第20話 三つ編み裁判(4/4)
聴衆は口々に「ギルティギルティ」と俺の罪を責めた。
その声は、やがて「ギールティ! ギールティ!」というコールに変わっていった。
だんだんとコールが大きくなっていく。やがて町中が俺を責めているかのような大音声になった。
絶対におかしい。こんなこと、あってはならない。嘘をついているのは俺じゃない。罪深いのも俺じゃない。アンジュさんやベスさんだ。年上の女たちだ。ろくなもんじゃないんだ。ひどすぎるんだ。
「ベスさん! なんでこんなことを!」
俺は駆け出して、ベスさんに掴みかかろうとした。どうしても我慢できなかった。
だけど、俺の手が嘘つき三つ編み女に届くことはなかった。
自警団の甲冑二人の手が俺の肩を掴み、もう一人の弁護側の甲冑男クテシマタ・シラベールさんが彼女を守るように、歩み出たからだ。
「くそぉ、離せ! 離せぇええええええ!」
俺がそう叫んだ時、驚きで腰が抜けたのか、ベスさんが、バランスを崩して尻餅をついた。
そのとき、ジャラリと音がした。
彼女が転んだ瞬間に金属音が響き渡ったのだ。
その音を、俺は知っていた。それなりに耳は良い方なので、自信がある。
そう、今のは、服の中でナミー金貨とナミー金貨がぶつかり合った音色だ。
やっぱりだ。賄賂だ。最低だ。
だけども、このインチキに満ちた会場では俺が暴れかけたことが問題になった。白い髪とヒゲをもつ長老が、威厳ある声で言うのだ。
「聖なる教会、しかも裁きの時に、この狼藉! この期に及んで罪に罪を重ねるか、オリハラクオン!」
そうは言うけれど、こんなクソ茶番に付き合っていられる人間がいるなら是非とも名乗り出てほしい。弁護とは何なんだ。こいつら裁判をなめているんじゃないのか。こんな一方的に俺を悪者にするためだけの法廷なんて、裁きの場でも何でもない。
ベスさんの三つ編み診断は、まちがいなく袖の下をつかまされて行われている。俺の真剣な潔白告白が嘘だとされて犯人に仕立て上げられている。
「ありえないだろ、こんなの!」
しかし俺の声など、虫けらのように握りつぶされる。
「判決じゃ!」長老のパワフルな声。「オリハラクオンは、五年間の社会奉仕活動を行うこととする! その間、ホクキオから外に出ることは許さぬ!」
「なんでだぁー!」
心の底から、俺は叫んだ。
あのとき、別れ際に、まなかさんは言った。
――それじゃあ、この世界をたのしんで。
楽しめるもんかよ、と思う。
魔王とか何だとか、何を言っちゃってるわけ?
中二病なんじゃないの。
もう中二病でもなんでもいいよもう。
いっそこんな世界は魔王とか闇の軍勢とかそういう邪悪なやつらに滅ぼされればいいんじゃないの。
もう誰も信じられないよ。まったくもう。
★
てなわけで、あのアンジュさんが残して行った「びしょびしょの濡れ衣」を重ね着させられたクソみたいな裁判から十年後、現在に至る。
十年……。
長い時間、ここで過ごしてみてわかったのだが、普通の町の人間は年齢を重ねて成長したり老いたりしていくけれども、転生者は年齢を重ねない。自分自身だけ時間が止まっているかのような感覚に襲われることもしばしばだ。
十年間が過ぎたのだから、俺も三十三歳になっていないとおかしいのだが、見た目は全く変わっていないし、中身も何ら成長していない気がする。
「さて、今日も見張るとするか」
俺は小さな仕事場の外に出て、緑がいっぱいの草原の風景。スライムと小型犬が暴れ回っているのを眺めながら。大きく伸びをした。
俺の仕事場は、木造の建築物。転生者が湧く草原にポツンと建つ建物だ。
かつて倉庫として使われていた木造の廃屋があった場所、俺がアンジュさんに騙された因縁の場所の一つ。そこを取り壊して、新たに案内所を建設したのだ。これを建てるまでに二年かかった。
はじめは廃屋にこもって転生者が来るのをじっと待っていた。けれども、転生者っていうのは、思いのほか少ないらしい。この十年間でも二十人程度しか出現していない。
暇を持て余した俺が許可をとって近場の林の樹木を切り倒して家を建てるのも無理もないことだっただろう。
素人の建てたものだから、あまり丈夫とは言えなくて、最近は雨漏りするようになってしまったのだが、とにかく、自分で建てたという事実が誇らしい。
聞いた話では、大工スキルとかがあれば一瞬で終わるらしい。だが俺は、いまだに全てのスキルレベルはゼロのまま。「自分の適性を見極めるまでは上げてはならない」という師匠まなかさんからの教えを愚直に守っているのだった。
俺は、転生してきた人に、その人が置かれている状況を説明し、どういう経緯で転生することになったのかをたずね、そのうえで本格的な案内所である場所――これまた因縁のホクキオ教会までの道案内をする役割を担うこととなった。
それが罰としての社会奉仕活動とやらの中身というわけだ。
死刑にも等しい山賊行為をしたのだから、山賊行為とは逆の善行を続けて罪滅ぼしをせよということらしい。
転生者はいつ湧いてくるかわからないから、ほとんどホクキオから出ることはなく、この十年間、毎日欠かさず最初の草原でモブ狩りをしながら転生者がくるのを待つ生活を続けた。
大半がもうほとんど流れ作業で、生きた心地はしないから、これを生活と言っていいのか微妙なところだが、ともかく十年間やり続けた。レベルもかなり上がった。
「ラックさん。教会までの道案内、どうもありがとうございました。転生して右も左もわからない中で、いろいろ説明してくれて感謝です。ラックさんのおかげで、この世界で生きていく希望がもてました」
来たばかりのころは戸惑っていた人も、俺と別れるころには笑顔になっている。その充実した表情を見るのは嬉しいものだ。だが、今の発言の中で、一つだけ気になるところがある。
「いや待て待て。ここで生きるよりも、魔王を倒して現実に生還するべきだ。待っている人がいるのだろう?」
「はい! ラックさん、何から何まで、本当にありがとうございます!」
てな感じに、大したことない仕事を大袈裟に感謝されたり、また、
「ラックさん、この世界に来たばかりの頃は本当にお世話になりました。無事に魔王を倒して現実に帰れたので、御礼を言いに来ました」
こんな風に、挨拶をしに来てくれる義理堅い元転生者もいる。
要するに俺は、転生者への案内なんてものをしていながら、後から来た転生者に追い抜かされて先にクリアされたりしているわけだ。
実を言うと、転生者の案内をする慈善活動は五年で刑期を終えている。だからいつだってホクキオの外にも出て行けるし、冒険の旅にだって出られる。
じゃあ、俺が町の外に出ないのは何故なのか。
もう更生が認められ、俺の一挙一動に目を光らせていた自警団の連中も俺を監視していないし、町が堅牢な城壁で囲われているわけでもない。いつでも外に出られるのに、なぜそうしないのか。
――俺はな、今の仕事にそれなりに誇りを持ってやっているのだ!
なーんて言えたらどんなに格好いいか。
答えは単純。人間不信だ。あのインチキ三つ編み裁判がトラウマになっていて、この異世界の住人と関わるのが怖くて怖くてたまらないんだ。
始まりの町ですら俺を絶望的に追い詰めたんだぞ。進むにつれてゲーム内モブキャラも凶悪化していくに違いないんだ。そんなの嫌だ怖い。
だから俺は、五年を過ぎても外に出なかった。外に出なかったら魔王を討伐できないことを理解はしているけれども、しばらく休ませてほしい。俺が裁判で受けた心の傷は、十年くらいではとても塞がらないんだ。
今でも聴衆が「ギールティ、ギールティ」と叫んで俺を責める声がきこえてくるんだ。幻聴だってわかっていても、悲しみがこみあげてくる。
三つ編みのベスさんは十年で年齢を重ねて、すっかり美しい牧場おばさんになった。甲冑の自警団調査員だったクテシマタ・シラベールさんと結婚して二人の間には息子が一人いる。出世して今や自警団の大幹部となり、豪邸に暮らしている。
ベスさんの牧場も拡大され、様々なビジネスに進出し、『エリザベス・ジャスティス牧場』の名はマリーノーツ世界で一番の、評判の牧場となったという。山賊がいなくなった今、観光客も数多く訪れるようになり、二人は富と名声を手に入れたわけだ。
町で見かけると本当に幸せそうにしている。ベスさんのおなかが再び膨らんできていて、まもなく娘が生まれるらしい。
俺が裁かれたあの教会での一件が、二人の出会いの場になったのだという。呪われてしまえばいいのに。
彼女らの息子は小さい子供用の甲冑を頭だけかぶって、ミニ自警団となり、ベスさんと手を繋いで石畳の道を行く。
そんなほほえましい光景を見るだけで、俺の心は健全ではいられなくなってしまう。
俺も幸せになりたい。なりたかった。
石畳にオレンジ色の屋根が並ぶホクキオの町を眺め思い出す。
十年の月日が過ぎた今、この異世界で出会った人々は、それぞれ目的を果たせただろうか。
というわけで、俺は今、冤罪による刑期をとっくに終え、ホクキオの町で元気に暮らしている。
この異世界に来て十年間が過ぎた今でも、俺は、まだ一度も旅に出ていない。
【第二章に続く】