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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第八章 水難のまち
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第188話 ドラゴン鎮圧戦(2/7)

 ドラゴンは動かない。廃墟に(ふた)をしたまま、その場に留まり続けている。


 だが、見ているうちに、だんだんと黒龍の細長いボディが膨らんできているのがわかった。


 フリースによる(なか)ばヤケクソみたいな氷の槍が連発されたおかげで、下の方から、太くなってきていて、鱗が薄くなってきている。すっかり水を入れ過ぎた水風船のようになっている。


「第三形態、待ったなしってヤツだな」


 八雲丸さんが苦々しく呟いた時、俺はやっと立ち上がれるまでに回復した。


「仕方ねぇか……」


 八雲丸さんは再び呟き、今度は遠く、巨大な氷の(ノコギリ)を振り回し始めたフリースに向かって叫ぶように呼びかけた。


「おい、フリースお嬢! そろそろまずい! 次の形態になって移動されたら、手が付けられん! 氷撃つのをやめてくれ!」


 しかし、フリースは八雲丸さんに命令されたからといって、言うことをきくような相手ではないのだった。明らかに聞こえた様子だったけれど、逆にムッとして、氷攻撃の量を増やしてしまったようにも見える。


「仕方ねぇな……おれが、吸い出すしかねえか」


 八雲丸さんは、刀を一度抜き、再び納刀してから、構えた。足を開き、ゆっくりと(つか)に手をかけた。


八重垣(やえかき)流抜刀術。其の参! (オギ)!」


 この技は、伝説の刀剣を生み出すという八雲丸さんのとっておきの技である。以前、闘技場でフリースと戦った際には、七支刀とか七星剣というものを生み出していた。


 今回は何の剣だろうか。八雲丸さんは淡い光を放つ(つか)を力強く握り、勢いよく抜いた。


「水龍剣!」


 天にかざした刀身が、青白く輝いた。直刀だった。さほど長くはなく、だいたい指先から肘までの長さだった。輝きを強めた後、先端から根元に向かって、青くなったり白くなったり、流れる急流が白波を立てるように、何度も目まぐるしく色を変えていた。


「いくぜ、黒龍! お前を倒す者の姿、紅蓮の瞳に焼き付けておけ!」


 黒龍は特に反応を示さなかった。


 八雲丸さんは「おおおおおおお」と声を上げながら刀を黒龍に向けた。すると、黒い水が龍の巨体を離れ、八雲丸さんの刀剣に吸い寄せられ始めた。


 黒龍は、相変わらず反撃もせず、フリースの氷を受け続けながら、じっとしている。


 膨れ上がっていた黒龍の肉体が、みるみるうちに小さくなっていく。


 このままいけば、大量の水を吸い尽くして、元に戻すこともできるかもしれない、なんて思ったのだけれど、フリースは氷を放つのをやめないため、吸ったそばから水が補充されてしまう。


「くっ。思い通りにいかねえな……。ラック、頼んでいいか? フリースお嬢に、攻撃をやめるように――」


 と、八雲丸さんが言って、俺にもやっと仕事ができたと喜びかけたのだが、その刹那(せつな)、突如として襲った氷の槍が数本、俺たちの足元に突き刺さった。


 瓦礫(がれき)の山にのぼって戦う青き衣の氷使いから発せられたものであることは言うまでもない。


「くそっ、なんのつもりだ、フリースお嬢」


 八雲丸さんは、一度、水龍剣を納刀すると、さっきマイシーさんにメモを渡した鳥を呼び、再びメモをくわえさせて鳥を飛ばした。今度のあて先はフリースのようである。


 俺は大きな猛禽類が雄大に空に向かって飛び上がる姿を眺め、そして、そいつが凍り付いて落ちてくるさまを目撃した。


「んなっ!」と八雲丸さん。


 咄嗟(とっさ)に刀を抜き、「(わら)!」と叫んだ八雲丸さん。鳥が落ちてくるところに大量の枯れ草が出現して、氷になった鳥を衝撃から守ったのだった。


「あの魔女ぉ……」


 その声が届いてしまったのだろうか、八雲丸さんの頭の上から巨大な怒りの氷文字が三つほど降って来ていた。


「おわっ、なっ、なんでっ」


 ぎりぎりのところでなんとか回避する。


「や・め・ろ、と書いてありますね」俺は落ちてきた巨大な氷塊を読み上げた。


「フリースお嬢! やめるのはそっちだ! 氷で水の量を増やされると迷惑なんだよ!」


 そしたら、フリースは、攻撃を続けながらも大きな氷文字を見せつけてきた。


 ――ラック、そいつ黙らせて。


 それを見た八雲丸さんは、片方の歯を食いしばって顔をひくつかせていた。


「くっそ、マジで頭きたぜ、オイ。やってやろうじゃねえか」


 勢いよく納刀した八雲丸さんは、


八重垣(やえかき)流抜刀術、其の伍! 竹、五連!」


 掛け声とともに抜刀し、フリースに向けて五本の刀身を伸ばす攻撃を見せた。


 氷の盾で防御され、花が開くみたいに散らされた。


 無力化された自慢の刀を見た八雲丸さんは、新たな刀を装備し直した。


 今度の刀は金色に輝いているところを見ると、たぶんかなりの力を秘めた宝刀なのだろう。


 つまり、かなり本気モード。


 フリースのほうも、かかってこいとばかりに挑発的に見下ろしていやがる。


 おいおい、何のつもりだお二人さん。なんで仲間割れを始めてるんだよ。チームワークって言葉知ってるかい。


 戦うべき相手を間違えた戦いほど無意味なものはないだろうに。


「二人とも、ストップストップ!」


 俺が言ったところで、何がどうなるわけでもない。完全にお互いにぶちかまそうとしていて、もはや耳に入っていないようだった。


 フリースは八雲丸さんに向けて両手をかざし、詠唱に入る。


「――光なき深淵の風よ、大地を貫き顕現(けんげん)せよ! (とざ)せ、堅氷(けんぴょう)の柱! 絶氷檻(グレスケイジ)!」


 八雲丸さんの足元から、いくつもの氷の柱があらわれた。大地を破って出てきた氷が八雲丸さんを取り囲み、だんだんと狭まっていく。


 しかし、八雲丸さんも負けてはいない。


「秘剣! 神化串(かみかくし)、四連!」


 身体能力を大幅に上げる棒を、耳の上に置くことで、目にも止まらぬスピードと規格外のパワーを得る大技で、氷の檻を粉砕してみせた。


 そして、その場で回転した勢いのまま、大地を蹴り、瓦礫の上のフリースに向かって一直線に飛んでいく。


 強い風が、俺の前髪を跳ね上げた。


 接触。


 フリースの白銀の髪が揺れている。八雲丸さんの刀が折れて、また使い物にならなくなった。


 成長を続ける黒龍を背景に、一体なにをやってるんだ、この実力者たちは。


 だれか、これを止めてくれる者はいないのだろうか。


 そうだ、まなかさん。大勇者まなかは、まだ来ないのだろうか。


 こんな世界のピンチみたいなシチュエーションで来なくて、何が大勇者なのか。だいたいにして、俺の家を吹き飛ばしたんだから、俺のピンチには駆けつけるのが道理ってもんだろう。


 怪鳥ナスカを呼ぶ笛みたいに、大勇者まなかを呼ぶ呪文とか、無いのだろうか。知っている人がいれば、教えてほしい。


 いつの間にか全身が赤い鎧に蔽われていた八雲丸さんだったが、冷たい突風におされ、黒龍の腹の近くに落とされた。


 何とか起き上がったものの、左半身が凍りついていて、動かせないようだった。


 フリース、なんて強さだろうか。やはり闘技場では全然本気ではなかったようだ。


 青い服の少女は、瓦礫に生まれた氷の坂道を使って地面を滑り降り、八雲丸さんに向けて手をかざした。トドメをさしてやるとばかりに、勝ち誇った表情だった。


「ああもう、どうすれば……」と俺は呟かざるをえない。


 けれども、心配する俺をよそに、二人の異次元戦闘は続く。簡単には終わらない。


「――凍れ凍れ、氷の巨人の息吹より、いっそう凍てつく風よ来たれ。雪微風(ネージュブリーズ)


 下級魔法の氷の風が八雲丸さんを襲った時、彼は右手に持った小さな棒状のアイテムを空にかざし、使用していた。


立場交換(ポジションチェンジ)!」


 そのアイテムを使った瞬間、フリースと八雲丸さんの位置が入れ替わった。


 フリースから放たれた尋常ならざる冷気は、八雲丸さんのかわりに、地面に触れている黒龍の腹を少し凍り付かせた。


「えっ」


「ズルだとか卑怯だとか、何とでも言いな。悪く思うなよフリースお嬢。世界の命運がかかってんだ」


 八雲丸さんは、新たな刀を装備し直し、鎧に包まれた状態を解除し、右手で抜刀しながら、言う。


八重垣(やえかき)流抜刀術、其の(はち)(すが)


 すると、みるみるうちに氷らされていた左半身が元に戻り、体力は目に見えて大回復し、肉体も戦いが始まる前よりも活力が増した感じがする。


「八重垣流、秘剣、雲、八連……からの、抜刀術、其の(さん)(おぎ)


 納刀と抜刀を繰り返しながら召喚された刀は、以前も出てきた北斗七星などの星座が刻まれたものだった。だが、見た目の変化はそのくらいで、他は何が変わったのか、わからなかった。秘剣の「雲」とは一体どんな技なのか、不気味である。


「七星剣……モード、織女(たなばたつめ)!」


 八雲丸さんは、俺の知らない技を盛りに盛っている。


 どうやら、本気でフリースを倒すつもりのようだった。


 おかしい。頭に血がのぼりすぎだろう。


 俺には見ていることだけしかできなくて、情けない気持ちになってくる。でも、誰が止められるっていうんだ。大勇者級の力をもつ二人のぶつかり合いなんだぞ。


 もしも、これで俺が止められなかったことを責めるやつがいたら言ってやりたい。だったらあなたは止められたんですかってさ。


 フリースが自分の置かれた状況をやっと完全に理解し、振り返ったとき、八雲丸さんの準備は終わっていた。


 耳の上に新たな強化用の串を三本、追加で置いて、落ち着いた声で言うのだ。


「――天王剣(てんのうけん)


 次の瞬間、赤髪剣士の姿が消えた。




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