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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第八章 水難のまち
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第175話 ラキア遊郭(7/7)

 プラム・イーストロード。


 いつぞや闘技場で出会った軽やかな二刀剣士が、どうして遊郭を襲うんだ。


 不可解だ。まさか、八雲丸さんが遊郭で女遊びをしていると勘違いして、嫉妬に狂ってバーサーカーになってしまったわけではあるまい。そうだとしたら、もっと怒りのオーラを全面に押し出すはずだ。


 今のプラムさんは、どこか虚ろな目をしているように見える。以前の元気さはどこへやら、目には光すらない。


 これは、もしや……操られているのだろうか。


 考えてみると、精密に操作されているような動きではない感じがした。おそらくこれは、何らかの方法で自我を奪い、目的を与えて動かすスキル……とかそんなところだろう。オトちゃんを捕まえたり、亡きものにしたりすることが目標なのだろうか。


「…………」


 桃色のブラウスは、一言も発することなく、足音も立てず、ものすごいスピードで岩場を駆け巡り、風を起こして遊女たちをひるませた。


 その隙をついて、魔法の射程外へと逃れた彼女は、死んだような無表情のまま、おもむろに黒スカートを縦に破って、切込(スリット)を入れ、動きやすくした。続いて、黒スカートのポケットから(かんざし) を取り出して結い上げた髪に挿した。


「あの技は……」


 以前、闘技場で披露していた、秘剣・神化串(かみかくし)ではないか。ひとことで言えば全身強化の秘技であり、プラムさんの能力を飛躍的に高め、その敏捷性は、残像による分身まで可能にするレベルだ。


 これはまずい。いくら遊女たちが強いといっても、残像を出すほどのスピードを前に、攻撃が当たるとも思えない。


「誰か! 八雲丸さんを呼んできてください!」


「わかったでありんす」


 遊女の一人が駆け出して、池の向こうの建物へと向かっていく。


「彼女は操られているだけです! なるべく傷つけずにお願いします!」


 これには誰も返事をしてくれなかった。


 俺は取り急ぎパンツ一枚の上にマントを羽織ると、その中にオトちゃんを隠し、守ってやることにした。


「ラック、さっきから思うのじゃが、服を着たらどうじゃ」


「いいから、オトちゃんは隠れててくれ」


「別に大丈夫じゃぞ? わしの身体は飾りみたいなもんじゃ。水の如く七変化できると知っておろう。わしの本体は米粒よりも小さく圧縮されておってな、わしでも自分の身体のどの部分にソレが入っておるのか、わからぬほどじゃ。この本体を、何か尖ったもので寸分の狂いなく突き刺されでもしない限り、わしは大丈夫。優秀なマイシーもいつも大丈夫と言っておる。いいからラックは服を着るのじゃ。もうすぐ来るフリースにエロエロクソ野郎と言われてしまうぞ」


「その不名誉な呼び名、オトちゃんにまで定着してんの?」


「ええい、いいから離すのじゃ。パンツ一枚にマントを羽織り、その中に幼女を隠してるなんぞ、尋常(マトモ)ではないじゃろ。いずれにせよ、敵の狙いはわしのようじゃからな、わしと()るとおぬしが危険じゃ。わしは妻たちに守ってもらうゆえ、おぬしはさっさとこの場を離れよ」


「そういうわけにもいかない。プラムさんは、八雲丸さんやアンジュさんと知り合いなんだ。明らかに様子がおかしいから、どうにかしてやりたいんだよ」


「ふぅむ。しかし、操られておるにしては強すぎるからのう、操るスキルは、近くに居れば居るほど力が強まるものが多い。もしもそうなら、敵が近くに潜んでいると思うのじゃが」


「敵か……」


 俺は曇りなき眼で周囲を見回した。偽装されたもの特有の紅いオーラは見えなかった。


 けれども、そもそもこの町の入り組んだ構造は、侵入者が隠れやすい。偽装せずとも隠れられるところが多いじゃないか。


 さっき、オトちゃんは言った。八雲丸さんが遊郭の警備にあたることになったと。


 だとするなら、可能性が高いのは次の二つ。八雲丸さんにくっついてくることの多いプラムちゃんは、どこかの道を(ふさ)ぐ警備の仕事についていたか、もしくは勝手に追いかけてきたか。ってところだ。


 いずれにしても、いつの間にか遊女の半分が地に横たわる結果になっている。


 八雲丸さんでも、フリースでもいい、他の大勇者でもいいから。強い力をもった人に来てほしいと願う。まなかさんでも、セイクリッドさんでも、話に聞くアリアさんでもいい。


 けれども、願いは全然叶ってくれない。


 全く思い通りになってくれない。


 プラムさんは、もう予備として持っていた小刀もすべて破壊されたようだ。攻撃方法が拳に変わった。


 次々に岩をえぐる打撃を繰り出している。そのたびに遊女が一人、また一人と地に伏せる形となる。


 強いはずの遊女たちを、一撃のもとに、のしていく。


 ついに、最後に残っていたアチキさんが、まるで俺みたいに格好悪いことに、自分から足をもつれさせて倒れ込み、遊女たち全員が横たわる結果となった。


 プラムさんは誰にもトドメは刺していない。それよりも大事なことがあるかのようで、こちらに振り返った。


 俺はオトちゃんの肩を抱いた。


 ついに、オトちゃんを守るのは俺だけになった。プラムさんと対峙(たいじ)する形である。


 絶対に勝てないと思う。俺の戦闘スキルは全く上がっていない。


 それでも、せめてもの足しになればと思い、俺は、ようやく真新しい服を装着し直した。


「さあ、どっからでもかかってきてくれ、プラムさん!」


 彼女は無言を返した。かと思ったら、もう、俺の目の前に居て、腹を思い切り打ちぬかれた。


「ぐぁッ」


 あまりの威力に俺の身体はオトちゃんからも引きはがされ、石垣に打ち付けられた。


 うっかりパンツマント装備だったら、即死だったに違いない。


 揺れる視界がとらえたのは、プラムさんがオトちゃんを捕まえている姿だった。


 よろめいてる場合じゃない。ふらついてる場合じゃない。彼女を止めて、オトちゃんを助けないといけない。


 俺は減った体力の回復も忘れて駆け出した。


 狂わされてしまった女の子を皇帝から引きはがそうとする。


 けれども、情けないことに、手を触れることもできずに無言で蹴飛ばされ、俺は尻もちをついた。


 ここからの展開はめまぐるしかった。


 紅い偽装の光をまとった人影が見えた。二人目の襲撃者である。


 突然あらわれて、小走りで近づいてくる。フードを目深にかぶった、いかにも暗殺者風の男。俺の曇りなき眼がとらえた男の人影は、他の人間には見えない。


 そもそも、遊女たちが倒れている今、戦えるのは俺だけしかいない。


 だというのに、俺は何の戦闘力も持たない役立たずだ。


「オトちゃん! 逃げてくれ! 偽装で隠れた男が近づいてる!」


 こんなことしか言えないくらいに、弱かった。


「ほう、偽装の暗殺者か。しかしのう、この娘、なかなかの炎を持っておる。普段ならまだしも、力を使いすぎた今じゃと身動きできぬわ」


 オトちゃんは妙に落ち着いていた。影武者なのかもしれない。影武者だったらいいのに。


「よりによって、こんな時に」


 紅い偽装の人影はオトちゃんの目の前で立ち止まり、剣を抜いた。偽装されているので、他の人の目にはわからない。大きな針のような剣、先端は尖っている。


 敵は剣を構えた、もろとも刺し殺すつもりだ。


 このままだと、二人一緒に串刺しだ。


「オトちゃん! プラムさん! 避けてください!」


 しかし、二人とも俺の声が届いてるはずなのに動けない。


 男が攻撃を繰り出す瞬間、紅い光がなくなった。攻撃のために偽装を解いたのだ。これで誰にでも見える姿になった。


 その瞬間である。まるでその時を待っていたかのように、オトちゃんは指示を出した。


「今じゃ! わしもろとも撃ちぬけ!」


「まっ――」


 俺は、「待ってくれ」と言おうとした。敵もオトちゃんも一緒に貫く直線攻撃がくるとなれば、オトちゃんを抑えているプラムさんまで巻き込まれることになる。加えて、俺も直線の先にいるわけだから、助からないと思う。


 けれども、ああ、オトちゃんの綺麗な声に応えた人たちがいた。遊女たちが三人ほど、やられたフリをやめて一斉に立ち上がった。


「かかったでありんす!」


 遊女の一人が言って、さらに続けて、


「名誉挽回チャンスだよ!」


 その言葉は、さっき街を燃やしかけたアチキさんに向けられているようだった。


 水着姿のアチキさんは目を見開く。その双眸(そうぼう)は、燃えるように赤く輝いた。そして、こちらに手のひらを向けて、腹の底から声を出した。


「――灼熱巨人炎剣(レーヴァテイン)!」


 アチキさんの手から、収束された一筋の炎が発射されたらしい。


 ゆっくりになる視界。


 世界すら燃やし尽くしかねないほどの力を秘める炎の光線。簡単によけられそうもない、細い炎の束が、螺旋を描いて回転しながら迫ってきている。


 構わず剣で刺突を繰り出した謎の暗殺者。


 オトちゃんは刺され、苦悶(くもん)の声をあげる。


 偽装男は炎に貫かれた。


 満足げに笑いながら。


 プラムさんは、ぎりぎりのところで横から入ってきた別の人間に抱きかかえられ、視界の外に消えて行った。


 オトちゃんは、敵の攻撃を受けたためか、形状を保てなくなってしまって、一瞬だけ、人が丸ごと一人は入れそうな黒っぽい水玉になった。綺麗な球体だったから、美しいなと思った。そんな場合じゃなかったけど。


 ところが、次の瞬間には、水玉はぼこぼこと不規則にコブを出し始め、まったく美しくない姿を見せていた。


 螺旋状の炎が俺の目の前に迫る。


 来てほしくないと思っても、止まってくれない。


 ついに目の前にまで来てしまって、俺は今、真っ赤な炎で貫かれようとしている。


 ――ああ、これは、死んだ。


 そう、思ったのだけれど。


 俺の目の前に、俺を守るように飛び出してきた女の子がいた。


 いつぞやハイエンジで紫女のキャリーサから俺を守ろうとした時のように、両手を広げていた。


 彼女は螺旋をやめない炎を掴み取った。炎は捕まえられた細長い魚のように不規則に暴れだした。


「これは、悪い()()()です」


 そんなことを言いながら……炎に……胸を、貫かれた。


 ――レヴィア?


 心の中で彼女の名を呼んだ俺も、脇腹のあたりを炎に突き刺された。


 何だこれは。


 何が起きたっていうんだ。


 信じられない。信じたくない。


 レヴィアが倒れている。新品のカウガール装備の背中に血が広がっていく。地面に赤を広げていく。


 暗殺者が死んだようで、魂が北へと飛んでいった。


 崖の上には八雲丸さんがいて、プラムさんを助け出したようで、きつく抱きしめている。


 幼女のオトちゃんの姿はなく、オトナ女性バージョンもなく、渋い男バージョンもなく、だんだんと濁って、ゆっくりと大きくなっていく水の塊が見えている。今にも破裂しそうだ。


 アチキさんは、やってしまったとばかりに口をおさえていて、別の遊女の一人は、間に合わなかった、とばかりに頭を抱えていた。


 何だ。何が起きた。どうしてレヴィアが。いつから近くに来ていたのだろう。どうして俺の前になんか出たんだろう。


「何やってんだよ、俺は」


 螺旋が刺さって近くの地面が熱で爆発したのを見たとき、俺の視界は暗転した。


 深い深い夢の世界に、落ちていく――。




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