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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第一章 10年前
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第2話 ホクキオ郊外(1/2)

  ★


 死因は、たぶん転落死だ。


 俺、織原久遠(おりはらくおん)、二十三歳は、川沿いの細道をひたすら流れに沿って歩いていた。


 そこに、自転車(ママチャリ)が細い道を走ってきて、それを避けようと川沿いのフェンスに寄りかかってやり過ごそうとした。そしたら鮮やかにフェンスが根元から外れて、落下。


 水深なんてほとんどないドブ川だったもんだから、大して高さがあるわけではなかったけれど、フェンスと仲良しになって落ちた俺は打ちどころが悪かったんだろうね、あっさり視界が暗転したよ。


 そして気付いたら異世界の草原の上にいましたとさ。


 はい完結。ご清聴ありがとうございました。――と言いたいところだが、俺たちの戦いは、まだ始まったばかりだ。


「ここは、なんだ?」


 俺はそう言ってきょろきょろしたのだが、その質問に答えてくれる人は誰もいなかった。周囲には青空と草原が広がっているばかり。少し遠くに小高い丘があって、そこに低い石垣に囲われた小さな家があるのが見えたけれど、目立ったものといったらそれくらい。


 そして、全身が濡れていて気持ちが悪い。


 水を吸って重たくなった羽毛入りダウンを脱ぎ、濡れた長袖シャツ一枚になって、やっとちょうどいいくらいの気温だった。


 ぶつけたはずの頭部をさすってみると、なんともないようだ。


 こいつは夢か現実か。


 実はこれまで現実だと思ってたほうが夢で、たった今、地獄の悪夢からさめたんだ、という解釈はどうだろうか。ぜひとも論として成立させたいところだが、残念ながら逆だろう。こちらが夢の世界みたいなものの可能性の方が圧倒的に高い。


 そんな俺に残された持ち物は身に着けている服とスマートフォンと財布だけだった。肩掛けの鞄を装備していたはずだが、そいつはどうも川に流されてしまったらしい。どうせ大したものは入ってなかったから大して悲しくなんかない。


 俺の好きな人だったら、いつもブランドの鞄を持ち歩いていたから、鞄を無くしたらショックだろうけども、あいにく俺の鞄は丈夫さ重視の安物でボロボロだったわけだ。


 さて、知らない場所に飛ばされて、ひとしきりなんじゃこりゃって混乱した後にやることといえば、現在地の確認である。冷静沈着を気取りたい俺はポケットに入っていた濡れたスマートフォンを取り出して、地図アプリの起動を試みた。


「あっれ圏外……」


 画面は映るし、中のデータは全て無事だったけれども、スーパー圏外だった。


 けれども使い道がないでもない。


 俺はある写真を開いた。ほっ。好きな女性の写真が無事でよかった。かわいい。


 ――なんてことをやっていたら、


「あいたっ!」


 突然、背中にダメージ。軽いものがぶつかった感じ。野良猫にでも体当たりされたかのような衝撃。


 それでもスマートフォンは守った。がっちりと掴んだまま手放さなかった。


 何事かと振り返ってみたら、猫じゃなかった。ちっちゃい野犬がいた。グルルルルルとか言っていた。あとスライムがいた。緑色で目がプニョンプニョンしたボディに目がついてた。じっと険しい目で見つめてきた。何だこれは。


 俺は、さっきまで川沿いの道を歩いていたはずなのに、どうしてこんな草原にいて、野犬とスライムに手荒い挨拶かまされているんだろうか。


 もはや混乱しかない。


 戦うしかないのか。戦えるのか。武道の経験など皆無の中途半端なオタク男に、何ができるというのか。


「ここは逃げるを選択!」


 状況が全くわからない中では、安全を確保すべきだ。


 俺は大学院に進学を決めちゃうような男だぞ。クールな落ち着きと頭の良さを見せつけてやるぜ。


 全力で地を蹴り、二匹の魔物らしきものに背を向けて走り出した。


 丘の上に、石垣で囲われた小さな家がある。あそこに駆け込んで助けてもらおう。


 もしも、そこに人がいれば、ここはどういう場所で、なんで俺がこんなところに来てしまったのか、きっと教えてくれるはずだ。


 振り返れば、スライムと魔犬の姿が遠く――って、あっれ、追ってきたんだけど!


 あああ、犬の足速くて追い抜かされたんだけど!


 噛みつかれちゃったんだけど!


「あぁああああっ!」


 痛いんだけど!


 半端な学歴なんてぜんぜん役に立たないんだけど!


 俺は涙目になりながら、必死に脚を振り回して犬をふっ飛ばした。


 獰猛な小型魔犬は「キャゥン!」とか言いながら転がってった。


 何とか難を逃れたかと思ったら、今度はスライムが肩にべったりと貼りついてきて、なんか、ジュウゥゥとかって肉の焼けるみたいな音がしてるけど、あんまり痛くないけど気持ち悪い!


 なんなんだこれ!


 俺は肩からスライム状の得体のしれない物質を剥がして捨てた。


 剥がした途端に、触れていた部分が痒くなった。痒い部分に触れてみると、服が溶けてた。スライムに触れた手も尋常じゃない痒みに襲われる。蚊に刺された時の数倍かゆい。


「かゆっ! かゆぅうう!」


 叫びながらも、丘の上にまで逃げ切り、石垣の敷地の中に足を踏み入れた。


 だけども、やつらは態勢を立て直し、まだまだ追ってきた。


「うわぁ、助けて、助けてくださぁい!」


 犬に足をかまれ、逆の肩をスライムにとりつかれ、恐怖と痛みと痒みで涙目になりながら、俺は木製のドアをバシバシ叩いた。


 すぐに扉が勢いよく開いた、かと思ったら、


「ハッ!」


 女性の掛け声とともに獰猛な小型犬が串刺しにされた。血が飛び散るでもなく、ガラスが割れるように飛び散り、そして破片たちがゆっくりと消えた。


「ファイアスポット!」


 女性の声とともに、スライム状の魔物らしきものが燃え上がり、これも破片になって飛び散って消えた。いともあっさりと、俺は危険から解放された。


 問題は、手と両肩に残った痒みだが、


「ちょっと背中向けて」


 という女の声に従って背中を向けたら、何か冷たいものをこすりつけられて、たちどころに痒みが消えた。最後に、手に薬草らしきものを握らせてくれて、手の痒みも消えた。


 なんというか、一瞬ですべてが解決。ものすごく慣れている感じだ。


「あの、何をしたんですか?」


 と俺がきくと、


「戦わずに逃げたやつは、久しぶりにみたよ」


 質問に答えるかわりに、あきれられて笑われた。腰抜け野郎と言われた気がした。


 こども扱いされているみたいな気分だ。そういえば、俺の好きな人も、よく冗談っぽい口調で俺を子供扱いしてきたっけ、なんて思った。


「えっと……あなたは……」


 俺を助けてくれた人、俺の命の恩人は、どのような人だろう。いつまでも背を向けていられない。俺は振り返って、彼女を見た。


 好きな人に、ちょっと似ていた。


 顔の構造は似ていない。きりっとしていた。


 でも、その健康的な褐色の肌は似ているし、思わず「露出狂だな」と親指を立てたくなるような布面積の少ない服。そのせいでお腹が丸見えになっているところも似ている。大きな胸と細い腰、形の良いお尻。すらりと伸びた背筋、しなやかな立ち姿、そういうところは似ているし、雰囲気もかなり似ている。


 年上のおねえさんだ。


「あたし? あたしはアンジュ。ホクキオギルドの者さ。この小屋で新人への案内役をしてる者だけど、とりあえず、そんなところに突っ立ってないで、中に入りなよ」


 彼女は、俺を家に招き入れた。




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