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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第八章 水難のまち
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第190話 ドラゴン鎮圧戦(4/7)

 花魁娘たちが魔法戦に打って出ようかという時、ヒュドラの後ろから八雲丸さんが追いついてきた。


「遊女ちゃんたち! 一斉攻撃だ! なんとしてでも倒しきるぞ!」


 よかった、潰されたように見えたけど、生きていたようだ。


 でもなぁ、勝手にフリースと仲間割れを始めた人にいまさら偉そうに指示を飛ばされてもなぁ。


「八雲丸さん! フリースは?」


 俺の問いに、八雲丸さんは頭の上でマルを作って無事を知らせてくれた。それで一安心できたけれど、怪物ヒュドラは進撃を止めていない。


 そして、今にも遊郭娘たちに接触しようとした時、変化が起きた。


 ドスン、と地面が揺れた。


 何事かと思ったら、大規模な落とし穴である。水の力で瞬時に掘削して生まれた大穴に、大蛇の身が沈んだ。


 強制的に動きを止めることに成功した。


 続いて、空から降った大量の土や砂が、太くて長い身体を埋め固める。


 進撃が止まったのを確認して、アチキさんが炎の腕を地面に刺しこんだ。


 町ひとつを燃やしかけた右腕が、今、土にすさまじい熱を送り込み、灼熱の砂風呂を完成させていた。


 これには龍といえどもひとまりもないようだ。


 二つの頭が苦しげな咆哮を見せている。


 埋められた龍の身体から湯気が立ちのぼり、空には、帯状の雲ができた。外に出ている二つの頭と遠くにある尾のあたりが、活力を失いはじめているのが見えた。


「すごい、これは無力化できるかもしれない!」


 なんて、俺が根拠のない願望を口走ったのがいけなかったのかもしれない。


 たいていの場合、こういう場面での「いけるかも」とか、「やったか?」というのは勘違いで、より絶望的な状況に叩きこまれるのだ。それがセオリーなんだ。


 今までのマリーノーツ人生でも、そうだったじゃないか。うまくいきそうになると出鼻をくじかれる。いきなり山賊被害に遭い、いきなり濡れ衣で逮捕され、ラストエリクサーでの商売を始めようとしたら大暴落して、逮捕寸前まで追い込まれたなんてこともあった。


 俺に与えられた試練であるかのように、次々に逆境が襲ってきたのだ。


 今回だって皇帝オトちゃんに()められまくって大出世のチャンスだったはずだった。それが、フリースには氷で殴られるし、褒めてくれるはずのオトちゃんは暴走してそれどころじゃなくなった。


 ザイデンシュトラーゼンで解呪の煙を浴びたはずじゃなかったのか?


 俺のマリーノーツ生活は呪われっぱなしじゃないか。


 浴びた煙の量が足りなかったのかな。


 ともかく、頭をよぎった嫌な予感は見事的中し、その良くないことは起こってしまった。


 土が爆発した。土や岩の塊が上空高く跳ね上げられ、それだけで災害級である。


 壊された土砂(どしゃ)風呂の中からあらわれたのは、新しい形になった黒龍だった。


 人間の形をしていた頃とは似ても似つかない、醜悪な姿。


 湿った土の中で新たに二つの頭を獲得し、四頭になった。さらに、四枚の翼が生え、その力強いはばたきが、巨体を空へと押し上げた。


 飛び上がったのだ。まるで、伝説のドラゴンのように。


 ああそうだな。空を飛べる翼があると、ヒュドラっていうよりも、もはやドラゴンって感じだ。


 遊女たちも俺も、八雲丸さんも言葉を失うしかなかった。ただ、水蒸気になって雲に変わった水を取り返そうと空に上がっていく黒いドラゴンを見つめていた。


 絶望に打ちひしがれた者もいただろう。自責の念にとらわれた者もいただろう。場違いに美しいと思った者もいただろう。


 ドラゴンは四つの頭で(むさぼ)るように夕焼けに染まった雲を食い尽くし、上空高くを優雅に旋回しはじめた。


 八雲丸さんが慌てて叫ぶ。


「やっべぇ、誰か、落とせ! 水のあるところに飛んでいかれたら終わる!」


 そこで再びあらわれたのは、氷使いのフリースである。


 マイシーさんが操縦する怪鳥ナスカがグゲァと鳴いて、ドラゴンへと向かっていったのだが、その鳥にフリースが乗っていた。


 フリースが、龍の翼を氷で固めると、龍はバランスを失って落下を始めた。


 落ちて、落ちて、落ちてきて……。


 えっ、ちょっと。なんでよりによって俺の真上に落とすのフリースちゃん! 俺への仕返しか何かなの?


 俺の腕の中には、お前の大好きなコイトマルもいるんだぞ。そこんとこ分かってんのか、あの氷使いは!


「ラック、どいとけ!」


 八雲丸さんが体当たりをしてくれて、俺は「ウワアア」と叫びながら飛ばされ、ひときわ胸の大きな遊女二人組に、ふわりと抱き留められた。


「あぶなかったでありんすなぁ」

「奴隷丸ったら、荒っぽいです」


 この色っぽい遊女二人組は、土属性魔法と(はがね)属性魔法をそれぞれ担当しているようだ。かなりハイレベルな術者らしく、ドラゴンが落下した際に生じた激しい爆風などものともせずに、協力技で簡易城壁を生み出して、二人で防いでくれた。


 それにしても、大きいと思ったナスカくんが、ドラゴンと比べると全然小さく見えるとは。いや、アスクークの町を丸ごと踏みつぶすくらいだから、大きいのはわかっていたけれど、比較対象ができたことで、さらにその災害レベルの巨大さを実感することができた。


 俺が遊女二人組に支えられながら降ろされた時、八雲丸さんは再び飛ぶことができないようにするためだろう。刀を抜いて龍の翼を四枚すべて斬り落として見せた。


 無知な俺にとっては、その八雲丸さんの行動は正しい行動に見えた……のだけれど。


「あっ、あのアホ剣士、やっちゃったでありんすな」

「最悪ですね」

「わちき、けっこう好きだったでありんすが、見損なったでありんす」

「あちきより最悪な人、初めてみました」


 などと、口々に罵っていた。


 さすがに、暴走火炎娘のアチキさんより最悪ってのは無いんじゃないのかと思ったのだが、次の瞬間に起きた現象を見て、たしかに最悪だなと思った。


 耳をつんざくような苦しげな声をあげた四つの頭をもつドラゴンだったが、なんと、翼を再生させた。


 氷っていたおかげで、再生を抑えられていたというのに、


 これには怒りのフリースが八雲丸を再び攻撃するのも無理ないことだった。


「おわっ、なんだよ、またかフリースお嬢! なんで邪魔ばっかり!」


 邪魔をしたのは八雲丸さんなのだが、当の本人は、それに気づかないようだった。


 もしかしたら、さっきの仲間割れも、八雲丸さんとフリースの意図が合ってないって話だったんじゃないだろうか。たとえば、フリースは氷を使って膨張させることで、龍の肌を薄く引き伸ばして、そこを一気に破ってしまおうとしていたとか。


 そうだとしたら、水を吸い出すなんて策は、フリースにとっては、さぞ邪魔だったことだろう。


 刻々と変化する状況に対応できるだけの知識を、経験不足の八雲丸さんは持っていないようだった。


 つまり、対ドラゴンとの経験値という意味では、あの強い八雲丸さんよりも、遊女チームやフリースの方が上だということになる。


「あいつ排除したほうが良くない?」


 炎使いのアチキさんが持ち前の攻撃性を見せた。


 てっきり、他のみんなからオイオイと止められるのかと思いきや、なんと満場一致の頷きが返り、八雲丸さんへの攻撃が始まった。


 仲間割れ、えーと第何ラウンドかな、この仲間割れは。


 炎、水、土、鋼、雷。五属性の上位魔法が次々に八雲丸さんに襲い掛かる。


「おわぁ。な、何だ、なんで遊女ちゃんたちまで、おれを攻撃するんだ! 毒で混乱状態にでもなってんのか?」


 戸惑いながらもバタバタとしたステップで、ぎりぎり避けていた。


 遊女たちからすれば、混乱を引き起こしてんのはお前ですよ奴隷丸ってところなんだろうけれど、八雲丸さんは気付かない。


 ただ、剣士はしつこく襲う魔法攻撃から逃げ回るしかない。


 ドラゴンはまた飛び上がろうとして、フリースがまた接近して翼を凍らせにいった。


 ところが、また凍らされてなるものかと思ったのか、ついに黒龍が本気の反撃に出る。


 フリースの氷を飛び上がって回避したかと思ったら、口から毒水を吐いて反撃。


 この毒水攻撃は、ぐるぐる回転しながらナスカくんが回避したものの、続く体当たりは避けられなかった。マイシーさんとフリースは、鳥ごとかなり遠くに跳ね飛ばされて、ついに戦線を離脱してしまった。


 戦力が一気に半分以下になってしまった。


 さらに、ドラゴンは反撃を激化させる。だんだんと高度を下げ、毒水を吐きながらその場をぐるぐる旋回しはじめた。速度は上がり続け、毒水は地面に落ちる前に龍が起こした風に巻き上げられ、空に上がる。


 それを何度も繰り返すうちに、龍の姿が毒水のカーテンに隠れて見えなくなってしまった。


 すなわち、毒水の竜巻である。


 反則級の大技である。


「おいおい……なんだこりゃあ……聞いてねえぞ……」と八雲丸さん。


 遊女チームも攻撃の手を止め、すっかり意気消沈。諦めの色で次々に呟いた。


「だめです」

「勝てないでありんす」

「終わりですねぇ。さようなら、みなさん」


 ねえ、諦め良すぎない?




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