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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第八章 水難のまち
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第178話 カネシロの悪夢(3/9)

 さて、年単位の長い年月をかけ、苦労して得た鑑定スキルの限界突破の条件、ラストエリクサー(きわみ)。それを手に入れて、限界突破を果たした金城は、ようやく検査スキルを身に着けたのだった。


 軌道に乗ってきた『鑑定屋』の仕事に追加して、『検査屋』でも開始しようかと思っていたのだが、しかし、ほどなくして、のちに『ケツむしり』と呼ばれる悪魔的な存在が彼の前にあらわれてしまった。


「きみ、たしか、古道具屋にいた……」


 金城は、その長い髪の美しい女性のことを、よくおぼえていた。なにせ、古道具屋で働いていた時の最初のお客様にして、長々と書物の話を繰り広げた聖典研究者である。


「あ、お客さんの……」


「アオイといいます。普段はサガヤ地区からカナノ地区の担当なのですが、今、ネオジュークに出張に来ておりまして」


「そうですか」


「ところで、金城比(かねしろくらぶ)さん」


「え、なぜおれの名前を」


 金城はドキっと胸を弾ませた。自分の事を気にしてくれている人が嬉しかったというのもあるけれど、やまとなでしこ風の黒髪で、笑顔の可愛らしい年上の女性に対し、何より興味と好意を抱いたはずである。


 しかし、この直後、この男は天国へのハシゴを外され、見事に奈落の底へ叩き落されることになる。


「あなたに、その……脱税の疑いが掛かっています」


「は?」


「継続的に規模の大きな商売をする場合、ギルドに登録していただかないといけません」


「き……聞いてない、そんなの」


「調査しました結果、支払い総額は……」


 告げられたのは、とても払えるような金額ではなかった。


「支払いは、ハーツでもいいですし、ナミー金貨でも取り扱います。価値のあるものでしたら現物でも……あの、えっと……大丈夫ですか? すみません、仕事なものですから……申し訳ありませんが、所持品を確認させていただいても……」


 こうして、高値で手に入れた『ラストエリクサー・極』も買い叩かれ、ケツむしりとしての本領を発揮したアオイさんは、アイテムも普段着ている服に至るまで差し押さえた。


 結局、アンジュさんの山賊被害直後に身に着けていたもの以外は全て取り上げられ、それでも借金が残りそうだった。


 金城はうなだれていたが、取り上げたものを物色していたアオイさんは、ふと手を止め、一枚の紙片をまじまじと見つめだした。


「金城さん、これ、もしかして原典(ホリーノーツ)の一部かもしれない」


 アオイさんは、急に明るい声色になった。聖典マリーノーツは、原典ホリーノーツを焼き直して上書きしたものであると考えているため、アオイさんは、おおもととなった原典の存在を感じると、すごくテンションが上がる人なのである。


「マリーノーツと同じ言い回しに、付け加えて、『いつか必ず滅びは来る。その時のために、(はす)の秘密を分かち合い、足並みを揃え、清く正しく生きましょう』みたいな言葉が入ってる。聖典マリーノーツでは削除された箇所かも」


「そうなんですか……」


「これ、仕事とは関係なく、高値で買い取らせてもらっていい?」


「いや、もう好きにしてください。どうせ借金に変わりないんでしょうから……ハハッ……」


「これね、すごく資料的価値の高いものだから……それで借金に足突っ込まずに済むはず」


「え? 本当に?」


「でも条件がある。これを、どこで手に入れたか、教えて」


 金城は戸惑いながらも頷いた。


「それは、高級財布に偽装されていたものです。偽装した高級財布を売りさばいてるやつらがいて、絶対に関わりたくないっていうか、近づきたくないんですけど……」


「おそろしい所ね、ネオジューク」


「ええ、本当に……」


 この頃、金城は、覚えたての検査スキルを試そうとして、ネオジュークのいろいろなものを検査にかけるうちに、偽装されている品物がやたら多いことに気付いてしまった。


 その結果、金城はひとり「こわっ、この世界、こわあっ」と呟く羽目になったようだ。


 とてもよくわかる。本当にこわい。自分自身が本物かどうかもわからなくなって、足元がぐらつく感覚を味わってしまうことになる。より強く孤独を感じてしまうものなのだ。


「それでは、金城さん。ああいう商売をするなら、いずれかのギルドに加入したほうがいいと思います」


 そうしてアオイさんが去って行った。


 おそらく、この体験が原因となったのだろう。金城はアオイさんのいるサウスサガヤ市街に戻り、はじめて働いた古道具屋に再び頭を下げた。丸めがねおじいちゃんに叱られながら、復帰を果たしたわけだ。


 検査スキルが二度目の採用の決め手であった。


 偽装を見抜くスキルというのは、中古商品全般を扱う古道具屋にとっては重要なものである。ものの値段は分からなくともそれが偽物かどうかを判断できることは大きな強みだ。


 その便利スキルを身に着けてはじめてわかったこともある。検査や鑑定スキルを持たずに真贋(しんがん)を見極める境地に至った古道具屋のおじいちゃんが、本当にスゴイってことだ。


  ★


 そこからずっと、古道具屋の仕事を続けていた金城だったが、日々の鑑定検査によってレベルを上げ、検査スキルを上限突破した。


 つまり、俺と同じ、『曇りなき眼』を身に着けてしまった。


 途端に、状況が一変する。


 古道具屋にとって、ものの真贋だけが重要なのではない。偽装された品物にも価値を認めねばならないからだ。


 たとえば、偽装された高級バッグや絵画があったとして、そのデザインが他のどこにもない優れた逸品であったとしたら、その偽装されたものは高値で取引されることがある。つまり、偽装スキルは表現を形にする時の一つの方法にもなるのである。


 曇りなき眼などを持ってしまうと、そうした偽装の彫刻刀や偽装の絵の具を使った芸術表現に価値を見出すことができなくなるため、商売をする上ではデメリットがかなり大きい。


 顧客との目の違い、価値観の違いが生まれてしまう。


 偽装を見破るという意味で非常に便利なスキルではあるものの、小規模な古道具屋にとっては、仕事の幅を狭めてしまう諸刃(もろは)の剣なのであった。


 それでも、古道具屋の仕事をだんだんと任されるようになった金城は、ある日のこと、「美術品の真贋をたしかめたい」という没落貴族の屋敷に呼ばれ、出張鑑定をしに出掛けた。


 その過程で、俺と同じものが見えてしまった。


「あれは、何だろう」


 街道の坂の上から、ネオジューク西にある双子の塔が、紅い光を放ってそこにあった。他の人からは、ネオジュークピラミッドの内壁、つまり何もない空の絵が見えているはずなのに。


 ただ、俺と違うのは、その場所が気にはなったものの、行ってみたりはしなかったことである。


「もしかしたら、偽装集団のアジトかもしれない」


 ずばり当たっていた。男のくせに、勘のいいやつ。


 さて、『曇りなき眼』の便利な能力は、もう一つある。それは、触れたものの偽装を触れている間だけ解除するというもの。手を離せば再び偽装された状態に戻るという機能だ。


 検査スキルにかけてしまうと、二度と同じ偽装はかけられないが、この能力を使えば、偽装された状態に戻すことができる。


 これは、偽物を偽物であると暴く時に最高の威力を発揮した。手を触れている時と、手を触れていない時を見比べることができるからだ。


 本当に偽物なのか、と疑ってくる相手に、何度も触ったり離したりを繰り返してみせれば、嫌でも納得せざるを得ない。この日の没落貴族相手の仕事も、まさにその能力が活躍した。


 本物と偽物の間を行き来したアイテムを見て、ひげを伸ばした男性は、「まさか偽物とは……」と頭を抱えた。


 そこにカツカツとヒールを鳴らして歩み寄った奥さんが旦那さんを引っぱたき、


「あなた! 誰に掴まされたの!」


 そんな風に、怒った奥さんをなだめるほうが大変な仕事だった。


 金城の任される仕事は、古道具屋のためのものは(ほとん)どなくなり、真贋(しんがん)を見極める方に重点が置かれたものとなっていった。




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