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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第八章 水難のまち
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第183話 カネシロの悪夢(8/9)

 レアアイテム入手作戦の失敗を報告しに行った際、金城に向かって老人は言うのだ。


「失敗を取り返す方法は、ただ一つ。それは、この世界を牛耳る悪の皇帝、オトキヨを抹殺(まっさつ)することじゃ」


 もともと金城は、世界を平和にしてしまった大勇者に恨みを抱いている。その大勇者の上に立ち、指示をする立場の神聖皇帝オトキヨ様は、復讐対象になるのだった。完全な逆恨みであるけれど、そう考えるように偽ハタアリおじいちゃんに誘導されていた。


「あやつの本体は、米粒ほどの小さなものじゃ。そのうえ、深く隠され『曇りなき(まなこ)』くらいでは見えぬのでな、もう一つ上位のスキル、『開眼一晴(はれわたるそら)』までを獲得するとよい」


「『開眼一晴(はれわたるそら)』とは……?」


「そのスキルならば、偽装と誤認の複合である『見通せぬ壁』さえも破ることができるからのう」


 金城は頷いた。


「オトキヨは今、フォースバレー宮殿からラキア遊郭に向かったそうじゃ。かの遊郭ならば、侵入の隙も多かろう。見事、討ち取って汚名返上を目指すがよい」


 任務失敗の焦りから、指示に何の疑いも持たないまま襲撃に向かった金城。


 かつて川だったところの上が石で(おお)い隠され、地下暗渠(あんきょ)となっている川。その水路のいくつかは、ラキア遊郭へと繋がっている。


 地下水路の両側に細い通路があり、そのネズミでも湧いてそうな暗い道を遊郭方面に向かって歩いていくと、その途中で、闇に映える桃色ブラウスの女の子の後ろ姿を見つけた。


 プラムさんである。


「ヤクモンったら、また置いていくんだもんなぁ」


 不満げに呟いていた。


 この言葉から察するに、彼女もまた、ラキア遊郭への侵入を試みる途中のようだ。


「今頃、遊郭のオンナと遊んでるのかな……」


 たぶん奴隷丸にさせられてた頃だろう。


 それはともかく、プラムさんを発見した金城はニヤリと笑った。まるで偽ハタアリの笑いが伝染したかのように。


 ――こいつは使える。


 とでも思ったのだろうか。


 偽装で身を隠した金城は、走っていたネズミを拾い上げ、生きたままのそれを投げた。プラム・イーストロードのすぐ近くに落ちて、水が跳ねた。


「え?」


 声をもらしながら振り返ったところには、誰もいなかった。再び前を向いた時、男の手があった。


 頭を掴まれ、眠り薬を染み込ませた布で口と鼻をおさえられた。


 痛みと不安で涙を溜めながら、プラムさんは眠りの世界に落とされてしまった。


「おれの命令に従え」


 再び目を開いた時には意識は深く沈みこみ、うつろな目をしたままゆっくりと、彼女は立ち上がった。


 催眠の呪いを掛けられてしまったのである。


  ★


「暇である」


「ああ、誰も来ねえなぁ……」


 地下水道の出口には、二人の男がいた。両方とも八雲丸の手下であり、ともに服装は和風を感じさせる剣士であった。


 金髪で赤色着物の派手なほうは、地下道の崩れた外壁に寄りかかりながら腕組をしていて、もう片方の地味なほうは、紺色の(はかま)で岩場にあぐらをかき、水路側に向かって座っていた。侵入を防ぐ門番、ということである。


「もし来るとしても、他のところに行くと思われる。我らがいると知って突破しようなどと考える者はいないであろう」


「ちげえねえ、俺たち金等級(ゴールド)の二人を相手にできる勇者など、八雲丸さんくらいだろうよ」


「その通りである」


「だけどなぁ……」


 派手なほうはハァと溜息を吐いて、続けて言う。


「八雲丸さんは、きっと極上の女の子とアソんでるんだろうなぁ……いいなぁ……」


「そうであるな。しかし、気を抜くでないぞ。今回は、ただの警備の仕事ではない。神聖皇帝オトキヨ様の遊郭だからな」


「ああ、もちろんさ」


「安心せよ、退屈ばかりではないようである。どうやら侵入者のようであるぞ」


 と、余裕たっぷりの地味剣士が切れ長の細い目を開いた時、そこにいたのは、見知った顔だった。


「はっ? プラム嬢?」と派手なほう。

「なにゆえプラム様が……」と地味なほう。


 一転して驚きを見せたが、しかし、すぐに違和感をおぼえ、二人に緊張が走る。さすが上級剣士といったところか、彼らの知っているプラムさんではないことに気付き、すぐに剣を抜いた。


「どういうわけだ、こりゃあ」


「奇妙である。何らかのスキルにより、操られているようであるな」


 プラムさんは、小刀を抜いて、両手に持ち、構えた。


 その強く握りしめられた手は、震えていた。


「にげて……」


 プラムさんは、金城の呪いに抵抗を見せた。けれども、


「にげ……て……あああああああああっ!」


 のまれた。


 すっかり光を失った瞳。流れ出す涙。両手からの血が、水路脇の通路に落ちていく。


 二人は、その痛々しい姿を見て、怒りを抱いた。


「こそこそ隠れている不届き者。出てくるのである!」


「許されねえよ、こんなの!」


 しかし、金城は出て行かない。二人の和風剣士の隙をうかがい続けている。


 派手な和風剣士は呟く。


「やべえなぁ、この状況……」


 地味な和風剣士は答える。


「プラム様を傷つけるのは下策(げさく)であるし、さりとてこの場を抜かれるわけにもいかぬ」


 金城は、追い詰められた二人を暗闇のなかから見つめていた。


「プラム嬢! 目をさましてくれ!」


「プラム様! 負けるな、である!」


 刃を交えながら、すっかり声を発することがなくなったプラムさんを、二人は攻撃することができなかった。


 もともと手数の多い攻撃特化型であるプラムさんは、防御力が低い。下手に反撃しようものなら、取り返しのつかない傷を負うことになる恐れがあったのだ。


 悪に堕ちた金城は、そこに勝機を見出したようだ。


 ただ、金城が二人の上級剣士の隙をつくことができれば勝てるとはいっても、すぐさま近づいたところで返り討ちにあうのは目に見えている。プラムさんと戦いながらでも、二人は周囲への警戒を(おこた)っていない。


 偽装や誤認で誤魔化していたとしても、間合いに入った瞬間に斬られるだろう。金城の身体の震えから、そういう心の声は読み取れた。


 そこで、金城が何をしたかというと、まずは隙を生み出すために水路に油を流した。次に、その水の上に火のついたマッチを投げ込んだ。水に浮いた油に火が付き、燃え上がった。このときプラムさんが水路の中にいて、炎に包まれそうになっていた。


 注意がそちらに向いた隙をつき、金城は球体を投げつける。偽装スキルで隠しながら投げたはずなのだが、二人は怪しい物体の接近に気付いた。そして、


「ムッ」


「花火か?」


 と言いながら、二人で剣を振り、球体を四分割にした。


 球体の中から、身体を痺れさせる胞子が飛び散った。二人は地を蹴り、それぞれ壁際に飛び退いたものの、煙を多く吸い込んでしまった。


 水路にいたプラムさんも含め、三人が身体の自由を奪われたところで、ようやく金城は歩み寄り、金髪の赤い着物の剣士に針を刺す。黒髪で紺の着物の剣士にも、針を刺す。神をも殺すような毒針攻撃。


 一人は、「不覚、だぜ」と自分自身に呆れるような口調で、もう一人は、「未熟である」と苦々しい表情で、倒れた。


 そうして敵に致死量の毒を与えてから、プラムさんの麻痺状態を解除した。


 金城は、ついに遊郭のまちに足を踏み入れた。すっかり操り人形と化したプラムさんを(ともな)って。




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