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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第八章 水難のまち
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第172話 ラキア遊郭(4/7)

「やー、ラック。呼んでくれてマジ助かったぜ。正直、奴隷丸としての生活はキツすぎる。二十人以上の魔術師から五属性の最上級魔法を一気に打ち込まれるとか、おれは一体、何の修行をしてんだって気分になるぜ」


 八雲丸さんは、ツンツン頭に右手をすべりこませて頭をかいてから、和服の肩についた土ぼこりを払っていた。


「遊郭なのに、なんでそんなに魔術師が」


「以前言わなかったか? ハクスイもそうだけどよ、制度廃止前の遊郭は、みんな自分の身を守るために、必死で上級魔法を身に着けてきたんだ。結果として、遊郭は名門魔術女子師範学校みたいになってたって話だ」


「現実の世界でも、遊郭の人が知識人の歌遊びに付き合うために文字を覚えるとかは、聞いたことあるけども」


「ああ、今の改革後の遊郭のスタイルだったら、そういうのもイケるかもしれんな。だけど、以前はそんな生易しい平和な遊郭じゃあなかったんだ。無理矢理に襲われて、心を病んで世界から退場しちまう遊女ちゃんたちもいた。おれがハクスイを助けたのも、そんな時代だったからだな」


「なるほど……つまり、今の平和な遊郭でハクスイさんと出会っていたら……」


「正直、助けようなんてのは、思わなかったろうな。……けど、どこかで会ってたはずだぜ」


「ちなみに、ナディアさんとは?」


「それも、どこかで会ってたさ」


「プラムさんは?」


「あいつは妹みてえなもんだ」


「タマサは」


「娘みてえなもんだな」


 八雲丸さんは魅力的な人である。強くて、カッコよくて、面倒見が良くて、自分の実力で金を稼いでいる。


 俺とは違って、女性にモテるのは非常によくわかる。


 さらに言えば、こんな頼りになって格好いい人間が、もしもレヴィアやフリースのことを好きになってしまったら、俺に勝ち目があるのだろうか。


 やる前から負けが決まってるだろ、そんなの。


 俺には検査と鑑定のスキルがあって、『曇りなき眼』という特殊スキルがあるけれど、いかんせん地味だし、女の子を守るどころか、いつだって守られてばかりだ。


 今だって、「レヴィアとフリースがいないと先に進みたくない」とか思ってしまっている。自分が進めないのを彼女たちのせいにして、言い訳にして、情けなくて……もしこの世界が何かの物語なんだとして、到底主人公になんかなれないような格好悪さだ。


 強くて男らしくてカッコいい八雲丸さんと一緒にいると、そういうのを嫌でも意識してしまう。


 主人公属性の持ち主は、俺に見えないところで勝手にモテてほしい、とか思う。そういう意味では、奴隷丸になっている現状を、心のどこかで爽快に思っている俺がいなくもない。


 ああ、こんなこと、考えてはいけないんだろうけどな。


 魅力的な八雲丸さんに接することで自分の心の闇を浮き彫りにされているみたいで、少し罪の意識が出てきたぞ。


「ラック、どうしたよ、さっきから黙りこくって」


「いえ……」


「悩み事か? おれに話してみろ」


「はぁ」


 お兄さんが解決してやるぜ、みたいな空気を出してきた。そんなところも男らしいのだけれど、俺の悩みが八雲丸さんの共感を呼ぶとは思えなかった。


「もし八雲丸さんが、ナディアさんとハクスイさんのどっちかを選ばなきゃいけないとしたら、どっちを選びますか?」


「はっ」


 微妙な笑い声を漏らした出した後、しばらく笑顔で固まって、何も言ってくれなかった。


 そうなのだ。俺は今、選択を迫られている。レヴィアが好きだけれど、フリースのことも好きになりつつある。


 マリーノーツでは二人の人間と同時に結婚したって誰も文句は言わないだろうけれど、現実世界では違う。重婚は犯罪である。浮気はケンカの原因だし、不倫は周囲からつるし上げられる事件となっている。


 ここで一生暮らしていく覚悟ならまだしも、俺はレヴィアと一緒に現実に帰りたいと思っているのだから、現実世界のルールに縛られるのは当然のことだ。


 たとえば俺が元いた世界に連れて帰れたとして、レヴィアを妻として、フリースを愛人とするような未来があるかもしれない。そんな関係を、俺は許せてしまうのだろうか。


 きっと、いざそうなってみたら、簡単に自分を許せてしまうのだと思う。


 けど、許されてはいけないとも考えてしまうだろう。


 そんな贅沢(ぜいたく)葛藤(かっとう)に答えを出してくれそうなのが、二人の女性を妻にもつ八雲丸さんだった。


 重苦しい沈黙の果てに、八雲丸さんは言うのだ。


「おれが選ぶんじゃねえよ。選ぶのは二人の自由だ」


 苦笑いで言って、続けて言う。


「選んでさえくれたならな、三人でも四人でも十人でも嫁にするぜ。嫌気がさしたら嫁じゃなくなればいい。女の子たちの自由だからな」


 そして、また黙り込んでしまった。


 自分でハッキリ決めないからこそ、一緒に居られる、ということだろうか。


 なんだか「自由」という言葉を悪用して誠意がない解釈をしてるようにも思える。


 けれど、たしかにね、二択の果てに、自分の意志で誰かを選んで誰かを選ばないというのも、傲慢(ごうまん)な態度のような気がしている。


 いやいや、やっぱりそれでも俺は、誰か一人を選ぶべきだと思っている。


 もしかしたら、こんな風に思うのは、俺が選ばれたことのない人間だからなのかもしれない。誰かに選ばれたいという欲望の裏返しで、そういう満たされなさを埋めるために、「一人を選んで愛する」ことに、極度にこだわってしまっているのかもしれない。


 要するに、俺はこう思っているのだ。「自分が決めた運命の人に選ばれて、死ぬまで愛され続けたい」とね。白馬に乗った王子様でも待つように。


 そう考えると、逆に八雲丸さんのほうが健全なんじゃないかと思えてくる。


 八雲丸さんの、「女の子に選ばれるだけ」って台詞は、要するに、「おれは選ばない。だからお前らも、おれを縛り付けるな」ってことなんだと思う。女の子たちの自由を強調するのは、八雲丸さんも恋に自由でいたいからってわけだろう。


 会話の()とか、少し困ったような笑い方を見るに、きっと八雲丸さんも、「本当にこれでいいのか」という感情には多少は縛られていると思う。けれど、八雲丸さん以上に、俺は見えない鎖に縛られ続けている気がした。


 ……二人の妻ってのは、どうなのか。


 遥か未来まで平行線を辿り続けるであろうこの話題は、二度と持ち出さないことにしよう。


 何にしても、あれこれ考えてみたところで、結局のところ、今の俺にはわからないことだ。だって、レヴィアともフリースとも、付き合うというレベルの関係にさえなれていないんだぞ。


「八雲丸さん、最後に一つ、いいですか」


「お、おう……いいけども、ラックの質問は、けっこう死角からエグってくるから、ちょっとこえーな」


「アンジュさんのことは、好きじゃなかったんですか?」


「ん? そりゃお前、人妻に手ぇ出したら、アウトだろ」


 やっと八雲丸さんの意見に共感できた。


 だが、この返事から考えるに、八雲丸さんはアンジュさんの現在の状況を知らないらしい。ここは、宝物庫管理人アンジュさんのために、ひと肌脱いでやろう。


 アンジュさんは、八雲丸さんのことを「八雲様」と呼んだり、「殿方(とのがた)」とか言ったりしてたわけで、きっと好きなんだろうからな。


「ここだけの話、実はアンジュさん、すでに離婚してるらしいですよ。人妻じゃないから問題ないってことですよね」


「離縁だぁ? そいつは初耳だぜ」


 ちょっと嬉しそうな声を出した八雲丸さんであった。


 三人目の妻ができるのも近いかもしれない。





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