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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第九章 戦いの果てに
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第197話 議会ホールの反逆大会(1/3)

 議会中央の証言台というのは、なんだか懐かしい恐怖を容赦なく与えてくるような場所だった。


 半月状に並べられた議員席から見下ろされる感じは、いつぞやの三つ編みギルティ裁判が思い出される。


 そんな状況が、俺をこれでもかってくらい萎縮(いしゅく)させた。


 それでも、俺は何とか言葉を(つむ)いでいく。


「ラックといいます。まずは、犯行現場ですが、ラキア遊郭(ゆうかく)――」


 俺が話を始めた矢先(やさき)、いきなり偉ぶるエルフのエラーブル氏が(さえぎ)ってきた。


「おや、遊郭制度は廃止されたはずでは? もしや皇帝権限で私物化して存続させていた、ということなのでしょうか?」


 たぶん、ぶっちゃけその通りなんだろうけれど、これに馬鹿正直に答えてしまうと、オトちゃんとマイシーさんに迷惑がかかる。無視しよう。


 ところが、俺のスルーの気配を感じ取ったのか、エラーブルは言うのだ。


「おやおやおやおやぁ、都合の悪いことは無視ですか? やはり転生者などというものに強い力を持たせてはいけないようですね?」


 こいつ、何なの。本当に頭にくるんだけども……いやいや、めげずに話を続けよう。たぶんこの男は、俺を怒らせたいのだ。マイシーさんが言っていた「注意してください」ってのは、そういうことだ。


「ラキア遊郭に侵入した金城は、オトキヨ様を攻撃して――」


「警備が破られたということですね。警備をしていたのは、どこの人間ですか? 責任をとらせないと」


 まじで静粛にしろよ、この色白エルフ野郎。毎度毎度かぶせるように質問してきおって。


 と、俺がいい加減に静かにしろよな的なことを口走ろうとしたのだけれど、先回りしてマイシーさんが横から割り込んでくれた。


「責任は、水銀等級のマスター八雲丸にあります。彼も反省して、今回被害の出たアスクーク、ラキアなど、すべての損害を賠償すると言っています」


 本人は全く納得してなかったけどもな。


「さ、ラック様、続けてください」


「あ、ああ」


 そして俺は、話を再開する。フリースの手を取って引っ張り出し、紹介しながら、


「遊郭は、ここにいる大勇者フリースのおかげで水没を免れましたが、暴走した水は、アスクークに移動していき、町の全てを水圧で押しつぶしました」


 そしたらまたエルフが口を挟んでくる。


「フリース? 父上から聞いたことがあるぞ。もしや、そこにいる穢れたエルフもどきがそうなのか? ハッ、一族の面汚しが。しかも、穢れた蟲なんぞを抱いている。目が汚れるから視界に入らないでもらいたいものだな。()()()


 あ、やばい。


 と思った瞬間には、もう大勇者の氷がエルフ議員を襲っていた。


「ゴフッ」とか言いながら天井にバウンドした時にはもう、エルフ男は気を失っていた。落ちた場所がフカフカの絨毯じゃなかったら、死んでたかもしれない。


「あっ、これ、やばくない?」


 俺の呟きに答えるように、ここからの怒涛の展開は、まるで嵐のようだった。


 エルフが落ちた場所のそばにいた態度のでかい人間の中年議員が、ニヤリと笑った。この男には、一度だけ見覚えがあった。たしか、祭りの儀式の会場に入る時に、いち早く待ち構えていて、オトちゃんからぞんざいな扱いを受けたことに腹を立てていた議員だ。


 たしか、名前は、ドノウとか言ったか……。


 ともかく、そいつが待ってましたとばかりに、芝居がかった口調で騒ぎ出したのだ。


「おお! なんということを! 神聖なる議会で暴力とは! 出てこい、みんな! やつらこそオトキヨ様を使って権力をふりかざす悪党だ!」


 その声を合図にして、視界後方の左奥にあったドアが蹴破られ、見覚えのある黄色の服の連中が姿を現した。ぞろぞろと。みな、木でできた弓や石弓を携えている。


 ドノウ議員の演説じみた言葉はなおも続く。


「いうなれば、やつらこそ汚水! 今こそ、我らが汚水をせきとめる堤防となり、平等の政治を実現するのだ! 今こそ『聖典マリーノーツ』の欺瞞(ぎまん)を破り捨て、原点(原典)へと立ち戻る時が来たのだ!」


 反対側のドアからも、待ってましたとばかりに黄色の軍勢が入ってきた。


 一気に菜の花畑みたいに明るい色に満たされた議場であるが、明るくなればなるほど危険が増していくというわけで、全く歓迎できる乱入劇ではない。


 ドノウ議員の声色も最高潮。これまでで最も声高に叫ぶ。


「行け、新時代の戦士たちよ! この神聖なる議会において、反逆者どもを裁くのだ!」


 黄色い男たちは「うおおおおおお!」と答えた。


 これが何かって言うと、早い話が、クーデターである。


 マイシーさんとオトちゃんを神の座から引きずり下ろすための作戦が開始され、すっかり俺とフリースにも矢の先端が向いてしまっているんだが、どうしてこうなった。


「おぉいフリースぅ! 何してくれんだよ」


「あたしのせいじゃない。あの純血クズエルフが(うるさ)かったのが悪い」


「それはね、フリースちゃん。議会で暴れて良い理由にはならないんだよ。おかげで隙を見せたと思われて包囲されて絶体絶命じゃないの。弓矢を向けられて俺たちの命は風前の灯火じゃないのォ!」


 しかし、マイシーさんは、平然と言い放った。


「大丈夫、計算通りです」


 今の短い発言には、短いながらツッコミどころが二つくらいある。まず、どう考えても大丈夫じゃない。お前はもう二度と大丈夫と口にするなと呪ってやりたい。あと計算通りとか信じられない。こんな展開を読めるわけないだろう。


 さらに、今度は俺たちの背後の扉が開いて、がっちゃがっちゃと音を立てて、頭と下半身だけ白銀甲冑で包み、首までの上半身が鍛え抜かれた裸という変態的な若者たちが十人くらい入って来た。かと思ったら、マイシーさんめがけて次々に斬りかかった。


 これを咄嗟(とっさ)に防いだのは、ホクキオ自警団の重鎮(じゅうちん)、全身白銀甲冑のクテシマタ・シラベールさんだった。剣と剣がぶつかり合い、火花が舞い散った。


「お前たち、なんだ、なぜこんなマネを……」


 もうわけがわからない。


 黄色の連中に加えて、変態甲冑の裸賊まで加わってしまった。シラベールさんの様子を見るに、ホクキオ自警団の部下のようだ。


「答えろ、一体何をしているんだッ!」


 シラベールさんの怒りの声の後、金属音が鳴り響いた。


 ちゃんと上半身も甲冑を着ているシラベールさんの一撃で、一人の若者の兜が割られると、そこから、頭から血を流しながらも攻撃をやめない自警団兵士の顔があらわれた。


 そいつの目を見たとき、違和感をおぼえた。焦点の合っていない虚ろな目をしている。心ここにあらずといった表情だ。


 俺は、つい最近も、この目を見たじゃないか。


 何が起きているのか、俺にならわかるはずだ。


 観察しろ、考えろ。俺に何ができるのか。


 どうしてマイシーさんがこの場に俺を連れて来たのか。本当に計算通りだとするなら、俺に何か求めていることがあるに違いない。


 思考をめぐらせているうちに、ついに、矢が放たれた。次々に飛んできてきた。


 マイシーさんが生み出した分厚い透明な防壁が、全て防いでくれた。


 足が震えた。


 会場を埋め尽くすかのような矢たちは空中で止まって、落ちるでもなく、そのまま静止し続けている。


 フリースはせっかちなことに、


「ねえラック。こいつら全員凍らせていい?」


 この状況では、それもアリな気もするけど、いますこし待ってもらいたい。


「フリース、まだだ。それは最後の手段にとっといてくれ」


 探せ、探せ。何か抜本的な解決策があるはずなんだ。


 注意深く見てみると、若者たちは軒並(のきな)み死んだ目をしていた。よく見れば、黄色い服の連中も、自分の意志で弓を構えているというよりは、操られている雰囲気があった。その証拠と言ってはなんだが、黄色い連中の中に、王室親衛隊の中で見たことのある顔も、ちらほら見える。


 具体的にその一人を挙げると、先日牢屋からウサギちゃんを脱獄させた際にドッグという王室親衛隊新入りの男に出会った。そう、あの喫茶店『傘屋エアステシオン』のエアーさんの追っかけをしているドッグくんである。


 彼が黄色い服を着て、こちらに気付くことなく矢を放ち続ける姿があった。


 明らかにおかしい。


 彼が自分から反乱軍に参加して俺たちに矢を射ってくるとは考えにくい。そんな度胸はないはずだ。


 あの表情のない顔、虚ろな目。やはりこれは……プラムさんや、ザイデンシュトラーゼンの裸賊たちと同じように、禁術で操られた姿なのではないか。


 禁術とは何だったか――。


 催眠のように人を操るスキルである。


 そして、そのスキルの正体は、そう、呪いである。


 ということは……解呪すれば正気に戻るはず!


 俺はアイテムボックスをガサガサと漁った。


「ラックさん、何を?」とマイシーさん。


紫熟香(しじゅくこう)()きます。マイシーさん、炎をください」


 俺が網の上に木片を置き、準備を素早く整えてから言うと、マイシーさんは頷いた。


「なるほど、お任せあれ」


 そしてポータブル鳥型香炉の中に入れた木片に炎が(とも)された。


 さっき手に入れたばかりの黄金香炉に、紫熟香の白い煙。一気に広がる甘い香り。呪いが解け、次々に倒れていく黄色の兵士たち。白銀甲冑の裸賊たちもバタバタと崩れ落ちていった。


 数人の黄色い服の連中が残ったが、そいつらはフリースの氷と、マイシーさんの地中から鎖を出す技によって、次々に拘束(こうそく)されていく。


「何が起きたんだ、オリハラクオン?」


 白銀甲冑のシラベールさんの戸惑いに、俺は誇らしげに答えてやるのだ。


「催眠の呪いを解いたんですよ」


 煙を受けて立っていた黄色い服の連中は、催眠の呪いで人を操る禁術を使っていたのだ。


「しばらく見ないうちに、大きくなったものだ」


 クテシマタ・シラベールさんが握手を求めてきたので、俺は、しっかりとその手を掴んだのだった。


 さあ、これにて解決、と思いきや、こんなもので終わらなかった。


「ヒィ」


 という人間議員ドノウ氏の悲鳴によって、事態は新たな展開を見せた。先ほどニヤリと笑って偉そうに黄色のやつらに指示を出した男が、いつの間にか現れた刺客に刃を突き付けられている。


「動くとコイツの命は無いぞ」


 今度はフードを深くかぶった暗殺者が複数出現し、しかも、そいつら暗殺フードチームは、なんと俺とかマイシーさんの首元にも刃を突き付けてきている。


 俺の曇りなき眼にも見えなかったということは、かなりハイレベルな偽装や誤認によって、隠れて――あるいは隠されて――いたようだ。


 俺は、上位スキル『開眼一晴(はれわたるそら)』を起動した。そしたら、点滅する人影が、何人か見えた。もしもフリースが暴れて俺たちの首がとりあえず無事に済んだとしても、この隠れている刺客たちが何をしてくるか、わからない。


 マイシーさんやフリースの力があったとしても、敵全員の姿が見えていない状況だと、後手に回る可能性がある。


 フリースが腕を上げて、氷を出そうとしたのを見て、俺は慌てて、


「手を出すな、フリース!」


 彼女は不満そうに、手を引っ込めた。


 どうしたもんかな。勝利の気配が一気に遠ざかってしまった。


 ていうか、なんだこのゴッチャゴチャの事態は。


 まずは催眠の呪いで操られた黄色の連中が来て、次は操られた自警団、その次はフード暗殺者チーム。もう混沌としすぎだろう。いくつ勢力があるんだよ。


「マ、マイシーさん。これも計算通りですか?」


「単刀直入に申し上げますと、計算外ですね。ていうか、ぶっちゃけさっき計算通りって言ったのも、あれ嘘です」


「お前テキトーすぎじゃない?」


 思わず吐き捨ててしまうほどに頭にきたけれど、なんとか冷静に、冷静に、と自分に言い聞かせる。


 どんなに頭に来てもキレてはいけない。ぐっと飲み込み、七秒をやり過ごせ。これは、俺が母親から授けられた「MK5(エムケーファイブ)対処法」というものである。


 最初に黄色のやつらに号令をかけたドノウ議員は、縮こまって両手を腰の前で交差させ降参を表明しながらも、歯を食いしばって、誰かに向かって叫ぶのだ。


「話が違う! 話が違うじゃないか! 次は我々の時代だという話だったはずだ! 貴様は、我々に手を貸すと言っていたはずだ! 汚水をせき止めるために協力するというのは嘘だったのか!」


 しかし、その声に返事する者は無かった。


 ドノウ議員は、だらしなく涕泗(なみだ)を垂らしながら、続けて言う。


「約束を破るのか、ハタアリ! 答えろ、ハタアリィ!」


 ああ、やっぱり偽アリさんが黒幕か。




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