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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第八章 水難のまち
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第182話 カネシロの悪夢(7/9)

 金城にとって、組織に入ることは損ばかりではなかった。それなりに重要なポストを与えられ、人を使うことで戦いの幅を広げることができたし、特殊な禁術も学ぶことができた。


 その禁術とは、催眠の呪いである。


 始めは、その禁術を活かせなかった。命令されるのが、金城の忠誠を試すような簡単なお使いイベントばかりであったからだ。


 そんな下積み生活がしばらく続き、やがて、禁術が役に立つ時がやってきた。


 偽ハタアリおじいさんからの指令は、「ザイデンシュトラーゼン城に保管されている『世界樹の樹液(なみだ)』を手に入れてこい」というものであった。『世界樹の樹液(なみだ)』は、フロッグレイクという地にある巨木から、年に一度だけ採れるとされるかなり貴重な樹液である。


 手始めにザイデンシュトラーゼンへ偵察に行くと、そこは廃墟となって久しい場所だった。その閑散とした街をみて、金城は、楽勝だな、とばかりに鼻で笑っていた。


 ところが、いざ偽装スキルと宝物庫のある建物に入ろうとしたところ、いきなり魔法が飛んできた。地面から流体金属が生み出され、柔らかい金属の板が押し付けられる。(はがね)属性の魔法である。


「おっ、やっぱ何かいる」


 敵の気配を感じ取ったタマサは、高位の魔法使いなのだった。


 そのまま柔らかな金属は金城を包み込み、かたまって動きを奪おうとしたものの、ぎりぎりのところで金属を溶かす液体をかけて脱出した。


「おそろしく勘のいい女がいるな。他のやつから暗殺するか」


 花魁(おいらん)服のタマサに退(しりぞ)けられ、次に向かったのは、胸の大きな女のところである。


「殺気?」


 近づこうとした瞬間に、二本のナイフを抜かれた。アンジュさんもかなりの戦闘力を持っているから、簡単に気付かれ、これも後回しにすることにした。


 女は勘が鋭いからという理由で、標的を変更。比較的弱そうな筋肉の薄い男を毒殺して混乱を招こうとしたが、この男、眠り薬も毒も何もかも効かなかった。何事もなかったかのように無反応である。


 やがて、近くに寄ってきた筋肉質の男が、異常を感じて、「看破!」と叫び、胸の前で手を叩いた。盛り上がった大胸筋が躍動する。激しい音波の振動に偽装も誤認も()がされ、またしても金城は逃げ出した。


「くそっ、厄介なスキルを……至近距離限定だが、妨害系スキルを全て無効化する『看破』もちだと? 武術の達人に特有のスキルとか反則だ……相性が悪すぎる……」


 最後に、植物マニアのシノモリさんを発見した金城だったが、あまり強くなさそうで、逆に不気味に思い、そのまま撤退した。


 標的の『世界樹の樹液(なみだ)』がある宝物庫にすら辿(たど)りつけないまま、作戦の変更を余儀(よぎ)なくされた。


 ここで禁術の登場である。金城は、自分自身は引きこもり、催眠の呪いで操った者に、宝物を取って来させることにしたのである。


 もともと、ザイデンシュトラーゼンには、野蛮な盗賊が住みついていた。せいぜい十数人規模のそいつらはアンジュさん一人に追い払われ、過去に盗んだ宝物を守りながら地下の空洞に暮らしていたのだが、こいつらを丸ごと眠らせた金城は、呪いをかけた。


 金城が身に着けた催眠の呪いは、眠らせた相手に暗示をかけ、操ることのできる術だった。単純な命令ほど効果範囲は大きく、人数が少ないほど強い呪いとなるものだった。


「――おれの命令に従え、力を解放せよ、オリジンズレガシーのハタアリに宝物を献上せよ。いっそう野蛮な盗賊となれ」


 男たちはむくりと起き上がり、目の色を変え、「うおおおお!」と叫びながら、上半身の服を脱ぎ捨てた。自我を失った、夢見る裸賊(らぞく)に成り下がったのである。


 成功したとみるや、金城は、さらに追加で命令を下す。


「あまり目立つことをするな。特に、指名手配されるようなマネは絶対にナシだ。盗賊行為はバレないようにやれ」


 こうして、のちに二千人を抱える大盗賊団となる第一歩を踏み出した。


 盗賊の頭領(かしら)となったわけである。あまり豪快さはなく、頭領っぽくないけどな。


 催眠の呪いによる影響範囲は思いのほか広く、盗賊たちはザイデンシュトラーゼン城だけに飽き足らず、カナノ南を荒らしはじめた。


 目的の宝物があるザイデンシュトラーゼンに人を近づけなくさせるには好都合だった。そこが危険な土地になるのなら、人が寄り付かなくなるからだ。


 こうして、仲間割れも(いと)わない狂戦士どもが、野に放たれたのである。


 金城は、さらに新たな盗賊たちも多く生み出した。主に、カナノ地区の塀の外側で暮らしていた農民を眠らせて連れてきて、裸賊化させまくった。


 ――誘拐、神隠し、なぜ屈強な若い男ばかり。


 村は混乱した。若い男の多くが誘拐を恐れて外に出なくなった。


 ここで働き手を失った農村は、収穫の効率が壊滅的に下がり、飢えに苦しむことになる。訴えを受けて、飢えを何とかしようと政府が鳥に送らせた食糧は、金城の手下が横から奪い取り、盗賊を養うためのものになった。


 盗賊たちが「ハタアリ様のために」と正直に叫んで強奪したと聞いた時には少し焦った。どうやら、同時に催眠スキルを多く使うと、操られてる者たちの知的レベルもだんだんと下がり、嘘もつけなくなるし、複雑な思考もできなくなるようだ。


 しかし、裸賊たちの発言によって、金城の悪事が明るみになることはなかった。そこは村人たちが「カナノ支配者の、大勇者のハタアリってこと?」と勘違いしたのだ。


 これは、偽ハタアリさんに褒められる出来事だった。何せ、本物のハタアリに濡れ衣を着せた上で、盗賊たちの食糧確保までやってのけたのだから。


 この一連の行動が何を生み出したのかというと、ティーアさん率いる賊軍である。


 カナノ地区を支配する本物のハタアリに恨みを持つ人々が生まれた。逆恨みされて、短気なセイクリッドさんは頭にきて排除のために「来れるもんなら正面から来てみな」とばかりに、門を開けて待ち構えていたというわけだ。


 どれだけ俺を苦しめる原因を作ってるんだろうな、この男は。


 さらに金城は、盗賊たちに武器を揃えてやるために資金が必要になった時、なんと賊軍の飢餓(きが)を救うために必死に食糧を求めているラックとかいう人間に、石ころを詰めた袋を偽装して送りつけるなんてことがあった。


 食べ物が入っているはずの袋を検査にかけて開いた時、俺がどれだけ落胆したか、思い知らせてやりたいところである。


  ★


 裸賊たちの数は増えたが、なかなかザイデンシュトラーゼンを攻め落とすことができなかった。


 理由は単純、戦力不足。千人を遥かに超える筋骨隆々の男たちをもってしても、アンジュさんたち五人を倒すことはできなかった。総合筋肉量では圧倒していても、レベル差が開きすぎていた。


 催眠の呪いでの戦闘力は、あくまで操られている者の資質の範疇(はんちゅう)でしか変動しない。能力を引き出したからといって、全ての人間が規格外に強くなるような術ではないのだ。


 アンジュさんは大魔王を倒したパーティの一員であるし、他の面々もかなりの戦闘力を持っている。一見、弱そうに見えるシノモリさんでさえ、元農夫の山賊だったら三人か四人くらい、ひとひねりするくらいの力を持っているようである。


 事実、シノモリさんに襲い掛かった裸賊たちが横たわっている光景を、この夢でも見ることができた。


 ここまでの強さは金城にとって誤算だった。


 もっと誤算だったのは、ザイデンシュトラーゼン宝物庫に、ラックという人物が入って来て、あれよあれよという間に解呪の香なんぞを使って呪いを全て解いてしまったことだ。


 煙を浴びた裸賊たちは、しばらく呪いの類は効かない状態になった。


 金城の催眠も呪いの一種だったため、操っていた賊たちが一人残らず正気に戻った。裸賊時代の記憶が残ったまま、誰かに操られていたことを思い出した。


 そこで、まずいと思った金城は急いで裸賊のアジト脱出したのだった。


「あのザコ男が、どれだけおれの邪魔をするんだ」


 ザコ男とはラック()のことなんだろうが、こっちの台詞なんだよなあ。


 それでも諦め切れない金城は、緊張感の緩んだザイデンシュトラーゼンへの侵入に成功したものの、アンジュさんがスキルリセットアイテム『世界樹の樹液(なみだ)』を消費して調律守護者アンジュにジョブチェンジしたことを知ると、ようやく諦めて撤退した。


 金城の目的は、このスキルリセットアイテムの奪取だったからである。




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