第198話 議会ホールの反逆大会(2/3)
鑑定スキルとは、そのままでは使えない鑑定アイテムというものを使えるようにするスキルである。それを極め切ると、今度は検査スキルを習得できる。
検査スキルは、偽装を暴くためのスキルである。この検査スキルと鑑定スキルを一定まで上げると、複合スキル『曇りなき眼』を習得できる。
この『曇りなき眼』は、偽装を自動で暴き続ける常時発動スキルである。偽装されたものが紅いオーラを纏って見えるようになり、ハイレベルな宝物の鑑定数によっては、さらに見極める力が高まり、宝物が黄金オーラを纏って見えるようになる。
そして、『曇りなき眼』を極め切ると、『開眼一晴』が獲得できる。
発動すれば、ハイレベルの偽装を見破ることに加え、誤認スキルまで無効化することができる『開眼一晴』という上位スキル。これによって、龍の尾に隠されていた大黒龍玉なるものを発見することもできたし、誤認で隠れている暗殺者チームの姿をとらえることもできた。あくまで見えるだけであって暴くには至らないというのが難点である。
さて、ここで注意が必要なのは、上位スキルがあるのは見破る側だけではないということである。俺の知る限りでは、『見通せぬ壁』という上位スキルが存在していて、まさに、暗殺フードの連中は、この『見通せぬ壁』を使って、『曇りなき眼』の監視をかいくぐっていたわけだ。オトちゃんを暴走させた金城も、このスキルを使っていたと思われる。
この偽装と誤認の複合スキルを見破るために『開眼一晴』が必要になるのだが、どうも、『開眼一晴』ですら見破られない、さらなる上位スキルも存在するようだ。
では、その偽装と誤認に対抗する術はないのか。『開眼一晴』の次に、さらなるスキルがあるのか。
――ある。
さらに上のスキルは、『天網恢恢』というものである。
このスキルは、全ての偽装と誤認を解除し、三日間ほどその範囲で偽装と誤認が発動できないようにするという神技なのだ。『開眼一晴』にスキルポイントをありったけ振った結果、俺も、この超上位スキルを習得するに至っている。
突然の説明が長くなってしまったが、つまり、俺が言いたいのはね、俺たちの首筋に刃を突き付けている暗殺フード集団に対抗する手段を、俺は持っているということである。
視界にいるドノウという名の議員は、暗殺の刃を突き付けられて、情けなく鼻水と涙を垂れ流している。
「聞こえてるんだろ、ハタアリ! 答えろ、ハタアリィ!」
ここで言うハタアリというのは、もちろん本物のハタアリさんではない。ネオジューク西を拠点にする偽ハタアリおじいさんのことである。
本物の女性版ハタアリさんが何処にいるかというと……。
「おい、あんた、見えるか? 偽者のヤツは来てるのか?」
耳元で囁かれる女性の声。
何がどうなってそうなるのか、俺の背後に立って首皮に刃を突き立てているのが、大勇者セイクリッド。またの名をハタアリという女性。つまりは、本物のハタアリさんなのであった。
「えぇっ……」
「しっ、静かに。気付かれたら逃げられるかもしれない。あんたなら偽者の顔を見たことあんだろ。この場にいるなら、どこにいるか教えて欲しい」
急展開に頭がついていかない。
そもそも、オトちゃんが暴走して、まなかさんと協力して鎮めたのが、今日の夕方のことだった。その夜に、議会にやって来て、フリースが怒って氷をぶっ放したかと思ったら、黄色い服たちに囲まれて、白銀甲冑の裸賊たちが現れて、そんでもって暗殺フードたちが来たかと思ったら、そのうちの一人が本物のハタアリさん。
いやもう、なんて一日だよ。濃すぎる。
だけど、この状況を作った元凶は、実は一人に集約されるのではないかと思う。
偽ハタアリさんである。
オトちゃんを暴走させたのも偽アリさんの命令で、悪い人間議員ドノウ氏に黄色い軍を作るようにけしかけたのも実は偽アリさんで、暗殺フード勢を操っているのも偽アリさんだろう。
悪事の渦の中心には、いつだって、あの下卑た笑いのおじいさんがいる。実は魔王なんじゃないかと思える動きをしてくるやつなのだ。
もしも、偽ハタアリおじいさんを引っ張り出すことができるとしたら、まずは隠れている暗殺フードたちを無力化するほかない。
そしてそれこそが、今の俺に期待されていることであり、俺にしかできないことなのだ。
今夜は、ずいぶんスキルを使っているが、さいわい、まだ眠気は襲ってきていない。
やってみるか……新技の披露ってやつを。
俺は小声で、背後にいる大勇者に話しかける。
「セイクリッドさん、お願いがあります」
「うん? 何だい?」と小声で返ってきた。
「これから新しい鑑定技を出そうと思います。ただ、これは覚えたてで、効果範囲もわからなければ、発動のための時間もわからないんです。もしも、技を出している間に誰かから攻撃されたりしたらひとたまりもないんですが、その間、守ってもらいたいんです」
「へぇ、あたしを一瞬とはいえ専属ボディガードにしようってのかい。面白いじゃないか。絶対に守ってやるから、やってみな」
フードの奥から、頼もしい声が返ってきた。
「わかりました……」
そして、俺はお香によって甘い匂いがする空気を大きく吸い込んでしゃがみ込み、床に手を触れながら、初めての技を発動させた。
「いきます、『天網恢恢』ッ!」
効果範囲内の偽装と誤認に関するすべてを解き外し、三日間ほど偽装と誤認に関するすべてのスキルの効力を失わせる大技だ。このスキルを議会で使う人間は、たぶん俺が初めてだろう。
一瞬だった。
現段階での効果範囲は、少なくとも大ホールを包み込むくらいの広さをカバーしており、難しい発動条件は特になし、発動までの時間はほぼ一瞬。手前から順番に偽装と誤認が解けていったところをみると、凪いだ湖面に水滴を落としたように、中心からだんだんと効果が広がっていく形だろう。
これで、俺にだけ見えていたフードたちの居場所が、すべて暴かれた。
居場所さえわかれば、大勇者フリースや皇帝側近マイシーさんの敵ではない。敵を拘束するスキルは彼女たちの得意技である。
ただ、ここで、フードたちが捕まる前に、偽ハタアリさんが姿を現した。
突如として何もないところから議会最前列の椅子に現れたように見えた。けれども、実は最初からその場所にいたのだろう。ずっとその場所に座って、事態を見守っていたのだろう。それが、俺の『天網恢恢』というスキルによって暴かれたというわけだ。
俺がその老人に視線を向けると、偽ハタアリは、ニタリと笑った。ゾッとするような表情に、背筋が寒くなった。
「フォッフォッフォ、本来であれば議会がもっと混乱し、聖典派と革新派には徹底的に潰し合ってもらう算段だったのじゃがな……。いや、これは愉快」
愉快と言うわりに、目の奥が全く笑っていない。細い目の奥に暗く深い闇を感じる。
「いやはや、それにしても、恐れ入ったわい。『曇りなき眼』に飽き足らず、『紫熟香』に『開眼一晴』、そして『天網恢恢』まで見せられるとは」
老人は立ち上がり、かつかつと杖をつきながら歩いてきて、続けて言う。
「儂の思惑がここまで思い通りにならぬとは、見事と言うほかない。やるようになったのぅ、オリハラクオン」
「やっぱり、あんたが全部絡んでたんだな……」
俺は絞り出すように、言葉を返した。
「フォッフォ」偽アリはこらえきれずに笑いをもらし、「真実を見抜く稀有な瞳を持つオリハラクオンに免じて、儂も真実を語ろうではないか」
そう言って、手が届くくらいの距離まで歩み寄ってきた。
「儂の目的は政府転覆じゃ。オトキヨの世を終わらせ、人間も怪物も何もない。真の平等。混沌たる本来の世界を取り戻すことにあった。オトキヨ暴走まではうまくいったが、龍の命を奪うまでには至らず、この議会の争いでも死人の数が少なすぎる。何の戦闘力も野望もない蚊とんぼのような小童一人に崇高な計画を破綻させられるとは、いやはや、誤算誤算」
「何なんだよ、あんた、どうしてそんなに、人間を憎むんだ?」
「それはのぅ、オリハラクオン。儂が憎しみから生まれた、魔王じゃからよ」