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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第八章 水難のまち
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第173話 ラキア遊郭(5/7)

 薄暗い曲がりくねった細い道と並行して水路が通っていて、せせらぎの音が癒しを与えてくれた。


 八雲丸さんと話しながらの帰り道である。


「昔はよ、もっと遊郭らしかったんだがな……ここいらなんかも料理屋がしのぎを削って活気があってなぁ、水の流れる音なんて、聴こえやしなかった。温かい色の提灯がたくさんぶら下がっていて、その明かりの下で、いつもお気に入りの女の子が呼び込みをしててな……あの子はいま、どうしてんだろうな」


 だとか、


「ここの料亭はうまかったんだぜ。でもな、オトキヨ様の専属料理人に引き抜かれちまった」


 だとか、


「ここには茶屋があってだな、草団子が絶品だった。仲間に食い逃げさせて、そいつらを追い掛け回して捕まえて、店の女の子から感謝されて、お礼にデートしてもらったり、なんてこともやったな」


 マッチポンプじゃねえか。不良だ。


 とまあこのように、思い出話があちこちで展開されたのだった。


 どれも軟派(なんぱ)なエピソードであって、今の静かな遊郭の状況とは似ても似つかないような、活気のある街での出来事だった。


 だけど、気になるのは、異常とも思える話の長さと、なんだか遠回りしている気がするってことだ。


 そして最後に八雲丸さんは、池に行きたいと言い出したのだった。


「ハクスイとの思い出の池だから、ラックにも見せてやろうと思って」


 などと言っていたが、きっと半分くらい嘘に違いない。


 オトちゃんの遊郭屋敷に帰ってしまうと、遊郭女子たちからのさまざまな要求に応えなくてはならない。それが、今の八雲丸さんの置かれた厳しい立場ってやつなのだ。


 帰りたくない気持ちが、かつての遊郭街をしらみつぶしに案内する結果を生んだわけである。


 俺としては、フリースが戻ってくるまでにフリースへの正式な謝罪の言葉とかをまとめておきたいから、屋敷のほうに帰りたかった。とはいえ、奴隷丸状態の八雲丸さんを見るのは本当に忍びないからな……。


 今しばらく、八雲丸さんに付き合うことにしよう。


  ★


「うげぇ」


 八雲丸さんは喉の奥から声を出した。


 奈落の底の窪地。そこに溜まった水たまりのような池があった。ホーンフォレスト池という名前らしい。池のまわりには(こけ)むした岩が並んでいて、小さな滝が見える。


 その滝の下に、異常がみられた。


 女性が二人、水着で滝に打たれていたのだ。


 片方は、小さな女の子、ふりふりスカートのついたのワンピース型水着だった。


 もう片方は、長身の露出率の高い水着を着たモデルのような女性である。上下二つに分かれている水着タイプであり、上は胸元、腰のくびれが強調されていて、下はもともと長い足をさらに長く見せるようなV字型であった。


「おいおい、ここを風呂扱いすんのかよ……神聖な泉だったはずじゃあねえのか」


 ここも八雲丸さんの記憶とは変わってしまったようである。


 女性陣はこちらに気付くと、水面を波立てながら、ゆっくりと歩み寄ってきた。


「あらあら、ラック様……と奴隷丸ではないですか」と大きいほう。

「あらまぁラック様……はいいとして、奴隷丸はどうしてこんなところにいるのでありんす?」と小さいほう。


 いずれも俺に向かっては優しい口調で、八雲丸さんに向かっては厳しい口調になった。


 責められた八雲丸さんは「いやっ、道案内をだな……」と、焦った様子である。しかも次の瞬間には俺に助けを求めるような視線を投げてくる。汗をだらっだら流しながら。


 正直言って、俺にはどうすることもできない。


 けれども、考えてみれば八雲丸さんのおかげで闘技場に入れて、そこでフリースと出会えたわけだから、恩人には恩返しをしなくちゃな、とも思う。


 ようし、なんとか八雲丸さんの力になってあげよう。


「あの、お二人とも、八雲丸さんは俺の友人として一緒にいてもらってるんです。俺が頼んで道案内をしてもらってて」


「では、ラック様の道案内は、あちきが引き継ぎます」と大きいほう。「ラック様はどうぞこちらへ。奴隷丸はさっさと仕事に戻りなさい」


 その大きいほうの言葉に頷いた幼い見た目の女の子は、


「ラック様、この遊郭自慢の極上露天風呂、存分に味わうでありんす。……やい奴隷丸、あちらの建物で、わちきの蠱惑的(こわくてき)なボディを隅々までマッサージするでありんす」


 八雲丸さんは切ない目をしながら、まったく蠱惑的でない小さな女の子にずるずると引きずられていった。


 女の子は嬉しそうな足取りだ。小さいのにすごいパワフルである。


 俺は、そんな光景を呆然と見送るしかない。力になれなかった。


「八雲丸さん……」


 さて、遊郭の泉に残された俺に話しかけてきたのは、扇情的で妖艶な、いかにも花魁(おいらん)といった雰囲気の女性である。髪をおろしているし、水着だったから花魁装備もなかったけれど、とにかくフェロモンがすごい。年上に違いない。


「さ、服を脱いでくださいラックさま」


 いきなり情熱的すぎる。なんだこのイベント。水着装備とはいえ、こんないやらしい雰囲気を(まと)った知らない女の人と混浴なんて危険すぎる!


「え、いえ……その……無理です」


 当たり前のように新装備のマントを外されて、はらりと苔むした岩の上に布が落ちた。


「ちょ、ちょ、待ってください。これからマイシーさんがフリースを連れて来るんです。仲直りしようってときに、女の人と混浴なんて、池ごと凍らされてしまいます!」


「大丈夫ですって。あちきの火炎(じょうねつ)で何とかしますから」


 甘い声で(ささや)かれて身体に痺れるような感覚が走ったと思ったら、もう俺の上半身は裸にむかれていた。いつのまにか頭のハチマキまで外されている。


「ひぃ」


 俺は思わず後ずさる。このまま下半身までむかれてしまったら、俺はフリースに謝るどころではなくなってしまう気がする。後戻りができなくなる前に、なんとか逃げないと!


「んもうっ、お風呂に入るくらい、いいではないですか。あちきも裸ではありませんし、変なことしませんから。足の指先だけでも湯に入ってください。ほんともう、指先だけでいいですから」


「じゃあ俺が脱ぐ必要なくない?」


 俺の見事な切り返しに、一瞬、わからないくらいの舌打ちをした。かと思ったら、今度は「うぐっ、ひっく」と涙を流し始めた。


「ラック様、あちきのおもてなしは受けてくださらないんですか?」


 明らかにウソ泣きである。にもかかわらず、俺は今、彼女のために何かできることはないかを探し始めている。


 女の涙というのは、ここまで強制力を持っているのだろうか。それとも、スキルか魔力のなせるわざなのだろうか。


「そこまで言うなら、指先だけ……」


 俺は足先を池につけてみた。


「ぬるいな」


 冷たいわけではないので、そこは本当に露天風呂なのだろう。転生者である俺の身体は、ある程度の温度以上は感じないようになっている。何らかのリミッターが働くようなのだ。だから、実はこれはそこまで温度は低くないと思う。


「じゃあ、ちょうどいいって言うまで温めます」


 遊女は、手を湯につけると、呪文を唱えた。


「――灼熱巨人腕(カイナオブバーニング)


 よくわからないけど、たぶん、強い魔法だと思われる。いきなりボコッって沸騰したし、周囲の気温が低くないはずなのに湯気が発生しはじめたから。


 どうやら腕に炎を(まと)う技のようだ。


 異変は数秒で訪れた。


 特に熱さを感じるわけではない。つまり、感覚としてはぬるいままだ。ただ、ものすごい勢いで俺の体力ゲージが減っていっている。たぶんこれは、熱すぎるってことだろう。


「あっ、あっ、ちょっと、待って。待って待って。熱くはないけど、冷やして。お願いします。冷やしてください、えーとえーと名前は……わかんないな。えと、アチキさん!」


 本名わからないけど、緊急だ。もうアチキさんでいい。


「アチキさん! 冷やして!」


「うん? 冷やすんです? お熱いのがお好きなんですよね」


 だめだ、加減ができない人だこのひと。


 ものすごい勢いでお湯が沸騰しはじめたぞ。


 これは入浴じゃなくて調理の温度だろう。


「あっ、そうか。足を抜けばいいんだ」


 半分くらい体力がゴッソリ削れたところでやっと初歩的なことに気付いて足を抜いたが、まだ体力が徐々に減っている。火傷状態とか、そういうものかなと思ったけれど、違った。もっとやばいやつだった。


 何でかと思った足元を見てみたら、苔むした岩場がドロっと溶岩化しており、俺の足に触れていた。


「ッ!」


 思い切り飛び退いた先にはまた炎があった。俺の新品のマントに炎が迫っていたけれど、無事に回収できた。風呂の岩場に広がった炎はそこまで脅威ではなく、払いのけたら、身体に引火することなく消えてくれるようだった。


 ほっと一安心したのも束の間、だんだんと周囲広範囲が炎に囲まれていく。すっかり夕焼け色に染まる世界。


 二分もたたずに、景色はもはや、地獄の釜の底。


 パンツ一枚で足元の炎に踊らされる俺。


 沸騰したお湯の上にも赤い炎が広がり、それは、小さな滝をのぼっていった。まるで流れているのが水ではなく、油だったかのように。


「お、おいおい……」


 これはまずいんじゃないのか。もしもこのラキア町のそこかしこに張り巡らされた水路に炎が広がっていったら取り返しのつかない大火事になってしまう気がするぞ。それこそ、空襲でも受けたみたいに。


 はっとして炎の腕を引き抜いたアチキさん。


 けれど、もう手遅れ。


 湯気の白い煙が、もくもくと立ち上っていく。一瞬で雨雲になって突然の大雨を降らしてくれないかと期待したけれど、湯気はすぐに消えて行ってしまう。


「あの、アチキさん、この遊郭になにか恨みでも?」


「まぁ、昔いやな思いはしましたけど、こんなつもりじゃ……」


 そう言いながら、アチキさんは炎をまとった右腕で頭を掻いた。自分が対象なら火はつかないらしい。


「ねえ、なんでこの遊郭ってヤバめの人しかいないの?」


「あちき、またやってしまいました」


「またって何? 何回もやらかしてんですか?」


「まえに二回。全焼させたことはまだ無いんですよ?」


 二度あることは三度あるというやつだな。ついでに三度目の正直で一切を灰燼(かいじん)にするとか絶対にやめてほしい。


 でも、ああそうか、これで少し謎が解けた。ここをリゾートにしていた貴族が撤退したのも、道が暗くなって人通りや活気がなくなったのも、遊女が織り成す激甚(げきじん)災害たちが原因だったのか。もしかしたら、こういう災害が繰り返されたことが、遊郭の廃止に繋がったということさえ考えられる。


 火災、大風、土砂崩れ、ついでに窪地だから大水害もあったかもしれない。ここまで深い窪地だと、そういうのが繰り返されてこの地形になったのかもしれないと思えてくる。


 だとしたら、なんて呪われた土地だよ。あとで聖なるお香を()いてやらねば。


「それで、アチキさん、炎を消す方法は? さっさとどうにかしてくださいよ」


「いやあ……暴走してしまっています」


「え」




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