第18話 三つ編み裁判(2/4)
こんなに一方的に責められるのは全くもって腑に落ちないけども、何はともあれホクキオの制度には死刑がないという事実には安心した。安心したところで、この俺が巻き込まれたクソみたいな事件を、ちょっと整理してみる。
まずベスさんの牧場で飼っていたモコモコヤギ一頭がいなくなった。俺は、そのモコモコヤギを食べてしまったという。ところが俺には、ある年上の女に「野生のモコモコヤギの肉」を食わされた記憶はあっても、飼育されているモコモコヤギとされるものを食べたおぼえがなかった。
そんでもって、俺の名を騙って自警団を挑発する犯行声明文の看板が置かれていて、その白い看板の周囲には俺の財布が落ちていたという。財布の中には身分証明書となる学生証などのカードが入っていた。ホクキオ自警団が俺の名前を耳にしただけで逮捕に至ったのは、そういうワケだったらしい。
はて、嘘をついたのは誰なのだろうか。
「モコモコヤギの肉……か……」と俺は呟いた。
謎が解けてきたかもしれない。いや、最初から薄々そうなんじゃないかと思っていた。ただ、俺はこの期に及んであの山賊おねえさんを信じたくて、あえて推理しないようにしていたのだ。
ああ、そうだ。俺はモコモコヤギを食ったさ。アンジュさんに眠らされる直前に、味わい深い肉塊を食ってやったさ。「野生のモコモコヤギだ」と紹介されて、大した疑問も持たず、興味のおもむくまま、「とりあえず食ってみよう」ってナイフで切ってフォークで刺して口に運んださ。確かにうまかったさ。
でもこれって俺のせいか?
アンジュさんが俺の好きな人に似ていたのが悪かったんじゃないの。悪いのはアンジュさんだよ。
白い甲冑は、俺の肩に手を置き、耳元で囁く。
「これでわかったろう。すでに正義の審判は始まっていたのだ。言い逃れなどできぬぞ。……とはいえ、今ならまだ間に合う。正直に全ての罪を告白すれば、きっと寛大なご処置が下されるだろう」
「でも……俺は何も悪いことなんて……」
「ふざけるな!」甲冑が吼えた。「食ったんだろう! 正直に言え!」
「俺は悪くないっ……です!」
「ふっ」甲冑は息を漏らし、続けて、「実を言うと、私にも捜査官としてのスキルがあってね。申し遅れたが、私は誇り高きホクキオ自警団において食料盗難事件を専門にしている捜査官なのだ。シラベール家の四男で、名前はクテシマタ・シラベールという。人の食べたものを最長で七十五日前まで遡って調べることができる。食われたものが固有の名前を持っていた場合、その名前までハッキリと見えるんだ」
そして甲冑は、籠手を外して素手を見せた。俺の鎖で縛られた手の下に、ごつい手を滑り込ませ、俺の腹をサッとひと撫で。
「最近食べたものは……パスタ、パスタ、パスタパスタパスタ。どんだけパスタが好きなんだ貴様は」
的中してた。本当に食べたものがわかるらしい。そういう捜査のためのスキルもあるのか。
ただ、パスタ好きのレッテルに関しては必ずしも俺の好みじゃなくて、まなかさんがそれしか出してくれなかっただけだ。
そして、またしばらくパスタパスタ連呼した後に、甲冑は言うのだ。
「むむっ、これは……。おいオリハラクオン、『ホクキオ産モコモコヤギの背中肉ステーキ――じっくり煮込んだ山賊風野性味ソースをたっぷりと。健康安眠ドリンクを添えて』という料理に心当たりはないか?」
あるねー。すごいあるねー。
俺は黙り込んだ。やはり、アンジュさんがやったんだ。
さらに追い打ちをかけるように、ベスさんが語りだす。
「何よりさ、ウチは目撃したんだよ。他の子のミルク絞りを終えて一度わが家に帰ろうとした時に、この人が山賊のような服を着て、看板をたてにくるのを見た。あと看板に文字を書いているのも見た。すごーく遠くからだったけど、絶対この人だ」
何を根拠に言ってるんだろう。遠くからみただけなら、俺かどうか判断できないではないか。
「そんでもって、ウチが慌てて柵の中に戻ったとき、しばらく前から、モコモコヤギのモモちゃんがいなくなってたことに気付いたの。必死に呼びかけて探したよ。『モモちゃーん、どこー、返事してー』ってね。危険だっていう峠のほうにだって探しに行った。一度だけ、遠くでモモちゃんが返事する声がきこえた直後に、苦しげな鳴き声がきこえて……きっとその時に……うぅっ……」
ベスさんは、また泣いた。
可哀想だ。家畜ってのは家族みたいなものだろう。悪いやつに突然、その家族を奪われたのだから、その悲しみと怒りは当然だ。
だけどね、それを俺に向けるのは絶対に間違っているよ。なぜなら俺は何も悪いことをしていないからだ。
悪いのはモコモコヤギのモモちゃんを連れ去った人間。それから看板を立てた人間。そして俺から財布とか服とかを奪い取った人間だ。
たぶん、全部、同じ人。
――山賊アンジュ。
一児の母でありながら異世界で冒険者になり、運命の魔王を横取りされたことに絶望し、犯罪に手を染めるようになってしまった年上の女だ。
意を決して、俺は言う。本当はこんなこと言いたくはない。アンジュさんは俺の好きな人に似ているから、悪い人にはしたくない。だけど、さすがに全てが俺のせいになるのは許されない。
だから俺は、真実を告げる。
「あの、二人ともきいてください。俺は真犯人を知っています」
甲冑は「言ってみろ」と言い、ベスさんは「ウソだ」と攻撃的に返してきた。
「俺は何もやってなくてですね、やったのは全部アンジュさんなんです」
ついに名前を出してしまった。これで彼女は本格的に指名手配されてしまうことになるかもしれない。せっかく再び希望の旅に出たのに、そのせいで不幸になるかもしれない。
けれどもこの際だ、俺の未来のために、是非とも捕まって罪を償ってほしいと思う。
ところがどうだ。またしても思い通りにいかない。
「オリハラクオン。お前はアンジュという女に命令して裏で糸を引いていたと、そういうことだな?」
えええぇ?
「あ、ウチ知ってるよ。アンジュって、峠に住み着いている山賊女じゃん? 転生者狩りとかで有名な悪党でしょ」
「ああそうだな。しかも貴様は今、『アンジュさん』と呼んだ。ただの『アンジュ』ではなく『アンジュさん』と、さん付けで呼んだ。悪党に敬称をつけて呼んだということは、仲良しだということだ。貴様は裏でアンジュと結託して重大犯罪を繰り返し、何食わぬ顔でホクキオに足を踏み入れようとした。しかも、強盗で奪い去った金貨を抱えて……」
いや嘘でしょう。こんな反応は予想していなかった。全部俺のせいになっていく。
「その罪! あまりにも重い!」
甲冑男は、籠手をしていない方の手で指差してくる。
年上の女ベスも俺を指差して言う。
「もしかして、この人、山賊アンジュの蠱惑的なボディに魅了されちゃったんじゃない?」
「そんな……そんなこと……」
「そんなことないって言うなら」ベスさんは自分の三つ編みを撫でながら、「あなたは山賊アンジュに一切の好意を持っていないと誓える?」
「誓えます! もう憎しみに似た感情しか持てない!」
しかし、ベスさんは三つ編みを撫で、嘘を見破るスキル『正義』が発動した。嘘の発言をすると三つ編みがほどけるわけなのだが、信じられないことに、ほどけた。
「はい山賊の仲間確定~」
「嘘でしょ?」
自分に絶望したい。この期に及んで、まだ俺はアンジュさんへの好意を抱いているというのか。
「決まりだな」と甲冑は頷いた。「貴様は山賊アンジュの仲間として、我々ホクキオの民に喧嘩を売ったのだ」
ベスさんは三つ編みを復活させて、「ギルティ! ギルティ! ギルティ!」と叫びながら、三回、拳を天に突き上げる。
「なんでだぁー!」