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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第八章 水難のまち
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第184話 カネシロの悪夢(9/9)

 しばらく偽装で身を隠しながら歩いていると、金城の視界は赤くなった。炎である。


 金城がラキア町に出たのは、上層だった。高いところの建物の屋根から窪地を見下ろして、様子を見る形になった。その窪地の中心。最深部の池から、炎が広がっていった。


 上層にいる金城のところに迫る勢いだった。


「なんだと、まじかよ」


 早くも侵入に気付かれたか、と思ったが、そうでもないようだ。誰もこちらに意識を向けてはいない。炎は向かってくるわけでもなく、螺旋状に町を燃やしていっているだけだった。


 さきほど金城が油を流したが、少量の油だけで、あれほど炎が広がるとは思えない。だから、これは単純に、アチキさんの魔力が規格外の炎であるというだけである。フリースの氷がとんでもない力であるように、アチキさんの炎も常識外れなのだった。


 皇帝専用の遊郭という隔離された場に置かれるのが当たり前だと思われるほどには、危険な存在だったのである。


 そうこうしているうちに、空に一つの大きな甲羅が浮かび上がり、大きく回転したかと思ったら、大量の清らかな水を四方、八方、十六方に向けて飛ばし始めたではないか。


 後から聞いた話だと、この時に()き散らされたオトちゃんの水には、どんな毒であろうとも、たちどころに解毒する作用も含まれていたという話だ。水は止めるし、建物は直すし、毒も打ち消すとは、この人の出す水も、何とかエリクサーと名付けてもいいのではないかと思う。


 偉大な皇帝が出す水だから、マジェスティックエリクサーとかどうだろう。


 さて、金城は、鎮火(ちんか)を終えて幼女モードになったオトちゃんが、俺に支えられる姿を見て、


「あれが、オトキヨだな……」


 と呟いた。変身するという最大の特徴を見せたのだから、気付かれるのも無理はない。


 そばに側近のマイシーさんがいなくても、水による変身スキルの存在と、オトキヨ様がその使い手であることを知っていれば、それが神聖皇帝だということは、きっと誰だって理解できる。


 残った炎が消えていく五分くらいの時間を利用して、金城とプラムさんは接近した。


 わらわらと集まってくる遊女たちは、二人の刺客(しかく)を見つけることはできなかったし、悔しいことに(ラック)も全然気づきもしていなかった。


 偽装スキルで隠れただけだったが、この時はまだ危険度の低い消えかけの炎があちこちに残っていたので、たとえ『曇りなき眼』を持っていたとしたって、赤の中に隠れた偽装の紅オーラを見つけ出すのは難しかっただろう。


「もっと、もっと近く……」


 そうして窪地(くぼち)の底に下っていき、池のそばの岩陰に辿り着いた時、桃色ブラウスに向かって、


「黒い服の小さな女を狙え。完全に動きを奪え」


 と命令する。そのまま偽装でプラムを隠しながら攻撃させるわけにはいかなかったのだろうかと思ったけれど、魔力量の問題でもあったのだろうか、先ほどまでよりも金城は息遣いが荒く、視界も揺れ、疲れている感じがした。


 遊女たちが、火災未遂の原因であるアチキさんに向かって注意を与えている姿を見て、金城は決断した。


「いけっ」


 その時は来た。オトちゃんが俺の裸の上半身を押して離れようとしながら、「まあまあ、無事だったんじゃ。もう言うでない」と言いながら、アチキさんに手を差し伸べて(うつむ)いたところだった。


「危ない!」


 遊女の叫びを合図にするように、別の者の土魔法が放たれる。


 地面から突き出した岩の塊が、プラムを弾き飛ばした。オトちゃんに向かって一直線に走っていたところを横から襲ったのである。


 戸惑う(ラック)をよそに、遊女たちは完全に戦闘モード。色とりどりの魔法が敵を襲い、せっかくオトちゃんが直したばかりの町が、また少し壊れた。


 プラムさんは、スピードを活かして、全く攻撃に当たることなく移動し、遊女たちを相手に次々に斬りつけた。傷を負った者もいたが、いずれも軽傷。


 そして遊女の魔法によって足元が砂に変化して、かと思ったらプラムさんの目の前に泡を発生させた。泡に弾かれた桃色ブラウスめがけて、魔法で生み出された白い剣が飛ばされた。


 剣が舞い踊りながらプラムさんを襲う。


 何度も弾いたが、小刀が折れた。


 それでも、今のプラムさんには、皮肉なことに折れる心など無い。相手の魔法の剣を掴み取って、それを武器としてて手なずけることに成功した。


 対抗して遊女たちは奪われた剣を目掛けて雷を落として、このとき、ようやく俺は彼女がプラムさんであると確信を持てたのだった。もっと早く気付けただろうに、ラックとかいうやつの曇りなき眼は節穴なのだろうか。


 ……もっとレベルを上げておくべきだったのかもしれない。


「おいおい何かの間違いだろ……プラムさん? なんで」


 ラックの問いに、彼女は答えなかった。


 操られていた。この時の彼女は、オトちゃんの動きを止めるための機械も同然だった。


 桃色のブラウスは、一言も発することなく、足音も立てず、ものすごいスピードで岩場を駆け巡り、風を起こして遊女たちをひるませた。


 その隙をついて、魔法の射程外へと逃れた彼女は、死んだような無表情のまま、おもむろに黒スカートを縦に破って切込(スリット)を入れ、動きやすくした。続いて、黒スカートのポケットから(かんざし) を取り出して、()い上げた髪に挿した。


 ――秘剣・神化串(かみかくし)


「あの技は……! 誰か! 八雲丸さんを呼んできてください!」


 (ラック)の指示に遊女の一人が「わかったでありんす」と答えて駆け出す。池の向こうの建物へと向かっていく。


「彼女は操られているだけです! なるべく傷つけずにお願いします!」


 これには誰も返事をしてくれなかった。


 俺は取り急ぎパンツ一枚の上にマントを羽織ると、その中にオトちゃんを隠し、守ってやることにした。


 しかし、オトちゃんは余裕の態度だった。


「別に大丈夫じゃぞ? わしの身体は飾りみたいなもんじゃ。水みたいに七変化できると知っておろう。わしの本体は米粒よりも小さく圧縮されておってな、わしでも自分の身体のどの部分にソレが入っておるのか、わからぬほどじゃ。この本体を、何か尖ったもので寸分の狂いなく突き刺されでもしない限り、わしは大丈夫」


 だとか、


「敵の狙いはわしのようじゃからな、わしと居るとおぬしが危険じゃ。わしは妻たちに守ってもらうゆえ、おぬしはさっさとこの場を離れよ」


 とか言って、力を使いすぎて弱っているのに、そんなことを言う。


 (ラック)はきょろきょろと敵を探して、曇りなき眼で周囲を見回していた。見つけられなかった。


 なぜなら、この時、金城は偽装スキルに加えて誤認スキルも使っていたからだ。複合上位スキル、『見通せぬ壁』というものであるという。これを破るには、『曇りなき眼』よりもさらに上のスキルが必要になる。


 きょろきょろし続けるラックとかいうやつの目の前で金城は笑ってみせると、次々に遊女たちを痺れ薬を塗った刃で切りつけていった。これで、遊女の半分が倒れた。とっさの判断で自分から倒れてやられたフリをした遊女も多くいた。


 (ラック)とかいうザコにできるのは、天に祈ったり願ったりすることだけだった。


 客観的に見ると、こんなにも情けない。金城が鼻で笑うのも理解できる。何やってんだ俺は。守ろうと決めた人を、しっかり守ろうともしないで。


 プラムさんは、攻撃方法を拳に変えて、次々に陣形が崩れた遊女を倒していく。最後に残っていた水着姿のアチキさんが、自分から足をもつれさせて倒れ込み、遊女たち全員が横たわる結果となった。誰も死んでおらず、気を失っている者も多数いたけれど、この時、多くの遊女が自分から倒れ込み、反撃のチャンスをうかがっているようだった。


 敵が排除され、無力化されたと判断したプラムさんは、ついに目的を果たそうと歩き出す。


 ついに、オトちゃん以外で立っているのが(ラック)だけになった。俺はステータス画面を表示して、新装備を身に着けた。ようやくパンツ一枚マントという格好をやめて、言うのだ。


「さあ、どっからでもかかってきてくれ、プラムさん!」


 彼女は無言で俺を吹き飛ばした。


「ぐぁッ」


 あまりの威力に俺の身体はオトちゃんからも引きはがされ、石垣に打ち付けられた。


 プラムさんは、オトちゃんを捕まえ、動きを奪った。


 俺は何とか追いすがり、手を伸ばしたが、蹴飛ばされて尻餅をついた。


 それを見て、また金城は笑い、誤認の能力(スキル)だけを外して攻撃態勢に入った。


 接近し、助走をつけていく。動きを奪われたオトちゃんめがけて走っていく。


 俺は情けないことに、


「オトちゃん! 逃げてくれ! 偽装で隠れた男が近づいてる!」


 こんなことしか言えなかった。


 ああ、本当に弱い。ひどい雑魚だ。人生やり直したい。スキルリセットして戦闘スキルを上げた状態であの場所に舞い戻りたい。


「ほう、偽装の暗殺者か。しかしのう、逃げろとか言われても、この娘、なかなかの炎を持っておる。普段ならまだしも、力を使いすぎた今じゃと身動きできぬわ」


 オトちゃんは妙に落ち着いていた。きっと、本体を刺されることなんて、想像もしていなかったのだろう。


 偽装を解かないまま、金城はオトちゃんの目の前で立ち止まり、初めて剣を抜いた。偽装されているので、他の人の目にはわからない。細い刃、大きな針のような剣、先端は尖っている。レイピアというやつだろうか。


 剣を構えた、もろとも刺し殺すつもりだろうか。このままだと、二人一緒に串刺しだ。


「オトちゃん! プラムさん! 避けてください!」


 しかし、二人とも動けない。動けないのに何を言ってるんだと今さらに思う。


 ここから先は見たくない。でも、見なくてはいけないんだと思う。


 この悪夢は、もしかしたら俺に与えられた罰なのかもしれないな。


 夢スキルでも持つ誰かが、救えなかった自分の弱さを見せつけることで、無限の苦しみを与えてくれているのかもしれない。


 そして金城は、マリーノ―ツ人生最後の一撃を繰り出す瞬間、偽装スキルを解いた。


 さらに、今度は別のスキル、『開眼一晴(はれわたるそら)』を起動する。


 これまで見えなかったものが、見えるようになった。


 金城の目は、オトちゃんの透明な身体の中にある本体を確認した。それは豆粒よりも小さくて、米粒よりもさらに小さいかもしれなかった。


 本体に向けて刺突剣(レイピア)を構えた。


 けれど――。


 その瞬間である。まるでその時を待っていたかのように、オトちゃんは指示を出した。


「今じゃ! わしもろとも撃ちぬけ!」


 遊女たちが三人ほど、やられたフリをやめて一斉に立ち上がった。


「かかったでありんす!」


 遊女の一人が言って、さらに続けて、


名誉挽回(めいよばんかい)チャンスだよ!」


 その言葉は、さっき街を燃やしかけたアチキさんに向けられているようだった。


 水着姿のアチキさんは目を見開く。その双眸(そうぼう)は、燃えるように赤く輝いた。そして、金城、オトちゃん、プラムさん、俺、四人をまとめて葬り去る角度に手のひらを向けて、腹の底から声を張った。


「――灼熱巨人炎剣(レーヴァテイン)!」


 アチキさんの手から、一筋(ひとすじ)に力が集中された一撃が発射された。


 金城の背中に、世界すら全て燃やし尽くしかねない炎が、螺旋を描いて回転しながら迫っている。


 構わず剣で刺突を繰り出し、深く深くオトちゃんの水の肉体を侵略していく。


 幼いオトちゃんは尖った金属で刺され、苦悶(くもん)の声をあげる。そこにはもう、余裕の表情はなかった。


 驚き、誤算、後悔、反省。そんな、この夢を見せられている今の俺を代弁するかのような顔だった。


 そう、炎に貫かれて動けなくなる前に、金城はやってのけたのだ。


 ヒトならざる皇帝の(コア)を貫く一撃を、世界(マリーノーツ)を傷つける一撃を、届かせることができたのだ。


 金城は満足げに笑う。炎に貫かれ、内臓を焼かれながら。


 なおも勢いを失わない螺旋の炎がオトちゃんを貫き、プラムさんに迫ったところで、遅すぎる登場の八雲丸さんが救出した。


 もっと早く来てくれていたら……なんて、今更言っても仕方ないし、そんな状況にしてしまった俺が言うべきではないことだ。


 金城を貫いてなお、炎の勢いは止まらない。


 そして、俺に到達する前に、真新しい帽子(ハット)をかぶった女の子が割り込んできた。何も無かったところから急に現れた。まるで、金城が誤認スキルを解いた時のように。


 新しい服だなんて気にすることもなく、カウガールのレヴィアは俺の前に立ちはだかった。両手を広げて、俺を守るように。


 もっと頭のいいやり方があっただろう。俺を突き飛ばすとか、俺を放っておくとか。


 俺は絶対に願ってなかった。レヴィアが俺の身代わりになって貫かれる光景なんて。たとえ俺が死んだって、放っておいてほしかった。


「これは、悪い()()()です」


 そんなことを言いながらレヴィアは暴れる炎を小さな手で掴み取り、胸を貫き焼かれ、横たわる。


 満足げに目を閉じながら、起き上がらない。それどころか、ぴくりとも動かない。


 俺は、自身も貫かれながらも、とめどなく流れる血を見つめながら呆然としていた。


 金城は、ゴハッと赤いものを派手に吐く。


「やった……ざまぁみろ世界……」


 オトちゃんは形状を保てず、漆黒の水玉になった。かと思ったら、次の瞬間には、ぼこぼこと不規則にコブを出し始め、まったく美しくない姿を見せていた。禍々(まがまが)しささえ感じられた。


 金城比(かねしろくらぶ)は血と笑いのなかで命を落とし、魂だけになって北へと飛び去る。遠ざかっていく地上で、オトちゃんだった水の塊は、窪地の真ん中で爆発的に巨大化した。


 飛び立った金城の魂を追いかけるかのように飛び上がったが、すぐに追うのをやめて、ラキア町すべてを水に沈める勢いで、さらに肥大化し続けていた。


 ――暗殺者でオトちゃんを暴走させる。


 これが、オリジンズレガシーの長老、偽のハタアリおじいちゃんの狙いだったのだろうか……。


 ああ、俺も水に飲み込まれて死んだのだろうか。


 だとしたら、もう、どうでもいいや……なんて、一瞬、考えかけてしまったけど、ありえない、そんなの。


 レヴィアはどうなったのだろう。


 俺をかばって貫かれた、大事な人は。


 レヴィア、レヴィア……。




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