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ファイナルエリクサーで乾杯を  作者: 黒十二色
第八章 水難のまち
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第171話 ラキア遊郭(3/7)

「そいでよ、ラック。ちょっと詳しく聞かせてくれ、タマサは本当に元気だったか?」


「ええ、まあ……」


 俺は、まるで父親のようにタマサのことを心配する八雲丸さんに、彼女の様子を伝えてやった。彼女の魔法が全属性使えるくらい高いレベルに至っていることを伝えると、


「うおぉ、そいつは成長したなぁ、タマサ」


 遠い目をしたかと思ったら、目頭(めがしら)をおさえて涙をこらえている。まじでお父さんモードである。


「でもタマサは、ハクスイさんと八雲丸さんとの間の子供と結婚するんだって夢見てまして、八雲丸さんから言い聞かせて、やめさせてあげるといいと思います」


「そうか、頑張らないと。まずはハクスイと再会しなくては」


 思いのほか、やる気満々である。


 どいつもこいつも、頭がおかしいだろ。なんだこの世界。


 と、俺がツッコミを入れようとした時、すすすっとふすまが開いたのが視界に入った。


 どうやら来客のようである。


 派手な化粧をした遊女の一人が、肩のはだけた服を着たまま、ゆったりと俺の部屋に入ってきた。


「あのぅ、ラック様ぁ。わっちとお話し、しませんかぁ?」


 甘い声でそう言った、かと思いきや、八雲丸さんの姿を見るや否や、豹変し、怒りをあらわにして言うのだ。


「むむっ、おまえは奴隷丸。お客様のお部屋の畳が汚れているじゃあないの! きれいに拭き取っておきなさい、この奴隷丸が」


「あ、ああ……」


「返事は『ハイ』でしょう! まともな言葉遣いもできないなんて、この誇り高き遊郭で働く資格があると思っているのですか!」


「すみません」


「おっそい! なにをモタモタしているんですか! タマサだったら今の一瞬でピカピカですよ!」


 そしてなんと、八雲丸さんは、女の人の履いていた、厚底下駄で背中を踏みつけられていた。


 苦痛と屈辱に顔を(ゆが)める大勇者候補のすがたが、そこにあった。


 女の人は、ふみつけ続けながら俺に向き直り、優しく微笑みながら言う。


「ええっとぉ……扱いが酷かった頃の、(いにしえ)の奴隷を相手にする現場監督者ように、たっぷり屈辱を与えるようにって言われてるのです。わっちもこんなことやりたくないんですが、オトキヨ様のご指示ですので」


 さすがに、このままにしておくわけにもいくまい。俺は奴隷丸さんを解放して、もとの八雲丸さんに戻ってもらいたいと強く思うのである。


 奴隷扱いして他人をしいたげてる光景ってのは、見ているだけで、心にくるものがある。


「あのですね、さすがに可哀想ですよ。せめて、俺といる時には普通に接してあげてください。なんていうか、見るに()えないです」


 きっと彼女も、本当は奴隷扱いなんてしたくなかったんだろう。女の人は、それまでの張りつめた顔を緩ませ、ホッとしたような表情になった。


 本当によかった。緊張感なんてのは、この場所にはいらないんだ。こういう優しくてやわらかくて、あたたかい表情こそ、俺が欲しかったもの、俺が見たかった景色なのだ。


「だから、どうか、八雲丸さんを人間扱いしてください」


「ありがとうございます……! ラック様がそう言うのでしたら……八雲丸さん。感謝しなさいな。ラック様の恩情で、この部屋にお二人がいる間だけは、普通に接することになりました」


「すまねえな、ラック……」


「いえ、大丈夫ですか?」


「いつか、恩返しさせてくれ」


「楽しみにしていますよ、八雲丸さん」


 もしもフリースと仲直りできなかったら、八雲丸さんに護衛してもらおうかな、なんてことが一瞬だけ脳内をよぎった俺だった。


 ああ、でもやっぱり、フリースとはこんな形で別れたくないな。


  ★


「謝ろう」


 この場所に来て、やったことと言えば、オトちゃんとのバドミントンと五目ならべ、そして八雲丸さんが奴隷扱いされたのを眺めたり、花魁(おいらん)の女性たちと少し話をしただけだ。


 女の子たちとの遊びらしい遊びをほとんど楽しまないままに、俺はオトちゃんの部屋に交渉に訪れていた。


 目的は、フリースとの対面である。


 会って、謝って、許されて、そして東のミヤチズへの旅を再開したい。


 たとえ八雲丸さんが護衛として来てくれそうな状況になったって、俺はフリースを選びたいと思ったんだ。そのことを伝えたかった。一瞬でもはやく。


「オトちゃん! いるか?」


 返事はなかった。かわりに、妖艶な花魁女がふすまを開けて出てきて、言うのだ。


「オトキヨ様は、こちらにはおられません。外に出られたようです」


 俺はオトちゃんに会わねばならなかった。フリースへの道は、オトちゃんが(さえぎ)っているのだから。


 まるで橋を落とされた大きな河のほとりに立たされているかのような気分だ。


「探しに行こう」


 自分の言葉に自分で頷き、俺は力強い一歩を踏み出した。


 しばらく歩いた結果、大変なことが起きた。


 迷ったのだ。


「ああもう、なんだこの迷路みたいな街並みは」


 細い水路が張り巡らされ、人が住んでいない建物が並び、人がぎりぎりすれ違えるくらいの細い通路が入り組んでいた。崖が多くて、ゴチャゴチャしてて、すぐに道に迷う構造になっていた。


 暗い(こみち)の曲がり角をいくつも通り過ぎながら、坂や階段を少しずつ進んだ。


 高いところにのぼれば、オトちゃんが見つかるかもしれないぜ、とか、そんな風に思った浅はかな過去の俺を、引っぱたきに行きたい。


 見通しの悪い細い路地の連続を抜けて、岩の上に出た。そこでやっと視界が開けた。


 窪地の真ん中にある池と滝がいい感じの角度で見えるようにはなったけれど、オトちゃんの影も形も見えやしない。


 クッ、仕方ない。この手段だけは使いたくなかった。


 なぜなら、オトちゃんを探し出せないまま、大声で彼女を呼ぶのは、言ってしまえば迷子宣言だからである。


 帰れなくなったから助けに来てヨ、と泣き叫んでいる子供と同じなのである。実際、俺はこの崖の上の狭い岩場から遊郭の建物まで自力で帰れそうになかった。


「うおーい! オトちゃーん!」


 返事はない。


「どこだー! オトキヨ様ぁ!」


 俺の声は窪地の池に吸い取られていった。


「きこえていたら返事をしてくれぇ! オトちゃーん!」


 恥ずかしさを吹き飛ばすように、三回目に叫んだとき、不意にオトちゃんが真横にあらわれた。


 今日も黒い服を着て、オトナ女子モードでいてくれている。


「どうしたのじゃ? うん?」


「ああ、オトちゃん。来てくれてありがとう」


「よもや、いい年こいて迷ったわけでもあるまいな? 迷子になるのは十五歳までじゃぞ。マイシーがそう言っておった」


「そんなこともないと思うんだけどな。いくつになっても、迷子にはなるもんだろ。人生ってのは袋小路(いきづまり)の連続なんだから」


「ラックのことじゃ、おそらく迷路みたいな街並みを楽しんで愉快に散歩していたのじゃろう。たしかに、ここの道は散歩マニアや窪地マニアや坂マニアにとっては垂涎もののイカした地形じゃからな」


 たしかに、いい雰囲気ではあると思う。すり鉢状の地形に広がる路地裏だらけの迷路からは、なんというか、花街(はなまち)風情(ふぜい)っていうかな、そういうのを感じる。


 もともとここは異世界だけれど、さらなる異世界にいざなわれるような、そういう感じがする。


「俺を苦しめる迷路でさえなければ最高なんですけどね」


「まあ、確かにのう、欠点もある。迷路じゃからこそ、侵入もしやすいわけじゃな。まったく八雲丸のやつ、勝手に入りよって……」


「侵入しやすい……ってことは、八雲丸さんじゃなくても、簡単に侵入できるものなんですか? オトちゃん専用の遊郭だって言ってましたけど」


「なにぶん、ちょっと前には、一瞬だけ貴族のリゾートだったもんでな、秘密の地下通路が各地に無数に伸びておるのじゃ。どうした風の吹き回しか、八雲丸が警備をさせてほしいとマイシーに頼んだようなのじゃが、あやつ……きっと自分が守ってるんだからちょっとくらい良いだろ。といった軽いノリで、しめしめと下卑た笑いを浮かべたまま侵入して、わしの女の子たちと遊び回ろうとしたわけじゃ。英雄色を好むというが、きゃつの女好きにも困ったものじゃのう」


「そうなんですかね」


「まあ……悪いやつではないんじゃがな。女の敵な部分が多すぎる。奴隷にして正解じゃ、ざまあみろといったところじゃ」


 実は不純な理由はさほど無くて、タマサという騙されやすい素直な女の子を探しに来ただけ、というのは言うべきか言わざるべきか。少し悩んだが、結局は言わず、オトちゃんのほうに話を合わせることにした。


「今回の奴隷化が、いいクスリになるといいですね」


「そうじゃのう。じゃがラック。あまり甘やかすでないぞ。罰にならんからのう」


 俺が八雲丸さんに救いの手を差し伸べたことは、もうバレているようだった。


「ときに」と言って、オトちゃんは話題を変えた。「わしを呼んだのは……あれよな。道に迷ったのもあるのじゃろうが、おぬしのことじゃ、そんなのは口実に過ぎぬのよな。……フリースには会わせやせんぞ」


 俺の考えていることなど、お見通しのようだ。


 けれども、どうしても俺はフリースに会いたい。ちゃんと一緒にいたい。そう思ってることに、やっと気付いたんだって伝えたいんだ。


「案内してくれ、オトちゃん。もう一度、大勇者フリースに護衛を頼みたいんだ」


 俺は強い決意を抱いたまま、オトちゃんを見つめ続けた。


「……あっ、あまり、そう熱っぽい視線で見つめるでない。わしとしたことが、ときめきかけてしまったわい」


「え、それはちょっと……」


「いやいや、冗談じゃよ、冗談。気にするでない。で、じゃ。実際のところ、フリースもそろそろ頭が冷えた頃じゃろう。そこまでの覚悟があって、どうしても会って話すというなら、もはや止めはせん。もともとは手紙でやりとりさせてから、こう、段階的に仲を修復させてやるつもりだったんじゃが……」


「手紙って……オトちゃんって、わりと古風だよね」


「うん? 仕方なかろう。長生きじゃからな」


「いくつなの?」


「数えとらんわい。とにかく、じゃ、ラック。おぬしの好きにさせてやる。マイシーに連れて来させるゆえ、しばらく遊郭に戻って待っておれ」


「あ、ああ。ありがとう」


 感謝の言葉を述べたら、オトちゃんはさっさと居なくなってしまった。本当に道に迷っているということを、もっと強く言うべきだったかもしれない。


「いやぁ、どうするかな」


 戻って待ってろと言われても、戻り方がわからない。なんとも情けないことだよ。


 こんなとき、フリースがいてくれたら、目的地まで続く氷の滑り台でも用意してくれたりするんだろう。レヴィアがいてくれたら、一緒に迷ってくれるんだろう。


 まなかさん、アンジュさん、アオイさんあたりがいてくれたら、あっさり導いてくれるんだろう。いや、アオイさんは、雑な地図で、さらに迷わせにくる可能性もあるけれども……。


 ああ俺は本当に、自分ひとりの力では何もできないんだな、なんて思う。


「八雲丸さぁん! 助けてくださぁーい!」


 俺は今日も奴隷活動をしている八雲丸さんを呼び寄せた。


「呼んだか、ラック」


 ツンツン頭の、小汚い服の男が、待っていましたとばかりに数秒で駆けつけてくれた。




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