第179話 カネシロの悪夢(4/9)
数年して、丸めがねのおじいちゃんが亡くなった。金城は、古道具屋の奥のベッドで遺言を聞いた。
「金城比くん、本当は、君に店を任せたかったけれど、君の能力は、古道具屋の器からあふれてしまうものだ。私の代で店はたたむ。今まで窮屈だったと思うが、よくやってくれた。転生者である君には、ここで学んだことを武器に、マリーノーツの魔王と戦っていってほしい。君なりのやり方で」
目を閉じて言葉を紡いだかと思ったら、安らかに息を引き取った。
「そんな」
一人、残された金城は呆然とするしかなかった。
おじいさんの親戚を名乗る人間が一時的に店を引き継ぎ、貴重なものだけを選んで持ち去り、半ば慈善事業のようにして貧乏な人から買い取っていたゴミだけが残った。
そこに古本がなくなって、週に一度は顔を見せていたアオイさんも来なくなり、さらに、おじいさんの親戚を名乗る人がやってきて、店を任されたと言ってきた。
前に来た親戚とは別の人たちであり、後から来た方が本当の親戚だった。
親戚のふりをして店の貴重なものを持ち去った犯罪集団がいて、何故気付かなかったんだ、と本物の親戚たちから責められ、損害を補填するよう求められ、すみませんと頭を下げた。
――モノの偽装は見抜けても、人の嘘は見抜けない。
なんて役立たずな能力だと金城は打ちひしがれた。
どうにかして責任を果たさねばならないという焦りが読み取れた。この体験が、一種の呪いのようになり、金城の心の中にドロドロと広がっていくのが見えるようだった。
★
訴えられた。裁判があった。負けた。借金生活だ。
多くの負債を抱え込み、ギルドにも所属できず、トンネルから抜け出せない日々が続いた。
いっそ遠くへ行ってやろう、世界の果てを見てやろうと思った。
ホクキオ西に漫々と広がる果てなどなさそうな海では海流が出航を拒み。東の迫ってくるような急峻な山脈に跳ね返され、南の荒れ地では盗賊にあい、北の森に不法侵入した際には門番エルフの弓矢攻撃を受けた。
色々な場所で、散々な目に遭った。
落ち込みながら彷徨っているうちに相当なレベルになっていて、戦闘スキルも少しだけあったから、逃げ回りながらもなんとか世界中を一人で旅できた。
色々な場所で、偽装された醜い世界を見た。
なかには、山奥の村で、魔物が人間のふりをして暮らす家すらあった。目が菱形に四つ並んだ異形の獣型モンスター。口には長い牙をもっている。まるで熊のような巨大モンスターで、直立した時には二メートルはあると言われる。大きいものは、十メートル級のサイズになることもあるとのことだ。
図鑑で見た記憶だと、あまりに獰猛であり、遭遇したら逃げることを推奨されていた。
そんな怪物が、おそるおそる、勇気を振り絞ったような声をかけてきたのだ。
「あなた、見える人ですね」
「ッ!」
金城は護身用のナイフを抜いて身構えた。振り返ると、樹木の幹のかげから現れた四ツ目で翼の生えた二体の熊モンスターが、寄り添い合いながらこちらを見ていた。
「落ち着いてください。我々は人間に危害を加えません」
紅い偽装の光をまとった彼らは、人間の言葉を話していた。
「我々の家に、来ませんか?」
すっかり疑り深くなった金城は、騙されることを警戒していたが、それでも好奇心が勝ったようで、魔物の誘いに乗り、偽装モンスターハウスに行ってみることにした。
賑やかだった。たくさんの魔族の子供たちがいた。夕食を振舞われた。
礼儀正しく挨拶なんかしてきて、人間と同じものを食べ、人間と同じ言葉を話していた。
むしろ人間よりも人間らしいような印象さえ受けた。
食事を終え、子供たちを寝かしつけた後で、ふたりの魔物は、かわるがわる、金城に向けて言うのだ。獣らしからぬ、とても丁寧な口調で。
「実は、我々と同じように、人間に溶け込みたいと考えている魔族が多くいます。幸いに我々の一族はスキルに恵まれましたので、夢がかないましたが……」
「この世界では、偽装の力と引き換えに人間に危害を加える力が大幅に落ちてくれるのです。誤認の力も組み合わせることができれば、きっと誰にも気づかれることなく暮らしていけるでしょう」
「誤認?」と金城。
獣の一人が頷いた。
「ええ、誤認スキルです。他者の認識をずらす能力ですから、あなたの『曇りなき眼』にさえ見つかりません。ただ、それすら見抜くスキルも存在します。それ以上の偽装と誤認のスキルもあるそうなのですが、とてもじゃないですが、我らのごとき凡庸なモンスターには習得不可能なスキルでして……」
もう一人の獣も張り合うように、
「伝説によると、偽装と誤認の両スキルを極めつくした者は、人間になれると言われています。我々にとって人間とは、高い知性を持ち、話しあい、寄り添いあい、幸福を求めあう存在です。ですから……人間になれる……それが実は優しい嘘であっても、我々は人間の姿を真似たいと心から願うのです」
「偽装が見えてしまうならば、あなたの瞳には我々のような者も多く見えてしまうことでしょう。けれども、我々はみな、人間になり、生きていく道を選んだのです。何より、あなたのように本当の我々が見えている人間に、我々は許されたいのです」
「そして常に証明していきたい。我々もまた、人間たりえるということを」
二人の熱弁に、金城はイエスともノーとも言わなかった。
このことは、金城にとって印象的な出来事だったので、強烈に記憶に刻まれたようである。しかし、このこと以外は、それなりの苦労を伴っただけの平凡な旅だった。
金城自身が世界の果てと思える場所には、ついに辿り着けなかった。
★
金城のステータスの振り方は、俺と違ってそれなりのバランスを保っていたので、旅によってある程度の財産を手に入れることができた。俺のように一目散に逃げるだけではなくて、魔物退治などもしていたというわけである。
金城は、旅で集めた金銭を使って、カナノ地区の南側に小さな家を借り、そこを拠点として生きることに決めた。
ネオジュークギルドにでも所属して、旅で得たそれなりに珍しいであろう品々や、アイテムを獲得できる場所の情報などを手土産に、最大規模をもつ第三商会にでも雇ってもらおうと計画していた。
大商会であれば、業務内容もある程度自動化されていて、自分ならそれなりの駒や歯車になれると想像していたようである。
まずは、自分が持っている選びに選び抜いた逸品たちを持って、第三商会のテントに向かった。
「これくらいあれば、いけるよな」
仲間もいない一人旅は、まるで傷心旅行のようなものであり、さほど胸躍る旅ではなかったけれど、自分なりに見聞を広めたと思っていた。
しかし――。
第三商会は、独立した優秀な商人たちの集合体であり、金城がイメージしていたような現代的大企業ではなかった。商人一人ひとりがプライドと責任をもって商品を取り扱う組織であり、要するにそこは、商人ギルドだったわけである。
「これをどこで手に入れたのかね?」
そんな面接官の問いに、金城は丁寧に回答した。どこで手に入れたのか、手に入れた場所にはどうやって行けばいいのか、どういう効果があるのか、などなど詳細に語った。自分の持ってきた商品についての知識を一から十まで披露した。
金城は、あまりにも真面目過ぎ、そして世間知らずだった。少なくとも、大商会でやっていくには、まったく注意不足だった。
重要な情報と、そうでない情報の線引きができていなかった。苦労して得た情報を与えるだけ与えて、見返りを求めることをしなかった。それを経験不足と判断した面接官は、「他をあたってくれ」という結論を伝えた。
金城は、面接に落ちた理由もわからないほど自分が見えていなかった。
心を壊しに来るような、悲しい出来事が多すぎたのだ。
やがて第三商会から、面接で情報を教えたいくつかの商品が大量に販売された。自分には一銭も入ってこなかった。
「なんだこれ……」
情報を奪われるだけ奪われて、情報提供料も払われずに、ギルド共有の財産にされてしまった。
第三商会としては、落ちていた情報を拾った、というような感覚なのである。
――人間は汚い。穢れている。
――本当に、魔物のほうが、人間よりも人間らしい。
金城は人間という生き物に対して不信感を募らせていった。
「もう絶対に騙されてなるものか」