第201話 原典派と聖典派
俺とマイシーさんは、オトちゃんが動き出すまでの間、しばらくソファに向かい合って座り、備えられていた福福蓬莱茶を飲みながら、くつろいでいた。
「そういえばマイシーさん、話は変わるんだけども、原典派と聖典派について、教えてほしいんだが、この二つはどういう理由で、いつから対立してるんだ?」
俺の問いに、銀色甲冑は少し考えた後、答えてくれた。
「まず、わたくしとオトキヨ様は、その二派のくくりでいうと、聖典派に属しています。エリザマリー様の創作した『聖典マリーノーツ』を聖典として認める立場であれば、その者は聖典派というわけですね」
「ちょっ、創作って、それは、割とデリケートな話だから、あんま言っちゃいけないことになってると思うんだが、俺なんかに話していいのか?」
「そうは言いますけど、ご存じだったでしょう?」
「ああまあ……でも何でわかった? 心を読むスキルでもあるのか?」
「そうではないですけど、フリース様やレヴィア様と一緒に旅をなさっているなら、さまざまな昔話を耳にする機会があるかと思いまして」
『原典』の話を早口でしてくれたのは、聖典研究家の顔を持つギルド鑑定員、アオイさんだけども、彼女の存在は伏せておこう。彼女に少しでも反逆の疑いがかかる状況は避けねばならない。
「じゃあ、原典派っていうのは……?」
「反体制派の総称ですよ。『原典ホリーノーツ』の存在を知っていた偽ハタアリ爺もここに含まれますが、『原典』の存在自体を知る者はそもそも少数派でですね、大半は、あのハタ迷惑な老人にそそのかされた暴力集団です。わたくしたちへの反逆や造反の理由づけに都合がいいから、『原典を取り戻す』という大義名分として利用されたんですよね。だから、この原典派って呼び方がそもそもおかしくてですね、あえて響きの良い言葉を使うならば、さしずめ『革命派』といったところでしょうかね」
「マイシーさんは、その、『原典』ってやつを読んだことあるんですか?」
「読めませんでしたよ。興味はあったのですが、かつて王宮に保存されていたのは暗号そのもののように見えましたし、実は高度な偽装スキルや誤認スキルが施されていたらしいです。そのほかには、唯一、『隠された村ツノシカ』というところに『原典』の原本が、読める形で保存されているらしいのですが、あの村には禁術の呪いがかけられてまして」
「また呪いか。今度はどんな呪いなんだ?」
「忘却の呪いです。村から外に出る時に、その村で見聞きしたことを全て忘れるというものです」
「じゃあ、原典の内容をそこで見ても、忘れてしまうってことだな」
「そうなりますし、そもそも、今もまだ隠された村ツノシカに『原典』が存在しているかどうかさえ確かめようがありませんね」
「オトちゃんなら知ってるのかな?」
「言わないと思いますよ。エリザマリー様のために、『原典』のことになると途端に口を閉ざしますからね。それが、オトキヨ様なりの恩返しの形なのでしょう。ほかの五龍だったら、倒せば口を割るのでしょうが」
「それ無理じゃん。暴走オトちゃんの強さは半端なかったじゃん。五龍って他の方々も、あのレベルなんでしょう?」
「ええまぁ……」
「でも待てよ。だとすると、ヒュドラ状態のオトちゃんを一瞬で斬り鎮める某大勇者さんなら、原典の内容を知ってるのだろうか」
「まなか様ですか。あの方は、『原典』には興味なさそうですよね。冒険はし尽くしているようなので、いろいろと知ってはいそうですが」
「まぁなぁ、オトちゃんの鎮め方とか、幼体化した後の育て方まで知ってたもんな」
「……ちなみになんですけど、わたくしは、あまり『原典ホリーノーツ』関連のアレコレに深入りしたくないので、そろそろこの話はやめませんか?」
「え、何でです? やっぱり危険なんですか?」
「オリジン何とかとかいう組織が首領を失った今となっては、さほど危険は無いでしょうけどね、でも、もしこの世界の秘匿された真実なんかを色々と知ってしまったら、その、超忙しくなりそうなんで」
「マイシーさんは、ただでさえ忙しいでしょうし、オトちゃんがあの状態だから、さらに忙しくなりそうですもんね。この世界に来た理由も、過労死寸前だったという話でしたし……」
「そうなんです。過労死しかけてやって来た世界で、また過労死するとか、そんな過労死の万華鏡地獄みたいのは願い下げなんですよ」