に、あなたの家族構成についてお聞きします。ご両親は、母はネオジューク出身、父はアスクークの出身であり、ミヤチズの学問所で知り合ったそうですね。弟が一人いるようですが、今はネオジュークギルドにお勤めなのですよね。一人目の奥さんはすでに他界されていますが、息子さんと娘さんがそれぞれいますね。二人目の奥さんとの間には、書類上は子供がいないことになっていますが、実は三人も生まれていることが確認されています。合っていますか?」


「な、なんだ。脅しか? 家族には手を出すな。関係ないだろう!」


「それは、ドノウ議員のこれからのお答え次第です」


 ベスさんの声は、俺を裁いたときよりもずっと慣れた感じになって、とても落ち着いていた。言ってることは、わりと物騒だけども。


「わ、わかった。包み隠さず真実を話す」


 そして、三つ編み裁判が本格的に開始されたのだった。




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