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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第八章 水難のまち
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第195話 落とし前

 まなかさんが去って見えなくなった後、しばらくして、闇の中だというのに巨大な鳥が俺の真上(まうえ)旋回(せんかい)し、やがて降り立った。


 鳥に乗っていたのは、フリースだった。


「再会し損ねた……せっかく近くに来たのに……」


 どうやら、かつての戦友まなかさんに会いに来たようだが、一足遅かったようだ。


「コイトマルのこと、まなかに会わせたかった」


「大丈夫だフリース。ちゃんと会っていったぞ。かわいいって言ってた」


「あたしの声も、聞いてもらいたかった」


「そう……だな……」


 その時である。俺が落ち込むフリースをなぐさめようとする前に、コイトマルが勢いよく俺の腕から飛び出した。


 黒蛇をくっつけたままジャンプしてフリースの胸に取り付くと、すべすべの服に滑って、落っこちそうになる。


「おっと」


 と抱きかかえたフリースの胸で暴れ、ぺちぺちと身体全体を使って叩いているのは、きっと「元気出して」というメッセージなのではないかと思う。


 かわいいやつだ。


「なあフリース、それにしてもコイトマルのやつ、ちょっと見ないうちに、めちゃくちゃ育ってない? 手のひらサイズだったのが、八雲丸さんの太ももくらいのサイズ感になってるぞ。今にもサナギになりそうだ」


「誰のせい?」


 冷気が放出された。


「…………」


 俺は沈黙を返した。というか、黙らされた。


 フリース様は明らかにお怒りである。何故なのか。


 そういえば、このイトムシっていうのは、契約を交わした主人が魔法を使うことによって徐々に成長していくのだという話を聞いた気がする。


 ということは……もしかしたら、この戦いの前に、どこかの山奥で最上位氷魔法でもぶちかましまくっていたのかもしれない。きっとそうだ。


 いつもより氷の威力が低かったのも、移動にわざわざ鳥を使ったのも、鳥の上で第二形態になるまで手を出さず、見守る形になってしまったのも、魔力が足りなくなっていたからなのだ。


 その原因は、スマホ破壊の際に俺が放った「魔女」というワードにキレたから、ということ以外に考えられない。


 だとしたら、アスクークの崩壊も、実は俺のせいなんじゃないのか?


 本当に申し訳ない気持ちになってしまい、気づけば俺は、全力で頭を下げていた。


「ごめんフリース。本当、ごめん」


「いいよ。あたしも悪かった」


 とてもあっさりと、彼女は許してくれて、仲直りに成功したのだった。


「ねえラック。この蛇って、オトキヨだよね」


「ああ、そうだぞ。くれぐれも大事に扱ってくれ」


「ふぅん、ずいぶん小さくなったね」


 フリースが人差し指で蛇の頭を撫でまわすと、蛇は身体をまっすぐ伸ばして威嚇していた。


「なんか、『気安く触れるでない!』って言ってるみたいだな」


「うん、そんな感じする」


 フリースと二人、静かに笑い合った。


  ★


 俺たちが怪鳥ナスカくんに乗って遊郭へと戻ったとき、レヴィアの姿はどこにもなかった。


 一体どこに行ってしまったのだろう。こうまで隠されると、もはや聞くのも怖い。


 命を落としてないよな。もう二度と会えないなんて、ないよな。大けがしてないよな。無事でいてくれないと、俺はダイナミック自刃(じじん)を選択して魂だけの存在になってレヴィアを探しに行くとか、やってしまうかもしれない。


 どうにか、一目だけでも姿を見たい。


 俺の不安を見てとったのか、あるいは心を読むスキルでもあるのだろうか、何も言ってないのに、廊下で会ったマイシーさんが声をかけてきた。


「大丈夫です」


 この人には何より「大丈夫」という言葉を吐いてほしくなかった。マイシーさんの「大丈夫」の後には何度もピンチがやってきたから。


「レヴィア様なら無事ですから、本当に大丈夫ですから。実をいうと、レヴィア様のほうもラック様に会いたがっていますが、今は会わせるわけにはいかないのです」


「うん、どういうこと? 引き離してるってこと? もしかして、レヴィアが俺を殺す勢いで怒ってるとか」


「そんな、フリース様じゃあるまいし、そんなことはありませんけど……ハッ」


「…………」


 俺の隣にいたフリースは、沈黙しながらマイシーさんを見据(みす)えた。


「申し訳ありません、フリース様。今のは失言でした」


 ――別にいい。


 氷文字で許しを与えていた。


「ありがとうございます……それで、ラックさん、オトキヨ様がどうなったか、ご存知でしょうか?」


「うん? ああ、コレだ」


 俺はフリースの左腕に巻きついていた黒蛇を掴み取って彼女に差し出した。


「ああ、おいたわしい……このような御姿(おすがた)になられて」


「でも、オトちゃんの命が無事でよかったよ。まなかさんの話では、しばらくしたら元に戻るって話だったし」


「今回、ラックさんには、随分お世話になってしまいましたね。返し切れないほどの恩ができてしまったようです」


「いや、俺は何もしてなくて、主に大勇者まなかさんが……」


「他ならぬ、大勇者まなか様からの報告によると、最も活躍したのはラック様だと……。しかも、こうしてオトキヨ様をここまで護衛して来てくださいましたし」


「ただ空飛んできただけだぞ。護衛したといえばフリースと怪鳥ナスカくんだ」


「またまたご謙遜を」


「いや、本当、大層なことしてないから、感謝されると逆に申し訳ないっていうか……」


「本当に大人物ですね、ラックさんは。それに比べて……」


 マイシーさんは呟きながら、横にあった部屋の戸を勢いよく開けた。


 そこには、赤髪剣士の八雲丸さんが横たわっていた。


「八雲丸様、起きてください。オトキヨ様の御前(ごぜん)ですよ」


「うるせえ、寝かしといてくれ。おれはもう疲れた」


「そういうわけにはいきません。さ、ちょうどよかった。お二人とも入ってください」


 室内はロウソクの炎で多少の灯りはあるものの、薄暗かった。


 マイシーさんに(うなが)されて、ぞろぞろと畳の部屋に入った俺は、空気の沈んだ部屋の隅でうずくまっている桃色ブラウスのプラムさんを発見したけれども、こちらに背中を向けて泣いているようだったので、話しかけられなかった。


 水がためてあった(おけ)を見つけた小さな黒蛇は、俺の手を離れてそこに飛び込むと、気持ちよさそうにクタッと桶のふちに頭をのせた。


 八雲丸さんは横向きに寝転がって背を向けたまま、「……なんだよ、急用かよ」などと空気をたっぷり含んだ小声で言った。すっかり()ねている。


 そんな傷心の次期大勇者に追い打ちをかけるように、マイシーさんは言う。


「まなか様との復興責任を賭けた先ほどの勝負において、八雲丸様の惨敗を確認いたしましたので、今回のことで破損した建物の弁償をお願いします。ラキア町およびアスクークの全ての建物です」


「えぇっ……」


「八雲丸様と、そのお仲間の力をもってすれば、容易(たやす)い事でしょう?」


「ちょ、ちょっと待て、全然簡単じゃねえよ……」


「おや、反論できる立場でしょうか? 不始末は一つも無かったでしょうか? 遊郭の警備を任されながら暗殺者の侵入を許した件、どう責任をとられるおつもりですか?」


「クッ、それは……」


 どうやら、誰が責任をとるのかという裁きの時間になっているようだった。俺とフリースの存在は必要なのかなぁ、これ。証人という位置づけなのかもしれないけども、正直、とても居づらい。というか、居たたまれない。


「それと、八雲丸様は、フリース様との意思疎通がとれていなかったばかりに、鎮圧作戦に混乱を招いていたようですが、自覚はおありですか?」


「そんなのは身に覚えがねえよ」


「なるほど、わたくしの論文などは、読んだことがありますか? 『五龍暴走時対処マニュアル・黒龍篇』というタイトルなのですが、もちろん目は通してますよね? 他の皆さんは読破してから臨んでましたよ?」


「いや論文とか読まねえよ」


「ははぁ、怠慢ですね。では、これも罰金です」


「マジかよ……」


 八雲丸さんは、借金生活に突入した。


「なあラック、おれの運吸い取ってねえか?」


 結果から見れば俺と関わったばかりにフリースとはケンカになるわ、奴隷丸になるわ、まなかさんにはボロボロにされるわ、八雲丸さんの株は下がるばかりだから、あながち否定もできなかった。


 俺がフリースと一緒に沈黙していると、マイシーさんは言う。


「ラック様には、オトキヨ様を鎮めてくださった大活躍がありましたので、オトキヨ様にかわって褒美をとらせます。明日、以前と同じように怪鳥ナスカに乗ってフォースバレー宮殿のほうへお越しください」


「嘘だろぉ、不公平すぎるぜ……おれも活路を斬り開いたってのに……」


 八雲丸さんは力なく呟いたのだった。


「大丈夫、何とかなりますよ、八雲丸様」


 マイシーさんがこう言うと、俄然(がぜん)、大丈夫に思えなくなってくるな。


 部屋の隅では、暗殺者に操られた責任を感じていたのだろう、自分を責め続けるプラムさんが濡れた袖で悔し涙をぬぐっていた。




【第九章へ続く】




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