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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第八章 水難のまち
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第192話 ドラゴン鎮圧戦(6/7)

 夜闇を切り裂く白のブラウス、腰に抜き身の赤い剣、緑のスカートが激しく揺れている。腰の剣はほんのりと黄金の光を帯び、がたがたと揺れていた。


 あの姿、長身で、しなやかな身のこなし。


 ――大勇者まなか。


 大勇者まなかが走ってきている。森林に差し掛かり、アクロバティックに木の枝とかを飛び跳ねながら抜けた。


 草原を、大きなストライドで、風を切って向かって来ている。


 その姿を視認した八雲丸さんは、気を失うまえの最後の力を振り絞り、上半身を起こして座り込む形になり、自慢の刀剣召喚術を起動する。


「八重垣流、其の(さん)(おぎ)……流星刀」


 まるで大気圏に突入した流れ星のように、火焔(ほのお)をまとった刀身があらわれた。


宇宙(そら)より降った星の欠片で作った刀だ。こいつで活路を斬りひらく」


 要するに、隕鉄(いんてつ)を鍛えた剣である。


 次期大勇者候補の八雲丸さんは、座ったまま刀を振るう。すると、流星のごとくに炎の塊が刀身から離れ、毒水のカーテンに僅かな穴を開けた。


 それは、二人分、いや、一人分くらいしか通れないほどの小さな風穴だった。


 しかも、穴は竜巻の動きによって、あっという間に塞がれようとしている。


「おれにできるのは、もうこれくらいだ……あとは……ラック、何とかしてくれ!」


 そう言われましても。


 今にも塞がろうとしている穴を見ただけで、俺が何かを閃くと思ったら大間違いだ。買いかぶりだ。


 しかし、達人はこんな刹那にも勝機を見出してしまうのだろう。


「おまたせ!」


 やる気に満ちた弾んだ声がしたかと思ったら、俺の首根っこはまた年上の女に掴まれたのだった。


「グエッ」


 思わず、怪鳥みたいな声が出てしまった。


「お、おわっ、ま、まなかさんッ?」


 なんだろう、嫌な予感しかしない。首根っこを大勇者に掴まれてしまった。


「いくよ、ラック。この攻撃は、中に入っちゃったほうが安全だから。


「え、ちょっと待って! きいてない、いきなりすぎる! なにこれこわい!」


「落ち着いて。大丈夫だから」


 そして、俺の身体は完全に宙に浮いた。大勇者まなかの肩に(かつ)がれ。そのまま高速移動する。音速なんか、完全に超えている気がした。


 耳鳴りがする中、ものすごいスピードで竜巻にあいた穴が迫って来て、そして――。


「うわあああああ!」


 俺は叫びながら、竜巻の内部に侵入した。


 竜巻の中は無風だった。毒水も落ちてこない。上を見上げれば、空へと続く丸に(ふち)どられた綺麗な星空が見えていた。


「ほら、完全に中に入っちゃえば風も無いでしょ」


「いやいや……俺をこんなところに連れてきてどうする気ですか!」


「どうって……むしろ、ラック君にこの事態を何とかしてもらおうと思って」


「無理です」


「まーた最初から無理だって決めつけてさぁ。そういうの良くないよ?」


 猛毒竜巻の中とかいう、緊迫感のあるはずの現場なのに、全くユルい雰囲気を崩さない大勇者まなかさんなのであった。


「すみません」


 と謝罪を口にしながら、この事態はまなかさんにとっては大したことないんだ、と俺は少し安心した。


 もしかしたら、まなかさんは、俺を安心(リラックス)させるために、あえてユルユルでいてくれているのかもしれない。年上の女性らしく気を遣ってくれていると考えれば、彼女がとても素敵に見えてくるね。


 まあ、俺にはレヴィアがいるので、好きにはならないけども。


「こないだホクキオで会ったときより、良い()になったね、ラック」


「いきなり何ですか。こんな時にする話とは思えないんですが」


「いやホントだって。なんかこう、好きな子のために生きるんだっていう決意みたいな? そういうのが伝わってくる」


「おお、わかりますか?」


「ううん。適当に言ったんだけど」


 何なんだこの人。


「んー……相手は誰だろうな。もしかして、胸に抱いてる可愛いイトムシちゃんのことが好きなのかな?」


「そんなわけないじゃないですか。ムシですよ? 可愛いは可愛いですけど」


「じゃあ、その子の飼い主だ。大事そうに抱えてるもんね」


「違いますよ。俺が好きなのはレヴィアって女の子です」


「ふぅん。ま、どうでもいいけどね」


 あなた自分で「好きな人できたか」ってきいてきたんじゃないですか。それなのに、結論が「どうでもいい」って、なんてマイペースな人だ。年上の女はこれだから。


 と、俺が心中で吐き捨ててから、ややあって、彼女は言った。


「それで? 大黒龍玉はどこ?」


「はい?」


「うん? なにその反応」


 かくんと首をかしげなさる姿を見て、俺は戸惑いを隠せない。


「え、え? いや、何です、まなかさん」


「だからぁ、あなたの眼になら見えるはず。(あや)しく黒く光る場所が、絶対」


「黒く光る場所? って何です?」


 急にそんなこと言われても、心当たりが無いんだけども。


「ちょっと、こんなときにフザケないでよ。さすがに私でも怒るよー? あはは」


 相変わらず、まなかさんはユルく返してきた。


 どうも何か見えなきゃいけないものがあるらしい。大黒龍玉という名前が出たけど、それだろう。全く見えやしない、そんなの。


 龍は、巨体のくせに、ものすごいスピードで動き回り、大嵐を起こし続けている。渦の内側から見ると、まるで雷光のようにあっちこっちにあらわれて、ほとんど目にも止まらぬ素早さである。神出鬼没(しんしゅつきぼつ)ってのは、こういうことをいうのだろうか。


 ああ、だめだ。


 見えない。わからない。龍の姿さえ、動きが早くてとらえきれない。このうえ、龍の中にあるものを見つけ出せというのか。


 うん、無理。


 俺はおそるおそる(たず)ねる。


「えっとぉ、その場所がわからないと、どうなるんですか?」


 その瞬間、余裕だった空気が、なんということだろう、一変した。


 まなかさんは焦りを隠せずに、右手を髪の中にクシャっと滑り込ませて、


「は? ちょ、ちょっと、あはは、意地悪やめてよ。そんな難しい仕事じゃないでしょ」


「んなこと言ったって、見えないもんは見えないっすよ! 黒いものから放たれてる黒い光なんて、簡単に見えたら苦労しません! まして、相手はぐるぐる高速移動するドラゴンじゃないですか!」


「……まじ?」


「まじっす」


「みえない? ほんとのほんと?」


「見えません。夜で暗いし、全然です」


「…………」


「…………」


 俺とまなかさん史上、最も重く、最も黒く、最も深い沈黙が襲ってきた。


 やがて、冷や汗を流しながら、史上最強の大勇者は言うのだ。


「ちょっとちょっと、それやばい。このままだと水に潰されて、わたしたち死んじゃう。見えてるでしょ? だんだん水の竜巻みたいのが狭まって来てる。わたしたちを排除しようとしてるのかもだし、あと、わたしの防御力はゼロ通り越してマイナスだから、ドラゴンから落ちてくる毒の水滴一発くらっただけで即死なんだよ? この全方位を毒水に囲まれてる状況、さすがにやばくない?」


「スキルの振り方、もう少し考えてください」


「うぅあぁ、ラックの『曇りなき眼』は飾りだったかぁ……賭けに負けたなぁ」


「え? ちょ、本当にこれピンチなんですか? 実は余裕だけど俺をビビらせるために演技してるとかじゃ?」


「そんなわけない。ラックが大黒龍玉の場所を指差してくんないと打開できない。いま暴走してるソレを壊さずに取り出さないと、これ止まんないから」


「前みたいにエンジェル何とかって大技で解決とかは……」


「それだと逆に危ないんだって。大黒龍玉は、起動状態でうっかり傷つけちゃうと、マリーノーツとか、その下とかに尋常じゃない量の大雨が降って人が住めなくなる。地面掘ればまだ住めるかもだけど、地下は魔族の世界だからなあ。ラックがその瞳で見つけてくれさえすれば、わたしが何とかできるんだけどなあ」


 なんて重いもん背負わせてくれる!


 世界の命運は俺に(たく)された、みたいな感じになっちゃってる!


 そんなシリアスは()らない!


 とはいえ、どうにかやっぱり何とかしなきゃならん。


 これは今、この瞬間で、俺にしかできないことのようだ。この悲劇的事態を打開する可能性を少しでも持っているのは、俺なんだ。


 すでに分厚い水で閉じられた突破口。帰ることはできない。俺は空を飛びまわる巨体から、何としてもナントカ龍玉ってやつを見つけ出して、まなかさんに伝えなくてはいけない。


 制限時間は、俺とまなかさんが毒竜巻に飲まれるまで。いつ龍が気まぐれを起こして竜巻を解除するかわからない。


 その時が来てしまえば、水は勢いを失い、中心部も毒水の被害は免れないだろう。


 何か方法は無いのか。


 思い出せ。これまでの旅路に、何かヒントがあるはずだ。




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