第193話 ドラゴン鎮圧戦(7/7)
「くっ、何も思い浮かばない」
これまでの旅を一通り振り返ってはみたけれど、ヒントになることさえ何一つ思い浮かばない。
情けない脳みそだ。
「どうすんのラック! どうにかして!」
まなかさんのお叱りを受けて、もう一度目をこらしてみたが、やっぱり光って見えるものなど何も見えない。
「どうにかって言われても……まなかさんは、俺の何に期待してるんですか? 運ですか? だったらご期待に沿えない気がするんですが」
「曇りなき眼の能力だよ! なんで見えないの? レベルは足りてるでしょ?」
「レベルか。確認してみます」
「そんなの、竜巻の中に入る前に済ませておくもんでしょ! 何年転生者やってんの?」
「なんか、すみません」
十年以上になるけれど、大半ひきこもってました。まじ申し訳ないです。
「謝ってる暇があったら考えてよ。どうすんの? 米粒みたいに小さな本体を見つけろなんて無茶言ってるわけじゃないんだよ? ボウリングの球くらいのサイズがあるはずなんだから、楽勝でしょ。ねえ楽勝だって言って?」
「らくしょうだー」
「ふざけんな!」
どうしろっての。
「わかった。敵が素早くて見えないっていうなら、わたしがカメラマンになってあげる」
そう言って、大勇者まなかは俺の背後にまわりこみ、頭を掴んで、「いくよ、ちゃんと龍の姿をとらえてね」と言ったかと思ったら、彼女は俺を持ち上げて回転させ始めた。宙に浮く俺の身体。ちぎれんばかりに引っ張られる首。
「ぐぎぇえええええええ」
自分のとは思えないモンスターみたいな声が出た。
「どう、見えた?」
たしかに龍の身体は見えている。でも、光っているところなんて全く見えない。すさまじいスピードで動いている姿をきっちりとらえられているので、カメラマンはとびきり優秀なのは言うまでもない。あんなに速く動くものを常にセンターに置いて、しかも全体を視界の中にとらえさせる技量は、人間離れしていると言っていい。
でも、肝心のレンズのスペックが足りていないんだこれが。
そもそも、どうしてオトちゃんは、こんな首がニュルニュル出てくるラスボスみたいな姿になってしまったんだっけ。
それは、鋭い刺突剣の先端で傷つけられたからだ。
そのために、暗殺者は何をやっていたっけ。夢のなかで、オトちゃんを暴走させたカネシロは、どうやって本体を見つけ出していたんだっけ。
それは……たしか……。
「まなかさん、ちょと、一旦止めて、ちょっとだけ」
「見えたの?」
「時間の問題です」
「本当だろうね?」
そして回転は止まり、すこしグルグルしている世界で、俺はステータス画面を開く。スキルを振るための画面に進んだ。
そこで、自分のスキルを確認してみる。どうやら、いつの間にかレベルが上がって、振り分けてないスキルポイントがいくらか余っているようだ。おそらく、八雲丸さんたちとパーティを組んでいたことが原因で、レベルが急上昇したのだろう。
八雲丸さんが龍の首の一つを斬り落としたことによって、すごい勢いで経験値が入ったのだと推測できる。
割り振ってゆけば、何かが変わるかもしれない。
「お、『曇りなき眼』の上位スキル『開眼一晴』が取得可能ときた。これなら……」
俺は、新たなスキル『開眼一晴』を習得した。さらにその上のスキルまでも獲得した。
まなかさんに頭を握られて操作されるまでもなく、龍の姿がはっきりと目で追えるようになった。
これが限界突破の力なのか。
「まなかさん! いけます!」
「ほんと? じゃあ教えて、光ってる場所はどこか」
目を凝らす。常に龍の動きを追い続け、穴が開くほど凝視する。
光っている場所は確かに見えている。
尻尾のあたりで、大きくゆらめく漆黒のオーラ。まるく、炎の輪みたいにゆらゆらしていた。
あれだ。あれに違いない。
「龍玉っぽいの! みつけました!」
「どこ!」
「尻尾のあたり、先端から十メートルくらいのところにあります!」
その場所を指差した。
「かしこまり!」
彼女は左手の指をパチンと鳴らすと、ポケットから棒状のものを取り出す。
目の前の空気をタテとヨコに一度ずつ斬った。
毒水の壁を背景に刻まれる、T字のマーク。
「まなかさん、なんかヤバい技を使う時は言ってくださいね」
「大丈夫。これは、ただ動きを止めるだけのアイテムだよ。一回しか使えない、とっておき」
そう言い終わった時には、龍の動きはいつの間にか止まっていた。空中で、落ちてくるでもなく、静止し続けている。
「止めてられるのは、斬ったとこが元に戻るまでの数十秒だからね。今回は、だいたい五十秒くらいかな。それまでに決めるよ、ラック!」
テンションの高さが伝わってくる声をかけてくるや否や、まなかさんは、優しく剣を振った。
その風圧で龍の周囲の毒水を飛ばすと、龍の姿が丸見えになった。ドラゴンの姿がさらに細かく見えた。
いつの間にか増えている首。七つくらい枝分かれしてる。その先端はそれぞれほんのりと赤みがかっていて、まるで血に染まっているかのようだった。
なお、この怪物は全体が黒でできているように見えていたが、その黒さにも段階がある。尾に向かうほど黒さを増しているようだ。
そして、その尾に近いところに、さがしものが光っているのが見えていた。
俺は、より正確な情報を伝える。
「まなかさん! 濃い黒と、ものすごく濃い黒との間! 鱗の色が変わっているところです!」
「サンキュー、ラック!」
彼女は舌なめずりして、抜き身の剣を腕に持ち、上空高く飛び上がった。闇に映える白いブラウス。緑色のスカートが風に揺れている。剣は淡い光をさらに強めた。
大技の気配がする。
「――北に水龍、東に雷龍、西に銀龍、南に炎龍。四龍の集いし地は此処に。四は死を越ゆる力となりて普く十六方を盈たさん」
詠唱しながら、北、東、西、南の順に虚空を切り裂き、まなかさんは声を張った。
「――四合龍連結包囲陣!」
爆発的な黄金の閃光が、放射状に乱れ飛び、全世界を照らすようであった。
「いっけぇええええええええええええ!」
龍の尾が、一撃のもとにジグザグに切り離され、切断面から飛び出た球体が落ちてくる。
光が止んだ時、空が穿たれ、闇より深い漆黒の穴があらわれた。穴に向かって吸い込まれていく龍の肉体。まるで深い深い谷に流れ込む水のように、一気に収束していく。
全てを吸い込む無慈悲なブラックホールでも発生したかのようだった。
大穴が閉じたとき、水が全部吸い取られたわけではなかったけれど、一瞬のうちに、巨大だった龍は夜空から姿を消した。
まるで、最初からいなかったのではないか、と錯覚してしまいそうになるほどに、跡形もない。
こうして、大勇者まなかの手によって、また世界は危機を脱することができたのである。
「あの怪物を一撃で……」
フリースさえも敵わず、八雲丸さんなんか完全に役立たずにしてしまうような怪物だったはずなのに。
本当に、寒気すらおぼえるほどの強大な力だった。絶対にこの人を敵に回したくない。
彼女は闇を照らす神々しい光を纏い続けていた。その光を失わないまま、黒光りする球体を見事に空中キャッチして右腕に抱えると、ひねりを加えながら身体を回転させ、華麗に着地を決めた。
「四つの心が合わさった時、そこに愛が生まれるんだよ」
そして剣をもった左腕を伸ばし、堂々たるポーズをキメて、誇らしげに続ける。
「それすなわち、四合なり!」
光をまとった彼女の後ろには、晴れ渡った星空が広がっていた。