表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第八章 水難のまち
177/334

第177話 カネシロの悪夢(2/9)

 草原を走る石畳の街道の上、服と地図だけは持ったまま、金城(かねしろ)は呆然と座り込んでいた。


 まるで過去の俺を見ているようだ。しかし、俺の時と違うのは、パンツ一枚じゃなかったことと、そこに冒険者まなかが現れなかったことだ。


 やがて金城は歩き出し、肩を落としたままサウスサガヤの街に着いた。ギルドに登録しようとしたものの、登録料がかかると知り、一文無しの金城はモブ狩りで金を稼ごうとする。


 けれども、ホクキオの(エネミー)とは違い、ウサギたちは素早い。金城は翻弄され、天を仰いだ。素早さにスキルポイントを振っておくんだったとでも思ったのだろう。気持ちは痛いほどわかる。あのスピードのザコ敵は心折れそうになるよな。


 なんとか登録費を稼ぐ方法がないものかと考えた結果、金城の選択は、小銭稼ぎのアルバイトであった。


 この世界の売り物を知っておくという目的もあったのだろう。あらゆる商品を扱う雑貨屋で、丸めがねをかけた優しげなおじいさんに、「働かせてください」と頭を下げた。


 服、薬、竹細工、謎の仮面、古い書物、骨董品。さまざまな商品を扱う古道具屋で、現実世界でいうところの、リサイクルショップみたいなところだった。


 業務内容は買い取りと接客だったが、しばらくの間は接客のみに配置するということで、商品の仕入れなどは丸めがねが担当した。業務中はいつも暇で、お客は少なかった。


「あら、新人さんかな?」


 髪の長い女の人が初めての客だった。


「これをもらえるかしら」


 そう言って差し出したのは、『聖典マリーノーツ』という本が二種類。どちらも同じ本に見えた。


「あの……これ、どっちも同じ本ですけど、大丈夫ですか?」


「え? あぁ、保存用とか布教用とかではなくて……これをよく見て。奥付(おくづけ)の部分。どっちも初版って書いてあるけど、ここ、行の間隔がだいぶ違うでしょう? それと、この紙質の違い。あと、(あたま)に金箔が塗られてる分、こっちのほうが高級感あるでしょう? さて、どっちが本物だと思う?」


 ギルドの鑑定官アオイさんだった。


「残念、どっちも偽物の海賊版でした。初版の価値が高いもんだから、昔のいろんな書院がこぞって初版だって言い張って出したのよね」


 聖典を研究しているアオイさんは、仕事が休みの日には古本を扱う店をめぐって聖典関連の本を探しては買い取る習性があるのだった。


 ゆえに彼女の家は、古書だらけのホコリまみれで、とても汚い。


 彼女はひとしきり金城に理解できない書物の話をぶちかました後、満足げに帰っていった。


 わずか一週間後、給料をもらった金城は、あっさり仕事を辞めた。「最近の若者はなんたらかんたら」という紋切型(もんきりがた)で当然の非難を浴びた後、ギルドに向かった。


 冒険者ギルドに登録しようとした金城だったが、「仕事をいきなり辞めた」という悪評が広まっていたために登録審査に落ちてしまった。どうやらあの古道具屋の店主は、それなりに顔が広い人間だったらしい。


「そんなことってあるのかよ……」


 意気消沈して呟いた金城だった。


 それにしても、この金城って男は誰なのだろうか。なぜ俺はこの男のマリーノーツ人生を夢に見ているのだろう。


 今のところ理由は不明だけれど、少し俺と似ているところがあるなと思う。


 もっとも、俺だったら始めたばかりの仕事をすぐに辞める度胸なんて無いけどもな。


 サウスサガヤギルドでの信用を失った金城は、今度はさらに東へ向かった。そして、黒いピラミッド、ネオジュークギルドまで自力で辿り着いたものの、その頃には溜めたお金も底を尽きかけていた。


 そこに声を掛けてきたのは、黒いスーツ風の服に身を包んだサングラスの男だった。


「オニイチャン、金に困ってんのかい?」


「あなたは?」


 俺は、この男に見覚えがあった。そいつは、偽のハタアリさんの部下である。財布に偽装したナイフを舐めていたことから、俺が勝手に「財布なめ」と呼んでいる男だ。


 こいつが出てきたってことは、もう悪事のにおいしかしない。


「自分、高級財布を売っているんだが、どうも自分は他人から信用されない姿をしているらしくてな、よかったらちょっくら手伝ってくれんか」


 金城は断らなかった。


「よっしゃ、決まりだ。これは前払いだぜ」


 前払いで一万ハーツ紙幣。金持ちそうな人間に声をかけ、ネオジュークの路地裏まで連れて行く簡単な仕事をするだけで、五万ものハーツ紙幣がもらえた。


「お前、センスあるなぁ。じゃあ、高級財布を売りさばけたら、もっと多くの報酬をくれてやるから、やってみるか?」


 財布なめから、高級財布と言われて渡された五つの財布。


「……売るか」


 ねずみ講――つまりグレーに限りなく近いマルチ商法というもの――の気配を感じ取ったのだろう、財布を別のところに売り払い、ネオジュークという恐ろしい街を去って、もう一度サウスサガヤ近郊で働いて、地道に金を稼いでから出直そうと考えたようだ。


 ところが、財布たちを売っぱらって路銀(たびのしきん)を得ようとしたところ、ネオジューク最大規模を誇る第三商会の鑑定士から言われたのだ。


「この財布、全部偽物ですけど、どこで掴まされたんです?」


 財布なめは、偽装によって真実の姿を捻じ曲げていたのである。財布だと思っていたものの正体は古い書籍の切れ端である。


 ただの紙片(ゴミ)を、高級感あふれるものに見せつけていたというわけだ。


「この世界、おそろしいな……」


 同意する。この世界は本当におそろしい。


 このように、偽装した品物を、偽ハタアリおじいちゃんの組織が大々的に売りさばいていたのだとしたら、偽ハタアリさんが俺を狙ってくるのも理解できる。理解はできても、決して賛同はできないけどもな。


 あのオリジンズレガシーとかいう組織は一刻も早く滅ぶべきだ。


 さて、金城は大規模偽装組織の存在を知り、偽装に騙されないためには、どうしたらいいのか、考えた。


 色々と調べて、そして、俺がよく知っている方法に行き着いた。検査スキルである。


 検査スキルを身に着けるには、鑑定スキルを限界突破しなければならない。そのためには、『ラストエリクサー極』を手に入れた上で、気の遠くなるような鑑定回数をこなさねばならない。


 そこで金城は、レアアイテムの購入資金とスキルアップ資金を稼ぐため、路上で『鑑定屋』という商売を立ち上げた。転生者を相手に、『鑑定アイテム』と名の付くものを使えるようにする仕事である。


 こつこつと働いた。そして、ネオジューク第三商会で『ラストエリクサー・(きわみ)』を手に入れ、念願の限界突破を果たし、検査スキルを身に着けた。


 まだ暴落していなかった頃のラスエリで、しかも(きわみ)がついているものとなると、かなりの金銭が必要になってくる。


 数年間ほとんど毎日、同じ路地裏で鑑定屋を開き、何人ものお得意様を獲得した金城の努力と忍耐は、なんだかんだで幸運に恵まれた俺の鑑定生活なんかよりも、ずっと賞賛されるべきであろう。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ